第25話 訓練

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 翌朝、目覚めは爽やかだったが、随分とお腹が空いていた。

 メルーシャが心配をして、額に手を当てたり脈を測ったりしていたが、特段身体に不調が無いのを確認すると漸く安心したようだった。

 メルーシャの手が触れた際に、本当に心配しているメルーシャの意識が読めたので、ある意味で驚いたが、リディアはそれを顔には出さずにいた。


 リディアは、いつものように午前中にギルバートの部屋を訪ねると、兄のヘルメスが先に来ていた。

 ヘルメスの身体に触れてその意識が読めるかどうか試そうとして、はねつけられ、今度こそ驚いて、「きゃっ」と言って手を引いた。

 不審気な顔つきでヘルメスが言った。


 「 何だよ。

   人に触れるなり、幽霊でも見たような顔をして・・。」

 リディアは、慌てて取り繕った。


 「 あ、ごめんなさい。

   お兄様の肌がちょっと熱いように感じられたものだから。

   お兄様、熱は有りません?」

 「 熱ーッ?

   別にどこも悪くは無いぞ。

   リディアの方こそ大丈夫か?

   昨日の夕食は食べていないだろう。」


 「 ええ、まぁ・・・。

   でも、その分朝食をしっかりいただきましたから。」

 「 そうか、・・・。

   大丈夫ならいいんだが。

   父上も心配していたぞ。」


 「 はい、申し訳ありませんでした。

   御心配をおかけして。」

 「 まぁ、大丈夫ならいい。」


 不審気な顔つきのヘルメスだったが、すぐに別の話題に移った。

 「 ところで、ギルバート」

 最近、ヘルメスはギルバートを呼び捨てにしている。

 その代わりにギルバートにもヘルメスと呼ばせているのである。


 「 さっきの話だけれど、どう思う?」

 「 ああ、マクドナルド砲術師の言うことは、一部は間違いなくその通りだと思う

  よ。

   大砲の改良は可能だろうね。


   でも、マクドナルドの言うように単に口径を大きくしただけでは戦力は左程上

  がらないと思うよ。

   火薬の改良も必要だろうし、大砲の造りそのものも改良が必要だ。

   それに大砲を積むとなれば、軍艦の甲板には今まで以上の相応の補強が必要に

  なるだろう。」


 「 火薬の改良?

   どうやって?」

 「 火薬の材料は何だか知っているかい?」


 「 ああ、炭の粉、硫黄、それに硝石だ。」

 「 他の火薬を造ることもできないわけではないが、先ず、その配分率を少し変え

  ると良いだろうな。

   海軍の砲台で使っている火薬は、確か木炭が1、 硫黄1、硝石が3の割合の

  筈だけれど、これを木炭1、硫黄1、硝石8の割合にする。


   それと今使っている硫黄と硝石には不純物が多すぎるから、もっと純度を高め

  る必要がある。

   それだけでもかなり火薬は威力が違ってくるけれど、これに少し水分を含めて

  一旦圧力をかけて固め、それから粒状の火薬にするとかなり威力が増す。

   粒は5から10ミレニル程度の大きさだ。

   予め使用量に合わせて袋詰めにしておくと使う際に便利だろう。」


 「 へぇ、やっぱりギルバートは物知りだね。

   詳しいや。

   他の火薬もありそうな話だったけれど、そっちの方は?」


 「 今の火薬は煙が多いからねぇ。

   火薬が燃えることで大砲を使えるんだが、実は火薬を燃やすと有毒なガスが発

  生するんだ。

   だから砲戦ともなれば砲を扱う兵に呼吸器系の障害が発生する恐れもあるから

  余り健康に良いものじゃない。


   そのためには、今までよりも煙の出ない火薬を造る必要のあるんだが・・・。

   仮に造り方が判っていても、そいつを造るにはアドニス師の持っているような

  実験室を大規模にした工場で造る必要があるだろうな。

   工場の建設準備だけでも多分、数年はかかるだろう。」


 「 うーん、そいつも手詰まりか。

   実は、炭の粉と硫黄はベリデロンでも入手できるんだが、硝石はシャガンドの

  グレドール地方にしか産出しない。

   さっきの話だと、これまでの三分の一ほど余分に入手しなければならないが、

  それほど大量に輸入を増やせばそれこそシャガンドに戦争の準備をしているのじ

  ゃないかと疑われてしまうから、できれば避けたいのだけれど・・・。」


 「 硝石ならこのベリデロン領内にもあるよ。」

 ヘルメスは驚いた表情を見せた。

 「 ええっ、そいつは初耳だぜ。

   一体どこにあるんだ?」


 「 うん、一つは牧場の堆肥の中にできる。

   領内に産するこれを集めるだけでも多分輸入している数量の2割ほどにはなる

  だろうな。

   それにクバ岬の先端にほど近いメノリス山には大量の硝石が眠っているよ。

   埋蔵量はベリデロンが百年使っても使いきれないほどの量だ。」


 「 おいおい、そいつは大変なことだぜ。

   何でそいつを早く言ってくれないんだ。

   よし、では早速に今日の午後にでも早速行ってみたいが、ギルバートも来てく

  れるかい。」

 「 あぁ、午後なら構わんが・・・。

   途中からは道の無いところになる。

   今日中には帰れないかもしれないぞ。」


 「 うひゃぁ、そんなに山奥かぁ。

   明日にした方がいいかなぁ。」

 「 明日からは雨になるよ。

   行くなら・・・。」


 ギルバートは少し考え込んだ。

 「 うん、4日後ならいいだろう。

   現場を見て、帰ってくるだけでも二日は見ておいた方がいい。

   試掘まで考えているなら少なくとも6日間だな。

   どちらにしろ、4日後から10日ほどは天候も持つ。」


 「 お。

   そいつは、試掘が4日ほどでできるということか?」

 「 あぁ。

   坑道に使う木材など相応の準備をして行けば、腕利きの金掘り人足ならそれぐ

  らいでできるはずだ。」


 「 わかった。

   善は急げという。

   早速父上に了解をもらって、金掘り師のデクスターに頼んでみよう。

   大砲の改良については硝石の試掘が終わってからだな。


   その時はマクドナルドと金物師のベリンジャーを一緒に連れて来るよ。

   できれば、その改良点を詳しく二人に教えてやってくれ。

   それが終わったら、船大工頭のエンリケだな。

   クバ岬への出立予定は決まったなら後で知らせる。

   じゃぁ。」


 ヘルメスは慌ただしく、部屋を出て行った。

 「 お兄様ったら、随分と慌ただしいこと・・。

   それに大砲の話しなんて・・・。

   戦でも始まるのですか?」


 リディアは二人の話しに不安を感じたので、そのままその懸念をギルバートに話したのである。

 「 戦はまだないだろうな。

   でも、その兆候が全然無いわけではない。

   ベリデロンが現実に襲撃されるという試みもあったからね。

   それで、ヘルメスがその対策の一部を考えているんだ。

   ヘルメスだけじゃなく、彼の配下も、ハインリッヒもアドニス師も何をすべき

  か色々と模索している途中だ。」


 「 あの、今ベリデロンが襲撃されたと仰いました?」

 「 うん、ここから先は内緒話になるから、テレパスにしようか。」


 リディアは頷いて、目を瞑り、ギルバートの気配を探した。

 一度覚えた波のうねりはすぐに見つかった。

 それに同調するとギルバートが返事した。

 『 うん、すぐにできたようだね。

   リディア姫は覚えが早いし、応用力もあるね。』


 『 ねぇ、ギルバート様。

   そのリディア姫というのを止めて下さらない?

   お兄様とは名前で呼び合っているのに、私には姫と付けるなんて不公平よ。

   私は少なくともお兄様よりも長いおつきあいでしょう。』

 『 そうだね。

   では何とお呼びすればいいのでしょうかな?』


 『 勿論、リディア・・・。

   それか、・・・。

   できればリディ・・。

   ううん、リディと呼んで欲しい。

   私は、ギルバート様のことをギルバートって呼ぶから。』


 『 うーん、そいつは困ったなぁ。

   僕は、リディア姫、いや、リディの警護役だ。

   そんなに親しげな呼び方は人前では無理だよ。』


 『 じゃ、人前ではそうしなくてもいいです。

   あ、人前と言うのはお兄様やメルーシャを除いての話ですよ。

   お兄様やメルーシャならギルバートも構わないでしょう。』

 『 本当は、それも差し障りがあるんだが・・。

   まぁ、ヘルメスやメルーシャが何も言わなければそうしましょう。』


 『 よかった。

   ね、ギルバート。

   さっき、お兄様の手に触れたら、お兄様の意識が読めないどころかはねつけら

  れちゃった。

   どうしてかしら?

   メルーシャの意識は良くわかったのに・・・。』


 『 あらら、やっぱりそんなことをしたんだ。

   さっきの叫び声で何となく推測はしていたけれどね。

   ヘルメスはリディと一緒で特別な力を持っている可能性がある人物だよ。

   だから、彼の意識は読めないんだ。

   このベリデロンではもう一人、リディのお母様がそうだね。

   お隣のハトラ領ではリディのお姉さんのクリスティナ・ケイアンズ子爵夫人と

  その二人の子供。

   僕もリディも彼らの意識は読めないね。』


 『 あ、母上の血筋なのね。

   じゃぁ、ひょっとして母上方のお爺様かお婆様の血を引いたのかしら?』

 『 そうだろうね。

   どちらの血筋かはわからないけれど、リディならわかるかな?』


 『 どちらもお亡くなりになって久しいけれど、・・・。

   お爺様には弟さんがいらっしゃって、まだベリデロン領内でご存命のはずよ。

   でも、ギルバートがそれを知らないなら、お爺様の家系じゃないわね。

   お婆様には他に親族はいらっしゃらないはずだから、きっとお婆様の家系だ

  わ。

   じゃぁ、お母様やお兄様それに御姉さまも私と同じような能力があると言うこ

  となの?』


 『 一般的にはそうなのだけれど、残念ながらイスメラルダ伯爵夫人とクリスティ

  ナ子爵夫人それにそのお子達はテレパシーも難しいと思う。

   ヘルメスは多分できるようになるだろうね。』

 『 なんでそんなことが判るのかしら?』


 『 人には皆オーラがある。

   人を包んでいる生命力の証としての光なんだけれど。

   僕にはそれが見えるし、感知できる。

   リディやヘルメスは一定の大きさ以上のオーラが感じられるけれど、イスメラ

  ルダ伯爵夫人やクリスティナ子爵夫人にはそれほどの大きさがない。

   だからそうとわかるんだ。』

 『 そのオーラって私にもわかるの?』


 ギルバートは頷いた。

 『 あぁ、多分わかるようになるだろう。』

 『 へぇっ・・・。

   でも、どうすればわかるようになるのかしら?』

 『 急がずとも自然にわかるようになる。

   そのための一歩として、周囲の人の意識を探ってみよう。

   周囲のどこかに別の人の存在が感知できるはずだから、やってご覧。

   最初に僕を探す時に恐らく手の感触から探ったかもしれないけれど、今日は違

  った方法で探したはず。

   それを応用してごらんなさい。』


 ギルバートに勧められて、リディアは素直に従った。

 間もなく幾つかの意識と思える者が感知できた。

 その内の一つには何となく親近感があった。


 ギルバートにその旨を話し、その一つのうねりに同調した。

 不意に、メルーシャの意識が見えた。

 慌ててそこから離れたが、メルーシャの記憶の大部分がリディアに流れ込んでいた。

 メルーシャはほのかな慕情を隠していた。

 ハインリッヒが好きなのである。

 だが、自分が後家であることと、自分と同じ年の男に恋心を抱くことを恥と考えているようだった。

 今のままならばメルーシャがその愛を打ち明けることは先ずないだろう。

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