第24話 新たなる能力(ちから)
By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)
そうしてその日は、ベリデロン港を望める丘の上までのギルバートとリディアの野駈けであり、護衛はつかなかった。
丘の上で、石の上に腰を降ろして、リディアに話しかけた。
「 リディア姫、僕を信じられるかい。」
「 ええ、ギルバート様の言うことなら無条件で信じますわよ。
でも、何なの?
急に改まって・・・。」
「 ん、いや、・・・。
これから少し信じられないような話をするけれど、最後まで話を聞いて欲しい
んだ。
どうかな?」
リディアは怪訝そうな顔つきながらも頷いた。
「 ええ、ただ聞いて居ればいいのね。
どうぞ。」
「 リディア姫には癒しの力があるのは僕も知っている。
君も勿論知っていてその力を使っている。
でも、それ以外にも君には人にはない力を持っている。」
「 人には無い力?
何、それ・・・。
魔法でも使えるって言うの?」
「 魔法じゃない。
でも、人から見れば魔法に見える力かもしれない。」
「 例えば?」
「 うーん、例えば、人の考えを読んでしまう力。」
「 嘘、・・・。
そんな力はないわ。
それに魔法にだってそんな力があるなんて聞いたことが無い。」
「 うん、魔法についてはその通りだ。
少なくとも魔法師の知っている術の中に人の心を読んでしまう術は無い。
人の心を操る術なら有るけれど、その対象となる人が抵抗する場合にはそれも
難しい。」
「 だったら、魔法も使えない私にそんなことができるわけないじゃない。」
「 そうだね。
姫に魔法を使ってもらおうと思っているわけじゃないけれど、魔法とは全く別
の力が姫にはあるんだ。
そうして魔法以外のそうした不可思議な力を持つ者が居ると言うことを信じて
欲しい。」
「 うーん、ギルバート様ならそうした力を持っているかもしれないとは思うけれ
ど・・。
少なくとも私には無いと思うわ。」
ギルバートはにっこりと笑った。
「 じゃぁ、試しにやってみようか。
僕が向かいに座るから、両手で僕の両手に軽く触れてみてくれるかな。」
ギルバートは向かい側にしゃがみこんで、掌を上にして両手を前に出した。
リディア姫はその手に掌を重ねた。
「 そのまま、目を瞑ってくれるかな?」
リディアは目を閉じた。
最初に遭った頃は、まだあどけなさを残していた少女だったが、今では十分に女性を感じさせる顔と肢体を持っていることを改めてギルバートに感じさせた。
「 姫、人の五感と言うのは、音を聞く力、物を見る力、臭いを嗅ぐ力、触れて物
を感じ取る力、それに味を感じる力の五つなのだけれど、それ以外にも別の力が
少なくとも君には備わっている。
それを6番目の感覚と言う。
今、姫と僕は手をつないでいるけれど、その感覚を忘れて欲しい。」
「 ええ、そんなの無理よ。
一体どうやってそんなことをすればいいの?」
「 さぁ、そいつは僕にもわからない。
でも、少なくとも何かに夢中になれば、少々の事が周囲で起きていたにして
も、そのことは知覚しないでも済むことがある。
だからそう言った感覚を呼び覚ますようにすればいい。」
「 そんなこと言ったって・・・。」
「 姫と初めて出会った時に手傷を負った従者の癒しをして命を救ったことがある
よね。」
「 ええ、確かに・・・。
でも、それが何か関係あるの?」
「 ああ、姫は手も触れずに負傷部位の止血をしたけれど、どうやってしたの?」
「 え、あぁ、あれは手を翳すと何となくわかるの。
で、そこに意識を傾注すればいいだけよ。」
「 あのね、癒しも一つの特別な能力なんだ。
姫はごく普通の事として扱っているけれど、本当は人の身体の随分と細かい部
分に働きかけている。
本当はどこに働きかければいいのかをしっかりと特定して、それから通常の状
態にするように働きかけなければいけないものなんだ。
血止めにしたって、正常な血液の流れを妨げる方向に働きかけてはいけないだ
ろうし、適度のところで元の流れに戻してやらなければならない。
まぁ、本来、人の身体は怪我をしても元に戻そうとする力が働くから、ある意
味でそれを手助けしているだけの話なのだけれど。
姫やメルーシャはそれをこれまでの経験と勘でそれをしているはずだ。
その勘がとても大事なんだ。
今しようとすることもその応用だと思えばいい。
目や耳や手に触れている感覚でなく、僕の存在を感じ取ってご覧。」
リディアは言われてみて初めて、自分が今までどうやって癒しをしていたのだろうと不思議に思った。
自分の癒しの力は、人によっては多少の違いはあっても、ヘイブンの女が当然受け継いでいるものだと思っていたし、特別な力とは考えないで行っていた。
だが、確かに手も触れずに怪我を治せるのは特別な力なのかもしれない。
リディアはギルバートの言葉を信じて、何かを感じ取れるかどうかやって見ることにした。
目を閉じ、耳に聞こえる雑音を意識から締めだした。
だが、ギルバートの手の触感は消そうとしてもどうしても消えない。
リディアは逆に手を触れていることでその触感から何か別の感覚を引き出せないか試してみた。
癒しの最初には傷の部位に手を翳してその部位が放つ何かの気配を察知することから始めている。
掌から何かを吸収するようにだ。
そうして癒すためにはそれから逆に掌から何かを出すような感覚があったはずだ。
リディアはその何かを吸収するような感覚を高めた。
そうして何かが感じられるのだが、どうしてもそれが掴めない。
リディアの額に汗が滲み出た。
「 リディア、余り力まない方が良い。
むしろ、少し気を曖昧にするといいよ。」
ギルバートのその声でふっと気を抜いた途端、何かを捕まえた。
リディアは、凄く懐かしく温かい雰囲気を捕えていた。
そうしてその雰囲気はゆっくりと波打つように動いている。
リディアはその波に気を添わせた。
ぴったりと波に符合した途端、声が聞こえた。
『 できたね。
リディア姫。
これが言葉を発せずに会話できる心と心の会話だよ。』
「 まぁ。」
思わず声が出た。
『 ギルバート様、貴方なのね。
これは魔法なの?』
『 いや、魔法にも似たような遠話という方法があるけれど、これは違う。
僕達はこの能力をテレパシーと呼んでいる。
遠話は周囲の気を集めてそれを連絡手段にしているだけだが、相手が相応の魔
法を扱える者でなければできないし、特定の人としか会話できないようだ。
だが、テレパシーは複数の能力ある人とも同時に会話できるし、場合によって
は人の意識を読み取ることもできる。
尤も、姫と同じような能力を持った者の意識は読みとれないけれどね。
この世界には、そうした能力を持っているかもしれない人が10人ほどはいる
よ。』
『 嘘でしょう。
人の意識を読み取るなんて私にはできないわ。
魔法師にだってそんなことはできないはずよ。』
『 そう、魔法師にはできない。
彼らは呪文で周囲の力を集め、ある定型的な操作を行うことで適当な形に変え
ることはできるけれど、リディア姫は魔法じゃなく自分自身に備わった力ででき
る。
今なら手の触れた相手の意識を読み取ることぐらいは楽にできるだろうね。
そうしていずれ、手を触れずに意識を読めるようになるし、その距離も広がっ
てくる。』
『 本当に?』
『 僕はやむを得ない場合以外は、嘘は言わない。
そうしてリディア姫に嘘を言う理由がないよ。
さてと、僕とテレパシーでつながっているけれど、それを切ることも覚えなけ
ればね。
僕とのコンタクトを切ってご覧。』
リディアは慌てた。
どうやって切ればいいのか全く分からないのである。
『 切れって言われても・・・。
どうすればいいの?』
『 どうやって僕とコンタクトしたの?』
『 どうやってって・・。
何か波の様にうねっている気配を感じて、それに合わせたらギルバート様から
声を掛けられた。』
『 うん、じゃぁ、その波のようなうねりから離れるんだ。
最初は難しいかもしれないけれど、くっついているものを引き剥がすつもりで
やってご覧。』
リディアは、引き離そうとしたが、できなかった。
まるで、懐かしいもの、暖かいものが居心地良くて引き離すことを拒んでいるようだった。
リディアは心を鬼にして、無理やり引き剥がした。
べりべりと音をたてるように、引き剥がしたのだが、そのためか痛みを感じて、リディアの顔が歪み、涙が浮かんだ。
「 はい、では今日のところはこれまでだね。
多分、疲れているはずだから、今日はできるだけ早く休んだ方がいいよ。
場合によっては昼食後ぐらいには居眠りをはじめるかもしれない。
体力は使っていないけれど、初めてのテレパシーの会話は疲れるんだ。
明日また同じ時間に、今度は手を触れずにやってみよう。」
ギルバートが言ったようにリディアはその日の昼食後、猛烈な眠気に襲われて、寝台に倒れ込んだ。
夕食時にメルーシャが起こしに来たのであるが、食欲が無いと言って、そのまま寝たのを夢うつつに覚えているだけである。
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