第23話 リディアのオーラ

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 ヘイブン世界に戻った時、出発からちょうど20時間余りが経っていた。

 警護についていた一族は、何事も無かったよと、それぞれがギルバートに思念で教えてくれた。

 5人の男女は僅かに足掛け二日の滞在ながら、アダーニ一家に随分と感銘を与えたようである。


 そうして、ギルバートは伯爵家のイスメラルダ、ヘルメス、リディアの三人が顕著なオーラを持っていることに初めて気付いた。

 イスメラルダはさほどでもないのだが、ヘルメスとリディアは他の者と比べるとかなり大きく綺麗な色合いのオーラを持っている。

 エディから教えてもらった知識の中では、ヘルメスとリディアはそれなりの能力を発揮できる超能力者ということになる。


 彼らを導いてやるべきか否かについて少し逡巡した。

 一つには彼らが伯爵と言うロルム王国の中でもかなり地位の高い一族に属していることである。

 彼らが超能力を持つことで、諍(いさか)いを招く可能性もあるからだ。


 超能力は人ならぬ力を生じさせるから、持ち主が傲慢であれば悪事を働くことも有り得るのである。

 そうした事例についてもエディの与えてくれた知識には少なからずある。

 リディアはここ1年以上もの付き合いで信頼に足るものと考えているが、ヘルメスについてはまだ知りあって日数が少ない。

 恐らくは大丈夫だと思ってはいるが、大事を期すに越したことはないだろう。


 リディアに先に超能力の発露をさせ、リディアから情報を貰うのも一つの方法である。

 今のところ手が足りないわけではないが、いずれギルバートに助けが必要とされる時には少なくともこの世界で信頼できる人物を傍に置いておきたかった。

 リディアはその第一候補であろう。


 アドニスとハインリッヒは、並みのオーラしか持っていない。

 イスメラルダも不足だし、クリスティナもイスメラルダより可能性が高いものの、恐らく超能力の発現には至らないだろう。

 イスメラルダは、伯爵臣下の貴族の娘であったが、その両親は既に他界しており、また。兄弟はいない。


 その親族にも超能力の発現がありそうな人物は見当たらなかった。

 尤もクリスティナは精霊使いになる可能性はあるし、その二人の子も同じである。

このヘイブン世界の住民は3億余り。


 ギルバートはその全てを思念で探ったが、可能性のある者は少なかった。

 シェラ大陸ではリディアとヘルメスの二人だけ、ラシャ大陸では4人で、どうやら家族であるらしい。

 ネブロス大陸では二人いるがよりによってサンファンの住民である。

 魔法と超能力の二つを使って探ったところ、カサンドラとブリュワースという若者であった。


 ブリュワースは情け容赦のない男として仲間内でも知られている。

 奴隷としているカリーニョやエスーゾを人とは扱わず、少しのミスであっても鞭打ちの処罰を加え、殺すこともしばしばある残虐な性格である。

 この男はいかに能力があっても仲間には決してしたくない輩である。


 カサンドラは、15歳。

 美しい娘に育っていた。

 但し、遺伝的な形質で病弱であり、半年ほど前に療法士からは持って5年と両親は知らされている。

 虚弱な体質ではないが、内臓機能が徐々に衰えて行く病気であり、サンファンのパリーニョ一族で尤も顕著な遺伝病である。

 概ね20歳までで死亡する事例が多い。

 療法士でもこの病気を癒せる魔法は無い。


 カサンドラを直接見たわけではないが、ギルバートはその症状から、ブリサルト症候群ではないかと考えていた。

 但し、一族に遺伝の形で引き継がれていることから、その亜種の可能性も否定できない。


 一族の一人サブリナがピートとイザベラの夫婦の力を借りて、最初に直した患者がブリサルトと言う名であったため、ブリサルト症候群と名付けられた。

 その後、またも一族の一人であるバーバラが、その亜種を見つけ、本来種と区別するために、ブリサルトB症候群と名付けた。


 こちらは、遺伝子に傷を持つ一族の間で近親婚を繰り返すと起きる症状であり、ブリサルト症候群と同じ治療法でも治るが、非常に時間がかかる。

 適切な治療を受ければ概ね1カ月で全快するのが本流種であるが、ブリサルトB種は、同じ治療法では数年かかることになる。

 バーバラとサブリナが共同研究を行った結果、ブリサルトB種は遺伝子の傷を癒しながら治療を行うと数カ月ほどで全快することが判っている。


 カサンドラはブリュワースと異なり、気性の優しい娘である。

 鉢植えの花や小さな動物に愛情を持って接している。

 但し、自らの命が長くないことをかなり前から知っており、多少自暴自棄のところもあるかも知れず、カサンドラの母メルバネルは、そのことを懸念していた。


 図書館の古書に執着しはじめたのも、一族の遺伝病の症状が顕著になってきた2年ほど前からである。

 母のメルバネルは、カサンドラが或いは死を予期して、それに抗する秘法を探すために古文書を盛んに見ているのではないかと考えていた。

 パリーニョの神話には、魔法師の長をも超える偉大な魔法師が現れれば、如何なる病でも治すことができるだろうと半ば公然と信じられていたのである。


 30年から50年に一人、そうした噂がパリーニョの中で高まり、女魔法師がそれに挑んで命を失っているのである。

 40年ほど前には3人の娘が魔法陣の中で同時に死ぬ事件が起き、余りのむごさに第一発見者は数日寝込んだと言う。

 魔法陣は魔族召喚の儀式に使われる黒魔術の結界であった。

 3人の娘達がどうしてその魔法陣を知ったかは不明であるが、支配層はその事実を秘密とした。


 歴代の魔法師長も、その意味を知っていたし、己の力に余るものと心得ていたから、そうした黒魔術につながる文書は全てを焼却したのである。

 それでもサンファンの書庫には数10万の古書や記録があり、その全てに目を配ったわけではないから、或いは、漏れているかもしれない。

 カサンドラはそこに気付いたのかもしれない。

 2年前から暇を見つけては、サンファンの4カ所にある図書館へ足しげく通っているのである。

 ギルバートは魔法によりカサンドラを監視することにした。

 少なくとも彼女が目にする文書は全てギルバートが見えるようにしたのである。

 ギルバートの覚醒した力を持ってしても、蔵書全てを確認するのに1年以上は掛かってしまうからである。


 ギルバートが覚醒してから10日が過ぎた。

 魔法師レオニードはギルバートの監視を諦め、サルメドスに戻って行った。

 代わりに、弟子が派遣されてくると言うが、早くても1週間後になる。

 その間に、ギルバートはリディアの超能力の指導を始めることにした。


 仮に、ヘルメスに同じ指導を行うにしてもその次になる。

 ちょうどヘルメスは伯爵の名代で隣国領ケイアンズ侯爵の祝賀のためにハトラ侯爵領へ旅に出た。

 そうしてリディアがメルーシャとともに部屋にやってきたので、ギルバートは野駈けに誘った。

 当初は大勢の警護が周囲を取り巻く大袈裟なものであったが、最近はそれも無くなり、供無しでも近郊ならば出かけられるようになっていた。

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