第36話 ルードリッヒの最後
By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)
次いで、ギルバートとリディアは、クロバニアのアジトへ跳んだ。
クロバニアにおけるサンファンのアジトは3カ所、そのいずれもがその日の内に全滅した。
クロバニアのアジトは三カ所で総勢100名を超える規模であったが、壊滅したのである。
二人はその日の夕刻には、サンファンに近いバランバの一角で野宿をした。
一方、サンファンで待機する魔法師長ルードリッヒは、エルトリアとクロバニアに潜伏する陽動部隊から一切の連絡が途絶えたことを知って驚愕した。
またしても何かの邪魔立てが入ったのである。
しかも消息を絶った魔法師の数は、実に130名ほどもになり、戦線に派遣している魔法師の一団とほぼ同数が一日にして壊滅した可能性がある。
有り得ない話ではあるが、定時連絡が全く入らないことから推測して間違いの無い話であろう。
戦線は有利に動いているが、仮に戦線にまでその影響が及ぶと取り返しがつかないことになるかもしれない。
ルードリッヒは、直ちに全軍に対して撤退命令を下した。
魔法師の数は多いとは言え、ここで更なる犠牲を生じては、サンファン自体が持たないばかりか、サンファンが襲われる危険も有ったからである。
魔法師達が城塞に戻るまで優に二日は掛かる。
カリーニョ主体の戦士たち全てが戻るのは更に二日は余分に掛かることになろう。
城塞に残る魔法師は総勢で150名足らず、余りに少ない数である。
それにもまして、居残った魔法師達の大半は戦に向かないとされる不適性対象者が多かった。
彼らは、ルードリッヒの指示に対して消極的ながら反抗する性質を持っている。
特に放火や瘴気を放って人を傷つけることには頑として抵抗するのである。
所謂、優しい性質の者たちであり、戦線などで相手を殺すことに躊躇いを感じる輩である。
能力は相応にあるにもかかわらず、魔法師の階級を守るため、サンファンの利益のために働くことを嫌う傾向がある者達である。
ために、彼らは作戦には使えなかった。
無論、彼らがルードリッヒに正面から歯向かうわけではない。
その様なことがあれば直ちに縛り首に処してしまうからそれは有り得ない。
だが、役に立たない魔法師達であることに変わりは無いのである。
ルードリッヒの危惧は翌日に現実となった。
サンファンの城塞の大門前に、二人の異邦人が佇んだ。
大門は固く閉ざされていたが、兵士達百名掛かりでも簡単に打ち壊せないはずの大門が破壊されたとの第一報がルードリッヒの元に届いたのは、朝食中のことである。
その大音響は、城塞の奥深くにあるルードリッヒの公邸にまで届いていた。
伝令は、破壊したのは二人の若い騎馬武者であり、一人は女と知らせて来た。
「 何故に、兵士たちで討ち取らん。」
ルードリッヒが怒鳴ると、武器が一切役に立たないと言う。
二人の周囲に結界が張られているようで一切の武器が中に侵入できないと言う。
二人の行く手を遮るためにあらん限りの方法を講じているが全て排除されていると言う。
更にまた、二人の周囲では一切の魔法が使えないと言うのである。
近寄れず、魔法も歯が立たないとすれば、できることは限られる。
ルードリッヒは一瞬城塞を逃げ出すことを考えたが、ここを出て一体どこへ行こうと言うのか。
当てなど有りはしない。
五百年にもわたってカリーニョを支配し、栄華を誇ってきたこの城塞国家を出たならば過去の放浪の旅が待っているだけである。
ルードリッヒは覚悟を決めた。
王座に最後までとどまることに決めたのである。
この大広間に敵が現れたならば、渾身の力で魔法を掛けるべく呪文を唱え始めたのである。
次第に近づく轟音が敵の接近を知らせていた。
ルードリッヒは、一世一代の魔法の準備を終えていた。
後は、敵が姿を現すのを待つだけである。
そうして待ちかねた侵入者が大扉を打ち破るように姿を現した。
若い男と女であり、あろうことか馬に跨ったままで玉座の間に入ってきた。
ルードリッヒは溜めに溜めた魔法の力を解放した。
侵入者は忽ち紅蓮の炎に包まれる筈だった。
だが、なにも起きてはいない。
発動していれば鉄をも溶かす高熱の炎が噴きあげていた筈だった。
二度三度と発動の呪文を唱え、無駄を悟ると、ルードリッヒは青くなった。
慌てて立ち上がろうとしたができなかった。
膝の上、肩の上に鉄の塊でも載せられたような力が加わっており、ルードリッヒは身動きができなかったのである。
ルードリッヒは恐ろしさで震え、失禁した。
男が馬上から話しかけた。
「 ルードリッヒ。
そなたの悪行は我慢の限界を超えた。
その責任は自らの命で購ってもらおう。
何か言い残すことは有るか。」
震える声でルードリッヒは叫んだ。
「 ええい、無礼者め。
偉大なる王の前に騎乗のまま現れるとは・・・。
無礼極まる所業じゃ。
磔にしても飽き足らぬわ。
一体、何者だ。」
若い男が苦笑しながら言った。
「 我が名は、ギルバート・ファルスロット。
流浪の剣士。」
「 その剣士風情が、何故わしの命を狙う。」
「 そなたは、このネブロス大陸にあってミルベキア僭主国を策謀で滅ぼし、そう
して今、その触手をエルトリアとクロバニアに伸ばし始めた。
己の野望のために幾多の罪なき民人が命を失い、身代を失ったことか。
そなたは、このネブロスのみならず、ラシャ大陸にもシェラ大陸にも魔手を伸
ばそうとしている。
そなたを放置すれば、此の先どれほど多くの命が奪われ、不幸になるかわから
ぬ。
従って、そなたの野望を砕くためにそなたの命をもらいうける。」
「 馬鹿な。
国同士が領地を争って戦うのは古今の歴史を見てもごく当たり前の話ではない
か。
何故、わしがその責めを負わねばならぬ。」
「 確かに、国同士がおろかな権力争いで戦いを起こす例は古今無数にあるだろう
な。
だが、魔法師が自らの野望のためにその力を使って国を謀略で滅ぼした例は極
めて少ないだろう。
そのような魔法師は権力を握ったにしても、すぐに王座を追われている。
そなたは魔法師の一団を使い、魔法では無く燃える水や瘴気を用いて、人心を
迷わせ、多くの罪なき人々を殺戮した。
ミルベキア僭主国やエルトリアの王家を破滅させたのもそなたの策略だった。
そのために実に多くのものの命を奪い、その過程で起きた戦では更に多くの者
達の財産が奪われ、子女が強姦されることになった。
エルトリアに攻め込んだクロバニア軍兵士の一部がそうしているし、今また、
エルトリアとクロバニアに攻め込んだカリーニョの兵士たちがこれまでのくびき
を放たれたように更なる悪行を行っている。
そのように仕向けたのはそなたであり、そなたが支配する魔法師とパリーニョ
騎士団の指導者たちだ。
その責任は大きい。」
若い男はそう言うと、馬上で剣を抜いた。
「 待て、待て。
わしの命の代わりに黄金をやる。
だからわしの命を狙うな。
宝物庫には大量の黄金がある。
それをお前にくれてやる。
好きなだけ持って行け。
だから・・・。
な、助けてくれい。」
「 黄金に興味は無い。
死んでからそなたの所業を振りかえり後悔するがよい。
さらばじゃ。」
若い男はそのまま無造作に玉座に歩を進め、剣を一振りした。
途端にルードリッヒの頭が玉座の間に転がった。
玉座には頭を失った胴体からひとしきり血が噴出していたが、やがて血の噴出も止まり、頭部を失った身体が小刻みな痙攣を二、三度起こして動きが停まった。
王座の間の大扉の外には魔法師や剣士たちが大挙してその様子を覗いていた。
彼らの誰もがこの若い男女に手出しができなかったし、今でも開いている大扉の戸口から中へは入れないのである。
結界と同様に何か見えない力が働いて、一人の侵入者も赦さなかったのである。
若い男と女は、その場で馬の向きを変えた。
若い男が言った。
「 さて、今少し、仕事をせねばならないな。
ルードリッヒに与していた魔法師の一団いずれも赦しがたし。
従って、その命を貰う。」
途端に玉座の間の大扉の広い通廊に群れていた魔法師の半数がバタバタと倒れた。
その同じ頃、エルトリア国境から撤退を始めていたサンファンの従軍魔法師も同じくバタバタと倒れて全滅した。
その知らせが届くのは二日後のことであった。
「 魔法師エルドリンをこの場に呼んで参れ。」
若い男の命令が発せられ、通廊の人々が右往左往する。
その内に、一人の年寄りが連れて来られた。
まるで罪人のように戸口まで引き立てられてきたのである。
若い男が言った。
「 エルドリン。
そなたをこのサンファンの宰相に任ずる。
サンファンに住む人々を導き、良き国造りをせよ。
私は粛清の王、ギルバート。
サンファンをルードリッヒの呪縛から解き放つ者だが、サンファンを自らの手
に治めようとは思わぬ。
そなたとそなたに従う者で新たな国を造り上げるがよい。
だが、他国に侵略はするな。
そのようなことを始めれば、すぐにも粛清の嵐がサンファンに起きることにな
る。
ルードリッヒに与した魔法師達はエルトリアに派遣されていたものを含めて全
ていなくなった。
パリーニョの騎士たち、カリーニョの戦士や住民達と協議しながらこれからの
サンファンの行く末を決めることだ。
それともう一つ。
誰か、魔法師の娘、カサンドラを呼んで参れ。」
通廊がまたひとしきり騒がしくなった。
やがて一人の若い娘が現れた。
今度は罪人のようには扱われてはいなかった。
若い娘は、入口の付近で片膝をついて、頭を下げた。
どうやら細かい事情は知らずとも、とてつもない力を持った男が現れたのを伝え聞いており、そのために服従の姿勢を取ったのだ。
若い男が声を掛けた。
「 魔法師の娘、カサンドラか?」
「 はい、カサンドラと申します。
お呼びにより参上しました。」
「 カサンドラは、我らと共にこのサンファンから離れることになる。
場合によっては、カサンドラが我が意をエルドリンに伝えることになろう。
カサンドラ、暫しの猶予を与える。
旅の用意をして、ここへ立ち戻れ。」
「 畏まりました。」
カサンドラはそう言って姿を消した。
エルドリンが片膝をついて言った。
「 粛清の王、ギルバート様。
これから、いずこへ参られまするか。
また、いつお戻りになるのでしょうか?
そうして、我らが貴方様にお尋ねしたきこと有る場合は、いずれへ参れば宜し
いかお教え下さりませぬか?」
「 今のところ、この地へ戻るつもりはない。
どうしても必要な場合にはカサンドラが参ることになろうが、多分その必要も
無かろう。
エルドリン、そなたがこのサンファンの実質的な王なのだ。」
「 おそれながら、私はルードリッヒ魔法師長にも忌み嫌われた能力なき魔法師に
ございます。
確かにルードリッヒ魔法師長に与した者どもは皆命を失ったようにございます
が、私がこのサンファンを治める自信は全くございません。」
「 エルドリン、そなたが心に思っていたことを実現するがよい。
時間は掛かるだろう。
全てを急に変えることは難しいだろうが、できることから手をつければよい。
今、生き残っている魔法師達はルードリッヒから見れば意気地無しの能力なき
魔法師かもしれぬが、人の命を大事にし、平和を求める熱き心を持った同志たち
だ。
よくよく話し合って決めれば自ずと道は開けるだろう。」
エルドリンは白髪頭を振りながら言った。
「 止むを得ませぬ。
全く自信はございませぬが、ギルバート王の御言葉故、できる限りのことはし
てみましょう。」
ギルバートは頷いた。
やがて、カサンドラが両手に袋を下げて戻ってきた。
「 申し上げます。
仰せの通り、とりあえず旅立ちの用意をしてまいりました。」
ギルバートが尋ねた。
「 カサンドラ、旅をしたことは?
馬には乗れるか?」
「 私は馬に乗ったことは有りませぬ。
また、生まれてからこのサンファンを離れたことは有りませぬ。」
「 馬車は御せるか?」
「 いいえ、それもやったことは有りません。」
「 ふむ、止むを得ないな。
エルドリン。
カサンドラのために一頭仕立ての荷馬車を用意してくれぬか。
御者は不要だ。」
宮殿の門前にすぐに小さな荷台の付いた馬車が用意された。
カサンドラが荷馬車に乗ると荷馬車の馬の手綱をギルバートの鞍につけて、ギルバートの乗馬が動き出すと荷馬車を引いた馬もそれに従った。
そうして二人の若い男女とカサンドラはサンファンを旅立った。
サンファンの破壊された大門をくぐって間もなく、バランバの草原に三頭の馬と荷馬車それに三人の男女の姿は忽然と消えた。
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