第37話 クロバニア擾乱

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 カサンドラは、不意に周囲の景色が一変したのに気づいた。

 バランバは乾期に入っていたが、今居る場所は湿度が高く、温度も少し高いように感じられた。

 何より樹木が多い。


 そうして、前方には大きな街並みが見えてきた。

 町外れに関所があり、そこには兵士が数人屯している。

 一行はその関所にゆっくりと近づいて行った。

 遠目には旅人に見えるに違いない。


 だが、若い女の一人は剣を持ち、今一人の女は明らかに魔法師然とした袈裟衣を着ているのだから目立つことこの上ない筈である。

 カサンドラもサンファン以外の地では女の魔法師は居ないと聞いていた。

 ついでに女が長剣を携えているのも非常に珍しいはずである。


 案の定、関所の兵士たちがこちらを指さしながら何かを話し合っている。

 その内に、屯所から更に数人の兵士が現れた。

 カサンドラは面倒を予期したが、ギルバートと名乗る男と若い女は何の頓着もせず歩を進めている。


 そうして間もなく関所に掛かろうかというところで、奇妙なことに気付いた。

 関所の兵士たちが何かに押されるように脇へ押しやられているのである。

 その内に槍や弓を構えた兵士が更に増えて、槍を突き、弓矢を射るのだが、槍も弓矢も三人には届かない。


 魔法ではないが何か強力な結界のような物が周囲に張られているらしく、兵士たちは押しのけられ槍も弓矢も撥ねつけられているらしい。

 関所は大騒ぎになった。

 馬に乗った伝令が御城の方へ走り去って行った。

 恐らく城に急報を知らせに行ったのだろう。


 更に面倒なことになるだろうが、サンファンの出来事からして、あのギルバートという若い男と連れの女が居れば何が有っても目的を果たしてしまうだろうとカサンドラは思った。

 おかしな話だが、カサンドラは二人の男女をすっかり信用してしまっていた。


 ルードリッヒ魔法師長は、カサンドラから見ても心正しき人には見えなかった。

 カリーニョを差別し、人を人とも思わぬ見下した態度は、贔屓目に見てもずるがしこい男としか見えなかったものだ。


 取り巻きの連中も同じであったがエルドリンを筆頭に良識派と呼ばれる魔法師達は左程多くなく、権力の無い者たちばかりでもあった。

 カサンドラは特にエルドリンに与する者では無かったが、そうかと言って性質の悪い主流派のルードリッヒに与するつもりはなく、一人古文書を調べる毎日であったのだ。


 友達は少なかったが、親しい友人はいた。

 幼馴染のエミーシャがその一人であった。


 おとなしい娘でカサンドラと歳も似通っていたが、この春に病気で亡くなった。

 カサンドラと同じ遺伝の死病である。

 最後はやせ衰えて食事もできずに亡くなっていた。

 余りに変わり果てた友の姿にカサンドラは涙も出なかった。


 いずれ自分にもその運命が待ちかまえていると考えるとやりきれなかった。

 友を荼毘に付したその夜自分の部屋で一人泣いたものである。


 カサンドラの父親もカサンドラが幼い時に相次いで亡くなっており、母も急な病で数か月前に亡くなった。

 カサンドラに身内と呼ばれる親類縁者は一人もいない。

 有る意味で呪われた家系でもあるかもしれない。


 元々は王国の魔法師長を務めた男が先祖である。

 その先祖が亡くなって、仕えていた王家の一族が衰退、放浪の旅が始まったと伝え聞いている。

 王家の王を殺して今のサンファンを造り上げた魔法師長は別の家系である。


 それもあってか、歴代魔法師長とはそりが合わない家系でもあり、不遇でもあった。

 エルドリンやエミーシャとは遠い縁戚関係でもあったのだ。


 そうして関所から続く街並みに一行は入っていた。

 続々と兵士が押し寄せてきていたが、一行の足並みを止めることはできない。

 周囲を大勢の兵士が取り囲みながらも一切の攻撃が寄せつけられなかった。

 兵士に混じって魔法師の姿もちらほらと見えるが、彼らも何もできないでいる。


 いや、必死に呪文を唱えてはいるのだが何の効果も発揮できないでいるのである。

 遂に一行は城門前に到達した。

 人の背丈の10倍ほどもある城壁の一角にその大門はあり、巨大な大扉は閉められていた。

 だが、その巨大な大門ですら一行の障害にはならなかった。


 扉の内側に嵌められた閂の巨木が三本も大きな音を立てて折れてしまい。

 大門は呆気なく開いてしまった。

 その大門の上からは大きな岩が落とされ或いは煮え湯が注がれたが、一行には届かず周囲に飛散して取り囲んでいた兵士たちが怪我を負い、火傷を負うことになった。


 一行はそのまま城門を通り、坂道を登り、開けた台地に到達した。

 目の前には大きな石造りの白亜の屋敷が聳え立っていた。

 その玄関先でギルバートら一行は歩みを止めた。


 ギルバートが大声で言った。

 「 クロバニア国王ハイマール殿、出でませい。

   お出ましにならねば、無理にでも引き出すことになる。

   速やかに姿を見せよ。」


 その声は大きく邸内で多くの兵士に守られている国王ハイマールにも届いていた。

 ハイマールは無視をした。

既に500人を超す兵士が侵入者の周囲を取り巻き、宮廷魔法師達も総出で侵入を止めようとしているのだが、何の効果も無い。


 そんな化け物のような男の前にむざむざと出て行くわけには行かなかった。

 だが、一方で逃げ出すわけにも行かなかった。

 クロバニア国王ともあろうものがたった三人の闖入者に追われて城を逃げたとあっては、臣下の手前、示しが付かないのである。

 だがそうだからと言って、のこのこと呼び出しに応じるわけにも行かなかった。

そのまま暫く時が過ぎた。


 再度、ギルバートが大声で告げた。

 「 クロバニア国王ハイマール殿、即刻お出でにならねば、この館を破壊するがそ

  れでも良いか。」

 その言葉はハイマールにも届いていた。


 20ほども数える猶予があったが、何の前触れもなくふいに轟音を響かせて、宮殿の東側が崩れ始めた。

 宮廷に仕える女官達の悲鳴が宮殿内に響き渡った。


 まるで宮殿が巨人の手で少しずつ握りつぶされるがごとく壊れて行くのである。

 宮殿内に潜んでいた兵士たちも流石に浮足立った。


 侵入者に一矢も報いることができないばかりか城門を打ち破られ、今また石造りの宮殿が紙細工のように破壊されているのである。

 彼らは破壊の現場から逃げるしか方法が無かった。

 既に廊下はそうした兵士や女官の避難路となって阿鼻叫喚の惨状を呈している。


 ハイマールも流石にその土ぼこりが室内にまで及んでくるようになるとじっとしては居られなかった。

 「 止むを得ん。

   わしが直々に逢おう。」


 側近が悲鳴に近い言葉を発する。

 「 陛下、それは余りにも無謀というものにございます。

   どうか、ここはいったん退かれては・・・。」


 「 馬鹿もの、ここはわしの城じゃ。

   ここを逃れてどこへ逃げると言うのじゃ。

   仮に一時的に逃れても、あ奴が追ってくればまた逃げねばならぬではないか。

   その様な無駄はせぬ。

   宰相ミザール、あ奴に伝えよ。

   今から余直々にそちらに参るとな。」


 傍にいた宰相がすぐに命令に従った。

 ミザールの伝言で漸く宮殿の破壊が止まった。

 既に宮殿の東側三分の一ほどが瓦礫と化している。


 土ぼこりの収まるのを待って、ハイマールは精々威厳を取り繕って玄関先へと向かったが、足元は落ち着き先が覚束ないほどがくがくと震えっぱなしである。

宮殿の玄関は数段の階段になっており、闖入者はその階段の下に馬に乗っていた。

 若い男が一人、同じく馬に乗った若い女が一人に、小さな荷馬車に乗ったこれまた若い女が一人であり、荷馬車に乗った女は、服装からすると魔法師の様にも見えた。


 ハイマールは震えながらも最上段で声高に叫んだ。

 「 わしが国王じゃ。

   玄関先で呼びつけるとは無礼にも程がある。

   その方何者じゃ。」


 ハイマールの目線よりも下にいる若い男が言った。

 「 我は粛清の王、ギルバート。

   クロバニア国王に申し上げる。

   クロバニアの野心好ましからず。

   先には国内の乱れに乗じてミルベキア僭主国の領地を奪い、今またエルトリア

  王国にその触手を伸ばしている。

   ために、ミルベキアは滅び、エルトリア王国の領民は塗炭の苦しみに喘いでい

  る。

   家財を強奪され、家を焼かれ、田畑を荒らされ、女は幼き者まで強姦されてい

  る。

   その元凶は、ハイマール殿お手前の飽くなき領土欲から発したもの。

   その元凶を取り除くはいと易き事なれど、お手前に反省の機会を与えよう。

   エルトリアに侵攻している軍勢、直ちに国内に引き上げさせよ。

   さもなくば、このクロボスを破壊し、そなたの一族郎党全てを皆殺しにする。

   返答や如何に。」


 「 馬鹿なことを、栄枯盛衰は時の流れじゃ。

   弱きものを平らげてその領土を奪うに何の遠慮がいる。

   これは世の常じゃ。」


 ハイマールは精一杯の反論をした。


 「 ほう、弱き者は虐げても良いと言うのだな。

   ならば、ハイマール殿、私から見てこのクロバニアは弱き国。

   されば、そなたやその一族を皆殺しにして国を奪っても良いのだな。」


 ハイマールは真っ青になった。

 「 待て、そうではない。

   国同士の争いの話だ。

   国王を殺して、その国を奪うなどもってのほかじゃ。」


 「 国であれ、人であれ、同じことではないか。

   そなたの臣下は、国では無く、エルトリアの領民を傷つけその家財を奪ってい

  る。

   その所業は夜盗と何ら変わらない。

   そなたを殺せばその所業が少しは改まるかも知れぬな。」


 「 待て、待て・・・。

   判った、軍勢は直ちに退く。

   だから無茶はよせ。」


 「 ハイマール殿、一時しのぎの口上ならば止めておいた方がいい。

   私はいつでも、この館を消し去ることができるし、そなたの命も貰いうけるこ

  とができるのだぞ。」


 ハイマール王は、必死に叫んだ。

 「 嘘では無い。

   全軍を直ちに撤退させるように伝令を遣わす。」


 「 よろしい。

   では、以後、他国に侵略しないと約束をしていただこう。

   そうすれば我らは引き揚げる。」


 「 わかった。

   約束する。

   以後、他国は侵略しない。

   だが、他国から侵略を受ければ我が領地は守るぞ。

   それは良いな?」


 「 領地を守る戦なれば止むをえまいな。

   だが、その領地をひとたび出るようならば、次の猶予はないぞ。

   そなたが、頭で夢見るだけならば許すが、ひとたびその夢を実行に移さんとし

  た時は、そなたの胴と頭は離れていることになるだろう。

   猶予は一度だけだ。

   ハイマール殿、直ちに全軍を撤退させるよう伝令を出しなさい。

   今後三日以内に撤退を開始し、5日以内にエルトリア領域からクロバニア軍が

  撤退し終わっていなければ、何処に隠れていようともそなたの命を貰いに参る。

   急げよ。」


 そう言うと若い男は馬の首をもと来た道に向けさせた。

 女二人もその動きに従った。

 周囲を取り巻く軍勢が、またも移動を始めた。

 関所を通り抜けると軍勢はそこにとどまった。


 三人は次第に関所から遠ざかり、やがて唐突に姿を消していた。

 クロボスから急使がエルトリアの最前線に向かい、潮が引くように全軍が撤退を始めたのはその二日後であった。

 落城間近であったエルトリアの各城塞はようやく息を吹き返していた。

 エルトリアの再興は時間が掛かった。

 荒廃した領内の田畑を再整備するだけでも数年は掛かるだろう。

 それにもまして多くの人材が失われ、家財が奪われていたのである。

 エルトリアは幸いにしてその後長らくクロバニアから侵攻を受けることも無かった。

 クロバニア王ハイマールは真底から怯えていたから、絶対に他国へ軍を派遣することは無かったのである。

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