第52話 ロルム王国の護国卿
By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)
一方のロルム王国は完全勝利に沸いていた。
過去何度もあったシャガンドとの戦役であるが、一人の犠牲も出さずに勝利した戦は無かった。
全てがギルバートとヘルメスが計画した通りに動いた。
ベリデロンの海軍は期待以上の働きでシャガンド海軍を殲滅した。
五万のシャガンド上陸軍に対抗した十万のロルム軍勢は、ギルバートが布陣だけで良いから動くなと言われ、その場を動かずにいた。
彼らが突撃してきてもなお動くなと言われ、彼らは戸惑ったが、そのすぐ後で大竜巻がシャガンド軍を殲滅した。
彼らは動かずして勝利を得たことなど初めての経験であった。
さらにネザールでは賦役で築いた土塁と付近で湧き出る嫌なにおいの黒い液体を大樽に詰め、それに炸裂弾を投げるだけで侵攻軍を撃退した。
これも全てギルバートとヘルメスの計画である。
最前線の第二城塞要員は夜陰に乗じて見張りを殺害し、その後で入口付近の岩を崩しただけである。
この岩を崩す位置もギルバートとヘルメスの指示に従っただけであるが、実に簡単な作業であった。
一人が岩山によじ上り、その頂上付近から小岩を下に向けて転がしただけである。
それだけで大崩落が起き、出口は大きな岩塊で塞がったのである。
ギルバートとヘルメスの名は一躍ロルム王国救国の士として有名を馳せた。
サルメドスの祝勝会では二人の功績が称えられたが、二人は特に自慢するわけでもなく、内偵した者の情報が確かだっただけで、我らはその情報に従って作戦を立てただけと謙遜していた。
内偵者の名はその後も二人の口からは決して語られることはなかった。
しかしながら実しやかにギルバートは実は大魔法師ではないかと言う話がロルム王国の貴族の間に広まった。
これに聞き耳を立て、気を尖らしたのがアルバロンであったが、彼にしても噂が真実か否かその後の内定調査でも何の確証も得られなかった。
但し、ロルム王家、特にエルムハインツの二人に掛ける信頼は富に強まったことは言うまでも無い。
第一王子リヒテルは結婚して七年になるが未だに子宝に恵まれていなかった。
そうしてその勝利の年の冬に、第一王子リヒテルは流行病で呆気なく死んだ。
このために王位の第一継承者は第二王子のエルムハインツに移ったのである。
エルムハインツには既に嫡子があり、更にその奥方は二人目も懐妊していた。
ロルム王家に世継ぎの心配は無かったのである。
そうして、その二年後、ロルム王国の国王ハデルマイセンは六十二歳で病死した。
エルムハインツの戴冠式は慣例により葬儀の一年後に執り行われることになっていたが、王のハデルマイセンが病気で伏せった時から事実上の職務はエルムハインツが引き継いでいた。
一年の喪に服した後で、エルムハインツが正式に国王となるための戴冠式に臨むのである。
戴冠式には、ベリデロンのデメトリオス伯爵は無論のこと、ヘルメスとギルバートもエルムハインツの友人として招かれていた。
サルメドス在住の貴族の子弟ならばともかく、地方領主の子息と娘婿が戴冠式に正式に招かれることは極めて異例のことであった。
エルムハインツ王が誕生して半年、相変わらずベリデロンもウェルブールも繁栄が続いていた。
変わったのはギルバートの公的名称である。
ベリデロンが初めて造った職名に習って、ロルム王家がギルバートを護国卿と任命したのである。
ギルバートはベリデロン伯爵領とロルム王国二つの護国卿となった。
エルムハインツはギルバートに新たに領地をやろうと言ったのだが、ギルバートは丁寧に辞退した。
今あるウェルブールだけで十分であり、これ以上の領地は不要ですと答えたのである。
エルムハインツは笑いながら言った。
「 ギルバートなら、或いはそう言うのではないかと思っていたが・・・。
全く欲の無い奴だ。
まぁ、良い。
いつでも欲しくなったら申し出るがよい。
どこでも好きなところをやる。
何なら王位も譲ってやるぞ。」
ギルバートは苦笑した。
「 滅相もございません。
王位なんぞ、私には重荷になるだけです。
陛下に重荷を背負っていただかねば私が楽をすることができなくなります。」
エルムハインツは笑いながら言った。
「 こ奴、わしに重荷を負わせて自分は楽をするつもりか。
まぁ、仕方がないか。
そういう運命に生まれついたがわしの定め。
重荷を背負うて行くしかないのぉ。」
結果として、ギルバートは陪臣から旗本に変わったのであるが、陪臣の時も旗本になってからも、エルムハインツに応対する態度は全く変わらない。
非礼には当たらないが、かといって臣下が主筋に対応する礼儀からは少し離れているように思われる。
だが、エルムハインツも、傍にいる近従もそうしたギルバートの応対に何の違和感も無いと思うところが不思議だった。
恐らく根が正直だし、ギルバートの自然体が周囲にそう思わせるのだろうとエルムハインツが近従に漏らしたことがある。
「 実際のところ、あ奴はわしの大事な友であって、臣下ではないのだろうな。
だが、必要とあればいずれの臣下にも負けぬ働きを見せるはずだ。
そうしてわしが何も言わずとも期待以上の動きをしてくれる。
だからわしもあ奴を頼りにできる。
不思議な男よ。」
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