第40話 ヘルメスの想い
By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)
翌日から、カサンドラは仕事の合間を見つけてはリディアやギルバートから体力的な訓練を受けた。
左程の運動もしていないのに、夜は身動きできなくなるほど疲れていた。
だが、最初はべとついた汗も、徐々にサラサラに変わる頃、食も進んだし、血色が随分と良くなった。
一ヶ月半が過ぎた頃、腕回り、腰回り、胸回りにも肉が付いてきたと同時にお腹の贅肉が取れてきていた。
そうして、それにもまして肌つやが良くなり、最近はヘルメスと一緒に剣術に励んでいる。
まだまだお嬢様芸の域を出ないが、筋肉が付き始めるとともに動きに敏捷性が出てきていた。
体力的な訓練を始めてから二カ月を過ぎた頃、カサンドラはリディアに伴われてギルバートの部屋に赴いた。
そこには、ヘルメスもいた。
ギルバートの指示で床に座らされ、四人が円陣を組む形になった。
カサンドラはそこで超能力の訓練を受けた。
カサンドラの魔法をこなす能力が妨げになり、中々にテレパスができなかったが、剣術の訓練で相手の動きから次の予測をするときの気配を感じ取る方法を思い出せと言われ、カサンドラは他の三人を感知できるようになった。
一旦テレパスの能力を身につけると後は早かった。
四人でリンクをして行う超能力の練度はすぐに上がったのである。
カサンドラはテレパス、テレポート、テレキネシスをすぐに覚えることができた。
その超能力を身につけた後の、体力訓練は凄まじいほどの上達ぶりであった。
1カ月過ぎた頃には小太刀の名手であるメルーシャを追い越し、ハインリッヒと試合を行ってもそこそこに戦えるようになってハインリッヒを唸らせたのである。
カサンドラはギルバートから覚醒の試練を受け、その夜、大南洋の無人島にギルバート、ヘルメス、リディアと共に訪れた。
カサンドラは速成で訓練を与えられたために若干反動が大きかったのである。
カサンドラの覚醒で島の半分は吹き飛んでしまった。
覚醒以後、カサンドラとヘルメスの仲はより親密になっていた。
そうしてリディアの18歳の誕生日を祝う晩餐会の夜、ギルバートはリディアとの結婚を申し込み、リディアとその両親から承諾を得た。
その直後、ヘルメスが、カサンドラとの結婚を許して欲しいと願い出たのである。
デメトリオス伯爵は途端に渋い顔つきになった。
理由は簡単であった。
身分の違いである。
侍女と伯爵の子息では如何にもそぐわないと言うのである。
何としても了承を得たいとするヘルメスは赦してもらえないならば家出をするとまで言い出した。
晩餐会は忽ち白けた雰囲気になった。
その場を旨く取り持ったのはギルバートと伯爵夫人のイスメラルダである。
別室に伯爵とヘルメスを移動させ、そこでギルバートがカサンドラの出自を説明したのである。
驚いたのはデメトリオス伯爵だけではなくヘルメスも同じであった。
「 何と、カサンドラはクラニダル王国の王家の末裔だと?
ギルバート殿、それは確証があってのことですかな。」
伯爵が驚きの顔を隠そうともせず尋ねた。
「 ええ、必要ならば系図をお持ちしますが、クラニダル王国は凡そ700年前に成
立し、歴代ブルワース一族が王家となっております。
その第11代国王がケイン・ブルワースでしたが、その宮廷魔法師長を若くし
て務めたのがマハドレル・バルテスです。
マハドレルは、ケイン国王の信頼厚く、ケイン国王の末娘であるシャリエルを
妻としました。
シャリエルは二人の子供を設け、二人とも男の子でしたので魔法師となりまし
たが、マハドレルが亡くなって4年後、第13代国王ヨシュア・ブルワースの時
に内乱が起き、反徒の手によってブルワース王家は国から追放されます。
ブルワース王家は僅かの忠臣とともに国外に逃れ、ネブロス大陸南部に広がる
バランバと言う荒れ地に隠れ住みます。
その時隋臣したのが当時王宮魔法師長となっていたモスク・ヴェンデルと宮廷
魔法師の一族です。
モスクは放浪の旅の中で、王家の一族に反乱を起こし、王家を皆殺しにして放
浪の一族を牛耳りました。
その放浪の一族の中に、反乱には加担はしなかったのですが、マハドレルの子
孫であるバルデス一族も含まれていたのです。
バルデス一族は王家に近かったことから冷遇されましたが、モスクが造った戒
律である魔法師が最上級特権階級であることに助けられその子孫は生き永らえま
した。
カサンドラの本名はカサンドラ・バルテス。
マハドレルの直系子孫なのです。
先般、恐らくは偽名と思われますがカールセンと名乗った不審人物がこのベリ
デロンへ入り込み、伯爵一族の御命を狙った事件がございましたが、その元凶は
ネブロス大陸のバランバに生まれた城塞国家サンファンが関係しておりました。
サンファンの国王はモスクの子孫であるルードリッヒ・ヴェンデルであり、サ
ンファンの魔法師長でもあります。
ルードリッヒは、ミルベキア僭主国を破滅に追い込み、エルトリアとクロバニ
アの餌食にしました。
その上でエルトリアに的を絞ってその内乱を誘い、国力が弱ったところへクロ
バニア王国の侵攻を促したのです。
エルトリアは内乱のために極端に国力が落ちていましたので、クロバニアの侵
攻を跳ね返すだけの余力はほとんどなく、各地の城塞に籠城して抵抗するだけの
状況でした。
そこへ更にバランバから10万もの大軍を擁したサンファン軍が攻め込み、エ
ルトリア軍、クロバニア軍とも交戦を始めたのです。
エルトリアは二つの強力な軍から攻められ正に風前の灯でした。
サンファンの軍勢はカリーニョと呼ばれる先住民族主体の軍隊であり、クロバ
ニアの豪傑でもなければ対等に戦えないほどの強力な戦士です。
エルトリアだけでなくクロバニアも苦戦する状況にあったと思われます。
サンファンを牛耳るルードリッヒを放置すれば、ネブロス大陸は勿論のこと、
ラシャ大陸、シェラ大陸さえもサンファンの策謀に踊らされることになったでし
ょう。
サンファンには魔法師が極端に多いのです。
シェラ大陸でも大国の一つであるロルム王国ですら、各地の領主が抱える魔法
師を含めて30名足らず。
ですがサンファンは実に300名からなる魔法師の一群を有していました。
彼らは可燃性の液体や瘴気を利用して余り魔法を使わずに国力を弱め、要すれ
ば数10名規模の魔法師の軍団を編成し、戦役に加勢します。
従って、エルトリアであれクロバニアであれ、魔法師の戦力ではるかに劣って
いることになります。
しかも、魔法師の能力は群を抜いており、失礼ながらアドニス師程度の能力な
らば並み程度であり、宮廷魔法師長のアルバロン師以上の能力を有する魔法師だ
けでも20名を超えているでしょう。
従って、サンファンがネブロスを完全に掌握したならば次にはラシャ大陸又は
シェラ大陸東部が狙われた可能性が高いと思われました。
いずれにせよ、被害がシェラ大陸に及びやがてロルム王国やベリデロンに及ぶ
ことは必定と思われましたので、その元凶を断つことにしたのです。
私とリディア姫が旅と称してその実ネグロス大陸に赴き、ルードリッヒを殺害
して参りました。
リディア姫は立ち合っていただけで手は下していませんのでご安心を。
また、ルードリッヒに与していた魔法師の一群も殲滅して参りました。
そうして、生き残った穏健派の魔法師の代表者に後を委ね、カサンドラのみを
連れて、バランバを後にしました。
次に向かったのはクロバニアの王都クロボスで、国王ハイマールを脅して、エ
ルトリアに侵攻中のクロバニア軍を撤退させるように仕向けました。
ネグロス大陸の騒乱は沈静化するものと見極めてから、カサンドラを連れてベ
リデロンに戻って参りました。」
「 何故、カサンドラをサンファンから連れ出したのじゃ。」
「 一つは、隠れた能力を有するカサンドラをお味方にするため。
今一つは、・・・。
こちらは期待が薄かったのですが、あるいは、ヘルメス殿の御相手として相応
しい女性であるやもしれぬと思い、連れて参りました。」
「 何と、最初からヘルメスに目合わせるために・・・。
そうしてまんまとヘルメスめが乗りおったわけか。」
「 こちらから紹介する前に、ヘルメス殿が既に接近していましたね。
まったく、美しい女性とみると目が無い。
ヘルメス殿が本気で女漁りを始めたら、遊び人で名高い、エルムハインツ殿と
いい勝負をするかもしれません。」
「 それにしても、幾ら王家の血を引くとは申せ、700年前の古証文、本当に系図
があるのか?」
「 ええ、ございます。
滅びたミルベキア僭主国の図書を集めた館に残っていたクラニダル王国の系図
があり、そうしてまた、サンファンの図書館にサンファン設立当時の魔法師30
家の系図がございます。
そうして、サンファンの魔法師階級は血筋を重視しますので代々の系図が全て
残されています。
伯爵が御入り用ならば、用立てて参ります。
サンファンのものは頼めば貰えるでしょうが、ミルベキア僭主国のものは、今
は誰も管理する者がいない館に放置されたもの。
黙って拝借するしかありませんが・・。」
「 黙って・・とは、つまり盗みか?
うーん、我が義理の息子になろうかというそなたに盗みをさせるのは気が引け
るが・・。
頼む。
我が親戚筋は、血筋に煩い。
嫁に出す、リディアはともかく、跡継ぎのヘルメスのこととなれば声高に血
筋、家柄を叫びたてる。
彼らを黙らせる後ろ盾がなければわしもヘルメスの我儘をおいそれとは認めら
れんのだ。」
「 判りました。
では、そういたしましょう。
それと、系図を持参して、ディアス・ケイアンズ侯爵に頼めば、カサンドラの
養女先にもなってくれましょう。
ケイアンズ家にとっても、アダーニ一族との絆を深めるにはまたとない好機、
否とは申しますまい。」
「 おお、なるほど、養女か。
その手があったか。
如何に王家の血筋とは申せ、ただの古証文。
養女にせよケイアンズの一族から嫁ぐとなれば小煩い者達も左程文句は言えま
い。」
「 では暫しのお時間を頂きます。」
そう言って、ギルバートは目の前から消えた。
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