第39話 カサンドラとヘルメス

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 翌朝日の出とともに爽快な目覚めを迎えた。

 簡単な朝食を取り、ギルバートとリディアから色々な注意を受けた。


 カサンドラは旅で知りあった知人の娘と言う触れ込みになった。

 父親が事故で亡くなり、母親が流行病で亡くなり、ギルバートとリディアが見寄りの無いカサンドラを侍女としてベリデロンに連れて行くことにしたのである。

 カサンドラはハムル語も流暢に話せるし、カリーニョが使うロタ語も話せたので、言語で困ることは無い。


 但し、女の魔法師はシェラ大陸には存在しないので、そのことは当面内緒にしなければならなかった。

 そうして大事なことはギルバートが魔法を使えることは一切他言してはならないと言うことだった。


 ベリデロンでそのことを知っているものは非常に限られるから、カサンドラは一切知らないことで通すことにしたのである。

 ネブロス大陸の西端から消えて、次に出現したのはベリデロン領内の北端に位置するルデスという宿場町の外れであった。


 街道筋を避けて林の中に出現したのであるが、そこでリディアがカサンドラの衣装を手に入れるためにルデスの街へ一人で行った。

 暫くして戻ってきたリディアは幾つもの衣装を買いこんできていた。

 リディアとカサンドラは、背丈は殆ど一緒であるが、カサンドラの方がやせぎすである。


 リディアが見つくろった衣装は、カサンドラの身体にぴったりと合っていた。

 カサンドラは衣装と言っても、魔法師のフードの付いた衣装しかもっていなかったのである。

 何しろ物心ついた時からずっとフード付きの貫頭衣で色も暗い赤紫と決められていたから下着は別として他の衣装は身につけたことが無いのである。

 その姿では余りに目立ちすぎる。


 カサンドラはリディアに手伝ってもらいながら衣装を身につけた。

 それから、漸く、一行は揃って出発した。

 ルデスの隣町エイシャーをカサンドラと知りあった街にする。

 その郊外に無人の家があった。


 つい先ごろまで人が住んでいたのだが、流行病で一家が亡くなっていた。

 その一家にはカサンドラと同じ年頃の娘がいたのである。

 娘は両親と弟が亡くなるといずこかへ去って行った。

 それが1カ月ほど前のことである。

 ギルバートはその事実を知って、その場所をカサンドラの取りあえずの出身地に仕立てたのである。


 このため、カサンドラは家の内部と周囲の状況を何度も覚えさせられた。

 誰かに尋ねられた時に疑いを招かないようにするためである。

 尤も、北の大陸と南の大陸であり、サンファンは寒冷な気候の地域、一方のベリデロンは亜熱帯に属する地域であるから、いずれ何らかのカサンドラの些細な間違いに気づく者が出てくるかもしれないが、それまではそれで通しなさいと言われた。

 何とも不安ではあるが、魔法使いの女性は居ないことや、サンファンという城塞国家がネブロス大陸のバランバにあること自体を話してはいけないのだから、やむを得ない。

 カサンドラは腹をくくることにした。


 バランバと異なる植物相はカサンドラの目を引いた。

 短い旅の途中で盛んにリディアに名前などを尋ねることになった。

 朝にネブロスを立ったのだが、ベリデロン領内に入ったのはお昼近く、それから半日掛かって日暮れ前にはベリデロンに一行は辿りついていた。

 ギルバートとリディアがベリデロンを経ってから4日目であった。


 カサンドラはリディアの侍女としてベリデロンに住むことになった。

 またカサンドラの教育係はメルーシャが受け持つことになった。

 メルーシャもギルバートとリディアの二人分の侍女を事実上こなしていたので新たな人手は歓迎したのである。


 実のところ、メルーシャとハインリッヒは最近急速に接近しているのだが、二人の世話をしていると中々にデートもできないのである。

 カサンドラは物覚えも良く、実に上手に侍女役を演じていた。

 カサンドラがいない時に、リディアにメルーシャが呟くように言った。


 「 カサンドラはいい娘ですね。

   でも本当に農家の娘なのかしら。

   肌は綺麗だし、容姿もとてもいい。

   姫様と比べるのは失礼ながら、甲乙つけがたい美人ですよ。

   少しやせぎすなのが玉に傷ですが、あれでもうちょっと腰回りや胸回りにお肉

  がついたら申し分が無い。

   それに立ち居振る舞いもどこかの貴族の娘さんじゃないかと思うぐらい、板に

  ついています。

   物覚えがとてもいいし、勘も働くようですね。」


 内心、ドキッとしながらリディアは言った。

 「 あら、そう。

   私とギルバートの人を見る目があったと言うことね。

   それに、メルーシャの教えが上手だから、・・・。

   カサンドラもいい先輩を持ったわねぇ。」


 少し誉められて、照れながらメルーシャは言った。

 「 いいえ、そんなことは有りませんよ。

   あ、でも御存じですか。

   最近、富にヘルメス様がカサンドラのところに来るんです。

   あれは、きっと下心がありますよ。」


 「 へぇ、そうなんだ。

   お兄様がカサンドラに・・・。

   で、カサンドラの方はどんな感じ。」

 「 まぁ、身分も違いますからね。

   カサンドラは嫌がっているわけじゃなさそうですが、一歩引いている感じです

  ね。

   ヘルメス様のような殿方に言い寄られたら普通はのぼせあがるのが若い娘の普

  通の反応なんですが、・・・。

   何か事情でもあるのかもしれません。」


 カサンドラがベリデロンに滞在し始めてから1カ月ほど経った頃、カサンドラはリディアに呼ばれて、ギルバートの部屋に行った。

 リディアと一緒にギルバートの部屋に入ると、ギルバートと共に若い女性がいた。

歳は恐らく20歳を超えたぐらいだろうが、凄い美人である。

 見たことも無い薄いピンク色の長い衣装を着ている。


 その女性はバーバラと名乗った。

 療法士なのだそうである。

 サンファンではともかく、ベリデロンに女性の療法士がいると言う話は聞いたことが無い。


 バーバラは、カサンドラに長椅子に横になりなさいと指示を与えた。

 両手を広げてカサンドラの頭からつま先までなめるようにゆっくりと手を移動して行く。

 手はカサンドラの身体に触れているわけではない。

 療法士が治療をする際の手法と似ているが、魔法を使っているわけではないことはカサンドラにも判った。

 やがて、バーバラが手を降ろしてギルバートに向かって言った。


 「 うん、間違いないわね。

   ギルバートの見立てどおりよ。

   ブリサルトB症候群よ。

   ホルモン異常は過少の傾向だわね。

   まだ、第2段階の初期で留まっているけれど、1年もすれば第三段階、その後

  半年で第四期に入り、末期症状はその後1カ月ぐらいかしら。

   今からだと2年持たなかったでしょうね。

   良かったわ。

   これほど早い段階で見つかる事例は少ないのよ。

   これなら2カ月で完治できるわ。」


 明らかにギルバートとリディアの顔に安堵感が現れた。

 「 良かった。

   じゃぁ、やってくれますか?」


 「 ええ、ギルバートが支援してくれるかしら?

   B型は調節が難しいの。

   非線形だし、遺伝子パターンを先ず確認してからじゃないと進めないから。」


 「 わかりました。

   任せて下さい。」


 その後二人は、無口になった。

 二人してカサンドラの腹部の辺りを睨みつけるように見つめている

 暫くして、その表情が緩み、バーバラが手を再度広げた。

 バーバラの掌から柔らかい微かな光が漏れだし、カサンドラの身体の中に浸み込んでくる。


 カサンドラは痛くもかゆくもないが、ほんのりと暖かさを感じていた。

 バーバラは先ほどと同様にその手をゆっくりと頭からつま先まで移動して行った。

最後まで終わるとふぅっと大きなため息をついた。


 「 終わったわよ。

   特に副作用は無いと思うから普段通り生活していて構わないわ。

   カサンドラ、貴方の病気は治ります。

   仕事をして、運動をして、それからよく食べなさい。

   少し太るかもしれないけれど心配ないわ。

   貴方の場合やせ過ぎだったから。

   腰回りと胸回りにお肉が付けばいい女になれるわよ。

   ギルバートでもリディアでもいいけれど、剣術を習うのもいいかもね。」


 それから、ギルバートに向き直って言った。

 「 ギルバート、念のためカサンドラの例の訓練は二カ月してから始めた方がいい

  わ。

   それまでには体力もつけていた方がいい。

   カサンドラはやせ過ぎだからね。

   今までは変性遺伝子の影響で栄養が十分に行き渡らないからそうなってしまっ

  たのだけれど、それも変わる。

   通常の生活以上に運動が必要よ。

   尤も最初は筋肉がついて行かないだろうけれど。

   カサンドラは若いから、すぐに慣れるわ。

   じゃ、私はこれで失礼するわね。

   向うで患者が待っているから。」


 「 ええ、ありがとう。

   その内、お礼に伺います。」


 「 ええ、またね。」


 バーバラはふっと目の前から消えた。

 カサンドラが驚いて跳ね起きた。


 「 あの、バーバラさんもデュスランができるんですか?」

 ギルバートとリディアが顔を見合わせて苦笑した。


 「 ああ、まぁその様なものだね。

   ただ、バーバラのことは誰にも言っちゃいけない。

   例え、ヘルメスに聞かれても。」


 カサンドラはぽっと赤くなり、若干うろたえながら言った。

 「 え、あの・・・。

   ヘルメス様がどうしてそこにでてくるんでしょうか。」


 「 いやぁ、大したことじゃないんだが。

   ヘルメスがしょっちゅうカサンドラの顔を見に行っているらしいから。

   それに色々と話しかけられるんじゃないの?」


 「 え?

   ええ、まぁ・・・。」

 「 ヘルメスは嫌いかい?」


 「 嫌いなんて、そんなぁ・・・。」

 「 じゃぁ、憎からず思ってる?」


 カサンドラは俯いた。

 「 カサンドラ、君の病気は治るからね。

   将来を夢見てもいいんだよ。

   それには、まずカサンドラのやせぎすの身体を治すことが先決かな。

   そうすりゃ、ヘルメスが絶対に言い寄ってくるよ。」


 カサンドラの目が大きく見開いた。

 だがすぐに伏し目になって呟いた。


 「 でも、身分が違いすぎます。」

 「 そうかなぁ。

   身分は、確かに今は侍女かもしれない。

   でもカサンドラには特別な力があるからね。

   それに、君は知らないかもしれないが、君も一応没落した王家の血筋を引いて

  いる娘だ。

   マハドレルと言う人を知っているかい?」


 「 マハドレル?

   私の御先祖に宮廷魔法師長だったマハドレルと言う人がいるのは知っています

  けれど。」


 「 ああ、その人だ。

   クラニダルという王国がミルベキア僭主国の前にあった。

   内乱があって王家は追われ、僅かな供を連れてバランバへ逃げた。

   その途中で王家は魔法師の反乱で滅亡した。

   マハドレルはクラニダルで内乱が起きる前の全盛期に宮廷魔法師長としていた

  人物だ。

   実のところ、彼は、クラニダル王家の娘を嫁に貰っているんだ。

   だから、君はクラニダル王家で唯一残った血筋の末裔だよ。

   まぁ、いずれにせよ、それほど身分にこだわる必要はないと思うな。

   ヘルメスは少なくともそんなことにこだわる男じゃない。」


カサンドラは不思議そうな眼でギルバートを見つめた。

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