第6話 武道家ハインリッヒ

   by Sakura-shougen


 ある程度会話ができるようになってから、リディアとメルーシャに賊が襲撃してきた理由に何か心当たりがあるかどうか尋ねてみたが、二人は少し逡巡した後、心当たりがないと言っていた。

 だが、白昼の覆面姿と言い、武器、人数からして明らかに通りすがりの者ではない。


 しかも星型の手裏剣などは普通の剣士が使うようなものではないから、何か陰謀めいたものが感じられた。

 リディアの話では、リディア達が戻ってから伯爵の配下が峠に行き、切り捨てられた賊の面体を改めに行ったそうであるが、特段の手掛かりは無かったと言う。


 ギルバートも、何時までも伯爵の厄介になっているわけには行かないので館を辞去しようとすると、リディアとメルーシャの二人が引き留めた。

 それもかなり強い口調で引きとめたのである。

 そうして伯爵のお抱え剣士として仕官してはどうかと先ずは勧めたのである。


 宮仕えは窮屈であり、自由気ままの方がいいと言うと、それではリディア姫のボディガードとして城に滞在して欲しいという。

 そこでその理由を尋ねると、警護が必要なほどベリデロンの治安が悪いわけではないようだが、その実3年前にリディアの二つ上の兄が遠駈けに出掛けて惨殺されたことがあると言う。


 今もって下手人は判ってはいないが、一緒に出かけた三人の騎士も一緒に殺害されていたことから、かなりの腕前の集団が四人を襲撃したと考えられている。

 しかもその内の一人は、メルーシャの夫であり、伯爵家の武術師範であったカラスであったと言う。


 だから、峠の襲撃はあるいはその一味かもしれないというのである。

 この話は、無闇に知らせることが憚られたために、二人はこれまでギルバートにも内密にしていたのである。


 だが、ギルバートが旅立ちをほのめかした途端、二人は隠された真実を告げ、ギルバートに館に留まって欲しいと願ったのである。

 二人の女に懇願されると、ギルバートは、リディア姫の用心棒を引き受けざるを得なかった。


 ギルバートは伯爵の館で武術師範をしているハインリッヒを訪ねた。

 ハインリッヒはギルバートの突然の訪問に驚きながら快く質問に応えてくれた。


 「 ハインリッヒ殿、リディア姫を襲った賊について伯爵の手の者が調査したとの

  ことですが、お手前のところには何かご相談がありましたか?」

 「 いえ、特には、・・・。

   ギルバート殿が斬り伏せられた賊は総勢で13名と聞いておりますが、いずれ

  の者も家中の者ではなく、知己の者はいなかったと聞いているだけです。」


 「 賊が用いた武具については如何でしょうか。」

 「 はて、武具と申しても、槍と刀では?」


 「 槍と刀もありましたが、そのほかに星型の手裏剣を使う者もおりました。」

 「 星型?

   いや、それは初耳です。

   どのような形状でしたかな?」


 「 切っ先が6個あるものでした。」

 「 ふむ、・・・。

   それは、武人が扱う物ではございませんな。

   おそらくはラミアかメガラ、あるいはシュクラかもしれませんが、諜報活動や

  暗殺を生業とする者が使うものだと思われます。

   ちょっと待って下さいよ。」


 ハインリッヒは、手近にある書棚の書物を幾つか調べ、それからギルバートに見せた。

 ギルバートが見たものと同じような形を描いた図がついていた。


 「 この書物に拠れば、切っ先が6個あるのはシュクラの密偵が使うとされていま

  す。

   ラミアは棒手裏剣、メガラは十字手裏剣を使うみたいです。」

 「 他には、このような武具を使う武術は無いのですか?」

 「 いや、私の記憶する限り、そのような武術の流派はありません。

   棒手裏剣は威力がありますが、十字手裏剣や星型手裏剣は傷つけることはでき

  てもこの一撃で死ぬようなことは無いはずですから、むしろ陽動作戦に使われる

  はずです。


   尤も、切っ先に毒を塗っておけばそれだけでも致命傷になるやも知れません。

   その手裏剣は今お持ちなのですか?」


 「 いえ、その必要性を感じなかったものですから襲撃の場所にそのまま放置しま

  した。」

 「 ふむ、それは惜しいことをしました。

   手裏剣の見本でもあれば、アドニス殿にでもお願いして毒を使っているかどう

  かを調べることができましたものを・・・。」


 「 なるほど・・・。

   さほどに同じことがあっても困りますが、仮に次の機会があるのであれば注意

  しておきましょう。

   ところで、3年前にはリディア姫のお兄様が遠駈けの最中に襲撃されて命を落

  とされたとか・・・。

   この件はご存知でしょうか?」


 「 うーん、当時、私はサルメドスのキュロス武道館におりました。

   私が伯爵の武術師範として招かれたのは2年前のことですので、詳細は知りま

  せぬ。

   ただ、伯爵の子息のお一人が殺害されたことは、当時の噂話で聞いておりまし

  た。」

 「 そうですか・・。

   では、アドニス殿にでも聞いてみましょう。」


 「 ふむ、その件なればアドニス殿の方がよくご存じでしょう。

   ですが、失礼ながらアドニス殿はギルバート殿のことを疑っておられる様子。

   詳しくお話いただけるかどうかはわかりませぬな。」


 ギルバートは苦笑した。

 「 確かに私は何処の馬の骨ともわからぬ者、疑われても致し方はないですね。」


 ハインリッヒもにやりと笑った。

 「 それにしても、先日まではろくに会話もできぬようでしたが、ハムル語が随分

  と御上手になられた。

   失礼ながら、ギルバート殿はどこからお出でになられたのかな?

   少なくともシェラ大陸の者なれば、ハムル語を話すはず。

   噂では、ラシャ大陸の辺境の地に住む異民族が別の言葉を話すと聞いたことは

  ございますが、ネブロス大陸でも多少の方言の違いはあってもハムル語が通じる

  ときいておりましたに・・・。」


 「 さて、何とお答えしてよいか困ってしまいますが・・。

   ハインリッヒ殿がご存じの場所から参った者ではございませぬ。

   強いて申し上げれば、天上界から参った者とでも御考えください。

   こことは異なる言葉を話す処から参ったのです。」

 「 何と、言うに事欠いて、天上界とな・・・。」


 ハインリッヒは呆れたように言った。

 だが少し考えてから言った。

 「 しかし、まぁ、そうかも知れませぬな。

   アドニス殿の魔法も通じぬし、私の武術も全く歯が立たない御方故。

   正直申し上げて少々自信を無くしてしまいました。

   15年もの間、私がキュロス武道館で必死に鍛錬したことが無駄であったのか

  と。」


 「 いいえ、ハインリッヒ殿の武芸は一流にございます。

   たまたま私には通じなかったというだけのことにございます。

   仮に、リディア姫が襲われた際にハインリッヒ殿が居られれば、貴方が彼らを

  切り倒していただろうと存じます。


 「 ふむ、御世辞にしてもかたじけない。

   私は武芸者として貴方の技量を尊敬しておりますから・・・。

   ところで、ギルバート殿は、魔法は使えますのか。」


 「 試したことはありませんし、少なくとも私は魔法師ではありません。」

 「 アドニス殿が魔法を使えないのは、ギルバート殿が魔法返しの結界を張ってい

  るからに相違ないと仰っていました。

   ですが、魔法の熟練者が武芸を極めることは極めて難しいと思われます。

   私も簡単な術ならば使えますが、とてもアドニス殿やその弟子たちに太刀打ち

  できるような力はありません。

   私にはそのような素質が無いものと思ったからこそ武芸に励んだのです。

   武芸者とは概ね魔法が使えない者と決まっておりますでな。


   先日、幾つかの立ち合いを所望したのは、アドニス殿からのたっての依頼で、

  お手前の武芸者としての腕を試したのです。

   立ち合ってこそわかるということもあります。

   ギルバート殿こそは武芸者の鏡、我が師であるキュロス殿とてギルバート殿に

  は遅れを取るやもしれませぬと申したならば、アドニス殿は驚いておりました。

   師匠は、シェラ大陸では並ぶ者無き高名な武芸者ですからな。」


 「 いや、それは面映ゆいことです。

   ハインリッヒ殿、今後ともよしなにお付き合いお願い申し上げます。

   実は、リディア姫のご要請で姫の警護役を務めることになりました。

   当分はこの邸に居候をさせていただきますので。」

 「 おう、それは重畳。

   できますれば道場の方へもぜひお越しくだされ。

   伯爵配下の騎士、剣士いずれもまだまだ力不足が目立ちます。

   ギルバート殿が参られれば励みにもなりましょう。」


 そう言って、ハインリッヒは明るい笑顔を見せた。

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