第8話 試しの魔法

   by Sakura-shougen


 アドニスは重々しく頷いた。

 「 さもあらん。

   誰しも初めて魔法を試みるのは怖いものだ。

   だが、すぐに慣れる。

   そなたがリディア姫に手を引かれてこの城に参った時、わしがそなたの前で披

  歴した魔法があったが、覚えていようかな?」


 「 はい、確か、翠の炎を出されましたな。」

 「 左様、あれは、そなたの周囲にこれまで見たことも無い結界の存在を感じ取っ

  たから試してみた。

   そなたがあの謁見の間に入ってきた途端、ほんのわずかな感覚ではあるのだが

  わしの法力が何かに抑えられたように感じられたでな。

   で、試みたところ、やはりあの簡単な魔法ですらできなんだ。

   そなたから10エニルほども離れてようやく炎が出現した時はさすがに安堵の

  ために足元に崩れ落ちそうであったわい。

   そなたの周囲10エニル内では、魔法が使えないということじゃ。

   これまでそのような完璧な結界があると言う話を聞いたことが無い。

   じゃからそなたが強力な魔法使いで、伯爵に危害を及ぼす恐れもあると思って

  種々の予防をしたのだが・・・。

   ま、いずれにせよ。

   わしが試みたあの魔法をやって見せい。

   翠の炎なれば明かりにはなっても熱は無いでのぉ。

   周囲に迷惑をかけることもなかろう。」


 「 そうまで言われるなら仕方がありませんな。

   では、やってみましょう。」


 ギルバートはアドニスが見せた魔法を試みた。

 単なる物まねであったが、結果は予想外のものであった。

 部屋の内部全てがまばゆい翠の光で一杯になったのである。


 ギルバートは慌てて、消去の呪文を唱えた。

 翠の光の洪水はすぐに消えたが、そこにはあんぐりと口を開けたアドニスがいた。


 間もなく外が騒がしくなった。

 扉が大きく叩かれ、弟子たちのアドニスを呼ぶ声が聞こえる。

 それに気づいたアドニスが「入れ」というと数人の弟子たちがどやどやと部屋の中に入ってきた。


 「 お師匠様、只今とてつもなく大きな翠の光が出現し、城全体が包まれました。

   すぐに消えたようにございますが、何か異変はございましたか?」

 「 たわけ、それしきのことで慌てて何とする。

   この城は我らが造った結界で守られて居る故心配するでない。

   それよりも、城内で何か異常があったかどうか手分けして確認して参れ。

   何かあれば遅滞なく報告せよ。

   行け。」


 弟子たちは慌てて部屋を退散していった。

 アドニスは首を振りながら言った。


 「 いやはや、あれほどの光を発するとは、・・・。

   紅蓮の炎で試さずとよかったわい。

   さもなくば城ごと燃え尽きていたかも知れぬ。」

 「 しかし、アドニス殿のそっくりそのまま真似をしたのですが・・・。」


 ギルバートが不安げに言った。

 「 ああ、確かにわしが披露した通りにしたやも知れぬ。

   だが、そなたの力は強すぎる。

   そなたの命で周辺の『気』が一斉に動いたのをわしですら感じ取ったわい。

   『気』があれほどの勢いで群がる様はこれまで一度も見たことが無い。

   もそっと加減をせぬと周囲のものが迷惑するかも知れぬぞ。」


 逆にアドニスはこれまでの不安が消え去ったようで、微笑んでいる。

 そこへ、マリウスが戻ってきた。

 アドニスはマリウスを部屋に入れ、アドニスの傍らに立たせた。


 「 さて、ギルバート殿、そなたの巨大な法力を見たばかりじゃから不要かも知れ

  ぬが、敢えて確認しよう。

   先ほど、わしはマリウスにある指示を出し、マリウスはそれを成就して戻って

  きた。

   ギルバート殿、マリウスがどのような指示を受け、何をなしてきたかわかるか

  な?」


 「 マリウス殿がしてきたこと全てを知っているわけではありませんが、少なくと

  もオバイユ殿という方と連絡を取り、ルマンゾという魔法を一度試し、その結果

  をマリウス殿に伝えるようにというアドニス殿からの言伝を伝えていました。

   さらに、オバイユと言う方はその依頼に応え、ルマンゾかどうかわかりません

  が、ある魔法を試され、その結果をマリウス殿に伝えてきました。」


 「 ふむ、で、ギルバート殿はその魔法を御存じであったかな。」

 「 いえ、初めて知る魔法でした。」


 「 試さなくても結構だが、どのような魔法かわかりますかな?」

 「 はぁ、その・・・。

   裸の女性の幻を出現させるような魔法だと思いますが。」


 アドニスはにんまりと笑った。

 「 結構、ギルバート殿が試されたなら本物と見紛うほどの裸の女が数百人も出現

  したやも知れませぬ故、くれぐれもお試しあるな。

   城内、いや、この街中が大騒ぎになりますゆえ。

   で、オバイユがどこにいたかわかりますかな。」

 「 オバイユ殿はここより100ケニルほど北東におられるはず。」


 アドニスは頷いた。

 「 マリウス、聞くまでも無いのだろうが、オバイユは何と申していた。」

 「 はい、オバイユは、一応ルマンゾはできたけれど、一体何の懲罰なのかと私に

  聞いてきました。」


 「 さもあろうな。

   こともあろうに修行中にルマンゾなる不届きな魔法を試みた故、1カ月ほども

  便所掃除をやらせたことがあるでな。

   あ奴も懲りたのであろうよ。

   あ、オバイユは我が弟子の一人にて、只今はわしが従兄弟のハニバルが元へ修

  行に出ております。

   ハニバルはベリデロンから北東98ケニルのバスロンにいるはず。

   従って、ギルバート殿の言葉はすべて裏がとれました。」


 アドニスはマリウスに命じた。

 「 この部屋でお前が見聞きしたことは決して他言無用じゃ。

   これより、わしとギルバート殿は暫し密談をする。

   終わるまでは誰も入れてはならぬ。

   伯爵の命があった時のみ知らせよ。

   そなたが戸口で番をしなさい。

   それから城内の様子を確認に行った弟子たちが戻って来ようが、その情報はそ

  なたが聞きおいてまとめておくがよい。

   急を要するもので無い限り、密談が終わった後にあらためて聞く。」


 マリウスはすぐに部屋を出て言った。

 アドニスは居住まいを正して話しだした。


 「 ギルバート殿、儂の数々の無礼をお許しあれ。

   そなたは剣士としてはこのベリデロン随一の剣士であろうし、いままた魔法師

  としても稀に見る力を見せられた。

   おそらくは当代随一の大魔法師たる力を持っていよう。

   そのようなお人なれば伯爵に害をなそうと思えば何時にても成就できたに違い

  ない。

   であれば、わしの疑いなどもはや何の役にも立ち申さん。

   むしろ、そなたをリディア姫との絆を縁にこの城に引き留めておくが良策。

   ルキアノス殿が暗殺に際してわかったことをお話し申そう。」


 アドニスはリディア姫の兄に当たるルキアノスが殺された事件についてわかっている限りのことを話し始めた。

 それによると、ルキアノスは当時14歳であり、当時剣術指南役であったカラス及び伯爵配下の若手騎士二名とともに馬で遠乗りに出かけたようである。


 行く先はベリデロンの南側にあるクバ岬である。

 海岸沿いの道であり、民家もところどころにあって風光明美な間道である。


 だが夕刻になっても戻らぬ一行を心配して配下の一団が捜索に向かったところ、クバ岬の手前で四人ともに惨殺体で発見されたのである。

 ルキアノスは傷が二つでどちらも致命傷となり得る槍傷であった。


 二人の若手騎士は四方から浴びせかけられた剣でめった切りにされていた。

 一番軽い傷跡を残していたのが剣術指南役のカラスであり、多数の小さな傷が身体のあちらこちらに残っていた。

 傷の一つ一つは左程の深手では無かったが明らかに毒によって殺害されたらしく、傷の周辺は黒くなるほど色が変わっていた。


 運び込まれた遺骸を見てすぐにカラスの死因は、ジャメリアの猛毒に晒されたものとわかったという。

 ジャメリアの毒ならば、傷の一つを負っただけで致命傷となり得る猛烈な毒であるが、中々入手困難な毒であった。


 ジャメリアは奥深い山の中に育つ小さな花であるが、その球根を絞った液体は針の先にほんの一滴塗った程度で、馬をも倒すほどの猛毒である。

 その産地は極々限られ、シェラ大陸ではクネリ盆地と呼ばれる一帯の山地にしか生息していない。


 そのクネリ盆地の一画にシュクラがあるのである。

 そうして今回の襲撃にシュクラのものと思しき星型手裏剣が使用されたとするならば、ルキアノス殿下殺害の下手人と今回の襲撃者は同じシュクラではないかと言う憶測が立つのである。


 狙いは何かというギルバートの問いに、アドニスは首を捻った。

 「 ベリデロンは他国とは領地を接していない故、あるいは、ロルム王国内で伯爵

  に遺恨を持つ者の仕業かもしれぬな。

   ロルムでも極上の豊穣の地であり、交易の中心地でもあるから、他の領主にと

  っては垂涎の的ともなる領地じゃ。

   その領土を我がものにしようとする者がいても決して可笑しくはない。

   後継者を一人一人潰しておけば、いずれはベリデロンが自らの手に入ると考え

  ているやもしれぬ。」


 「 なるほど・・・。

   ならば、リディア姫は無論のことでしょうが、近衛騎士団で修行中と言われる

  ヘルメス殿も狙われるやも知れませぬな。」

 「 まさか、・・・。

   近衛騎士団に正面から戦を仕掛けるバカもおりますまい。」


 「 それが油断の下ともなりましょうが、そうでなくとも、半年後には、サルメド

  スからベリデロンに戻って参りましょう。

   私がヘルメス殿を狙うならばその帰路途上を狙います。」

 「 ふむ、なるほど、その可能性は高いやも・・・。

   今から色々と手を打っておかねばなりますまいな。」


 「 何か相手を突きとめる方策はないのでしょうか。」

 「 襲撃した者を捕えても真の相手は別でしょうな。

   暗殺、誘拐、諜報活動を請負で行うのがシュクラなどザッカレルの役割、捕ま

  ったとて背後の依頼主の名は決して漏れないようにしています。

   ザッカレルの組織には、首領となる長が居りましてな。

   指示を出すのは長です。

   一方、依頼主と面会して仕事を請け負うのは手配師であり、手配師が受けて長

  に知らせます。

   従って、長は依頼主を知らずとも仕事にかかれるのです。」


 「 何とも厄介な組織ですね。

   今の段階で何か私にできることはありましょうか。」

 「 いや、今のところ特には・・・。

   ただ、半年後のヘルメス殿が帰参の際にはあるいは我が弟子とともにサルメド

  スに行っていただくやも知れませぬな。」


 ギルバートは頷いた。


   =========================



 お読みいただきありがとうございます。

 この物語は副題として「パラレルワールド・アルカンディア風雲録外伝-1」が名付けられていますが、このシリーズの下地になる物語として、「蒼の異邦剣士」があります。

 副題として「パラレルワールド・アルカンディア風雲録」を銘打っており、「蒼の異邦剣士」の主人公であるエドガルドの子孫にあたるのが、本「ヘイブン世界のギルバート」の主人公であるギルバートです。

 背景を知るために宜しければお読みいただければと存じています。

 URLは、 https://kakuyomu.jp/works/1177354054886362211 です。

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