第20話 一族の者

            By: Sakura-shougen(サクラ近衛将監)


 そんな折のある日、別世界にいるはずのダイアナ大伯母が密かにギルバートの部屋を訪れた。

 そうしてダイアナはギルバートの新たな力の発現に気付き、喜んでくれた。

 同時にこの世界の抱える闇の力の危険性についてもすぐに理解を示した。


 更には、万一の場合の緊急連絡方法を一緒に検討してくれた。

 結果として、ダイアナは一隻の航宙クルーザーを手配し、大南洋海底に潜航させたままにすることにした。

 そこへ、モレンデス世界との小さな架け橋を造ったのである。


 その維持にはダイアナが尽力しようと申し出たのだが、ダイアナがその架け橋を造った際にギルバートはそれを魔法の結界と同様の手法で簡単に固定化してしまったのである。

 「 あれ、まぁ、なんてこと。」

 それがダイアナの発した言葉である。


 架け橋を造るにもそれを維持するにも相応の労力が必要である。

 それにもかかわらず、魔法で架け橋を固定化するという手法はこれまで見出されてはいなかったからである。


 ギルバートはデュスランを使えば航宙クルーザーに転移できる。

 クルーザーが周囲に張り巡らす高次空間バリアーもギルバートの出入りには支障とならなかった。

 ギルバートは、こうして、クルーザーに装備されている高次空間通信装置を介していつでもダイアナ或いはその他一族の者と連絡が取れるようになったし、固定化された小さな空間の穴を介して、いつでもモレンデス世界へ移動できるようになった。


 無論クルーザーを動かして移動することも可能である。

 一族の使う超能力とは明らかに違うものであるが、その魔法能力は十分に代用機能を果たせるものであったのである。

 そうして一族の能力と異なる点は、その能力の持続に大きな労力を不要とすることであった。


 例えば遠視能力は、一族にも備わった能力であるが、長時間の監視には相応の労力が必要とされ、相応に疲労する。

 だが、ギルバートは既に数十カ所の監視位置を設定しているが、設定する際に多少の労力を必要とするものの、以後の監視はモニターテレビを見る程度の労力しかかからないのである。

 そうした多元監視能力もまたギルバートの新たな能力の一つであった。

 ダイアナは一応のお膳立てが済むとモレンデス世界に戻って行った。



 ギルバートがヘイブン世界に来てから10カ月余り、この世界で22歳の誕生日を既に迎えていた。

 初夏に間近いある日のこと、前触れもなく、ギルバートに二人の客が訪れた。

 どちらも騎士のような風体で現れたのだが、一人はシュルツ・ブレディ、今一人はレイノルズ・ブレディと名乗った。

 ブレディと言う名からは祖母の一族をイメージさせられる。


 実のところ、シュルツには姉の結婚式で会ったことがある。

 だが、レイノルズには会ったことが無いようだ。

 シュルツは、24歳、祖母エリザベスの兄に当たるジェイスンの孫である。

 確かフォレルという世界のメルバレンに住んでいるはずである。


 そうしてレイノルズは、驚くなかれエディ曽祖父の子供である。

 だから、ギルバートにとっては、大伯父に当たることになるが、年齢はギルバートより若い20歳である。


 二人は、ジェイソン大伯父が研究して来た超能力の封じ込めについて研究をしていると言う。

 そうして、ギルバートの特異な能力を調査するために異世界からわざわざやって来たらしい。

 ベリデロンの街に宿を取っているらしく、三日ほど検査に付き合って欲しいというのである。

 信頼できる一族の者の依頼であり、断るわけにも行かなかった。


 二人は三日の間、日参してギルバートの周囲で様々に機器を使って検査をして行った。

 医学的な検査では無い。

 周囲に電子的な検査器具を設置して種々のデーターを取っているだけである。

 但し、検査中に人が入ってくると困るので、三日の間、ギルバートは旅に出たのである。

 計測はダイアナが用意してくれた航宙クルーザーの中で行った。

 三日後全ての計測が済むと彼らは元の世界に旅立って行った。


 シュルツとレイノルズは、これから戻ってデーター整理に掛かると言う。

 何らかの結果が出るのは3カ月から半年後になると言っていた。

 三日の間ギルバートを横取りされた格好のリディアの機嫌はすこぶる悪かった。

 それでも旅姿で戻るとはち切れんばかりの笑顔で迎えてくれたのである。


 変わらぬ日常生活が再び始まった。

 サンファンの動きが活発になって来ていた。

 ベリデロンへの手出しは控えているようだが、ネブロス大陸のミルベキア僭主国では僭主王家に不幸が相次いでいた。


 王家の跡継ぎが次々に亡くなったのであり、残った王すらも王宮の火災で死亡してしまったのである。

 ミルベキアでは跡継ぎを巡って、王家親族の間で内紛が起きていた。

 遂に内戦に発展し、三カ月の騒乱の後、東のクロバニア王国が突如国境を越えて侵攻し、ミルベキアの領域の半分が占領されてしまった。


 内戦で戦力を浪費したミルベキアに組織だった抵抗は難しかったのである。

 それでもかろうじて領域の西側半分を統治していたが、今度は西に国境を接するエルトリア王国が侵攻し、遂にミルベキアは国を失ったのである。


 その頃、リディアは16歳になり、次第に女らしい体型になりつつあった。

 整った顔立ちはそのままに丸顔から細面に変わりつつあった。

 周囲の貴族の子弟からはロルム王国でも三指に入る美女と崇められているが、当人はそうした周囲の噂には何の関心も無いようである。

 リディアが関心を惹きたいのはギルバートただ一人なのである。


リディアの誕生日から二カ月が過ぎた頃、今度はクロバニア王家を立て続けに不幸が襲った。

王都クロボスに大火が発生し、王都が灰燼に帰したのである。

多くの被災者の中に王家の親族多数が含まれていた。

そうしてかろうじて生き延びた難民を疫病が襲ったのである。

多くの者が疫病で亡くなったが、その中に国王マルキュールも含まれていた。

王家の直系で生存していたのは、第二子クロードと第三子のメアリーだけであったが、この二人はその後何者かに暗殺された。

そうして、クロバニアでも内紛が生じ始めていた。

ミルベキア、クロバニアいずれにおいてもサンファンの魔法師達が裏で暗躍していた。

玄術を使って人心を惑わし、不信感を募らせて内乱に至らせているのである。

放置すればいずれラシャ大陸やシェラ大陸にも災いをもたらすことになる。

ギルバートは戦いを好まなかったが、同時に多くの無辜の民が戦災や内乱で命を失ってゆくのを見過ごせなかった。

詳しく調査するとクロボスの大火は風の強い日に魔法で火を放ったものであることがわかったのである。

実行部隊は、クロバニアの山中に潜む魔法師の一団であり、クロボスの内部から結界を破壊し、その直後に風上の山林に大規模な範囲で火を放ったのである。

クロボスの魔法師達は、結界の崩壊と同時に殺害されていた。

力のある者は結界で身を守ったが、結界の外に逃れることはできなかった。

迫りくる猛火の中で、魔法師は身を焼かれ、或いは結界の外に逃れて魔法の攻撃を受けた。

火災を防ぐことのできたかもしれない魔法師が動けないうちに、火災はクロボス全域に及んだのである。

大火の混乱の最中、彼らは王家の血を引く者達を狙って足止めし、火炎にまかれるよう仕向けたのである。

ミルベキアの場合も手段は違うが同じような方法を用いていた。

やりくちは狡猾であり、極めて残虐であった。

それを知ったギルバートは、クロバニアの山中のアジトに出現し、ラシャ大陸の山荘と同じように魔法師ともども灰燼に帰させた。

同じく旧ミルベキアとエルトリアのアジトも要員共々叩きつぶしたのである。

三つのアジトで死亡した魔法師は総勢で四十人を超えることになった。

三つのアジト壊滅の報は10日ほど過ぎてから相次いでサンファンにもたらされた。

連絡の取れないアジトを確認に出向いた魔法師からの連絡によるものである。

サンファンの特権階級である魔法師の一族にとって、これは容易ならざることであった。

第一線級の魔法師が五十名ほどもここ数カ月の間に死亡しているのである。

明らかに敵対勢力が出現したのであるが、それがどこにいるかは皆目見当がつかなかった。

サンファンの独裁者で魔法師長であるルードリッヒ・ヴェンデルの目論見では、ミルベキアと同様にクロバニアを内戦に追い込み、エルトリアにその隙を突かせて占拠させ、そのエルトリアも同じく王家を潰して内紛に持ち込んだ後で、カリーニョの奴隷兵士を大量動員してエルトリアを占領するつもりであった。

その次の目標はラシャ大陸であり、シェラ大陸であるはずだった。

尤も足がかりとなるべきシェラ大陸のベリデロンの作戦が失敗し、シェラ大陸での足掛かりの半分を失ったものの、東の海岸には既に足がかりを得てある。

取り敢えずは様子見だけであるがいずれ本格的に作戦を開始する予定であった。

だが、御膝元のネブロス大陸で足踏みしているようでは他の大陸に手を出す余裕がなくなる。

ルードリッヒは、シェラ大陸のアジトから半数以上の要員をネブロスに戻し、同じくラシャ大陸のアジトも半数以上の要員を引き揚げさせた。

両大陸ともネブロスの帰趨が確定してから新たに秘密侵攻をすることにしたのである。

このため、両大陸のアジトは現状維持のまま新たな活動は一切控えるように厳命したのである。

ルードリッヒは内心で怯えていた。

確たる理由があるわけではないが、姿の見えない相手がサンファンの動向を監視しているような不安がいつまでもつきまとっていたからである。

一方、ギルバートは、取りあえずサンファンが活動を鈍らせただけでよしとし、クロバニアとエルトリアに新たな陰謀を企てた時には再度叩くつもりでいた。

ネブロス大陸の騒動は小康状態を保ち始めたが、いつまた動きだすかわからない不安定な状態であった。

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