第19話 サンファン
by Sakura-shougen
ラシャ大陸の一画に設置したギルバートの監視網に疑わしい人物が捕まった。
男は、ラシャ大陸の北部ダルメス岬の外れで廃墟と化した邸跡から遠話で山荘の様子を事細かに伝えていた。
男が通報した先は、ラシャ大陸のアケラム王国の王都アラマダに存在していた。
だが、その位置を大地の精霊の気を借りて探ってみると、アラマダの王宮ではなく、アラマダの郊外に当たる大きな屋敷であった。
屋敷内には数人が住んでいるようだが、これまでここから大きな魔法が使われたという記憶はなかった。
或いは単なるつなぎの場所かもしれなかった。
ギルバートの監視区域にこの屋敷が加わった。
廃墟と化した山荘からの報告があった後、暫くして、更にそこから遠話がなされた。
『 ベリデロンへの陽動作戦は失敗し、8名の魔法師が行方不明、ベリデロンに潜
入したガリンドとは連絡が途絶えた。
以後の活動について特段の指示があれば、請い願う。』
『 作戦が不調に終わった原因は何か?』
『 詳細を知る者が居ないため失敗の原因は不明。』
『 承知。
引き続きアケラムでの情報収集に努めよ。
9名もの補充はすぐにはつかぬ。
当面2名の補充を図るのみ。
ベリデロンへの新たな作戦は当面見送る。
作戦失敗の責めは、タクトスお前が負わねばならぬ。』
『 ジオヌード様、作戦を企画した責任者としての責めは負いましょう。
なれど、そもそもはジオヌード様が発案により立てた作戦。
私だけに責めを負えとは酷ではございませぬか。』
『 心配するな。
報告上、責任者が誰であったかを明確にするだけで、左程の処分にはならぬ。
精々、昇進が一度遅れるだけのことじゃ。
閣下には、由なに言うておく。』
タクトスと呼ばれた者が連絡を取った相手は、ラシャ大陸では無くネブロス大陸にいた。
ネブロスで優勢な国家は、クロバニア王国、ミルベキア僭主国、エルトリア王国の三カ国であるが、そのいずれの領域でも無い場所にいるようであった。
南半球の極地に近い荒涼とした台地をバランバと称しているが、そのバランバの一角にある城塞都市の様である。
住民の大半はベリデロンや他の王国の住民とは明らかに異なる。
赤銅色に日焼けした肌を持ち、漆黒の髪、瞳を有し、長身痩躯である。
だがその城塞都市を統率する人種は、ベリデロンと同じ人種の様である。
数ケニル四方に及ぶ大城壁の中に都市を造り、原住民であるカリーニョ達を奴隷として従属させているのが特権階級であるパリーニョである。
城塞都市の石壁や、付近の史跡から歴史を探ると凡そ500年前にパリーニョの一団がバランバに流入した。
彼らは、ミルベキア僭主国の前身であるクラニダル王国で政治的闘争に敗北した一族であった。
彼らは二十年の流浪の後に、城塞都市サンファン近傍に定住を始めたのである。
当初一族を率いていたのは、クラニダル王族の末裔であったが、政変が起き、魔法師ラスカルがその権力を握った。
彼は、魔法師階級を階級制度の最上段に置き、その下に騎士階級、農工商の庶民階級、更にその下に奴隷階級を置いたのである。
奴隷階級には主として近在のカリーニョ達がなったが、パリーニョの罪人なども奴隷階級に落とされ、一旦奴隷の身分に落ちた者は滅多なことでは、その階層から這いあがれなかった。
僅かに数十人の魔法師階級の下に数百人の騎士階級、更に数千人の庶民階級、最下層に数万に及ぶ奴隷からなる城塞国家の始まりである。
バランバの気候は厳しく、穀類を育てるのもひと苦労であるが、パリーニョは追手を恐れてその地域から北の温暖な地域に戻ろうとはしなかった。
パリーニョが支配するようになってその搾取により、カリーニョはさらに生活が厳しくなったのは言うまでも無い。
だが彼らもまた北の温暖な地域へ移住することはできなかった。
カリーニョは元々ネグロス大陸の先住者である。
パリーニョが移民してくるまでは北の海岸線付近にも多数の先住民部族が住んでいた。
彼らは部族同士で寄り集まって生活する狩猟民族であったが、国家と呼べるような政治体制は持っていなかった。
彼らは部族ごとに侵略者に抵抗したが、侵略者の軍は強く、先住民たちは次第に温暖な地域から締め出されたのである。
彼らカリーニョは、ハムル語では無く、ロタ語を話す。
ロタ語はハムル語と殆ど互換性の無い言葉であり、彼らはパリーニョの世界では生活できなかったのである。
彼らはサンファンを離れて更に荒涼とした地域に逃れるか、それとも奴隷として生きることを甘んじる以外方法がなかったのである。
少なくともサンファンでは粗末ながら家と最低限の食事は与えられた。
こうして、カリーニョはサンファンに最下層民として定住することになったのである。
サンファン建国から数十年の間にカリーニョとパリーニョの混血が奴隷階級から始まり、エスーゾと呼ばれる褐色肌の混血人種を生み出した。
エスーゾには稀に美女が生まれることがある。
褐色肌の美形の女はエセチーゾと呼ばれてもてはやされ、庶民階級や騎士階級にも混血が広まったが、魔法師階級だけはその血筋を守ってきた。
僅かに15家族の血筋から増殖した魔法師階級は、繰り返される近親結婚の故に生体免疫に乏しく、遺伝的病気を子孫に伝えているが、現在は15家の亜流を含め200家族が魔法師の中の階級制度に組み込まれている。
魔法師の数は総勢で500人を超えているし、女性も魔法師として存在する。
実のところ女性の魔法師はヘイブンの他の国家では稀なことである。
サンファン以外の地では、一国で抱える魔法師の数は、大国であっても精々20名程度である。
王都に3名から5名、地方に8名から15名程度が一般的であり、魔法師の下で修業を積む弟子達を含めるとロルム王国でも200名から300名ほどになるが、弟子の場合は使用できる魔法が限られることになる。
一方サンファンでは、魔法師の家族は男であれば確実に魔法師を継ぐのである。
能力的に大魔法師級の人数は限られるが、サンファンの魔法師の血筋は近親婚の影響もあってか、歴代の子孫が皆、比較的能力が高いのである。
アドニス師程度の能力ならば並みと評価されるだろう。
ただ、女性の魔法師は過去千年以上に渡ってヘイブンでは忌み嫌われてきた。
理由は闇の魔法に流れやすいからである。
そうして、サンファンでも過去に何度かそうした風潮に流れる女魔法師が出現していたが、その能力の低さ故に闇の魔力に敗れ、わが身を滅ぼすだけにとどまっている。
だが、あるいは大きな力を持つ魔法師が現れ、闇の力を支配すれば、サンファンは無論のこと、ヘイブン世界全てが滅亡の縁に佇むことになる。
そうして、カサンドラと呼ばれる若い娘が今またその闇の力に魅かれ出していた。
カサンドラは14歳、リディアよりも一つ下であるが、その足跡を見る限りはかなりの力を持つ娘の様である。
アドニスと同程度かあるいはその少し下のレベルであるが、今後数年を待たずにアドニスを追い越す能力を身につけるのは間違いなかった。
仮にカサンドラが闇の力に魅入られて古い記録にある儀式を執り行えば或いは地上界に闇の力が放出されるかもしれない。
ギルバートに小さな危惧が生まれた。
カサンドラの闇への信奉が深まる恐れもさることながら、サンファンの魔法師500人、騎士階級三千家、奴隷戦士約十万の数は、周辺国家にとって大いなる脅威であるが、サンファン自体の存在が秘密とされ、ネグロスでさえその存在を正確に知っているものは居ないのである。
サンファンの人口は魔法師階級の家族で凡そ800人、騎士階級の家族で1万2千人、商人階級の家族で2万8千人、奴隷階級約100万人である。
100万人程度の国家で10万人以上もの戦力を持つのはサンファンぐらいであろう。
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