第18話 王都から来た監視役
by Sakura-shougen
カールセンと名乗る男が引き起こした事件により、ベリデロンはラシャ大陸に新たな敵がいることを認知したのである。
この事件は、要点のみがアドニスからアルバロンへ通報された。
ギルバードの申し入れでアドニスは、ギルバートの介在を敢えて伏せていた。
未だに何処の手の者かが判らぬ相手である。
特に、ベリデロンにカールセンと名乗る男が難なく入り込み、本物と見間違うほどのアルバロンの偽の書状を持参したぐらいであるから、ロルムの王宮内に敵の間諜が潜入している可能性もあり、用心に越したことはない。
更には、ギルバートなりベリデロンの反撃で敵が殲滅されたことを知らせることによって、王宮の情報漏れからベリデロンに強力な敵がいると相手に警戒させるのは愚の骨頂である。
一方でギルバートは、破壊したダルメス岬の廃墟周辺を監視し始めた。
やみくもにラシャ大陸全土を監視するよりも、連絡を絶った魔法師の一団につなぎを入れるための者が動くのではないかとの予測でそうしたのである。
ギルバートの魔法感知能力は既にヘイブン世界全域に及んでおり、ヘイブン世界の何処で魔法が使われてもギルバートはその全てを把握できるようになっていた。
但し、カールセンと名乗った男の様に魔法を使わず内部に侵入する手合いを監視するのは非常に難しかった。
魔法では人の意思まで捕えることは不可能であり、無数の人の行動を常時監視することも事実上不可能に近かった。
ギルバートは何らかの工夫をする必要性を感じていた。
数日後、ロルム王家からは新たな厄介事になりそうな使者が送りつけられてきた。
アルバロンが3人の魔法師をアドニスの臨時の配下として送り届けてきたのであるが、その内の一人レオニードは、ギルバート若しくは他の者の魔法の力を探れというアルバロンからの密命を受けていた。
レオニードの日課は、ギルバートの監視であり、毎夜アルバロンにギルバートの動きを報告していたのである。
尤も、レオニードもアルバロンもそうした内密の報告が全てギルバートに筒抜けだと言うことは知らなかった。
アドニスがギルバートにそうした能力があることは伏せていたからである。
アルバロンはギルバートなる若者に大魔法師の素質があるかもしれないということと、既にデュスランを扱えるかもしれないことをアドニスの報告により知っていたが、それ以外の能力については知らなかったと言える。
アルバロンは、自らの地位が脅かされることを嫌い、また、ロルム王家に抗することのできる力を持つ王国の各領主の力を削ぐことを至上の使命としていたのである。
彼の頭の中では如何なる忠臣であっても謀反の嫌疑があるものとして判断することにしていたのである。
ベリデロンを治めるデメトリオス伯爵とて例外ではなく、ロルム王の親族であってさえもその猜疑の対象になっていたのである。
アルバロンはアドニスの報告の中で、結界が内部から破壊された直後に魔法での攻撃があったことについて、表向き憂慮し、ロルム王家のためにベリデロンに支援をする必要を感じたのであるが、同時にその攻撃を察知して、崩壊した結界に代わって新たな結界を築き攻撃を防いだことに注目していた。
アドニスは僥倖と言っていたが、それほど簡単に強力な結界ができるはずもない。
結界はそのカバーするエリアによっては設定するのにかなりの時間を要するのである。
アドニスの報告ではベリデロンの城郭そのものが狙われたにもかかわらず、何の被害も生じていないという。
アドニスの力では伯爵の周辺を守る結界は短時間でできようが、それで攻撃を受ければ、城郭の一部は少なくとも攻撃に晒されたはずである。
その被害が無いと言うことは、誰かが城郭そのものを守りきったことになる。
城郭を全て覆う結界を張るとなればアルバロンでも一日仕事になるかもしれない。
だが、襲撃の直前にそれを短時間でやってのけた者がいるはずである。
アルバロンはそれがあるいはギルバードではないかと推測したのである。
事件から一月、ベリデロン城では穏やかな毎日が続いていた。
このところのギルバートの日課は、午前中にリディアとヘルメスが訪れて来て、ビュラスの指導や話をし、時には散策や野駈けを楽しむことに始まり、午後はハインリッヒの道場に行き、騎士たちの剣の修業の指導に当たっている。
夕食以後は書庫に入って古い文献を調べている。
魔法師レオニードは多少苛立っていた。
本当にギルバートが魔法師なのかどうかその能力を確認するに至らないのである。
最初にベリデロンを訪ねた時に気付いたのは、最初の結界が異常に大きいことであった。
ベリデロン城塞を中心に実に一ケニル以上の範囲を覆っており、大きな港町であるベリデロン市街のほとんど全域を覆うものであった。
更に、二重三重に結界が造られているのは用心のためとも思えるが、王都サルメドスですらこれほど大きな結界は造られていない。
理由は簡単である。
手間暇がかかるからである。
丸々一日を潰して大きな結界を造ったにしても内部から破壊しようとすれば、作る力に比べはるかに小さな労力で壊すことができる。
そのために、より小さな結界を多数作る方が労力的には無駄が無いのである。
尤も、これほど大きな結界になると内部から破壊するにしてもかなりの魔法力でなければ壊せない。
正直なところ、レオニードの力でこの結界を破壊できるかどうかは自信が持てなかった。
いずれにしろ、ギルバートの日課にはアドニスの弟子達と同じように修練を行う時間などどう見ても無いのである。
アドニスに何度確認をしても、アドニスもギルバートの能力はわからないと言う。
ギルバートが単独で魔法を使った可能性は有るかもしれないが、その場に居合わせたわけでは無く、本当に使ったかどうか或いは使えるかどうかはアドニスも知らないと言う。
アドニス以外の魔法師や城内に居る者に尋ねても、何の収穫も無かった。
アドニスの最初の報告に有ったデュスランが使えるかもしれないと言うのはあくまでギルバート本人の話であり、仮にデュスランを使えるとすれば、魔法師としても極めて力のある者と推測はできるが、アドニスがギルバートに魔法師としての修練に参加するように促しても、本人には全くその気がないようなので、敢えて放置しているとのことだった。
これまでレオニードが観察している限り、ギルバートはごく普通の騎士であり、少なくとも武道に関する限りは人並み以上に優れた技量を持っている。
キュロス武道館で10年以上の修練に励み、師範代格にまで上り詰めているハインリッヒを子供扱いすることからみても並々ならぬ技量が伺える。
ギルバートはデメトリオス伯爵の子息であるヘルメス子爵と同じ21歳であり、その年齢でハインリッヒを超える技量を持つのは生半可なことではできるわけも無い。
従って、ギルバートがいずこかで魔法師に師事していたという事実はほとんどないだろう。
それにもかかわらず、デュスランを使えると言うのはどう考えても矛盾するのである。
止むを得ず、レオニードはギルバートに直接話しかけたが、アドニスの言を裏付けるような回答しか帰って来なかった。
デュスランの呪文とその方法は知っていると思うが試したことはないので、実際に自分が使えるかどうかはわからないと言い、仮に使えたにしても何処に跳んで行くかわからないような魔法は怖くて使えないと言う返事が返ってきた。
確かに魔法師になる前の初心者にその手の間違いは良く起こり得る話である。
魔法をコントロールできなければ、自らに災いをもたらすことさえあるのだ。
実際に予想外の炎を出現させて大火傷を負った若い弟子を目の前で見たこともある。
レオニードは、もう一月滞在してその間に確証が持てなければサルメドスに戻るしかないと考えていた。
無為にベリデロンで過ごすわけには行かないからである。
以後の監視は、弟子を送り込んで当たらせる程度で差し支えないと考えていたのである。
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