第17話 後始末

   by Sakura-shougen


 忽然と消えては、また忽然と現れ、アドニスに指示をおこなうとすぐに姿を消すギルバートの様子に驚いている伯爵とヘルメスを尻目に、アドニスは遠話ですぐに弟子たちにカールセンと名乗る男の捕縛を指示した。


 「 アドニス師、ギルバート殿は一体どこに行かれたのじゃ?」

 伯爵がアドニスに尋ねた。


 にやりと笑ってアドニスは答えた。

 「 さて、しかとは判りかねまする。

   したが、ギルバート殿には魔法が使われれば、その出所がたちどころに判り申

  す。

   カールセンと名乗る男がいずこかの黒幕へ通牒したのを嗅ぎつけ、或いはその

  一味の本拠へ参ったかと存じます。


   ま、そちらの対処はギルバート殿に任せて宜しきかと存じます。

   あのお方ならば余程の事が無ければ先ず大丈夫。

   私は、役宅へ戻り、カールセンと名乗る男からこの度の裏の事情を聞きだして

  みましょう。

   或いは無駄に終わるかもしれませぬが・・。」


 アドニスは、そう言って伯爵の書斎を辞去した。

 後には驚き呆れる父子が残された。

 「 うーん、どうにもこうにも・・・。

   あれほど短い時間で出たり入ったりできるなど・・・。

   呪文のような言葉がえらく短かった。

   それに、・・・アドニスが手放しで信用するところを初めてみたぞ。

   ヘルメス。

   どうやらリディアは神のごとき男を我が家に引き入れたようじゃなぁ。」


 「 左様にございますな。

   ですが、我が家にとっては望んでも望めない福の神にございます。

   リディアはギルバート殿にそれこそべた惚れの様子ですが、ギルバート殿もリ

  ディアを憎からず思っている様子。

   ここは、リディアに色気ででも何でも使ってもらって、何としても彼を我が家

  に引き留めてもらうしかありませんが、・・。

   我らも、大事にせねば福の神に逃げられますぞ。」


 父子は互いに頷き、にやりと笑った。



 アドニスが推測した通り、ギルバートは黒幕の魔法師の一団の元へ転移していた。

 彼らが張った結界の中へ突如出現したギルバートを見て、魔法師の一団は余りの驚愕でマヒしていた。


 結界の中に魔法で人が侵入してくるなどこれまで聞いたことも無いからである。

 だが明らかに男が何も無かった場所に忽然と現れたのである。


 デュスランは確かに術者の身体を転移できるが、少なくとも他人の作った結界の中には転移できないとされていたのである。

 ましてデュスランは、使用が色々と制限される術である。


 転移する場所自体が良く見知った場所でなければできない術である。

 従ってデュスランを使うものは特定の場所を予め選んでおいて、そこへ転移する。


 今まで一度も訪れたことの無い場所には決して転移ができない術なのである。

 彼らのアジトは秘密裏に造られた山荘であり、場所を知るものは極々限られている。

 しかも実のところ5重の結界で守られており、その内部に直接デュスランで出現するなど常識では絶対に有り得ない話であったのである。


 人は有り得ないものを見聞きすると一時的に思考が停止する。

 理屈で割り切れないものを受け入れることを自らの意識が拒むのである。


 特に魔法師は周囲に満ち満ちている気を利用して、ある意味不思議な魔法を操るだけに、逆に魔法の掟或いは法則から外れた現象は彼らにとって受け入れがたいものとなる。

 それほどに、ギルバートの突然の出現は驚愕の種であった。


 一瞬の間に、ギルバートは内部から結界全てを崩壊させ、再度転移して山荘から離れた場所から、彼らが放った8つの魔法をその数十倍の力で御返ししていた。

 山荘を中心に半径300エニル程の限定された範囲が凄まじい魔法の破壊力に見舞われ、灰塵と帰した。


 8人の魔法師達に助かる術は無かった。

 彼らも身を守るだけの範囲の結界は張れる時間はかろうじてあったのだが、既に結実した魔法の破壊力までは減ずることはできなかった。


 一つ一つの魔法で結実した力は余裕があれば防ぐ術もあるが、一度に多数の術を使用されると余程の幸運に恵まれない限り防ぐことはできない。

 それ故に彼ら8人が共同して同時にベリデロンを襲撃したのである。


 屋敷内全域で同時に発火し、周囲から押し寄せる火炎には結界は何の役割も果たさなかったし、瞬間的に発生した視力を潰す強力な閃光、爆発的な気圧差、それに高周波の轟音から身を守る術はなかった。


 爆発的な気圧差は、山荘の屋根を吹き飛ばし、彼らの身体を壁に叩きつけた。

 彼らは瞬時に目と耳を奪われ、壁や柱に打ちつけられて大怪我を負い、身動きもできない間に火炎にまかれ、拳大の雹に打たれ、或いは巨大な雷撃に襲われたのである。


 大竜巻が最後の後始末をした。

 山荘に潜んでいた魔法師達は、遠話により仲間に通牒する暇さえ与えられなかったのである。


 ギルバートは、術を掛けた時点では崩壊の現場から数百エニル離れた山頂から様子を伺っていた。

 彼らに万が一にでも生存する者がいる様であれば、剣を使って殺すつもりであった。


 ギルバートがいる場所は、ラシャ大陸の北部ダルメス岬の外れであった。

 ベリデロンからは遠く500ケニルほども離れた地である。

 事が終わった時に、山荘に生存者はいなかった。

 始末が済むとギルバートはベリデロンへと戻った。



 アドニスはカールセンと名乗る男の尋問に苦心したが、カールセンは何も言わぬうちに自殺していた。

 カールセンは自分の歯の中に毒物を仕掛けており、逃れられないと悟るとそれを噛みつぶして自害したのである。


 伯爵とアドニスはギルバートの報告で、得体の知れない彼らが伯爵又は伯爵一家の暗殺を企んだことを知った。

 アドニスとその弟子達が張った結界をカールセンと名乗る男が内部から崩壊させたその一瞬の間に、ベリデロン城そのものを魔法で崩壊させようとしたのである。


 彼らが放った8つの魔法は、炎、落雷、竜巻、轟音、有毒な瘴気、閃光、爆発的な気圧変動、そうして大雹であった。

 企みが成功していれば、間違いなくベリデロンの城郭は大規模な崩壊に見舞われ、内部に居る者は少なくとも大怪我を免れず、場合によっては多くの死者が出たはずであった。

 ヘイブンの長い歴史の中で、こうした魔法師の集団による攻撃が戦争以外で使われた試しはなかった。


 一連の動きを報告し終わると、ギルバートは伯爵の書斎を歩いて出て行った。

 ギルバートが書斎に呼ばれてからまだ1時間とは経っていなかっただろう。


 デメトリオス伯爵は、アドニスに尋ねた。

 「 ギルバート殿は、魔法も使えるというのはわかったが、何故にあれほど素早い

  のじゃ。

   そなたらが魔法を使う場面は何度となく見ているが、呪文を唱え更に魔法が効

  くまでは相応の時間を要しているようであった。

   そなたらとギルバート殿では何が違うのか教えてはくれまいか。」


 アドニスは苦笑した。

 「 伯爵お抱えの魔法師としては、何ともお恥ずかしき話しながら、私とギルバー

  ト殿では器が違うのでございます。

   以前、伯爵にもお話し申した通り、我ら魔法師は呪文によりこの大地に満ち満

  ちた気を集めます。


   その気が十分に集まった時点で術を施し、魔法を実現させるのですが、行おう

  とする魔法の大小により気を集める量が違います。

   私の弟子なれば、さしづめちょろちょろと流れる小川の水の如く気が集まりま

  す。

   従って、掛ける魔法が大きな術になればなるほど準備の時間が必要ですが、器

  が小さければ集まったとしても一定量以上は溢れ出てしまうのです。


   いくら長時間を掛けたとて力の無い者に大魔法は使えないことになります。

   私ぐらいになりますと気の流れは少し大きくなり、弟子の10倍程度の気の流

  れで集められますし、蓄える器もかなり大きく弟子達の数十倍ほどになりましょ

  う。


   したが、ギルバート殿が呪文を唱えると、まるで洪水の奔流のように気が集ま

  りだします。

   その流れは桁はずれと申して差し支えありませぬ。


   少なくとも私がこれまでに見たことも無い様な巨大で早い流れにございます。

   恐らくは私の数百倍の流れが生じているものと推測されます。

   そうしてギルバート殿の器もそれに応じて大きな物にございましょう。


   弟子が大きな水桶ほどの器と仮定するなれば、私がこの屋敷の裏手にある小さ

  な池程の器に比称され、ギルバート殿の器は恐らくこのベリデロンの港以上に大

  きな物に比称されるものとお考えくだされば宜しいでしょう。


   恐らく魔法師長のアルバロン殿とて、ギルバート殿に比べれば赤子同然、ギル

  バート殿は古今の大魔法師の中にあってもそれを上回る稀有の大魔法師ではない

  かと考えております。

   いずれにせよ、ギルバート殿が集めた大量の気を術に託せば巨大な力が一気に

  働きます。


   従って、ギルバート殿はあれほど短い間に大魔法を使えるのでございます。

   先ほど私がこの書斎を守る程度の結界を何とか造った時、その数倍の速さで巨

  大な結界をギルバート殿は造られました。


   恐らくこのベリデロンの街全てを覆い尽くす結界を瞬時に造られたのではない

  かと私は考えています。

   実は、今、弟子にその結界の大きさを探らせるために四方に走らせております

  が、未だに端に着いたとの連絡がありませぬ。


   かれこれ30分には相なりましょうから、少なくとも結界の境界はここから1

  ケニルほどは間違いなくございましょう。

   仮に私が弟子達全ての力を結集したにしても、これほどまでの大きな結界を張

  るには、・・・。

   左様、先ず丸一日は掛かりましょうな。

   ギルバート殿は左程の能力をお持ちだということです。」


 「 ふむ、左程に大きな結界を張れるギルバート殿が何故にアドニスの結界を先ん

  じさせたのじゃ。

   ギルバート殿が先んじて造ればアドニス師が造る必要も無かったのではないの

  か?」


 「 さて、そこにございます。

   恐らくは、ギルバート殿は結界の作り方を知らなかったのではないかと存じま

  す。

   元々結界の術は戦場にてお味方の陣を守るためのもの。


   万が一に備えて、既にベリデロンの要所要所に結界は造られております故、結

  界を造る術を新たに使う者などそうそうはおりませぬ。

   恐らくは他の地にても同様です。

   一度作ってしまえば壊れない限りは使う必要の無い魔法です。


   ギルバート殿はおそらく結界を造る魔法を目にしたことも無く、また、感知し

  たことも無かったのでしょう。

   そうしてそれは十分に有り得ることにございます。

   しかしながら、私がギルバート殿の目の前で結界を造る術をお見せした故、そ

  れで初めて結界を造られたのだと思うのです。」


 「 なんとも驚き入った話よのぅ・・。

   したが、魔法とはそんなに簡単に真似することができるほど簡単な物なの

  か?」


 アドニスは静かに首を振った。

 「 いいえ、左程に簡単に真似ができる者ならば、弟子達の全ては私を追い越して

  おりましょう。

   剣の道などと同じく、日々の修練が技を磨き、術を身につけさせるものにござ

  います。


   ですが、ギルバート殿はそこが違います。

   誰かが魔法を使えばたちどころにその呪文と術を真似て駆使できるのです。

   しかも、はるかに効率よく力ある魔法ができます。


   内密にはしておりましたが、先日、我が役宅でギルバート殿にお願いし、我が

  前で小さな術を試していただきました。

   謁見の間で初めてギルバート殿に遭った際に使った小さな緑の炎を出現させる

  魔法でした。


   あの魔法は、初歩の初歩、弟子になりたての者に教える術にて、暗がりで明か

  りが必要な際に使う魔法にございますが、ギルバート殿が試されると途端に巨大

  な気の流れが起き、この城郭全てを覆い尽くす翠の光が生じました。


   ギルバート殿は魔法を使うのは初めてと申されておりました故、恐らくは力の

  加減ができなかったものと存じます。

   私がしたのと同じ時間をかけて行ったために、あれほどに強烈な光が生じたも

  のと思われます。

  

   あの折に遠目から見れば、このベリデロン城が恐らくは緑の炎に包まれたのが

  判ったのではないかと存じます。

   昼日中にもかかわらず、その強烈な光に驚いた市民や家畜の間で小さな被害が

  あったとも聞いております。


   皿が割れた。

   ガラスを落とした。

   驚いた馬が暴走した。

   などなど、他愛も無い被害にございましたが、手前が申し出て、ギルバート殿

  が試した結果として発生したこと故、ギルバート殿に責任を押し付けるわけにも

  行かず、周囲には単なる異常現象として怪しまれぬよう手配をしたところにござ

  います。

   斯様に、ギルバート殿は、稀有の大魔法師と思えます。

   伯爵が御望みであれば、私はいつでも御役目を御辞退し、ギルバート殿の配下

  に加わるつもりにございます。」


 「 いや、その必要は無い。

   ギルバート殿はこれまで通り、リディアの警護役じゃ。

   必要に応じてギルバート殿にはお手伝いを頂くやも知れぬが、我が家の魔法師

  はアドニス殿、そなたじゃ。

   以後も宜しく頼む。」


 アドニスは深々と頭を下げた。

 本来であればお払い箱になってもおかしくない状況である。

にもかかわらず、デメトリオス伯爵は、アドニスを引き続き魔法師として慰留してくれたのである。

 アドニスにとってこれほど嬉しいことはなかった。

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