第16話 新たなる危機

   by Sakura-shougen


 ギルバートが召喚されたデメトリオス伯爵の書斎には、伯爵以外に既にアドニス師とヘルメスも待っていた。

 扉の前には衛兵が二人立っており、ギルバートはすんなりと通されたが、リディアとメルーシャは通過を許されなかった。


 廊下で暫く押し問答をしていたようだが、やがて静かになった。

 衛兵は、伯爵の命を受けているだけであり、許可された者の中にリディアとメルーシャが入っていないのは明らかだった。


 ギルバートの目の前に居る三人が、ともに深刻な顔をしている。

 アドニスが口を開いた。


 「 ギルバート殿、お待ち申しておりました。

   実は、先ほど、ロルム王家宮廷魔法師長のアルバロン殿から火急の知らせが私

  の元へ届きましたのじゃ。

   ロルム王国の東に接するシャガンド国から大規模な侵攻の恐れがあるとのこと

  なのじゃ。


   二日前の時点で未だ国境への侵攻があったわけではないが、陸軍は無論のこ

  と、海軍も少なからず動いているとの情報なのだが、シャガンド国と特段の諍い

  があったわけでもなく、何故今この時期にシャガンド王国が動くのかその理由が

  判らぬ。


   ここ三十年ほどは何事も無く過ぎておったとは申せ、百年以上も昔からロルム

  王家とシャガンド王家は、このシェラ大陸で覇権を競った間柄、全く有り得ない

  話では無い。

   いずれにせよ、王家から正規の急使が届けばこのベリデロンも今動かせる全軍

  を動かさねばなるまい。


   だが、その指示をする前に、わしはギルバート殿にご相談したいと伯爵に願っ

  たのだ。

   そのような措置は極めて異例のことじゃが、ヘルメス殿も賛同くだされ、伯爵

  も赦された。」


 ギルバートは不審に思った。

 そのような遠話を感知しなかったばかりか、王都サルメドスの幾つかの監視場所にロルム軍の動きは全くなかったからである。


 「 アドニス殿、つかぬことを伺うが・・・。

   その知らせ、アルバロン殿からの直接の知らせにございましたか?」

 「 いや、直接では無い。

   儂のところに知らせをもたらしたは、アルバロンの弟子たるカールセンと申す

  者であった。」


 「 魔法を使っての知らせにございますか?」

 「 いや、違う。

   カールセンが直接わしのところへ書状をもって参った。」


 「 火急の用件なのに、何故、魔法を使って連絡を寄越さぬのでしょうか。

   より素早く、確実に知らせる手段があるにもかかわらず、わざわざ手間暇をか

  けて人を遣わすなどとても火急の用事とは思えません。

   何より私にはそれが不思議に思えます。

   魔法師長のアルバロン殿なればアドニス殿に直に連絡を寄越すことも可能なの

  ではありませんか。

   アドニス殿が、ヘルメス殿がことでアルバロン殿へご連絡されたように。」


 「 むぅ、そう言えば・・・。

   しかし、書状は確かにアルバロン殿の署名があったのじゃが・・。」

 「 では、無駄を承知でアルバロン殿へ再度の確認をなされませ。

   何となれば、王都サルメドスの近衛騎士団は、今もって何の戦支度もしており

  ませぬ。」


 近衛騎士団は王の直衛であるから、やたらに王の傍は離れないが、他国との戦になれば万が一のために警備体制そのものが変わるし、戦支度も始まるのが普通である。

 そうした動きが全くないというのは確かにおかしいのであり、傍にいたヘルメスもそれを裏付けた。


 「 確かに、それは・・・妙だな。

   戦が始まれば無論のことだが、そうした気配があるだけで、近衛騎士団は備え

  を強化するものだ。」

 「 ぬ、・・・。

   さては偽の使者に謀られたか。

   あい、わかった。

   暫し御免。」


 アドニスは、遠話の呪文を唱え、アルバロンとの連絡をとった。

 すぐに確認が取れ、アルバロンはその様な使者を送った覚えが無いと答え、同時にシャガンド国境での不審な事象も報告が無いと返事があったのである。


 アドニスは、遠話の呪縛から離れるとすぐに伯爵に結果を報告した。

 伯爵は安堵のため息をつき、その上で言った。

 「 いずこの者が何の目的でそのような嘘をついたのじゃ?

   また、そのようにすぐにばれるような嘘を何故についたかじゃが・・。

   そうして今一つ大きな疑問がある。

   ギルバート殿、そなた、王都サルメドスのただ今の様子を知っておるような口

  ぶりじゃったが、何故にその様なことがわかるのじゃ?」


 ギルバートは苦笑しながらも答えざるを得なかった。

 「 私がサルメドスの様子を知っているのは、たまたまサルメドスの近衛騎士団等

  を監視していたからです。」

 「 余計にわからぬ。

   ここに居るそなたが、何故に近衛騎士団を監視できるのじゃ?」


 「 されば、伯爵。

   どなたにも秘密にしていただきたいのですが、私には少しばかり魔法が使える

  のです。

   先日来、近衛騎士団を暫く監視する必要があったので、魔法でそのような手段

  を講じました。

   用事の済んだ今でも、その措置がそのまま残っていましたので、私には近衛騎

  士団の様子が確認できるのです。」


 「 そなたに魔法師の素質があるのはアドニスから聞いていたが・・。

   しかし、何故に近衛騎士団の監視が必要・・・。」

 そう言いかけて伯爵はすぐに気が付いた。


 「 おお、そうか、もしやヘルメスを・・。

   では、では、・・・。

   ベネディクト邸に侵入した賊を密かに打倒したのもそなたなのか?」


 ギルバートは止むを得ず頷いた。

 「 何と、アダーニの一族はそなたに足を向けては寝られんのぉ。

   我が息子、我が娘達を陰で守護してくれていたとは・・・。

   ギルバート殿、心よりお礼を申し上げる。」


 ギルバートは微笑んでいたが、不意に顔色を変えた。

 その時、同時にアドニスとギルバートはベリデロン城塞の結界が揺らぎ始めたのに気づいたのである。

 ギルバートが切迫したような早口で言った。

 「 アドニス殿、直ちにこの部屋に結界を御造りくだされ。」


 そういってギルバートは部屋の片隅に素早く移動した。

 アドニスから離れなければ、アドニスが魔法を使えないからである。


 その言葉に呼応してすぐにアドニスが結界の呪文を唱え始めた。

 そのアドニスの魔法を真似て更に大きな結界をギルバートが造った。


 その直後に、アドニスが以前作った城塞を覆う大きな結界が崩壊した。

 遠話を感知すると同時に、8つもの魔法が襲ってきたが、ギルバートの作った結界がその全てをはるか手前で跳ね返した。


 魔法は形を取る前に空中で四散していた。

 一般的に、結界に守られている範囲内に何らかの魔法を送り込もうとしてもそれは徒労に終わる。


 魔法で狙った者が何者であるにしろ、彼らは結界が無いと思った場所へ魔法を送り込んだのであって、それ以前に結界に捕えられては形にならないのである。

 無論結界自体を外部から攻撃する術もあるのだが、大魔法師と呼ばれる人物が初心者の結界を崩すのでさえ半日ほども掛かる。


 まして相応の魔術師が造った結界ならば、10人ほどの魔術師が1日か掛けても崩せないだろう。

 しかもそうした攻撃は内部にいるであろう魔法師に攻撃の存在を知らせることになるため、その魔法師がさらに二重三重の結界を張り巡らせば、疲弊するのは攻撃側だけになる。


 従って、戦においても結界を魔法で攻撃することはほとんどない。

 陽動作戦の一環で使われることはあっても、結界の外にある敵を攻撃するのが主である。


 一方で結界は互いの領域にまで重なることができる。

 往々にして騎士団が戦うのはその重複した空間である。


 当該内部では互いの魔法が影響力を及ぼせない。

 そこでは物理的な力での攻め合いになるのである。

 また、結界の中に入り込んで魔法師が結界を崩すことはよく試みられるが、結界の揺らぎはすぐに相手に知られることになり、一瞬でも結界の無い状態が作れるのは稀である。


 なぜなら敵味方ともに相応の魔術師を揃えているからであり、なおかつ、結界を崩そうと前線まで突出する魔法師はそれこそ命がけでそれを行うことになる。

 魔法師がその位置を的確に教え、荒くれ者の騎士が命を付け狙うからである。


 いずれにせよ、次の瞬間にはギルバートが部屋から消えた。

 ギルバートはアドニスの役宅に出現し、これまでの結界を内部から崩壊させたカールセンと名乗る男を手刀で打倒していた。

 カールセンは一撃で昏倒していた。


 無論、その直前に、カールセンが結界の崩壊を知らせていた一団の居場所も突き止めていた。

 瞬時に、伯爵の書斎に戻り、カールセンと名乗る者を昏倒させていることを知らせ、アドニスにその捕縛を頼み、再度、ギルバートは書斎から消えた。

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