第15話 予言された伴侶
by Sakura-shougen
ギルバートは頷いた。
「 私も同じような考えを持っています。
単なる好き嫌いだけでは伴侶は選べません。
一時的な感情ではなく、永続的に持続できる愛情を互いに持つことが大事でし
ょう。
リディア殿は確かに可愛い女性です。
一方でまだ成長し切れていない一個の人間でもある。
今一時の感情に押し流されるのではなく、彼女がより成長した上でなおかつ私
に対する思慕の情があるならば、彼女は伴侶たり得る資格があるのだろうと思い
ます。
それが半年後なのか、数年先なのか私にはわからない。
でも、可能性があるならば私は待ってみたいと思います。」
「 ふーん、・・・。
では、妹が今夜にでもギルバート殿のベッドに忍び込んで抱いてくれと言った
ら、断るのか。
リディアは傷つくぞ。」
「 リディア殿はその様な軽薄な女性では無いと思っていますが、万が一彼女がそ
の様なことをしたら、御尻を叩いて追い返します。」
「 なぜだ。
折角リディアから身を投げ出して来ているのだぞ。
何故受け止めてやらない。」
「 ヘルメス殿は、見目麗しき女性が殺して下さいと懇願したなら事情も聞かずに
殺しますか?」
「 また、妙な例えを・・・。
人を殺めるのと、女を抱くと言うのでは意味が違うだろう。」
「 単なる抱擁は別として、私が女性を抱くときは、その女性に責任を持つことを
約してからにします。
ただの肉欲だけで女性を抱けば互いに不幸になるのは見えています。
男が女を抱くときは、女が身ごもることを覚悟の上で抱かねばならないと思う
のです。
仮に生計すらままならぬ男であれば、女を抱くべきではない。
女もまた身ごもることを覚悟の上で抱かれねばならないし、やがて生まれるで
あろう赤子の世話もできぬような娘ならば、男に抱かれるべきではない。
まして、女が赤子を産むときには体力が必要です。
成長しきれていない女が男に抱かれるなど、生死に関わりましょう。
リディア殿は精神的には強い女性です。
ですが、体格的には、妻となるにはまだ早すぎます。
だから、彼女が裸で迫ろうと私は彼女を抱くことを拒みます。
物事には何事にも適切な時期があります。
果実が熟すように、彼女もまたその時期を迎えるでしょう。
その時に、相思相愛で有ったなら、或いは伴侶として彼女を迎えるかもしれな
いとしか言えません。」
「 なるほど、こいつは難しい。
メルーシャから一筋縄では行かぬだろうとは聞いていたが、勢い込んでやって
きた方が納得させられてしまうな。
しかし、・・・・。
わかった。
時期を待とう。
その上で、リディアの思慕の念が変わらぬようなら、ギルバート殿の伴侶の候
補の一人に加えてもらえるかな?」
「 はい、どなたにもその可能性はございます。
今のところ望みは薄そうですが、メルーシャ殿とてその可能性が無いわけでは
ない。
男女の間柄というのは移ろいやすいものです。
リディア殿が別の方を向かぬ限りは、リディア殿にも可能性がございます。」
「 そうした可能性の女子は世の中に多数いると思うが、リディアはその中でもい
くらか先んじて居ようか?」
「 ただ今のところは数歩先んじているものと思われますが、正直なところ私にも
わからないのです。」
「 うん、何とも頼りない話だが、・・・。
ギルバート殿の話をリディアに伝えても良いか。」
「 構いませぬ。
ですが、リディア殿が本当にその話を聞きたければ、本人が私に聞きに来るよ
うな気がします。
リディア殿も、恐らくは、時期が早いと思っているのではないでしょうか。」
「 なるほど師は弟子の心を読むと言うが、ギルバート殿はリディアのことを良く
ご存じの様だ。
突然おじゃまして非礼なる物言いを赦して欲しい。
ところで、リディアの件は別として、私もギルバート殿の弟子になりたいのだ
がどうだろうか。」
「 は、・・。
あの弟子とは何の?」
「 何でも。
楽曲の師匠、剣の師匠、細工師、さらには人生の師匠たるべくもよし。」
「 同じ年齢で師匠だの、弟子だのもおかしいでしょう。
親しき友人では如何でしょう。
互いに切磋琢磨し合い、時に友誼を交わし合う。
リディア殿には時にビュラスの演奏で指導をすることもありますが、特に子弟
の約束を交わしてはおりません。
友人としてできることをしているだけなのです。」
「 なるほど、では改めて友としてお付き合い願おう。
ギルバート殿と居れば何かと教えてもらうことが多そうだ。
もっとも、余り長居をするとリディアに嫌われそうだがな。
ここに来る前に、ギルバート殿と大事な話があるので、終わるまで来るのは控
えろと言ってある。
そろそろしびれを切らす頃あいかも知れぬ。
では、その内にまた来る。」
ヘルメスはそう言うと漂々と去って行った。
ヘルメスが去って間もなくリディアが訪れた。
開口一番リディアが尋ねた。
「 あの、兄は何を話しに参ったのですか?」
「 うーん、男と男の話し・・かな。
だから、姫にも秘密です。」
「 うーん、それはひどいなぁ。
内緒話なんて。
でも、お兄様のことだから大体想像はつきます。
私に向かって、ギルバート様に惚れてるかと急に聞くんです。
びっくりしたけれど、でも答えてやりました。
はい、殿方としてお慕いしていますって。
そうしたら、お兄様ったらちょっとびっくりしたみたいでした。
で、それからすぐに、ギルバート様と大事な話があるからお前は来るなと言い
置いて出掛けました。
さっき戻って話は終わったとだけ言うと、さっさとご自分の部屋に戻ってしま
われました。
だから、多分、ギルバート様に私のことはどう思うかって直接お聞きしたのじ
ゃないのですか?」
ギルバートは苦笑しながら言った。
「 ふーん、ヘルメス殿の性格は良く承知のようだね。
で、姫もその答えを聞きたい?」
「 いいえ、聞くまでもないことです。
私にはまだ準備ができていません。
準備ができたら、ギルバート様に改めて直接御伺いします。
その時は真剣に考えて下さいますね。」
「 そうだね。
時期が来れば真剣に考えてみましょう。」
リディアは、笑みを返しながら言った。
「 私がまだ幼かった時に、お父様の魔法師だった方に占いをしてもらったんで
す。
もう10年も前になるけれど、アドニス師の師匠だった御方で、ロルムは勿論
のこと、国外にも名の知られた魔法師クルス様。
その方が、ある日私だけにそっと教えてくれたんです。
私が、この世界全てを治める力のある男の妻になるだろうって。
その夫となる方は、私が15歳になる前にこの世界に現れ、やがて世界を変え
ることになるだろうって。
私が15歳になる前に、私の前に現れたお人はギルバート様お一人だけ。
そして今一つ、クルス様は、私が妻になれるのは18歳になった時と、申され
ていました。
だから、私はまだ準備ができていないのだと思います。
それまで、私もギルバート様に相応しい伴侶となれるように努力します。
そうして18になって、その時にまだギルバート様がお一人でいらしたなら、
御嫁さんにして欲しいとお願いするつもりです。
だから、どんなに恋焦がれても、それまでは待ちます。
ギルバート様が他の女性を娶られたなら仕方が無いから諦めますけれど、そう
でなければ例え死んでも諦めません。」
「 そう、・・・。
リディア殿の伴侶は予言された人なんだ。
確かに僕もそれに符合するかもしれないけれど、伴侶では無いかもしれない。
だから、少なくとも後三年近くの間は、僕が伴侶に相応しい男かどうかも良く
見極めて欲しいな。
或いは、僕よりももっとリディア姫に相応しい人物が現れるかもしれない。」
「 少なくとも、今のところは居ないし、今後とも現れることはないと思っていま
す。
ギルバート様、私が心変わりをすることを考えているなら諦めて下さい。
私はとっても諦めの悪い女なんです。
一度思い込んだら、余程のことが無い限り決心は翻りません。
そうして、私が嫁ぐべき人はギルバート様と決心してしまったんです。
三年は長いけれど、でも、待てない時間じゃない。
もう10年以上も予言に符合する人を待ち続けたんですもの。
三年なんて、すぐに過ぎます。」
「 はてさて、ほんの5歳の女の子がまだ見ぬ夫を夢見ていたと言うのは信じにく
いけれど・・。
でも、その可能性もあるから、無視はできないね。
お互いに相手の長所短所を良く見て、判断しよう。
まだ先が長いからね。」
「 はい、私もそのつもりでいます。」
会話が少し途切れたところで、メルーシャが入ってきた。
広い屋敷を小走りでやって来たと見えて、息せき切って、デメトリオス伯爵がギルバートを呼んでいると告げたのである。
伯爵が直接ギルバートを召喚するのは極めて珍しいことであった。
ギルバートは、すぐに伯爵の元へと向かった。
メルーシャとリディアもついて来ていた。
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