第14話 世継ぎヘルメス

   by Sakura-shougen


 リディアの兄のヘルメスは、ラロッシュの魔の手から逃れ、ロルム王ベラクルスから子爵位を与えられて、無事にベリデロンに帰還したのは、ラロッシュが亡くなってから半月後のことである。

 ベリデロン城では、世継ぎであるヘルメスの帰還を祝い、盛大な晩餐会が催された。


 その祝いの席でリディアは、是非にギルバートに祝いの演奏をして欲しいと願った。

 ギルバートは、その願いを聞きいれ、演奏を請け負ったが、同時にリディアも一緒に演奏するならばと条件を付けた。


 リディアは苦笑しながら言いだした手前、受けざるを得ず、急遽、リディアとギルバートの二重奏をすることになった。

 リディアは独奏の練習はしていても二重奏など初めてだし、二重奏の曲など練習したことも無いのである。


 演奏の前の二人の打ち合わせでそんな不安を漏らしたが、ギルバートはいとも簡単に言った。

 「 大丈夫。

   普段の練習の通り弾けばいい。

   曲は姫の得意なエレヴァの恋人達だよ。」


 「 でも、エレヴァの恋人達はビュラスの独奏曲だわ。

   二重奏じゃないもの。」

 「 うん、そうだね。

   でも、姫はそのまま原曲を弾きなさい。

   僕が演奏するのは違う旋律だけれど、決してエレヴァの恋人達という曲を否定

  するものじゃない。


   但し、僕の弾く曲に惑わされないこと。

   前にも言ったけれど平常心を保つことが一番大事。

   そうすれば初めての二重奏もきっとうまく行く。

   姫の誕生日の初めての舞踏も何の打ち合わせもせずに旨く行ったでしょう。

   自信を持ちなさい。」


 リディアは内心不安を感じながらも、ギルバートならきっと自分に合わせてくれると信じることにした。

 ギルバートはビュラスでは無く、サムレブという弦楽器を選び、楽師から借り受けた。

 リディアはそれを見て目を丸くした。

 ギルバートがサムレブを弾いているところを見たことが無いからである。


 楽師長に曲名を告げると、楽師長マリクもリディアと同じことを言った。

 「 エレヴァの恋人達はビュラスの独奏曲ですぞ。

   サムレブと二重奏などできるわけがありません。」


 ギルバートは笑いながら言った。

 「 はい、承知しております。

   ど素人二人が危険な賭けに挑むのですが、どうか座興の一つとして楽師長は目

  を瞑ってお見逃しくださいませんか?」

 「 座興と申されるか・・・。

   うーん、・・・。

   止むをえませんな。

   そのような無茶を我が楽師が申すならば絶対に許さぬところですが、リディア

  姫に免じて許しましょう。」


 ギルバートは丁重にお礼を言った。

 やがて、演奏が始まった。

 最初に綺麗なビュラスの音色が奏でられ、次いでサムレブの音色が重なった。


 リディアはサムレブの音色が重なったことに気づき、一瞬動揺した。

 だが、平常心を保てと言うギルバートの言葉に唯一の寄り何処を見出し、一心不乱に自らのこれまでの練習した曲を追い続けたのである。


 二つの楽器が見事な和音を奏で始めた時、マリクの顔色が変わった。

 確かにビュラスはエレヴァの恋人達を奏でている。

 だがサムレブは楽譜には決してあり得ない音色を奏でているのである。

 そうしてサムレブの伴奏はエレヴァの恋人を決して否定するものでは無かった。


 むしろリディア姫の奏でる音色を引き立てる役目を十分果たし、それでいて異なる物語を奏で、その上で当初の曲想を決して変えていなかった。

 リディア姫の演奏も素人が演じているとは思えないほど非凡なものであったが、サムレブの演奏は正しく名人と言うべきものであった。

 二重奏は、目の前に曲の物語を如実に描き始めていた。


 マリクの長い演奏生活の中でもこれほど見事な演奏を聞くのは初めての経験であった。

 マリクは、その演奏の過程で狂喜し、哀しみ、涙し、そうして最後に大いなる満足感で満たされたのを感じた。

 演奏が終わり、楽師の全員が感動し、自らの楽器を叩いてその演奏を讃えた。

 楽師にとって最高の称賛でもある。


 演奏が終わって、二人が礼を述べながら楽器をそれぞれの持ち主に返し、席に戻ったところで、マリクは伯爵の赦しを得て、特に賛辞を述べさせてもらった。


 「 ただ今の御二方の演奏は、見事という他ないほど素晴らしいものでした。

   エレヴァの恋人達に二重奏など有り得ないという私の既成概念を見事に打ち破

  り、全く新たな展開を見せてくれたお二人に、我ら楽師として最大限の敬意を表

  したいと存じます。

   リディア姫の腕前も非凡ながら、それを上回るギルバート殿の技量は、恐らく

  はロルム王国広しと言えど、その技量に勝る人物は居ないのではないかと存じま

  す。

   御二方の演奏を励みに、今後とも我らも精一杯の精進をしたいと存じます。」


 参集した客は、確かに素晴らしい演奏だとは思っていたが、マリクのその言葉で改めて今の演奏が非凡なるものであったことに気付いたのである。

 リディアがその賛辞にはにかみながら、ギルバートと視線をかわした。

 その様子をイスメラルダ夫人は、柔和な目で確かめていたし、帰還したばかりのヘルメスもまた何事かを感じ取っていた。



 ヘルメスの帰還から三日目、ヘルメスがギルバートの部屋を訪れた。

 部屋に入って椅子に腰を降ろすなり、ヘルメスは言った。


 「 ギルバート殿、貴方はとてつもない人の様だな。

   私の知らぬところで、リディアを救い、クリスティナも救い、そして私に降り

  かかる危難をも未然に防いだと聞いている。」

 「 はて、何かの御間違いでは・・・。」


 「 隠さずとも良い。

   リディアを問い詰め、ハインリッヒ、アドニスも問い詰めたら答えが返ってき

  た。

   ギルバート殿がおられなかったならば、私は無論のこと、姉も妹も今頃は亡き

  ものになっていただろう。

   どれほどお礼を申したところで、申し足りないはずだ。

   ただ、一つ確認をしておきたいことがある。」


 「 はい、何でしょうか。

   ヘルメス子爵殿。」

 「 子爵などと言う形式はこの際忘れてくれ。

   私と言う一個の人間は爵位などで変わるものではない。

   一人の男として、ギルバート殿の本心を聞いておきたいのだ。」


 「 はい、お答えできるものであれば・・・。」

 「 妹のリディアのことだ。

   未だ年端も行かぬ娘と思っていたが、私の想像以上に成長していたので正直な

  ところ驚いている。

   その言動も15歳の娘にしては、大人びて来たし、何より煌めくような英知も

  見受けられる。

   メルーシャの話では、ギルバート殿の指導の賜物とも聞いている。

   そうして、そのリディアがギルバート殿に惚れているのは先刻承知している。

   恐らくは他のどんな男が現れようと、今は決して目に入らぬだろう。


   私にとっては可愛い妹だ。

   如何なる男であれ、私の気に食わない男なれば、妹が嫌がっても引き離すつも

  りだったが、私から見てもギルバート殿は妹にはもったいないほどの男とみた。

   そこで気になるのは、ギルバート殿、お手前の意向だ。

   妹を好いているのかどうか、そこを聞きたい。」


 「 これはまた単刀直入ですな。

   好きか嫌いかと問われれば、好きだとお答えするしかないが、・・・。

   ヘルメス殿のお聞きしたいことは少々違うのではないのですか?」


 「 そう、違うだろうな。

   単なる好き嫌いの返事では困る。

   妹を伴侶にしても良いと思うぐらい好きかどうかを知りたい。」

 「 はて、それは困りましたな。

   ヘルメス殿は今の時点で伴侶に迎えても良いと思うほどの好きな娘がおられま

  しょうか?」


 「 うん?

   今のところは、返事のしようも無い。

   好感の持てる女性はいくらかいる。

   だが、確信が持てない。」

 「 それはその様な女性が複数いるからでしょうか?

   それとも、嫁にするためには何か条件があるので迷っておられますか?」


 「 条件は多分あるのだろうな。

   だが、私としてはそんな条件よりも、こちらが一方的に望むのだけではなく、

  相手にも私と言う男を慕ってもらいたいと思う。

   そうでなければ、良い家庭は築けないだろう。」

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