第12話 暗躍の兆し
by Sakura-shougen
舞踏会ではギルバートの前にも若い女性が申し込みをした。
いち早く駈けつけた女性がギルバートの2番目の相手になった。
こうして1時間の間、ギルバートは若い貴族の令嬢の相手となったが、最後の一曲になった時、リディア姫が割り込んできた。
「 キラ様、最後の一曲だけは、どうか私にギルバート様をお貸しください。」
キラと呼ばれた若い女性は渋々ながら、御相手を譲るはめになった。
今日の舞踏会はリディアが主賓である。
こればかりは止むを得なかったのである。
大勢の客がホールでダンスをする中でもギルバートとリディアのダンスは一切乱れなかった。
リディアは、右手と腰にまわされたギルバートの腕の力に従ってステップを踏めば良かった。
ぶつかりそうな場面でも、鮮やかに二人はかわしながら見事なステップで動きまわっていた。
リディアは他の男性にはない見事なリードに感心していた。
最後まで踊りきって、リディアの額に汗が浮いたのをギルバートはハンカチで押えてくれた。
舞踏会が終わると晩餐会の会場に移って会食になるが、その際には出席者から贈られたプレゼントが披露される。
一人一人名前を告げて、実際に品物が披露されるのである。
中には首飾りなど高価なものもある。
終わりの方で、ギルバートの贈り物が紹介された。
竹細工で造られた人形であり、今一つはべっ甲で造られた髪飾りである。
どちらも見事な細工が施してある。
いずれもギルバートが夜なべで造った手作りの品物である。
見たことの無い奇抜なデザインは至極人目を惹いた。
竹人形は、黒い台座の石板の上に、綺麗に磨き上げた竹の小片を組み合わせて作ったものであり、裾長の衣装をまとった女性の立像は、優雅な曲線を描いて非常になまめかしい。
そうしてその人形の背後にたなびく髪の毛一本一本すらも極細の竹でできているし、その表情は実に穏やかで、見るものの心を和ませた。
べっ甲の髪飾りは色々な貝殻が細かく刻んで埋め込まれ、彩豊かな綺麗な図柄を形作っていた。
しかも見事なまでに磨き上げられた表面は手触りが驚くほどしんなりとする。
誰しもが名工の手になるものと信じていたが、メルーシャだけは、その品物がギルバートの手作りであることを知っていた。
部屋の掃除はメルーシャが専属で行っている。
掃除の際に、布で覆われた製作途中の人形とべっ甲を垣間見ているからである。
メルーシャは無論誰にもその事実を話しては居ない。
だが、御披露目が済んだならば話しても構わないはずである。
食事の間に、メルーシャはそっとその事実をリディアに囁いたのである。
驚きの表情がリディアに浮かび、それから歓喜の表情が浮かんだ。
リディアは、末席で食事をしているギルバートに向かって小さく頭を下げたのである。
リディアの15歳の誕生日はこのようにして無事に終わったのである。
それから三日後、異変がハトラ侯爵領で起きた。
夜半、ベネディクト邸の外に8人の黒づくめの集団が現れたのである。
だが、彼らが邸の塀を乗り越えて邸内に入ったところで、忽然と一つの影が浮かび上がった。
ギルバートである。
異変を感知したギルバートは瞬時にベネディクト邸に出現したのである。
黒づくめの男達は、無言でギルバートに襲いかかった。
手裏剣も投じられたし、槍も突かれたのだが、あっという間に4人が打倒され、残った4人も逃げる間もなく首が飛んでいた。
ギルバートは、弾いた手裏剣の一つを慎重に布に包み、それからベリデロンに戻った。
翌朝、ベネディクト邸は大騒ぎになった。
8人の黒づくめの男達の死体が邸内に見つかったからである。
誰がこの不審者を打倒したのかもわからず、ベネディクト邸の関係者は大いに戸惑ったものである。
その日、ギルバートはアドニスとハインリッヒだけには事の真実を明かした。
証拠の星型手裏剣を前に、二人は唸った。
アドニスが問うた。
「 何と、ギルバート殿は、襲撃を察知してハトラに赴き、刺客どもを打倒して戻
って来られたのですか?
一体どうやって・・・。」
「 アドニス殿には断りなく、デュスランを使いました。」
アドニスは更に驚いた。
「 しかし、結界の中でデュスランを使えば、わしにもわかるはず。
昨夜その様な異変は感じ取れなかったが、・・・。」
「 理由は判りません。
ですが、私の使うデュスランは結界には何の異変も感知させないようです。」
「 何と・・・。
そのように大きな欠陥があるとは思えないが、・・・。
戻るときにもデュスランを使われたのか?」
ギルバートは頷いた。
「 それに、ベネディクトの邸にも結界は有ったはず。
賊の侵入には気づかずともデュスランで内部に侵入したとあれば、その時点で
ハトラのディラスにはわかったはずなのに・・・。
うーむ、外に漏らすのはまずかろうが、ハトラのディラスにそれとなく何か異
変は無かったかどうかだけ問い合わせてみましょう。
少なくとも事件の前後でハトラの魔法師であるディラスが何かに気づいて居る
やも知れませぬ。」
ギルバートは一応の相槌を打って、本題に入った。
「 それで、ハインリッヒ殿、この手裏剣ですが、やはりシュクラのものでしょう
か?」
「 この型は、少なくとも私の資料で調べた限りではシュクラが使うものと思われ
ます。
後は、毒が塗ってあるかどうかですが。
アドニス殿お調べ願いますか?」
「 ふむ、調べよう。
半時もすればわかる。」
そうして、半時ほど後に、やはり手裏剣にはジャメリアの毒が塗られていると判明したのである。
こうしてデメトリオス伯爵の一族にシュクラの魔の手が伸びていることが改めて認識させられたのである。
ベリデロンの城内は一層警備が厳しくなった。
全てはアドニスとハインリッヒのお膳立てである。
更には、アドニスからハトラ侯爵お抱えの魔法師ディラスへ、クリスティナ及びそのお子達の周囲に脅威が迫っている旨が緊急に知らされた。
同時に、ロルム王家の宮廷魔法師アルバロンにもその旨が秘密裏に通知されたのである。
アルバロンの配慮でヘルメスの小隊は急遽編制替えが為され、大隊でも腕利きの者が半数を占めることになった。
万が一にでも、ヘルメスが王宮の中で殺害されるようなことがあれば、とりもなおさず、王家の恥になり、同時に知って居ながら未然に防げなかったとあればアルバロンの失態にもつながるからである。
但し、この配慮の理由はヘルメスには伝えられなかった。
そうして、この異変から2カ月ほど過ぎたある日、ギルバートはリディアのお伴をして、領内のアロン子爵の屋敷に赴くことになった。
念のため、4人の騎士とメルーシャが付き添って行く。
アロン子爵の次女であるフローディアの15歳の誕生日の祝いである。
この日のため、二月も前に、リディアはギルバートに二つのオルゴールを渡して、細工を依頼したのである。
一つは自分のため、一つはフローディアへの贈り物のためである。
このためにギルバートは、暇な時に貝殻細工をするようになった。
祝いの日の三日前に完成した細工品は見事なものであり、木部は赤い漆が塗られ、貝殻を埋め込んだ部分には透明な塗料が薄く塗られている。
しかもその塗装を細かな目の砥石で砥いだ上に再度の漆を掛けたものであった。
赤、白、黄、青など多彩な色合いの貝殻が磨かれたことによって綺麗な光沢を放っており、しかも海の女神像を描いた意匠が見事であった。
今一つはお花畑の意匠であった。
宮廷御用の商人にその二つを見せたところ金貨30枚以上の値打ちがあると断言したものである。
オルゴール自体は、普通の白木の品物であり、銀貨1枚で購えるものであったが、ギルバートが細工を施すことによってその数百倍の値打ちを持つことになったのである。
リディアは迷った末にお花畑のオルゴールを贈り物とした。
行きは何事も無く、アロン子爵の屋敷に着いた。
勿論ギルバートは、エスコート役として、リディアに従ったのである。
フローディアの初めてのパートナーには、ギルバートが選ばれた。
リディアも苦笑しながら、エスコート役のギルバートを譲った。
フローディアとギルバートの踊りも見事であった。
フローディアもギルバートのリードに任せればいいのだから何の苦労も無かったはずである。
次の舞踏には当然のようにリディアがギルバートと踊り、一回の間をおいて、必ずリディアが相手をする。
これはこうした会に伴われたエスコート役の義務でもあった。
晩餐会も予定通り進行し、リディアの贈り物は、フローディアを含め出席者の賞賛を浴びた。
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