第11話 リディアの誕生日
by Sakura-shougen
そうして、ギルバートの「眼」は、更に遠くのロルム王国の王都サルメドスに辿りつき、ベリデロン城郭の知識から得たヘルメスを探した。
サルメドス中央部に位置する大城塞の中に近衛騎士団の隊舎があり、その中に肖像画に描かれたヘルメスの顔を見つけた。
ヘルメスの今日の勤務は、隊舎の事務所で待機することらしい。
事務所の壁に貼り付けた勤務表にヘルメス小隊が、「日勤・待機」と表示されている。
事務所には、ヘルメス以下15名の騎士が待機状態である。
何か有ればすぐに当直に入っている隊の応援に駆け付けるのだろう。
表には、「日勤・当直」、「夜勤・当直」、「日勤・見回り」、「非番」、「休日」などの振り分けが為されている。
少なくとも、中隊一つで8個小隊120名が交代で動いており、そうした中隊が4つ500名で大隊を組み、近衛師団は8大隊約5千名で構成されていた。
ヘルメスはその中で小隊長に任ぜられている。
ギルバートは暫く観察した後に、そうしたことを把握した。
無論、隊舎、城塞の建材などの精霊が蓄えた知識を全て知り得たからわかったことである。
今一つ確認しなければならないことは、デュスランと呼ばれる大魔法の一種である。
遠視もまた大魔法の一種であるが、ベリデロンの様子を確認する限り、アドニスとその配下が形作った結界には何の影響も与えていないようである。
ギルバートの魔法が余程巧みなのかあるいはアドニスの結界に穴があるのかはわからないのであるが、少なくともアドニス達は遠視で覗かれていることを察知できていない。
従って、デュスランを使ってもアドニスには察知できないのではないかという甘い予想もできたが、こればかりはやってみないとわからない。
デュスランは転移の術である。
テレポートに似ているが、魔法師に備わった超能力では無い。
むしろ自然界の中にある空間の割れ目に周囲の気を集め、その裂け目を大きくして、その中に身を置くことで、別の空間の割れ目から出現するのである。
その過程が極めて早いのでテレポートと同じように見えるかもしれないが、ギルバートは本質的に違うと感じていた。
テレポートはギルバートには全く感知できないものであるからである。
ギルバートはデュスランを使って、ベリデロンの自分の部屋に移動したのである。
その間も、ベリデロン、ハトラ侯爵領のベネディクト邸、それにサルメドスの3カ所の広範な地域における全ての出来事を感知していた。
ベリデロンのアドニス師他魔法師は結界の外部から侵入者があったことに気づいていなかった。
取りあえずの実験は終了し、ギルバートは峠の森の中に再度移動した。
そうして、峠を降りてベリデロンの街中に入った。
とある木工細工の店先で馬を止め、そこで工作に必要な幾つかの竹を購入した。
腕の太さ程もある竹を1ニルの長さで3本。
それを小脇に抱えてギルバートは城に戻ったのである。
リディアの訪問回数は明らかに増えていた。
メルーシャが呆れるほど暇を見つけてはギルバートの部屋を訪れているし、ギルバートが部屋に居ない時は城中を探し回っている。
ギルバートは、大抵ハインリッヒの道場か、アドニスの役宅、或いは書庫である。
だがそこに居ないとなると、リディアは泣きそうな顔を見せる。
傍についているメルーシャですら思わず哀しくなるほどである。
ギルバートはリディアの警護役とは言っても常時リディアの傍に居る必要はない。
少なくともリディアが城内に居る場合は、他の侍女や騎士たちの警護に任せておいて十分なのである。
リディアが城外へ外出する時は予め連絡がなされて、御伴をすることになる。
概ね10日ごとにそのスケジュールが知らされているので、そうした警護が無い日には、ギルバートも城の中で自由に行動しているのである。
ギルバートが新たに魔法の力を得たことで少なくとも城内及びその周辺での異変は、ギルバートがすぐに察知できる。
従って、リディアに危険が及ぶ前に守護することができるはずであるから、余計にギルバートの動きが活発になって行った。
そんな中でリディアの誕生日になった。
その日は夕刻に晩餐会が催され、美しく着飾った令嬢や夫人達が騎士や夫の介添えを受けながらベリデロン城塞の大広間に集まる。
当然のようにギルバートも招待されており、そのために金貨1枚を使って衣装を整えなければならなかった。
ギルバートはある意味居候であり、給金は貰っていない。
リディアから用心棒の話があった時に給金の話も出たのだが、ギルバートが断ったのである。
自分のために使う金なら十分にあるから、敢えて貰う必要も無い。
それに金で縛られる雇い人としての奉公よりも、知りあいを助けるだけの身分で居たかったこともある。
その意向をリディアもメルーシャも理解してくれたのである。
いつもの普段着から正装に着替えたギルバートは目立つことこの上ない存在であった。
ギルバートが会場に入った途端に、若い女性から年長の女性までほとんど一斉にその視線が集まり、騒がしかった大広間に奇妙な静寂が瞬時訪れたほどである。
やがて、主賓であるリディア姫と伯爵夫妻が大広間に到着した。
リディアが少し肌を見せるような衣装に身を包んで現れた時には、会場からため息が漏れた。
幼かったリディアが急に大人びて見えたからかもしれない。
主賓の登場に出席者全員が優雅な仕草で敬意を表す。
最前列に置かれた椅子に3人が腰を降ろすと、伯爵家の執事であるオーベルが進行役を務める。
「 古くからの仕来りに則り、デメトリオス伯爵ご令嬢リディア様の御生誕15年
目の良き日に、リディア様の社交界へのデビューの祝いを兼ねて、恒例の晩餐会
を催すことになり、皆さまにご招待状を差し上げましたところ、斯様に多数のご
参加を賜りまして誠に有り難く存じております。
恒例により、晩餐会に先立って舞踏会を催します。
最初はリディア姫のパートナー選びがあり、その後お二人での舞踏をお披露
目、そうして、出席者の方々で舞踏を楽しんでいただきます。
舞踏会の時間は1時間、その後晩餐会場での晩餐とさせていただきます。
それでは、リディア姫、栄えある初めてのパートナーをお選びください。」
ロルム王国では、15歳になると男女とも社交界にデビューができ、主賓は会場に出席して居る者から自由にパートナーを選ぶ権利を得る。
その際は、当該会場にいる招待者あるいはそれをエスコートしている者であってもパートナーに指名でき、指名された者は誰であってもそれを拒否できない仕来りである。
そのために、主賓のリディア姫は会場を一巡りして、相手を選ぶ儀式を行うのである。
リディア姫は儀式に乗っ取り、会場をゆっくりと一巡りする。
そうして、一巡りしてから相手を選び、その相手と二人で初めての舞踏を披露することになる。
リディア姫は一巡りし、それから真っ直ぐにギルバートの傍にやってきた。
リディア姫は、古式にのっとり少し屈んで頭を下げ、それから姿勢を正してはっきりとした口調で言った。
「 ギルバート様、初めてのダンスの相手をお願いできますか?」
ギルバートは、このベリデロンの城郭内で行われた長い歴史を知っていた。
古式に則り、優雅な仕草で答えた。
「 拙き者ですがお相手を仕ります。」
ギルバートは、左腕を腰に当て、一歩踏み出した。
リディアが嬉しそうな表情を浮かべ、その手に右手を掛ける。
二人はゆっくりと広間の中央に進み出て、伯爵夫妻にお辞儀をし、それから四方に向かってお辞儀をする。
そうして初めて向き合って、ダンスの形を取る。
宮廷楽師達が演奏を始めた。
15歳の舞踏会の最初のダンスの曲はいつも決まっている。
ダンテスの舞踏曲である。
二人はその曲に合わせて動きだした。
リディアは嫌というほどメルーシャにステップを教えられた。
だが、無論、ギルバートと踊ったことはないから、不安であった。
これまで姉の15歳の舞踏会でも相手の男性と息が合わずステップを踏みちがえた場面を見ている。
だが、ギルバートのステップは正確であった。
メルーシャの言う通り、パートナーに任せて居れば良かった。
リディアの華やかな衣装がくるりくるりと大広間の中央で舞い、二人は見事な舞踏を披露した。
リディアは最後までステップを間違え無かったし、間違いのしようもなかった。
まるでリディアの動きを読んでいるかのように自然にギルバートが動き、何の違和感も無かった。
メルーシャと練習をしている時にはこれほどの一体感は無かった。
無事に最後まで踊り終え、盛大な拍手の中、互いに離れてお辞儀をし、そうして伯爵夫妻にお辞儀をし、四方にお辞儀をした。
この後は、パートナー同士の舞踏である。
リディア姫も参集者の申し込みに応じて踊ることが仕来たりであった。
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