第3話 謁見
by Sakura-shougen
ギルバートが王宮の手当てを始めると、それに促されたか、女二人が足早に駈けより、それぞれ重傷の者の手当てを始めようとしていた。
手を広げ盛んに念を込めているようにみえる。
その様子を見て、ギルバートはふと気付いた。
どうやら超能力で傷を癒そうとしているのではと思ったのである。
ギルバートの兄弟姉妹はかなりの癒しの力も持っており、その力を使う時に同じような体制を取るからである。
だが、ギルバートが10メレムの範囲にいればその能力は使えないはずである。
ギルバートは、手当てをしている男の取りあえずの血止めだけ施して立ち上がり、二人の怪我人から20メレムほども離れてみた。
それまで必死の形相であった二人の女の表情が幾分和らいだ。
超能力がおそらく使えたからだろう。
ギルバートはそのまま立ち去ることもできたのだが、折角助けた者達が再度襲撃されてもいけないので、用心のために襲われた者達についていることにした。
すぐに癒しの効果は現れたようである。
ギルバートがもう助からないと一時的に判断した二人にも血の気が戻ったし、ギルバートが応急的に措置した男も女の手で更なる癒しが施された。
生き残っていた三人の男達もそれぞれ癒しを受けた。
それらが終わると、女二人がギルバートの前に来て、丁寧に頭を下げて年長の女性が何事か話しかけた。
「ऄऐ, ளणରণঐરਰઑળળ, ଢறਓரലরഡ」
歌うように抑揚のある話し方であるが、無論ギルバートにその意味が判るわけも無い。
だが黙っていてはこちらに意図が伝わっているかどうかも判らないだろうから、あえてモレンデスの言葉で話をした。
「 私の名はギルバート。
残念ながら、貴方がたの言葉が今のところは判りません。」
当然、相手もギルバートの言った内容を理解できなかったはずで、二人の女は驚きの表情を見せ、困惑したようだ。
その上で、年上の女性が身ぶりで自分を示しながら、「メルーシャ」と言い、一方の若い女性を示しながら「リディア・クレリアン」と言った。
おそらく名前であろうと思い、ギルバートはそれぞれの女性を指さして「メルーシャ」、「リディア・クレリアン」と正確に発音した。
その後で、自分を指さし「ギルバート」と言った。
互いの名前がわかり、二人の女性は途端に微笑んだ。
男達の衣装はギルバートが着ているものと左程変わらない。
チュニックにタイツ姿、ブーツにベレー帽までもが同じスタイルではあるが、ギルバートの衣装に比べるとやや品質が劣るように思われる。
男達のチュニックは、刺繍が無いものであったからだ。
一方で、女性二人はゆったりとしたワンピースのような衣装に胸の前で紐を交互に通して締め付ける赤い柄のベストを身に着けているが、若い女性の衣装の方が少し手の込んだ刺繍が施されている良いものでありそうに思えた。
あるいはクレアリアンとは、お嬢さんとかお姫様のような意味があるのかもしれない。
その内にどこにつないであったものか数頭の馬と馬車が男達の手で曳いて来られた。
死んだ仲間二人の遺骸を馬の背に載せ、それから覆面姿の男達の面体を改め、更には何か身元を探るためであろうか、賊の衣装を検めていた。
その上で、道路から引きずって遺体を草むらに入れた。
こうしておけば少なくとも遺体が道路の障害になることはあるまい。
その間に女性二人は、近くに敷かれていた敷物や散乱した食べ物の後始末をしていた。
ギルバートもそれらの作業を手伝い、概ね終了した段階で道路わきに放りだしたバックパックを拾いに行った。
元の場所に戻ると、女性二人はギルバートを待っていたようだった。
若い女性がギルバートの手を引いて馬車へと誘った。
ギルバートは素直に従った。
馬車の向きがこれから向かおうとしている街の方角であったからである。
馬車の中に女性二人とギルバートの3人が入り、御者席の左右には二人の重傷者だった男を乗せ、ギルバートが応急手当てを施した男は何とか馬に跨っていた。
今一人の従者は馬に跨り、先行して緩やかな坂道を掛け下って行った。
恐らくは変事を伝えるために先に戻った違いない。
やがてゆるい下り坂を馬車と騎馬の一行がゆっくりと南へと向かい始めた。
馬車の中では、若い娘が盛んに話しかけ、身振り手振りでギルバートに言葉を教えようとしてくれた。
そのお陰で、ギルバートは僅かの間ながらも、随分と単語を覚えることができた。
ギルバートは物覚えが良く、一度聞いたことは忘れない。
そのために言語能力が他の人よりも高いのだと思っている
町の外れには小半時ほどで辿りついたが、そこからはさらに数騎の護衛が付き従った。
馬車の前後に3騎ずつがついている。
更に後方には遺体が乗せられた馬が居たが、これは町外れで別の道に分かれて一行とは離れて行った。
街は三階建てほどの石造りの建物が連なっており、石畳が敷かれた道路が縦横に走っている。
なだらかな坂道の向こう側には静かな入り江が見えた。
水面の四方を山が囲っているようにも見えるので湖の可能性もあるが、潮の香りが強いこと、それに大きな帆船が数隻浮かんでいるのが見て取れたから九分九厘海につながった入り江であろう。
その街の丘の上にひときわ他を圧する城郭が見えるのだが、騎馬と馬車の一行はその城郭に向かって進んでいた。
馬車の扉には鷹のような鳥を描いた紋章が描かれていたのだが、それと同じ紋章が描かれた旗が城郭には幾つも翻っている。
少なくともこの馬車はこの城郭の主に所縁のある者が乗っていることになる。
そう言う意味で隣の若い娘は単なる侍女かもしれないが、御姫様かもしれないのである。
だが、ギルバートにそれを知る術は無かった。
焦らずともいずれ判るだろう。
ギルバートはそう考えていた。
馬車はそのまま城郭の立派な門をくぐりぬけ、大きな建物の前で停まった。
建物の前には数人の男女が出迎えていた。
最初に年長の女性が降り、次いで若い女性がギルバートの手を取って馬車を降りた。
必然的にギルバートも馬車から降りることになる。
数名の出迎えの者が一斉に腰を落として頭を垂れた。
やはり若い女性が高貴な女性と言うことになる。
そのままリディアはギルバートの手を引いて館の中に入って行く。
その背後で何事か騒がしくなったが、リディアはそのままギルバートの手を引いて、館の奥へ入って行った。
広い通路を経て屋敷の奥まった場所に辿り着いた。
大きな広間に一段高い場所があり、そこに40代と思しき男女が煌びやかな衣装で座っていたし、また広間の壁際には大勢の男女が並んでいた。
広間の入り口近くで、リディアはギルバートから手を放し、そこに留まるよう身ぶりで示してから、玉座と思しき前方に物怖じもせずに進んだ。
リディアと玉座に座る男女の間で何事か会話がかわされたが、ギルバートには判らない。
その内、リディアが振りかえり、手招きをした。
ギルバートにここでの風習や礼儀は判らないが、少なくとも帝国の王宮作法は書物で読んだことがある。
そこで、ギルバートはそれを披露した。
その荘厳な仕草は居並ぶ者達にも感銘を与えたようで、広間の壁際にいる男女からは感嘆の声が漏れていた。
何か判らないが、王又は領主と思われる人物が声を掛けてきたが、リディアがそれに応えた。
それが二回ほど続いた後で、王座に近いところに立っていた男性の老人が前に進み出て、何事か呪文を唱えた。
ギルバートは、その男の周囲に何かが集まろうとしている雰囲気を察していた。
これまで、誰かが超能力をギルバートの近傍で使おうとする気配を察したことはない。
だが、この男が操作しようとしているのは、己の体内に持つ力ではなく、自然界に保たれている力の導入と解放であるようだった。
ギルバートにはそれが察知できたのである。
だが超能力を無効にするのと同様に、ギルバートの近傍ではその男の術も抑止され結実することはなかった。
男は、暫時慌てた様子を見せながら、大きく一歩下がり再度呪文を繰り返す。
それが6度ほど繰り返された後、老人の目の前に小さな翠の炎が上がった。
ギルバートにはその過程の全てが手に取るようにわかった。
これまで超能力の発現を察知したことも無く、ましてその過程を目にしたことも無いギルバートにとっては驚くべき発見であったが、それを表情に現すことなく、黙っていた。
老人は漸くほっとしたようだったが、ギルバートを見る目は逆に険しくなった。
それから主に向かって恭しくお辞儀をし、何事か報告した。
主はその言葉に二度ほど頷いた。
だが、リディアが語調強く何事かを言った。
その言葉に主の妃と思われる女性が反応し、主に何事か囁いた。
主は頷き、それから何事かを大声で指示したのである。
無論ほとんどの言葉は無論判らなかったが、リディア・クレリアンとメルーシャという名前だけは聞き取れた。
リディアがギルバートの手を取り、王座に一礼して広間を後にした。
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