第16話 異人-Orphans-
「よくやった。さすがに新型が三機も倒されてはフォボスも痛手だろう」
砦に戻り、ネクサスから降りた英雄を出迎えたのはエルネストだった。
「お前のお陰で紅晶石の集まりも悪くない。被害も最小限だ。もっと胸を張っていいんだぞ」
機兵には動力源として、大量の紅晶石が搭載されている。この保有量に難を抱えているスペルビアにとって、紅晶石を積んだフォボスの機兵を停止させて鹵獲し続けるネクサスの存在は何よりもありがたい存在だ。
「……失礼します」
その横を英雄は通り抜ける。機兵を倒し、その残骸から捕虜と紅晶石を回収する。戦いに制限はあるものの、英雄の不殺の誓いとも折り合いがつくことからも、エルネストは英雄の戦い方に異を唱えることはない。
「精神的にボロボロといったところだな。まあ、十五歳の子供だ。無理もない、ゆっくり休め」
だが、その配慮のない物言いに、英雄もさすがにカチンときた。大人として、戦争に携わるものとしてドライな思考をする彼のことを、英雄はどうも好きになれなかった。
「……その子供に戦争やらせてるのは誰だよ」
「何?」
「俺だけじゃない、セリアもだ。まだ子供に戦争の責任を背負わせてるなんて、大人として恥ずかしくないのかよ」
自分が機兵を倒すことで死傷者は減らせる。だが、そこから得られた紅晶石がまた戦争に使われ、捕虜から得られた情報でまた戦局が変わっていく。
多くの人を守ろうとした結果、その行動が戦火の拡大に繋がる事実に、英雄もやるせない気持ちに苛まれていた。
「代われるものなら代わっている!」
「わっ!」
感情のまま悪態をつく英雄の胸倉をエルネストは掴み上げた。
「国王陛下が病床の今、セリア様は常に毅然として国民を率いる責務を担わねばならんのだ。十五歳の少女がそれを受け入れる覚悟と重さを理解しろ!」
冷静なエルネストのイメージとはかけ離れた激昂に英雄は面食らう。百七十センチオーバーの英雄を超える体格のエルネストは軽々と英雄を持ち上げる。
「セリア様にしかできんのだ。ユマン王家の正統である彼女にしか! 俺たちができるのはあの方の負担を少しでも減らすことなんだよ!」
突き飛ばされるように放り投げられ、英雄は尻もちをつく。エルネストはそんな彼を見下ろして言う。
「セリア様を気遣うのは自由だ。だが、彼女のあり方はお前が決めて良いものじゃない。この国の体制に口を出す権利はよそ者のお前にはないんだ。わかったか!」
踵を返してエルネストは去っていく。手を上げないだけ、彼もまだ英雄という存在の重要性を分かっている。無用な怪我を負わせるつもりはないようだ。
「くそっ……」
「大丈夫ですか、マスター」
「……ああ」
言い返すことができなかったことに悔しさが募る。エルネストの言うとおり、英雄はよそ者だ。ネクサスの操縦者でもなければセリアと話すことすら許されない身分だ。平民が国のあり方に意見するなど、許されないことなのだ。
「おーおー、派手にやらかしたなあ、坊主」
そんな彼に、手が差し伸べられる。見上げると、そこにいたのは以前から何度かセリアのそばで見掛けたことのある騎士だった。
「……ええっと」
「ユーリだ。前線の指揮官をやってる……まあ、負けまくったお陰で今の状況なんだがな」
苦笑いをする彼に何と言えばいいのかわからない。返すのが難しい自虐だと気付き、ユーリもばつが悪そうに英雄の手を取って起こしてやった。
「まあ理解してくれや。あいつはこの国でも古株だ。王家への忠誠心は人一倍強いからな。お前さん、あいつの一番大事な部分を無遠慮に触れちまったんだよ」
「……」
「誰だって、触れられたくないことはあるだろ?」
「……はい」
「よし、わかればそれでいい。後で会ったら一応謝罪はしておけよ」
頭をわしわしと撫でられる。子ども扱いされている感じに少し不満を覚えるが、今の今までその件でエルネストと衝突していただけに英雄は甘んじて受けることにした。
「おっと、こんな話をしに来たんじゃなかったんだ。お前さんに用があってな」
「俺に?」
「正しくは、そこの嬢ちゃんにだが」
ユーリが英雄の胸ポケットを指す。コスモスも不思議そうに画面の中で首をかしげた。
「お前さん、その嬢ちゃんの力で俺たちの言葉がわかるようになってるんだって?」
「はい。コスモスが翻訳して、俺の言葉もユーリさんの言葉もお互いの言葉になるように変換してるとか」
「そこでちょいと聞きたいんだが、どんな言葉でも翻訳できるのか?」
「どうかな、コスモス?」
スマートフォンをポケットから出し、ユーリと二人でディスプレイを覗く。
「言葉を少し聞いてサンプルを取れば可能です。言語体系によっては多少時間を要しますが」
「そりゃ助かる。実は今日捕まえたフォボス兵の中に、全く俺たちの言葉が通じない奴がいてな。近隣の国の言葉でもなくて途方に暮れてたんだ。そこで、お前さんたちに通訳を頼めねえかと思ってな」
「マスター、どうされますか?」
「うん。手伝おう」
「よし、それじゃ早速こっちへ来てくれ」
英雄が案内されたのは、砦の一室だった。捕らえられたフォボス兵が拘束されており、尋問の最中だったが、まるで言葉の通じない相手に兵士たちも途方に暮れていた。
「ユーリ将軍、ダメですわ。砦内のスペルビア以外の出身者にも聞いて回ったんですが、誰もこいつの言葉を知りません。わかったのは、どうやら名前がマイクってことだけです」
「上出来だ。おい、マイク」
「……What?」
「お前、フォボスの生まれじゃねえな? どこから来た」
「Sorry.I can’t understand your language」
「……え?」
英雄は耳を疑った。それは、あまりにも聞き覚えのある言語だった。
「英語……?」
「この言葉、マスターが使う言語に時折混じる言葉ですね。解析を開始します」
「コスモス、俺も少しだけ使えるけど、サンプルになるか?」
「はい、ご協力お願いします」
英雄はその兵士の前に歩み出る。ユーリの連れてきた少年に、相手は訝しげな表情を浮かべた。
「……Can you speak English?」
「!?」
兵士の表情が変わった。言葉が通じていることがわかり、英雄はできるだけ冷静に語り掛ける。
「My name is Hideo. I’m Japanese」
「Oh……Oh my God. I’m Mike. I come from America」
憮然としていたその顔が、崩れ出す。英雄は分かったことをすぐにユーリへ教える。
「ユーリさん。この人、アメリカ人だ」
「アメリカだぁ? そんな国この世界にはねえぞ」
「そりゃそうですよ……だって、そこ俺の世界の国の一つですから」
「はあ?」
ユーリが英雄の言葉に驚いた直後、スマートフォンからコスモスの声がかかる。
「スマートフォン内部に同様の言語を用いたプログラムを確認。データをロード、サンプル照合――完了。マスター、翻訳行けます」
「頼む、コスモス」
「了解。言語翻訳、開始します」
「――なあ、お前はどうしてこんな所にいるんだ? 帰る方法はないのか?」
目の前でまくしたてるマイクの声が日本語に変換される。
「落ち着いてください。一つ一つ、話していきましょう?」
「あ、ああ……スマン。母国の言葉を聞いてつい取り乱しちまった」
英雄に制され、マイクも冷静になる。ユーリに許可をもらい、まずは英雄が話をすることになった。
「……俺は軍にいたんだが、ある日突然こっちの世界に連れて来られちまったんだ」
「どうやってこの世界へ?」
「空に黒い渦みたいなものが発生したと思ったら、その中に吸い込まれちまった。気が付いたらフォボスにいた」
「……俺と同じだ」
卒業式の帰り道、自分が吸い込まれた黒い渦。気が付けば英雄はスペルビアにいた。元々あの召喚魔法がフォボスのものだという話からすると、二人が連れて来られた手段は同じ魔法、それを使った国が違うだけだ。
「武器や兵器は全部取り上げられて、しばらくは収容所に入れられた。そこで他に連れて来られた奴らとしばらく過ごしていたよ」
「他に……って、他にも俺たちの世界から来た人がいるんですか!?」
「ああ、何十……いや、何百人もいる。技術者は働かされ、俺みたいに戦える奴らは戦争に駆り出された。「帰りたければ協力しろ」ってな」
そのことをユーリに伝える。異世界の人々の協力はある程度疑っていたが、それがそんなにもいるとは思っておらず、思わず彼も眉をひそめた。
「言葉はどうしたんですか?」
「何年も前にこの世界に連れて来られた奴の中には使える奴がいたな。フォボスの中にも日本語や英語を使える奴がいたと思う」
「日本語……じゃあ日本人もいるんですか」
「ああ、どうやらあいつら、欧米や日本みたいに技術の進んだ国から色々と仕入れているみたいだ。それに巻き込まれた人間が俺たちみたいな奴らってことだ……ん?」
マイクが英雄をじっと見る。正確には英雄の来ている服の襟だ。
「……何ですか?」
「いや、お前のその襟についてるエンブレム、どこかで見たような……?」
英雄の襟についているのは中学校の校章だった。取り外してマイクに差し出す。
「これ、俺の中学校の校章ですよ?」
「んん……? ああ、思い出した。収容所にいた日本人の女の子も持っていたんだ!」
「女の子?」
「ああ、今から三年前にここに来たそうだ。確か、小学校の卒業式の帰りに巻き込まれたって言っていたな」
「――っ!?」
思わず英雄は椅子から立ち上がっていた。突然の反応にユーリたちも驚く。
「マスター?」
「お、おい坊主。どうした、何を言われた?」
「ま、まさか……」
あの日は、春から行く中学校の制服で式に出ていた。そして、彼女も英雄と同じ中学の制服を着ていた。行方が分からなくなった時も、その格好のままのはずだ。校章を身に着けていてもおかしくない。
「マイクさん……その子の、名前。わかりますか?」
唇が震える。心臓が飛び出そうなほど激しい動悸の中、恐る恐る英雄は尋ねる。
三年間、日本の警察がまるでその足取りを掴めなかった現代の神隠し事件。それがもし、三年前にこの世界の召喚に巻き込まれていたとするなら――。
「確か……イオリ・キクチと名乗っていたな」
三年の間、消えた幼馴染はこの世界にいたのだ。
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