第14話 理想-Wish-
いつの間にか部屋にいたセリアは二人のやり取りを見てくすくすと笑いを漏らしていた。
「ごめんなさい。実はクラリスと一緒に来ていたのだけど、クラリスがお礼を言いたいって言っていたのでつい」
「……見ていたのなら言ってくれよ」
「失礼。大変お見苦しいところをお見せしました」
あくまで冷静な表情を保ったまま、クラリスが後ろに下がる。あっさり引き下がったところからも、どうやら本気でスマートフォンを奪うつもりはなかったようだ。
「先日は、ありがとうございました。ヒデオさん」
「いや、こっちこそ。こんな部屋まで用意してくれてありがとう……いや、ありがとうございます。セリア王女様」
「セリアで構いません。実は堅苦しいのはあまり好きではないので」
初めて出会った時とは違い、年相応の女の子らしい表情を見せるセリア。その姿が、英雄には伊織を思わせた。
「何か?」
「あ、いや。知り合いにそっくりだったので、つい……」
「それはもしかして、初めてお会いした時に言っていたイオリという方ですか?」
英雄は頷く。自分の大切な幼馴染であることを。そして、三年前から行方不明であることを。
「そうですか……ヒデオさんがイオリさんとお会いできるその日が来ることを私もお祈りさせていただきます」
「ありがとう……そういえば、セリアはどうしてここに?」
「あ、そうでした。実は折り入ってお願いがあるんです」
「お願い?」
セリアは少しばかり、その言葉を口にすることをためらう。その様子を見ていたクラリスがゆっくりと切り出す。
「失礼。ヒデオ様、先ほどわたくしの申し上げた言葉を覚えておられますか?」
「えっと……確か紅晶石が足りないとかなんとか」
クラリスは頷く。そして、セリアの代わりに続ける。
「失礼ながらセリア様の代わりにご説明申し上げます。ヒデオ様がこの世界へと召喚された魔法はフォボスから手に入れた術式なのです。その術式を反転させて使えばヒデオ様は恐らく元の世界へと帰還することができると思われます」
「本当ですか!?」
「ですが、その魔法を使うためには相当な魔力が必要とされます。そして、それを生み出すためには紅晶石が必要となるのです」
「あの赤い石が……って、ちょっと待ってください。確かあの石って!」
英雄は思い出す。以前、遺跡で発掘作業を手伝っていた時に産出された蒼と紅の石。その割合は異常なほどに偏っていたことを。
「はい。この国の民として申し上げるのは失礼ではありますが、スペルビアの紅晶石の産出量は微々たるもの。紅晶石は主にフォボスで産出される魔石です。つまり、スペルビアではヒデオ様を元の世界にお戻しするために必要な紅晶石をご用意することができないのです」
「そんな……それじゃあ」
「失礼を承知で申し上げます。ヒデオ様を元の世界にお戻しするためには、フォボスとの戦争を終わらせなくてはなりません。そして、それを成すためにはヒデオ様の協力が必須となります」
セリアは両手を強く握って俯いていた。それが、英雄にとって残酷な選択を強いることを知っているから。
「俺に……ネクサスに乗って、戦争しろって言うのか」
「失礼ながら、そのとおりです。守護の巨人を動かせる者はヒデオ様を除いて他にいないと伺っております」
英雄が唇を強く噛む。クラリスの言いたいことはわかる。恐らく、それがスペルビアの者たちの総意であることも。
「失礼ながら、断るのは自由ですと申し上げさせていただきます。ですが、その結果どうなるかは賢明なヒデオ様ならご理解されているかと思いますが?」
「ぐっ……」
言い返せなかった。その結末は機兵を持たないスペルビアの滅亡だ。セリアも死に、英雄も元の世界に帰ることはできない。
「汚いぞ……あんた」
「失礼ながら、汚いのは承知の上でございます。セリア様が申し上げられないのであれば、大人として、私一人が恨まれる覚悟で申し上げさせていただいたまでです。そして、失礼ながらもう一言申し上げさせていただきます」
「……なんだよ」
「戦争は今後、スペルビアの
「それが……あの武器を見つけて、ネクサスを目覚めさせた俺の責任だって言うのか」
「失礼ながら、的外れです。私が申し上げたいのは、守護の巨人を用いればその被害を減らすことができるのではということです」
「……っ!?」
「失礼ながら、戦争は止まりません。ですが、ヒデオ様には力があるはずです。スペルビアを守り、フォボスの兵を殺さずに戦うための力が。私が望むのは、そのために力を振るっていただきたいということです」
これが詭弁であることは英雄にもわかる。戦う理由は何でもいい。英雄がネクサスを操り、スペルビアを守る戦力として機能すればいい。だが、クラリスの双方を守れという主張は、迷いを抱えている英雄の心をわずかに動かしつつあった。
「バーナードの言葉は確かに真実かもしれません。私も、理想に夢を見ているだけなのかもしれません。ですが……」
ここまで黙っていたセリアも、意を決して言葉をかけた。
「残酷な世界だからこそ。理想の世界へと私たちは向かおうとしなくてはいけないのだと思うんです。現実を理想に近づけなくては、またかつての過ちを繰り返すだけになってしまいます」
その言葉が、同世代の少年を。騎士でも何でもない、ただの庶民である彼を望まぬ戦場へと立たせる言葉であることに心を痛めながらも、この国を担うものとして、私情を押し殺して請い願う。
「このセリア=フランソワーズ=ユマン。スペルビアの国王代理として、守護の巨人の駆り手、アマノヒデオ様にお願い申し上げます。どうか、その力を平和のために用いてください。貴方の信じる理想を体現するためにも」
仮とはいえ、国主が庶民に首を垂れることがどれほど権威に傷をつけることか、セリアも重々理解している。エルネストがいれば当然咎めるだろう。だが、権威ではこの少年を動かすことはできない。短い間の付き合いだが、セリアもそれを見抜いていた。
「この国を……私の大事なものを守らせてください」
だからこそ、誠意に訴える。自分の思いを偽ることなく彼へぶつける。それしか、セリアにできることはないのだから。
――それでも、私の大事なものは守り切ってくれたじゃない。
「……っ!」
目の前で目を潤ませるセリアと思い出の中の伊織が被る。
「……すいません。いきなりこんな大事なことをお願いされてもビックリしますよね」
――ご、ごめんねヒデ君。いきなりでビックリしちゃったよね。
断られるかもしれない、そんな不安を必死に耐えて、勇気を出して思いをぶつけてきたセリア。それが、あの日の伊織の姿とどうしても重なる。
「ちゃんと、考えて答えてください。場の勢いで返事をさせてしまってはヒデオさんに悪いですから」
――ちゃんと、考えて答えて。場の勢いで返事させちゃったらなんか悪いし。
「行きましょう、クラリス」
「よろしいのですか?」
「ええ。お返事は、また後で構いませんから」
――返事、また今度でいいから。
「……また今度っていつだよ」
「え?」
「俺が返事をする時が、取り返しのつかないタイミングになったら全部終わりじゃないか!」
「ヒデオ……さん?」
「今度」がある確証がない。それを一番わかっているから。だからこそ、後悔のないように生きようとしてきた。だが、憤る気持ちが自分を責め続ける。結局、あの日から英雄は何一つ変わっていない。ずっと伊織を失った後悔を引きずったままだ。
「……約束してくれ。全部終わったら、元の世界に俺を返すって。そして、全部の兵器を捨てるって」
「……はい。王家の名に懸けて約束します。全てが終われば、貴方を元の世界にお返しすると。そして、全ての兵器も廃棄すると」
「セリア様、それは」
「構いません。元よりあれは禁じられた技術。この世界にあっていいものではないのです」
クラリスの言葉を強い意志でセリアがはねつける。その意思が思い付きではなく、固いものであることを悟ったクラリスは静かに引いた。
「……わかった。それなら、皆を守るために戦うって約束するよ」
口にした途端、物凄いプレッシャーが英雄の胸を締め付ける。使い方を誤れば取り返しのつかなくなる力を振るう。その選択が果たして正しかったのか。迷いは未だ消えない。
そんな、英雄の思いを感じ取ったセリアは彼の手をそっと取る。
「……セリア?」
「苦しい時には言ってください。全ての責任は国を率いる私にあるのですから、ヒデオさん一人が抱え込まなくていいんですよ」
「……でも」
「大丈夫です。何かあれば私が助けますから」
――だいじょーぶ! 私がまた助けてあげるから。
「……やっぱり、守られてばかりだな」
「え?」
「いや、なんでもない」
胸を張れるような自分になる。そのために成長しようと頑張って来た。それでも、やっぱり所々で自分がまだ何も変わっていないことを実感する。
「セリア様、そろそろ」
「ええ。お時間を取らせてしまってごめんなさいヒデオさん。それでは私はこれで」
「……そうだ、セリア」
それでも、あの時とは違う。そんな証を何か残したくて。男としてそんなちょっとしたプライドを守りたくて、英雄はついセリアに声をかけていた。
「何でしょう?」
「えっと……何かあったら、俺も相談に乗るよ。そのくらい、いいかな?」
「はい。その時は、よろしくお願いします」
そして、セリアは笑顔で部屋を後にする。クラリスも一礼をして続く。再び一人になった英雄は、ベッドに倒れ込むと天井を見上げながら思った。
「……少しは、あの時より成長したよな」
英雄のその問いに、部屋の静寂だけが答えを返す。
スマートフォンの中にいるコスモスも、英雄にかける言葉を見つけられないでいた。
第一章 完
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