第13話 現実-Astray-

 二機もの機兵を失ったフォボスの急襲部隊は、セリア殺害とアーティファクトの確保の困難を悟り、撤退を始めた。だがその道中、報を受けたゼムからの援軍と衝突した。そして数に劣り、補給が不能であったフォボスの兵士はそのすべてが討ち取られるか、捕らえられるかの末路をたどることになった。


 しかし、この時点でのスペルビアは航空機に対しては手の出しようがなかったため、兵士たちを運んできた輸送機だけは取り逃がすこととなった。そして、現代の無線技術を得ていたフォボス軍は貴重な情報を持ち帰ることとなった。


「スペルビアに機兵あり。それは太古の遺産なり」と。


 フォボスによる伝説の機兵の復活。そして、フォボスのそれを二機撃破した太古の機兵の登場は、瞬く間にスペルビアに知れ渡った。

 そしてフォボスも戦略の転換を強いられることとなる。ネクサスの存在は、フォボスにとっての脅威となり、スペルビア攻略のための最大の障害であると位置づけられることとなる。


「例の坊主の様子はどうだ?」

「だいぶ衰弱していたが、もう問題ないそうだ。今はあてがわれた部屋にいるよ」


 ネクサスへの警戒と、体勢を立て直すためにフォボスの侵攻も一時的に止まっている。それはスペルビアにとっても守りを固める絶好の機会ともなった。

 禁断の地で入手したアーティファクトの兵器の数々。その研究と配備をエルネストとユーリの指揮の下、急ピッチで進められていた。


「おーおー、一般人に好待遇だこと。何かにつけて『物が足りない』が口癖のエルネストにしちゃ珍しい」

「俺にそんな口癖はない」


 吸っていたタバコを腹いせに吐き捨てる。ユーリは笑ってその反応を楽しんでいるようだった。


「……セリア様の命の恩人だからな。雑な扱いはできん」

「それに、セリア様もどうやらお気に入りのご様子みたいだからな」

「ユーリ」

「おお、怖い怖い」


 戦いが続く内にセリアに余裕が見えなくなりつつあったのをエルネストも危惧していのは事実だ。だが英雄の召喚以降、罪悪感からかセリアは彼のことを何かと気にかけていた。彼はそれがどこか気に食わなかったのだ。


「まあ、同世代の者がそばにいなかったんだ。ちょっとくらいはセリア様の精神の安定のために目をつぶれ」

「……監視は常に付けるがな」


 呆れたようにユーリは両手を広げて肩をすくめる。まるで親か兄だと。


「で、結局あの坊主も戦力に組み込むのか?」

「当然だ。あの機兵……ネクサスを動かせるのは奴しかいないのだからな」


 当初はネクサスを接収し、ユーリかあるいは軍の誰かを選抜して運用する予定だった。しかし、そこで想定していなかったことが起こったのだ。


「まったく、あのコスモスとやらのお陰でとんだ苦労を強いられる」


 既に、起動の際にネクサスの操縦者が英雄に登録されてしまっていたのだ。コスモスの意思でそれを変更することは拒まれてしまっている。強制的に従わせようにも彼らにはプログラムを操作できる技術も知識も持ち合わせていない。


「少年の方を無理に従わせる手段もあったが、あのコスモスとやらがそんなやり方を認めるとは到底思えん」

「となると、あの坊主を懐柔するしか手はねえってことか」

「どうやら今、この国であの少年が心を開いているのはセリア様だけのようだ。不本意だが、セリア様に何としても説得してもらわねばならん」

「ま、次期国王様の手腕に期待しましょうや。やれやれ、この国の命運を握るのが十五歳の少年少女とはね」


 エルネストはその物言いに同意も咎めもしなかった。言っていることは事実だけに、反論するのもまた滑稽なだけだ。ただ、手に入れた兵器の研究結果を報告する書類に目を通し、その運用に頭を悩ませるだけだ。

 確かにネクサスの果たす役割は大きい。だが、戦局はそれだけで覆せるものではない。それを効果的に運用するのは指揮官たる彼らの手腕に委ねられる。


「まったく……物資も人材も何もかもが足りんな」

「お、やっぱり口癖じゃねえの?」

「黙れ」


 署名する時にペン先が潰れた。いつもより筆圧が強くなっていたようだ。




 ◆     ◆     ◆




 英雄はぼんやりと、窓の外を眺めていた。先日の戦いが嘘のように、そこから見える街並みは人々の活気に満ちており、平和そのものだった。


「マスター……まだ、気にされているんですか?」

「……まあね」


 学生服の胸ポケットに入れていたスマートフォンからコスモスの声がする。英雄はそれを取り出すとディスプレイを表示させる。


「マスターはセリアさんを守ろうとしたんです。それは人として、正しい行いだったと私は思いますよ」

「うん……俺も、そのことに後悔はないさ」


 悲しげな表情を浮かべるコスモスが画面の中から英雄を見つめていた。ネクサスから離れてしまうと英雄はまた言葉の通じない環境に置かれてしまう。そのため、コスモスが英雄に帯同する必要があった。その媒体として目を付けたのが、たまたま彼が持っていたスマートフォンだったのだ。

 その中に自分のデータをインストールし、同時に改造を施して蒼煌石をバッテリーとして利用できるようにしてある。太古の技術ロストテクノロジー様さまだ。


「でも結局、俺がネクサスを目覚めさせたことで、戦争は余計に激しくなりそうなんだよなあ」

「……状況を鑑みれば致し方のない決断であったことは確かです。あの場でネクサスを起動させなければ、ほぼ百パーセントの確率でセリアさん共々死亡していました」


 英雄の中で、バーナードの最期の言葉が突き刺さったままだった。戦争が続けばそれだけ犠牲は出る。自分はセリアを守る代わりに、より大きな問題を作ってしまったのではないか。そんな思いと、抱いていた正義という価値観の齟齬が彼を悩ませる。


「これが、理想と現実って奴か……はあ」


 現在スペルビアが置かれている状況もエルネストから聞かされた。かつての戦争による世界の荒廃。その遺産であるアーティファクトの存在。フォボスの侵攻。スペルビアで多く産出される蒼煌石が狙われていること。セリアがこの国の王女であり、現在病床の国王に代わり、国の最高指揮官という重責を担う立場にいること。


「セリアは、それを全部抱え込まなくちゃいけない立場なんだな」

「封建制度による政治体制ですので、どうしても能力主義よりも血統主義に依ってしまうのでしょうね。ですから時にこのような事態が起こり得ます」


 英雄も、学校で勉強した「封建制度」という社会制度をまさか実体験するとは思わなかった。ちゃんと勉強していて良かったと、今になって英雄は思う。


「家に帰りたいな……」

「元々のマスターの世界ですね。帰る手段は存在すると断定できますが、そのためには……」

「――そのとおり。紅晶石が、足りないのです」


 後ろから大人の女性の声がかかり、英雄は振り向く。一応ここは自分にあてがわれた部屋だ。他の人がいるわけがない。


「……ええっと?」


 そこに立っていたのは典型的な姿のメイドだった。髪の毛の色が黄緑色なのが目を引く。どうもこの世界の人間には当たり前のことらしく、英雄も何度か同様の髪の色を持つ人物を目撃している。


「失礼。わたくしセリア様の身の回りのお世話を仰せつかっております、クラリス=ルルーと申します。この度はセリア様の命をお守りくださったことに感謝を申し上げるため参りました」

「あ、どうもご丁寧に……」


 互いに礼を交わし、英雄が顔を上げると前傾のままクラリスは英雄を見つめていた。


「……な、何でしょう?」

「失礼。異世界の方を目にするのは初めてなのでつい観察してしまいました。それにしてもスペルビアの言葉が堪能でいらっしゃる」

「ああ、太古の技術ロストテクノロジーとやらのお陰でちょっとね」


 スマートフォンをクラリスに示す。コスモスによれば、内部の蒼煌石の魔力で英雄の周囲はネクサス内部と同様に、言語が自動的に翻訳されて聞こえるようになっているらしい。


「なるほど……その手にしている四角い箱によるものですか。失礼」

「あ、ちょっと!?」


 手を伸ばすクラリスの手からスマートフォンを守る。これを手放すとまた前の状態に逆戻りになる。それだけは英雄も御免被りたかった。


「失礼。未知の技術にとても興味があるもので」

「いやいや、だめですって!?」

「ちょ、ちょっと二人とも!?」


 スマートフォンを手に取りたいクラリスと必死に抱え込む英雄。コスモスは自分が取り合いになっている状況に手も足も出ないスマートフォンの中で抗議の声を上げる。


「クラリス、ヒデオさんもコスモスさんも困っているわ。その辺で諦めなさい」


 くすくすと、笑いながら諭す声が聞こえ、二人は動きを止める。


「セリア!」


 そこに立っていたのはセリアだった。

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