第12話 創成-CREATE-

「強くなって、誰かを守れるようになる」


 それはあの日、子供心に軽い気持ちで交わした他愛のない約束だった。だが、成長するごとにそれは容易ではないことを英雄は思い知らされた。

 守るためには力が必要だった。あの日、伊織がいじめられていて、助けに入っても返り討ちにあったように。


「うおおおおお!」


 セリアを守ろうとしても彼には魔法の力がない。敵兵の命を奪わずに倒そうとしても、そのためにはコスモスのバックアップなしにはできなかった。そして今、目の前で一つの命が失われた。


「ちいっ、今度はなんだ!?」


 これが戦争ということは彼も理解していた。だが、命を奪う以外にも決着の方法はあったのではないだろうか。そう英雄は思う。

 だがそれを貫くためには、彼には力がまだ足りなかった。


「ヒデオさん……」


 力が欲しい。可能ならばそれは相手の命を奪うためではなく、誰かを守るために。

 銃も剣も欲しくない。ただ相手の凶行を止めるための力を。この手に――。


操縦者マスター、天野英雄の要求を受諾》

《内部データを呼出ロード――操縦者マスターの要求に対し該当する武装あり》


 あれから三年。諦めない強い心は手に入れた。だが、一番守りたい存在は既にそばにいなかった。二度と同じ過ちを繰り返したりはしない。今度こそは、守ってみせる。その強い思いが現出する。


《ネクサスより半径二百五十メートル以内をサーチ》

《必要とされる質量、材質――全ての存在を確認》


「なんだ……何が起きていやがる」


 戸惑うバーナードを前に、全ての演算を終了させたコスモスが高らかに告げた。


「蒼煌石から魔力を抽出。魔力波を照射――」


 ネクサスが左腕を前へとかざす。蒼い波動が放たれ、それを受けた床、壁、天井、そしてロクスのパーツの一部に光が灯る。バーナードの機兵を除く、空間内のあらゆる金属が反応を始める。


「『創成CREATE発動しますIGNITION


 壁や床を削り、飛び上がった光がネクサスの左手へと集まっていく。蒼い光がその大きさを増し、英雄の思いに応えてその形状を変えていく。


《構成物質の組成・元素配列を変換。アダマンタイトを生成》

《続いて形状を変換――クリア》

《敵の火器データより算出される必要耐久値――クリア》

《魔力リンク――クリア》


 魔力によって物質の繋がりが分かたれ、そして繋ぐ能力が新たな物質を作り上げてゆく。コスモスが高速で情報を処理する中、徐々にその形が作られていく。


「――っ! させるか!」


 我に返ったバーナードがロクスに機関砲を備えた左腕を構えさせる。銃身が回り出し、魔力弾が雨となってネクサスを襲う。


「こいつを防ぐ手段なんざどこにもねえ! 今度こそ、死にやがれ!」


 コスモスの目が開く。彼女の告げた一言に応えるように、創成されたそれは、ネクサスの手に握られる。


「――全工程完了COMPLETE蒼煌そうこうたて展開しますROLL OUT


 そして、彼は力を手に入れた。守るための力を。


「なん……だと」


 魔力弾の着弾を確認した。

 そのすべてが炸裂したのをバーナードは見届けた。ならば、なぜ――。


「そんな馬鹿な!?」


 ――爆発の向こうに、人型が健在であるのか。


「敵魔力弾千六百八十四発、全弾の着弾を確認。蒼煌の盾およびネクサスの損傷――皆無ゼロ


 何一つ侵されず、何一つ傷つけず。

 蒼く煌く巨大な盾を掲げ、蒼き機兵がその堂々とした姿を現す。


「バーナード……これで終わりだ!」

「なんだと!?」


 ネクサスが前へと踏み出し、猛然と突進をかける。バーナードも新たな紅晶石をべ、魔力を機関砲へと集約させる。


「うおおおおっ!」

「がああああっ!」


 魔力弾の嵐をネクサスが正面から突破していく。手にした守護の力は微塵も揺るがず、ただの一つの綻びもない。


「もう、あんたに何も傷つけさせやしない!」

「ぐおっ!?」


 そして、盾ごとネクサスがロクスに突っ込む。その盾の硬さが装甲を歪ませ、機体のバランスが崩れる。


「今ですマスター。目標、ロクス頭部!」

「でやああああ!」


 横薙ぎに盾を叩きつける。ロクスの頭部が破壊され、バーナードの操縦室が漆黒の闇に落ちる。


「しまった、モニタが!?」

「ネクサス、右腕爪部展開!」

「させるか!」


 がむしゃらにネクサスのいた場所へ向けてロクスが蹴りを放つ。盾で防ぐも紅晶石の魔力で性能が強化されていた一撃は、ネクサスを後ろへと押し退ける。


「そこか!」


 機関砲が高速回転する。モニタが壊され照準をつけられないロクスは弾丸を放ちながら左腕を上へ、下へ、右へ、左へと滅茶苦茶に動かし始める。


「コスモス、防御頼む!」

「はい!」


 盾を作り上げた時に英雄はコスモスからその機能についての知識を受け取っていた。だが、それを人の力ではそれを使いこなすことは不可能。故に機械コスモスの力が必要とされる。

 英雄が精神を注ぎ、発生した魔力をコスモスが統制する。ネクサスが持つY字の形状をした盾から核の部分を残し、盾の下部、上方左右部の三つのパーツに分離する。


「魔力弾の軌道計算完了――蒼煌の盾、展開します!」


 コスモスの計算と意思の元、ネクサスから魔力を受けて三つの盾が機体の周囲を展開する。不規則に乱れ飛ぶ魔力の礫から縦横無尽に動き回る盾がネクサスの機体への直撃をことごとく遮る。


「くそっ、これじゃ近づけない!」


 隙を見計らい、ロクスに肉薄しようとするが、機関砲を乱射しているロクスには易々と近づけない。英雄もネクサスを操り回避行動を続けるが、一度当たれば活動停止に追い込まれるほどの威力を備えている魔力弾から逃げ続けるのは精神の消耗が激しかった。


「マスター、もう少しです。あと五秒、耐えてください!」

「わかった、五秒だな!」


 あと少しと英雄は気合を入れる。命のやり取りを続けてすり減った精神力はもう限界に近い。その少年の戦いを見続けているセリアも息をのむ。


「四秒!」


 コスモスの声も心なしか苦しさをうかがわせる。戦い慣れた操縦者と違い、未熟な十五歳の少年を支え続けるにはその分彼女にかかる負担も大きい。


「三秒!」


 だが、彼女はそれに一切不満を漏らさない。それがサポートプログラムとして生み出された彼女の当然の行動であるから。


「二秒!」


 その一方で、彼女は初めて感じる気持ちに高揚もしていた。人を守護する存在として生み出されながらも敵を殲滅することを求められたかつての戦争。蓄積されていく効率よく人を殺すためのデータ。


「一秒!」


 だが、それから五千年の後。遂に彼女は求める主人に出会えた。あの時にはできなかった誰かを守るための戦い。本来あるべき姿として活動できる喜びを前に、未熟な操縦者を支え続ける負担など、些細なことに過ぎないのだから。


「ゼロ!」

「――な!?」


 コスモスが告げると同時にバーナードの顔色が変わる。機関砲の弾が止まり、ロクスの駆動音も収まっていく。


「……しまった。撃ちすぎたか」


 機体の色が紅から元々の色である黒へと戻っていく。それは、エネルギー源として用いた紅晶石の魔力が尽きた証。


「紅晶石反応消失……ロクスの活動停止を確認しました」


 いかに機兵といえども無限に動けるわけではない。その動力たる魔石が内包する魔力量には限界がある。紅晶石を用いるフォボスの機兵は破壊力のある攻撃を繰り出せる反面、消耗も早い。


「畜生……ここまでか」


 活動限界に陥り、膝をついて動きを停止するロクスの内部でバーナードは天を仰ぐ。


「俺の勝ちだよ。バーナード」

「ああ、そのようだな……だが、投降はしねえ」

「どうして……」

「言っただろ、これは戦争だって。甘い理想を振りかざしている限り、お前は生き残れねえよ!」


 バーナードが球体に手を置く。最後に残された力を使い、機関部を過熱させる。


「紅晶石反応!? そんな、もう残っているはずが!」

「……へっ、だけに使う奴だ。他の機関とは独立しているんだよ」

「何をする気だ、バーナード!?」


 機関部の過熱は止まらない。崩壊する紅晶石のエネルギーを増幅し、機体の内部に押し留めたまま威力を高めていく。


「俺が捕まれば己の意思にかかわらず、情報を吐かされるだろう。フォボスの人間として、それは防がなくちゃならん」

「そんな、酷いことをするわけが……」

「……そいつは、お前の世界での話だ。この世界の常識は違う」

「……え?」

「お前はガキなんだよ。理想を掲げ、世界の綺麗なものしか見ようとしていねえ。だがな、世界は残酷だ。汚いものが山のようにある」


 漆黒の機体が再び紅に染まる。だが、溜め込んだ力は外に漏れ始め、機体のいたる場所から火を噴き始める。


「卑怯でも何でも、戦争なんざ早く終わるに限る。お前のやったことは、大勢の決まったはずの戦局をかき回し、無駄に戦争を長引かせて犠牲を増やすきっかけを作っただけだ」

「違う……俺は、セリアを守ろうと」

「ああ、『もう何も傷つけさせない』だったか?」


 バーナードの笑い声が聞こえてくる。そして、最期の時を迎える直前、英雄の耳にその声は届いた。


「――無理だな。お前はいつか、その理想と現実に押し潰されるよ」


 そして、圧縮された力が限界を迎えて解放される。ロクスの全身が爆発と紅い炎の中へと消えていく。


「……ロクス、反応消失。パイロットの生体反応も途絶えました」


 悲しげにコスモスが告げた残酷な結末に、英雄が力なく膝をついた。


「……そんな」


 敵でも、一度は共に時間を過ごしたバーナードが憎いわけではなかった。立場が違うからこそぶつかり合ったが、きっと話せばわかり合えるのではないか。そんな淡い希望がどこかにあった。


「マスター……」

「……また、守れなかった」


 気づけば大粒の涙が一筋、流れ落ちていた。

 いったい、自分の目の前でどれだけ失えばいいのか。炎上して崩れ行く機体を見つめる英雄の中には、行きどころのない悔しさと無力感が残されていた。

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