第11話 発動-Ignition-
「結合完了」
静かにコスモスが告げる。修復を果たした――むしろロクスの腕そのものを取り込んだに近い――腕は一分のタイムラグなく、英雄の意思に従って動いた。
「マスター、何か違和感などはありますか?」
「あ、いや……何の問題もないよ」
伝わる新たな腕の感覚。それはむしろ違和感が無くて驚くほどだ。
「凄いな、完全に元通りだ」
「これが能力の一つ『
「
「あ、はい。この機体、元々は『繋ぐ者』という呼び名だったんです。どうやらこの能力が元になったみたいですね」
「繋ぐ者……ネクサス」
「お嫌ですか? 何なら私の名前みたいにマスターが命名されても」
「……いや、これでいいよ。イメージがいい」
NEXUS。それは「結合」の他にも「結びつき」「集合体」の意味などを表す言葉だ。そして、英雄は、もう一つの意味を知っている。
「俺の世界の言葉で、それは、『
「絆……人と人との、断つことのできない繋がりのことを指す言葉ですね」
「ああ、それを守るロボットなんて格好いいじゃないか。こいつの名前は、ネクサスだ!」
「はい、マスター!」
絆の名を持つ守護の巨人。英雄は、その優しい響きが誰かの絆を守るためにこの力が存在するようにすら感じた。
「ヒデオさん。敵が!」
「大丈夫、わかってる!」
セリアが叫ぶ。ロクスが爪を構えて動き出していた。
「ぶっ壊れた腕を自力で繋げやがっただと。何だそのふざけた能力は!?」
「いけるか、コスモス!」
英雄が蒼煌石に精神を注ぐ。その思考がコスモスへと伝わり、彼の意図する行動の成功確率を瞬時にはじき出す。
「成功確率八十パーセント強。いけます、マスター!」
「よし!」
手刀で破損しているネクサスの左腕で
「何っ!?」
回避行動を想定していたバーナードは、ネクサスの左腕を捨てるような行動に驚く。
「コスモス!」
「右腕爪部展開!」
ネクサスの右拳を覆うように
「馬鹿なっ!?」
振り上げた右の
「うおおおおっ!」
そして、機体を右へと回転させる。動力を断たれてだらりと垂れさがった左腕を振り回しロクスの頭部を狙う。
「ぬうっ!?」
とっさにロクスの残された左腕が頭部を庇う。ネクサスの左腕と、突き刺さったままのロクス自身の右腕の残骸が直撃し、左手が
その衝撃にロクスがたたらを踏んで倒れるのを拒否する。バーナードが体勢を立て直している間に、ネクサスは距離を取り、倒れている一機目のロクスの左腕を拾う。
「『
そして先程と同様に失った左腕を再生させる。今度は左腕にも爪を備えて。
「お見事です、マスター。初陣とは思えない戦いぶりですよ」
「この能力があるからだよ。なかったら左腕を捨てるなんて戦術はとれないさ」
「『結合』は金属同士を魔法の力で結合させる能力です。人間で言う神経なども繋ぎ合わせているので、そのパーツの機能も使うことができるんですよ」
それは、理論上どんな機械であってもネクサスのパーツになりえるということだ。そして、それは機兵のパーツに留まらない。
「兵器も……何でも使えるってことか。そうなると敵を倒せば倒すほどネクサスは強くなるってことじゃないか」
「はい。ですが、能力の乱用は非常に危険ですので、原則として私の承認なしでは使えないようになっています」
「そりゃそうだよな……こんな力、一歩間違えたら化け物を生み出しちゃうよ」
コスモスが嬉しそうに微笑む。英雄がその危険性を理解できる人物だと判断したからこそ、この能力を解禁した。そして、その判断は間違いではなかったと彼女は思った。
「畜生。こんなバケモンがいるなんて聞いてねえぞ……」
ロクスがネクサスを睨む。だがロクスは右腕を失い、左側も
「バーナード、降参してくれ。勝負はついたよ」
「はっ、この程度で何を言っていやがる。まだ終わったわけじゃねえ!」
ロクスの目が紅く輝く。残された左腕を突き出し、その
「異世界の技術で改造した
「ロクス左腕展開。内部より火器反応!」
ロクスの左腕内部に格納された武器がせり出し、姿を現す。それは複数の銃身を持ち、高速で回転しながら豪雨のごとく弾丸を放ってくる兵器。映像で見たことくらいしかないが、その形と名前は英雄にも覚えがあった。
「ガトリング砲!?」
「ガハハハ。お前の世界じゃそう呼ぶのか!」
英雄の世界から召喚した兵器、GAU-8 Avenger。三十ミリ弾を毎分三千九百発の速度で撃ち出す、米軍で採用されている機関砲だ。主に対戦車攻撃に使用され、米軍航空機搭載機関砲の中では最強クラスの威力を誇る兵器だ。
「しかもこいつは改良型だ。ぶっ放せるのは通常の弾丸だけじゃねえ!」
「――っ!? 紅晶石崩壊による魔力反応を検知!」
バーナードの駆るロクス内部で爆発的に魔力が高まる。機体の色が漆黒から紅へと変わり、その力が腕の機関砲へと集っていく。
「ロクス火器に魔力集束。来ます!」
「食らいやがれ!」
機関砲が回り出す。途切れなく発砲音を轟かせながらその銃口から圧縮された魔力が飛び出した。
「マスター、回避を!」
コスモスが叫ぶ。英雄が機体に意思を注ぎ、すぐに回避行動へと移る。
着弾した床が魔力の炸裂で抉れる。バーナードは発砲を続けながらネクサスを追って左腕を動かす。
「オラオラオラオラ! 逃げきれねえよ!」
「くそっ!」
ネクサスの左脚に着弾する。一発が当たり、動きを止待ったところに続けざまに弾が撃ち込まれ、高密度の魔力が脚の内部で爆発する。
「セリアさん、伏せてください!」
「は、はい!」
左脚を失ったネクサスがバランスを崩し、倒れ込む。操縦室も傾くが英雄は蒼煌石にしがみつき、セリアも壁際に身を低くして衝撃を堪える。
「マスター!」
「わかってる!」
すぐさま身を起こし、そばに倒れていたロクスの左脚に手を伸ばす。膝関節を握りつぶし、脚を引き千切ってネクサスの左脚に当てる。
「『
瞬時にそれらをコスモスが繋ぎ合わせる。脚を得て、英雄は機体を立ち上がらせ、機関砲の追撃から逃れる。
「ちっ、厄介な能力だな。だが、こうすればどうだ!」
バーナードが突如、機関砲の矛先を変える。ネクサスを追いかけず、倒れたままのロクスへと弾丸の雨を降らせ始める。
「――な!?」
「粉々になりゃあパーツに使えはしねえだろ!」
魔力弾が機体に穴をあけ、修復不能なほどにバラバラにしていく。人型の金属の塊がただの金属の欠片に変わっていく。
「やめろ、まだパイロットは生きてるんだぞ!」
「知るかよ! 動けなくなった役立たずに用はねえ!」
貫かれた穴の上部、操縦室にも弾丸が降り注ぐ。機関部を破壊されたロクスは戦場の中で離脱することもできず、操縦者が脱出した様子は全くない。
「やめ――」
英雄が凶行を止めるため機体を動かそうとしたその時、電源が切れるようにモニタの映像が途絶え、操縦席が真っ暗になる。それと同時に聞こえていた外の音も途絶える。
「申し訳ありません……これ以上はマスターの精神に影響が出ると判断して、映像・音声を遮断させていただきました」
「じゃあ……」
「心音、呼吸音など、生命活動を伴う生体音声のいずれも検知できません……ロクスの操縦者は、もう……」
再度、モニタに外の様子が映し出される。コスモスが制御しているのか、バラバラにされたロクスの残骸のそば、残された胴体部分を映す映像にはフィルターがかけられ、詳細に見えないようにされていた。
「……なんて、酷い」
コスモスが目を伏せる。セリアもその意味を理解し、蒼い顔で口元を覆う。
「これで、もう修復はできねえ……さあ、次はてめえらだ!」
「バーナードオオオオオオッ!!!」
ガトリング砲を構えたバーナードは余裕の笑みを浮かべる。だが、その非道な振る舞いを目の当たりにした英雄が叫んだ。
「これは!?」
蒼煌石に強い思いが注がれ、コスモスが驚きを見せる。本来ならば、バーナードを憎む気持ちが強くなるものだ。だが、コスモスはネクサスを通じて全く違う感情を受けとっていた。
許せない。彼を止めねばならない。そんな負の感情を上回る強い思い。
――守れなくて、ごめん。
英雄は泣いていた。名も知らぬ敵兵へと向けられた優しい思い。敵に、憎しみを向けるのではなく、己に向けられた悲しみの感情。
「守護……悲しみ……このマスターは、やっぱり」
彼がこの機体に乗り込んだのは偶然だった。だが、コスモスはその偶然に感謝していた。
五千年前。世界が憎しみに覆われていた時には得られなかった正しい心を持つ者。己を律し、力を誰かのために使おうと思う優しい存在。
「……よかった。あなたがマスターで」
感情を与えられたプログラムが感謝する。この出会いに、この暖かな気持ちを感じられるこの機能に。
「力を……優しい操者を守る力を」
コスモスの言葉に応え、機関部が過熱する。魔力がまた機体を満たす。
「ネクサス統制プログラム『コスモス』の名の下に承認します」
そして、新たな力の目覚めが告げられる。
「――第三封印解除『
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