第二章 勝利の女神-VICTORIA-

第15話 激化-Intensified-

 鬱蒼とした森の中を黒い衣服をまとった兵士たちが進んでいた。その手に持つのは剣でも槍でもボウガンでもなく、自動小銃。中世の世界の中での現代兵器というミスマッチさではあったが、既にその脅威を知っているスペルビアの兵士たちは迂闊に姿をさらさぬよう、物陰から隙を伺っていた。


「……?」


 ふと、フォボス兵が脚を止める。周囲をゆっくりと見渡している。よく見ればその目には得体のしれない装具があった。

 敵の様子から、スペルビアの兵を探しているものと思われるが、彼らの目の前は繁みで覆われており、姿が見えるはずはない。


「そこか!」


 しかし、息をひそめているスペルビアの兵の位置を、フォボス兵はあっさりと見抜いた。銃口を向け、引き金を引いて銃弾を撃ち込む。


「ぎゃっ!?」

「馬鹿なっ!?」


 思いもよらぬ攻撃を受け、数人が銃弾を受けて倒れる。すぐに離脱を開始した兵たちだが、その後ろにフォボス兵が迫る。


「なぜ私たちの居場所が」


 護身用に持っていた小さな紅晶石を取り出す。魔法を発動させて煙幕を炊き、完全に敵の視界を断つ。


「ぐわっ!?」


 しかし、そんな中を敵は正確に撃ち抜いてくる。彼らのかけているゴーグルからは、煙幕も関係なく、どこに人間がいるのかが丸見えなのだ。


「コードアルファよりベータへ。スペルビア兵を三人仕留めた。他に敵の姿はない」


 周囲の反応を確認し、フォボス兵は通信インカムへと状況を報告する。


「了解。森の中でも作戦行動に支障はないようだな」


 通信先からは部隊の仲間からの声が届く。


「ああ、しかし便利だな。こんなに離れていて会話ができるなんて」

「それを言えばお前の持ってる『サーモグラフィー』とやらも羨ましいぜ」

「先日上官から拝領したばかりよ。暗い場所でも敵の位置が丸見えだぜ」

異世界の技術オーバーテクノロジー様さまだなあ……き、貴様どこから――!?」

「どうした、ベータ。おい!」


 唐突に途切れた言葉に、通信相手へ向けて叫んだ。しかしそこへ、煙幕を突き破り、一つの影が現れる。


「スペルビアか!」

「ぬおおおお!」


 現れたスペルビアの兵が大きく振りかぶる。それが武器を振り下ろそうとしている動作と察知したフォボス兵は銃を盾にそれを受け止める。


「斬り裂け!」


 スペルビアの兵が刃のない剣を振り下ろす。その瞬間に、手元の蒼煌石に力を注ぎ込む。


「――な」


 蒼い光が一閃する。柄から飛び出た光は刃となり、掲げられた金属の塊を溶かすように断ち切る。


「そん……な」


 銃身ごと切り裂かれ、胸元から鮮血が舞う。金属があっさりと切り裂かれるという信じがたい光景を見ながら、フォボスの兵は倒れていく。


「へへ、どうだ侵略者ども!」


 新たな武器を手にしたスペルビアの兵は、その手ごたえに会心の笑みを浮かべる。これまで得体のしれない力を用いての圧倒的な戦いを見せつけられていた彼らにとっては、遂に訪れた反撃の機会は、それだけのカタルシスをもたらしていた。


「……ん?」


 だが、その油断が命取りとなる。それが戦場という場所だ。


「……貴様も道連れだ、スペルビア」

「しま――」


 少し大きめの石ほどある黒い塊が足元に転がる。虫の息のフォボス兵の指にはそこから抜いたと思われる銀色のピン――そして、手榴弾が炸裂した。



 ◆     ◆     ◆



「……森の中でスペルビア、フォボス両軍が衝突した模様です」

「……そうか」


 コスモスの言葉に膝を抱えて英雄は返事をする。ネクサスの操縦室で球状の蒼煌石が掲げられている台座を背もたれに、そこから見える周囲の光景に目を向けると、森の中で黒煙が上がっていた。


「マスター……少しは休んだ方が。バイタルもかなり乱れていますし」

「大丈夫さ。それより、そろそろ出番だろ?」


 英雄が立ち上がり、蒼煌石に両手を置く。その表情はくたびれ、まるで病人のようなひどい顔をしていた。


「俺が行かなくちゃ死者がもっと増える。少しでも、一人でも助けなくちゃ」

「マスター……」

「……来た」


 遠くで狼煙が上がるのが見えた。機兵が現れた合図だ。それを見た英雄はネクサスを起動させる。


「行こう、コスモス!」

「……はい。ネクサス、起動しますDRIVE!」


 現在スペルビア防衛の最前線、ゼムの砦に英雄がネクサスと共に配置されてから一週間。再侵攻を始めたフォボスの軍勢を彼らは幾度となく退けていた。

 新たに手に入れたアーティファクトも続々と前線へ送られ、劣勢だった戦局は徐々に拮抗しつつあった。


「うおおおお!」

「スペルビア兵、フォボス兵双方に警告します! これより機兵戦が開始されます。巻き込まれないよう、下がってください!」


 コスモスがスピーカーを通じて外部へと声を飛ばす。少しでも被害を減らすための配慮だ。その声を聞き、スペルビア兵は打ち合わせたとおりに守りを固めるべく砦へと下がって行く。


「フォボス機兵発見! その数三機。距離千五百!」


 モニタから見える映像に三か所ターゲット表示が出る。二つ目のロクスと違い、いずれも一つ目の黒い機兵だった。そのうちの一機に目標を定め、ネクサスは加速する。


「敵性機体の解析を開始――データ照合完了。一致率八十一パーセント。個体名称『サルチ』と断定します」

「こいつの能力は!」

「サルチ武装――機体眼部より照射される光線です!」


 サルチと呼ばれた機兵はそろって紅晶石を炉にべる。その機体の色が深紅に染まっていく。


「紅晶石崩壊による高密度の魔力を検知!」

「早速か! コスモス、防御頼む!」

「お任せください!」


 ネクサスの盾が分離し、三つのパーツが射出される。サルチの一機が自分へと迫るネクサスを認め、重心を低くする。それはまるで、大砲を発射する瞬間のように足場をしっかりと踏みしめて。


「サルチ頭部に魔力集束。来ます!」

「うおおおお!」


 ネクサスが跳躍する。その直後、サルチの放った紅い光線が大地を抉った。残りの二体は宙を舞うネクサスを追って光線を放つ。


「蒼煌の盾、展開します!」


 コスモスの統制を受け、三つの盾が二方向から迫る光線を受け止める。


「高密度魔力が盾に直撃。ネクサス、蒼煌の盾への損傷、共に皆無ゼロ

「食らえええええ!」


 サルチ目掛けて降下するネクサス。光線の照射を終えてやや遅れて見上げたその頭部を、ネクサスの全重量を乗せて踏みつける。


「敵頭部大破。サルチが後方へ倒れます!」

「もう一発!」


 サルチを踏み台に再度白い機体が宙へ跳ぶ。仰向けに倒れた機兵の腹部目掛けて真っ逆さまに落ちていく。


「照準、サルチ機関部。ネクサス、右腕爪部展開!」

「そこかああああ!」


 右腕のクローがせり出して拳を覆う。コスモスのナビゲートに従い、サルチが倒れたところへ拳を叩き込む。


「……まず一機!」


 機関部さえ止めれば暴走加熱することはない。自爆能力を使わせる暇は決して与えない。


「背後より機体反応!」

「――っ!」


 すぐさまクローを抜いて振り向きながら足元を薙ぐ。背後から襲い掛かろうとしていたサルチの脚部が粉砕され、前へと倒れ込んでいく。


「ネクサス、左腕爪部展開!」


 その倒れてくるサルチの機関部へ、左のクローを突き上げる。


「二機目!」


 貫かれたサルチの紅の機体が元の黒い色へと戻っていく。機関部が止まり、魔力供給が断たれた証拠だ。


「三機目のサルチより、更なる魔力反応! 先ほど以上の高密度魔力体が照射されます!」

「何だって!?」

「被害範囲予測。ネクサス周囲二百メートル!」

「くそっ!」


 英雄は迷わずネクサスにサルチの機体からクローを引き抜かせ、残った一機目掛けて猛烈な突進をかける。


「マスター、ダメです。間に合いません!」

「このままだと、フォボスの機兵も巻き込まれる! 少しでも被害を減らすんだ!」

「……はい!」


 決して自分の戦う中で死者を出さないよう戦う。その必死な姿に心を痛めながらもコスモスはシステムを操る。蒼煌の盾が展開し、蒼い波動を放つ。そこを目掛けて強烈な光線が襲い掛かる。


「でやああああ!」


 英雄の絶叫の中、光線にネクサスが飛び込む。紅い奔流を蒼い光が割り開き、力の残滓が森を焼く。


「高密度魔力体、盾に直撃。防御壁による魔力分散に成功! ですが、高熱により機体装甲が融解を始めています!」

「突破するまで……持てばいい!」


 激しい衝撃と機内で鳴り響く警告音。モニタの映像も乱れるが、それでも心を乱さず英雄は前だけを見る。


「ネクサス、高熱により頭頂部損傷! サルチまでの距離二百!」

「あと少し……あと少しだ!」

「ネクサス、動力システムフル稼働。魔力全開!」


 蒼煌石から魔力が次々と盾から放たれる防御壁へと注がれていく。ネクサスが吹き飛ばされそうな衝撃に英雄は歯を食いしばって耐える。コスモスも機体各所で発生するエラー、損傷から機体内の情報を統制し、予備機関を起動し、エネルギーのバイパスを新たに繋ぎ、必死にネクサスを維持する。


「うおおおお!」

「くうううっ!」


 そして、遂にネクサスは紅い奔流を突き破る。全身からもうもうと煙を上げ、その機体は灼熱に焼かれながらも健在を示すかのように拳を握り、振りかぶる。


「はぁ……はぁ……高密度魔力体、突破! サルチに肉薄しました!」

「行けえええ!」


 高エネルギーの照射後で硬直するサルチの頭部へクローを突き立てる。そして、頭部を爆発させながら倒れ込んだ機体の腹部へと、とどめの一撃を放つ。


「……サルチ、機関部停止。魔力反応消失を確認。完全に沈黙しました。フォボスの残存兵力も引き上げていきます」

「勝った……」


 サルチ三機の撃破と同時にフォボスの軍勢が戦線から離脱しはじめるのを、英雄も荒い息をつきながら見ていた。


「マスター、サルチのパーツをネクサスに用いることもできますけど……」

「いらない。この威力はパイロットを殺しかねないよ」

「了解しました。では、ネクサスの修復にのみ、使わせていただきます」


 戦いは激しくなる一方だが、英雄はネクサスをこれ以上殺傷能力の高いものに変えようとするつもりは全くない。威力のありすぎる武器や機能は意地でも得ることを拒否し、ネクサスの破損した部分の修復にとどめていた。


「行こう、砦に戻らなくちゃ」

「はい」


 そしてネクサスは歩き出す。その道中には、英雄がゼムへ来てから打ち倒した機兵の残骸が何機分も打ち捨てられていた。

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