第48話 化物-Monster-

「でやあああ!」


 英雄の咆哮と共にネクサスの剣が槍を断ち、ソルベラブの右腕を切断する。


「『創成CREATE』ヲ発動。続イテ『結合NEXUS』ヲ発動」


 しかしソルベラブはすぐに能力を発動し、切り落とされた腕が組成分解される。再度生み出された腕は魔力によって接合され、元の機能を取り戻すと地面の槍を再び拾い上げた。


「くそっ、全然効いてない!」

「対抗プログラムを確認……『侵入RAID』も失敗です」


 改めて目の当たりにし、ネクサスと同じ能力がどれほど厄介か英雄は実感していた。叩き潰しても、切断しても、一撃で機能を停止させない限りソルベラブは蘇る。

 しかも英雄たちは戦場で戦い続け、機兵の動力源たる魔力を補充できていない。既にヴィクトリアは本来の戦闘力を発揮できないほどに消耗しきっている。ネクサスは持続的なエネルギーを発する蒼煌石そうこうせきが動力のため継戦能力は高いが、それもいつ尽きるかわからない段階になりつつある。


「フハハハハ。ドウシタ守護ノ巨人タチヨ!」

「うおおおお!」


 振り下ろされる槍をネクサスが盾で防いだ。しかし出力が上がらず、徐々にネクサスの機体が沈んでいく。


「くそっ!」

「マスター!」

「魔石ヲ起動サセル精神モ限界デアロウ!」


 歯を食いしばる英雄の額から大量の汗が流れていた。戦場を駆けまわり、機兵を次々と打ち破り、スペルビアの兵たちを守り、ルカニア、ヴィトスと戦い、絶えず英雄は精神力をネクサスに注ぎ続けてきた。ネクサスだけでなく、機体を動かす彼自身も限界が近かったのだ。


「ヒデオさん!」

「ヌウッ!」


 そこへ、ヴィクトリアに代わり前に出たレーヴの狙撃が命中する。全速力で進みながらその砲門をソルベラブに向け、照準を定める。


「リヤン、ありったけの弾を!」

「マスターセリアの要請を受諾しました。全砲門開放バレルフルオープン!」

「オノレ!」

「邪魔させるもんですか!」


 レーヴに向けて槍を投げようとしたソルベラブに横から無人の戦車チャリオットが突撃する。残り少ない魔力を使い、ヴィクトリアが遠隔操作したものだ。


「ナニッ!?」

「そのまま寝ていろ!」


 そこへネクサスが組み付き、地面に引き倒す。なおも起き上がろうとする機体を剣で頭部を貫き、地面に縫い付ける。


「今だ、セリア!」

「セリアさん、やっちゃえ!」

一斉射撃開始ファイア!」


 外装、背部から光の矢が次々と放たれる。光の雨となって降り注ぐ光線の嵐はソルベラブの機体を剣と戦車もろとも一気に削っていく。


「オオ……オオオ!」

「いける、もう少しで――!」

「『創成CREATE』ヲ発動」


 しかしソルベラブはまだ力尽きない。大気から、大地から、損壊した機兵から、ネクサスの剣から、ヴィクトリアの戦車チャリオットから元素を集め、崩れて行く機体を高速で修復していく。


「オオオオオオオオッ!!」

「これは……ソルベラブの質量が急速に増大。マスター、すぐに離れて下さい!」


 コスモスがこれまでにない焦った声で叫んだ。紅に発光するソルベラブは自己を修復するだけに留まらず、周囲に存在するものをその身に集め始めていた。石を、草を、木を、土を、鉄を、機兵を、肉を、血を。

 留まることを知らない全てを手に入れると言う意思。それはコルネリウスのものなのか、ソルベラブのものなのか、もはや判別がつかないほどに。


「負ケヌ! 砕ケヌ! 我ハ世界ノ全テヲ手ニスル存在ナリ!」


 質量を増すソルベラブの姿は既に機兵という人を模した姿から完全に逸脱していた。あらゆるものを吸い上げ、取り込む姿は巨大な樹木のごとく。もはや化物という言葉すら生温いおぞましい姿へと変貌していた。


「コノ世ノ全テヲ我ハ手ニスル。守護ノ巨人、貴様モ我ト一ツニナレ!」


 ソルベラブから枝の様に無数の腕が伸びる。その手が触れた場所は『創成』によって分解され、『結合』によってその身に集約されていく。


「コスモス、回避だ!」

「推進力全開!」


 翼を広げ、ネクサスは宙へと逃れる。だがどんどん質量を増すソルベラブは更に腕を生やし、全てがネクサスへと向かっていく。


「ダメです、回避しきれません!」

「ヒデくん!」

「ヒデオさん!」

「くっそおおおお!」


 全方位を囲まれたネクサスが無数の手に捕らえられた。次々と発動する『創成』に分解される機体を自身の『創成』で修復するが、圧倒的な物量を前にどんどん分解されていく。


「リヤン、砲撃を! ネクサスを救います!」

「……その要請は受諾できません。先の砲撃で紅晶石エネルギーが限界を迎えました」

「そんな!?」


 目の前で解体されていくネクサス。すぐそこにいるのに、伸ばしたレーヴの手はもう届かない。残酷な現実にセリアが絶望しかける中、伊織は必死に思考を巡らせていた。


「何とかしなくちゃ、何とか……そうだ、セリアさん!」

「イオリさん……?」

「こっちに来て手伝って。この二機を修復するわ!」


 伊織が指し示したのは今も横たわるルカニアとヴィトスだった。通信を聞いたユーリとエルヴィンも驚きの声を上げた。


「お、おい嬢ちゃん。何考えてるんだ」

「お願い、ヒデくんを助けたいの。力を貸して!」

「……我々の機体を修復すると言うのか?」

「私たちじゃもう満足に戦えないのよ。このままじゃヒデくんが……だから、だから……」


 通信の向こうから聞こえる伊織の声は震えていた。嗚咽交じりの懇願の言葉にユーリたちも覚悟を決める。


「……はは。女の子に泣かれちゃ黙ってられねえな」

「どうせ一度はアマノヒデオによって救われた命だ。あの少年が異世界に帰る前に騎士として借りは返しておかねばならんな」

「……ありがとうございます二人とも。リヤン、急いで修復を!」

「マスターセリアの要請を受諾。『創成CREATE』でロストしたパーツを生成、『結合NEXUS』で接合、ダウンしたシステムを『侵入RAID』で復旧します」

「残された魔力、ほとんど使うわ。覚悟はいい、マスター!」

「もちろんよ。ありったけ持っていって!」


 ヴィクトリアとレーヴの力で機能停止していた二機に再び命が吹き込まれていく。そして二機の代わりに緑と黒の機兵が再び大地に立ちあがる。


「今行くぞ、坊主!」


 ルカニアのブースターが火を噴き出す。瞬時に最高速度まで加速し、ネクサスが捕らえられている宙域にまで到達。その速度を乗せた手刀でソルベラブの腕を一気に切断していく。


「ブースター、バランサー破損。ネクサス姿勢制御不能。落下します!」

「うわわわ!?」

「任せろ!」


 半壊したネクサスを下で待ち構えていたヴィトスがその剛腕で受け止めた。


「ヴィ、ヴィトス!?」

「アマノヒデオよ、少女たちに感謝するのだな」

「二人が!?」


 英雄が振り返る。ヴィクトリアとレーヴの二機はほとんどの魔力を使いきり、力なく膝をついていた。


「早く修復しろ。その間は私たちが引き受ける」

「でも!」

「託すぞ。私たちの想い、そして世界の命運を!」


 ネクサスを残し、ヴィトスは巨大化したソルベラブへ突っ込んでいく。空ではルカニアがその機動力でソルベラブの腕の間を縫いながら飛行していた。


「貴様ラ、臣下ノ分際デ!」

「へっ。用済みつったのはそっちじゃなかったかい!」

「我らが忠義を誓ったのは人間の陛下だ。機械の化物になった貴様は我が王ではない!」

「タカガ二機デ何ガデキル!」

「たかが二機だぁ……? でかくなりすぎて地面の様子も見れなくなっているのかい!」

「ナニ……ッ!?」


 ルカニアを捕まえるべく伸ばした腕がその途中で爆発し、吹き飛ぶ。それを皮切りにソルベラブの至る場所から爆発が起きていく。


「ヌウツ……コレハ!」


 紅の光線が胴を焼く。飛来するミサイルがソルベラブへ次々と打ち込まれていく。


「レーダーに反応……空にも……マスター、これは!」

「嘘だろ……」


 コスモスが映し出したモニターの映像に英雄は目を疑った。伊織、セリアもその光景が信じられなかった。

 ソルベラブを取り囲むように布陣した数多の人々。蒼い光を放つ大砲を備えたその軍勢にはためく旗が示すのはスペルビア軍。

 そして次々とその砲撃に背を預け、ソルベラブへと取り付いていくのは紅き眼を持つフォボス軍の所有する機兵と英雄の世界の兵器たち。


「スペルビアとフォボスが……共に」


 セリアにとってそれは夢のような光景だった。蒼と紅の石を巡って戦い続けて来た二つの国。スペルビアとフォボス。その両軍が肩を並べて集結していたのだった。

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