第49話 不屈-Spirit-
目の前に起きている状況に、ソルベラブの思考回路は動揺にも似た混乱を起こしていた。
「有リ得ナイ……コレハ五千年前トマルデ同ジ」
かつての人類たちが戦の果てに文明を滅ぼしかけた過去。その時代の中で生まれたソルベラブにとって人は一つになりえない不完全な存在という認識だった。
しかし災厄と呼ばれた存在の登場により存亡の危機に立たされ、人々は遂に手を取り合い、そしてソルベラブは倒された。
不安定な心をもつ不完全な人間が一丸となって見せた強さをソルベラブは恐怖した。その戦力差を覆した強さを得ようと思考した。故に同じ欲望を抱く人間と一つになることで人間の心を手に入れようとした。
「再ビ一ツニナッタト言ウノカ……アノ機兵ヲ助ケルタメニ!」
だがその前には再び心を一つにした人間たちが立ちはだかった。繰り返される光景を前にソルベラブは理解が及ばず、答えが出せないでいた。
「マスターセリア、通信を受信しました。繋ぎますか?」
「お願いします」
「――セリア様!」
「エルネスト! クラリスも!」
その声はセリアが身を案じていた二人からのものだった。格納庫からレーヴに乗って飛び出して以降、二人の安否は気にしていたが無事な姿を見ることができてセリアは安堵した。
「エルネスト。これはあなたがやったことですか?」
「はい。勝手ながらあの機兵が現れてからすぐに生存者をかき集め、急増ですが連合軍を編成致しました」
「いえ、助かりました。感謝します」
「ですが、どう考えてもあの化物に対抗できるとは思えません。多少の時間は稼げるでしょうが、決め手となるものを我々は持ち合わせていません。あるとすれば……」
セリアは王家の伝承を思い出す。それが正しいとすれば、可能性を持ち合わせているのは自分たちの乗る守護の巨人。三機のネクサスしかいない。
「ですが、もうヴィクトリアもレーヴもほとんど動けません。ネクサス一機だけでどうすれば……」
頼みの綱のネクサスもソルベラブに機体の大半を食い尽くされ半壊状態。能力で修復を続けているが完全修復まではまだ時間がかかる。復活したとしても魔力の大半はこの修復で消費してしまうだろう。
「ひとまず、セリア様は撤退を。これ以上は危険です」
「……わかりました。イオリさんも――」
「ソルベラブ、活動を再開!」
ソルベラブの状況を見ていたリヤンが叫んだ。四方八方から攻撃を受け続けていたソルベラブが遂に再び動き出そうとしていた。
「オオオオオオッ!!」
「いかん、動き出した。セリア様、早く退避を!」
「エルネストは指揮を続けて下さい。私たちは何とか離脱します!」
「くっ……どうかご無事で」
通信が切れる。伊織もセリアも必死に機体を動かそうとするが、エネルギーが尽きかけている二機の動きはあまりにも鈍い。機体から降りて逃げることもできたが外は機兵が動き回る戦闘のど真ん中。あまりにも危険だった。
「まずいわ……ソルベラブ内に高エネルギー反応!」
「ちょっと、あいつ何する気!?」
伊織たちが悪戦苦闘していると、ソルベラブの解析を続けていたノワールが叫んだ。その機体が紅に光を放ち、徐々に枝の様に伸びている腕へと伝わっていく。
「みんな、今すぐに離れろ!」
英雄がネクサスを通じて周囲に警告を送る。その光が何なのか、英雄にはすぐにわかった。何度も戦場で相まみえていたからこそ、次に来るものの正体に気づくことができた。
「コスモス、脚を最優先で修復してくれ!」
「りょ、了解!」
今すぐに動かなければやられる。コスモスも一刻も早く離れるために脚を修復する。ソルベラブが周囲へと腕を向ける。その掌が開き、紅の光が収束していく。
「アノ時ノ様ニヤラレハセンゾ、人間ドモ!」
それは、天から降り注ぐ紅の光の雨だった。掌から紅の光線が発射され、ソルベラブの周りにいた機兵を次々と撃ち抜いていく。
「脚部修復完了。いけます!」
「動け、ネクサス!」
ギシギシと耳障りな音を立てながらネクサスが立ち上がる。姿勢制御の機能も壊れたまま、英雄は必死に倒れないように操縦する。
「コスモス、操縦は俺が何とかする。そのまま修復を続けてくれ!」
「了解しました!」
紅の光の雨が降る中、ネクサスは走る。ルカニアとヴィトスは回避できたが、他の機兵は次々と破壊され、残された残骸が新たに『創成』で分解されてソルベラブに取り込まれていく。
「ハハハハハハハ! 破壊サレヨ。我ガモノトナレ!」
「くそっ、壊したそばから吸収してる!」
「レーダーからどんどん機兵が消えています……いけない、ヴィクトリアとレーヴがまだ!」
「まずい!」
英雄はすぐさまネクサスを方向転換させる。ヴィクトリアとレーヴの二機は距離が離れていたことが幸いしてまだ攻撃が届いていなかった。しかし周囲を一掃したソルベラブは残された二機に照準を定める。
「守護ノ巨人。貴様ラサエ消エレバ全テ終ワル!」
「伊織! セリア!」
「蒼煌の盾、展開!」
発射の直前、二機の前にネクサスが躍り出る。盾が広がり、ネクサスの魔力で障壁を発生させる。
「うおおおお!」
「ネクサス、パワー全開!」
全体を薙ぎ払った力が凝縮された一撃が三機を襲う。障壁がそれを受け止めるがあまりの威力にネクサスが押されていく。
「ヒデくん!」
「ヒデオさん!」
警報がけたたましく鳴り響く。操縦室の破損個所から火花が散る。ネクサスが機体の限界を告げていた。
「だめ……破損でネクサスの出力が上がりません!」
「ぐっ……くっそおおおお!」
まだネクサスは修復が終わっていない。光線を受け止めた時点で左腕は再び動かなくなった。残る右腕も、脚からも煙が立ち上っている。残る僅かなエネルギーでは堪えることもできず。どんどん押されていく。
「……っ!?」
堪えきれずネクサスが倒れそうになったが、その後退が不意に止まった。英雄が振り返ると、そこには二機の機兵がネクサスの背を支えているのが見えた。
「大丈夫……ヒデくんは私たちが支えるから」
「もう、逃げることも叶わない……それなら最後まで立ち向かいます!」
二機はもうほとんど動けない。ソルベラブの攻撃を避けることもできず、ただ立ち上がってネクサスを後ろから支えるくらいしかできない。ネクサスが倒れればたちまちその後ろにいる二機も巻き込まれ、運命を共にするだろう。そんな絶望的な状況でありながら、二人は最後まで諦めていなかった。
「信じてる。ヒデくんは私をいつだってピンチから助けてくれるって」
「ヒデオさん、勝ちましょう。そして必ず皆と未来へ」
勝利を信じるその想い。未来を信じるその想いが二機に残された蒼き石を輝かせる。折れそうなその背を二人に支えられ、英雄もまたネクサスの足を踏ん張らせ、奮い立つ。
「諦めない……誓ったんだ……強くなって、誰かを守れるようになるんだって」
想いが強くなり、ネクサスの蒼い石もまた強く輝きを増す。三年前の桜の舞う日に交わした伊織との約束。誰かを守れるようになるために、伊織に誇れる自分になるため努力し続けた月日。彼女を重ねたセリアを守ると誓った日々。ここで負ければ全てが水泡に帰す。
「くっ……蒼煌の盾、限界点突破!」
三人の目の前で盾が砕け散る。残されたのは魔力で展開した障壁のみ。いずれの機体も戦いに耐えられる状態ではない。エネルギーもほとんど残されていない。それでも三人の心は折れない。想いが一つになる。
「コスモス、レーヴの魔力全てをネクサスに回します!」
「ヴィクトリアのも持っていきなさい。さあここが踏ん張りどころよ、みんな!」
「ネクサス、パワー全開!」
三人の想いがどこまでも高まっていく。三機の蒼煌石がそれに呼応して輝きを高めていく。蒼の光と紅の光がぶつかり合い、白く融けていく。
「未来へ――!」
「勝利を――!」
「繋げてみせる――!」
そして、三人の絶叫と共に三機のネクサスは光の中へと消えていった。
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