第50話 結束-UNITE-

 気が付いた時、俺は真っ白な空間の中にいた。


「ここ、どこだ……」


 だんだん記憶が蘇っていく。ソルベラブと戦って。あかい光線をみんなで受け止めて……。


「……俺、もしかして死んだのかな」


 現実的に思えない場所。浮いたまま落ちもしない妙な感じ。死後の世界って奴はもしかしてこんなに味気ないものなのかと思ってしまう。


「伊織は……セリアはどうなったんだろう」


 気になるのは自分の後ろにいた二人の女の子たちのことだった。最後まで俺を信じてくれた二人。自分が守ると誓った二人の女の子。無事ならいいんだけど……。


「やれやれ……自分のことより他人のことか」

「誰だ……?」

「よっぽど二人が大切なのか……それとも自分のことに無頓着なのか。恐らくは後者だな」


 英雄の前に現れたのは白衣を着たセリアによく似た人物だった。一度だけ見た映像の中にいた人物だと言うことはすぐにわかった。


「レーヴ……さん?」

「なんだ、意外そうな顔をして。歴代の搭乗者の残留思念が残ってるんだ。研究と改修に関わった私の思念が残っていたって不思議じゃないだろう?」

「残留思念……ってことは」

「その通りだ、アマノヒデオ。お前は今、蒼い石の魔力の中にいる」

「やっぱり負けたんだ……それで俺の心も蒼煌石そうこうせきの中に入ったってことなんですよね。先輩たちみたいに」

「馬鹿者。結論を急ぐな」

「あたっ!?」


 額を小突かれた。思念なのに触れるのか。いや、自分も今は幽霊みたいなものなんだから触れるのかもしれない。


「石の中にいるわけじゃない。あくまで石の魔力の中だ。お前も、他の二人もまだ死んじゃいない」

「どういうことですか?」

「お前たちが最後に見せた力が原因さ。瞬間的にだがソルベラブに匹敵する力をあの時ネクサスは放った。その力に機体ごと飲み込まれたってわけだ」

「飲み込まれたって……大丈夫なんですか?」


 俺の言葉に軽い口調のままレーヴさんは答えた。


「お前たちの守る力とソルベラブの破壊する力。相反する二つの力が大規模にぶつかり合ったことで中和状態みたいになってる。今は力が拮抗しているがこの均衡が崩れた時が最後だ。力が完全にどちらかのものになる」


 つまり防ぐことに成功するか死ぬかってことか。まだ可能性は残されている。


「どうしたらいいんですか?」

「単純な話だ。この拮抗したエネルギーの支配権を奪え。より強く想いを注いで力を高めればいい」

「でも、俺たちがどれだけ頑張っても互角までしか持っていけなかった……三人じゃもう」

「だから結論を急ぐなと言っただろうが、馬鹿者」

「あたっ!?」


 また小突かれた。こんなに馬鹿馬鹿言われるのは初めてだ。一応これでも中学じゃ優等生で通っていたんだけどなあ。


「誰がお前たちだけで戦えと言った。映像にも残しただろ。こいつの力は際限がない。より多くの力を集めればいい」

「もっと多くの……?」

「思いが強ければ強いほど、多ければ多いほど蒼煌石そうこうせきを動力にした機兵の力は高まる。操縦室が広いのも複数人で力を注げるように改良した結果だぞ」

「え……そうだったんですか」

紅晶石こうしょうせきで動く奴らは全員単座だっただろう。複数人が搭乗する前提なのは少し考えればわかるだろうが……まったく。三人とも一人で運用して」


 レーヴさんが呆れてため息をついた。せっかく未来の乗り手のことも考えて作ってくれたのにそれに気づかずに運用されたら技術者としては泣きたくなるのも当然かもしれない。


「……まあ、歴代の搭乗者も一人で動かしてきたからコスモスの奴も気づかなかったのかもしれんな。そこは私たちのミスか」

「レーヴさん。多くの人の力を集めろって言ったけど、今あそこにいたのは俺と、伊織とセリアの三人だけなんですよ。どうすれば……」

「本当に馬鹿かお前は」


 レーヴさんが手を挙げた。また小突かれるのかと思って反射的に目を閉じてしまう。でも次にレーヴさんがしたのは俺の頭に手を乗せることだった。


「お前は常に一人で戦って来たのか?」

「違う……それは、みんなが支えてくれたから」

「そういう事だ。みんなを守りたいという物語の主人公みたいな心意気は好感を持つが、本当の意味で独りで戦える者などこの世にいないからな」


 レーヴさんの諭す言葉を聞きながら、目を閉じ耳を澄ませ、精神を集中していく。


「この世界でたくさんの人と出会ってきただろう。多くの人がお前を信じてくれただろう。そいつらは今でも願い続けている」


 聞こえる……皆の声が。遠くにいても、俺のすぐそばに。


「ヒデオ!」

「ヒデオ様!」


 エルネストの声が。クラリスさんの声が。


「坊主!」

「少年!」


 ユーリさんとエルヴィンの声も。


「アマノヒデオ!」

「ヒデオくん!」

「守護の巨人の少年!」


 スペルビアの、フォボスのたくさんの人たちの声が。


「みんな……力を、貸してくれ!」


 わかる。みんなの声が、想いが、願いが俺たちの乗るネクサスへ託している。まだ力尽きてなんかいなかった。みんながいる限りネクサスは動く。そしてみんなを守るためにネクサスは戦うんだ。


「それでいい。あの王様はそこを間違えた。一つの思想、一人の人間で世界は成り立たない。多くの考えが存在し、そんな人々が一つに結束するからこそ成り立つ」

「でも……難しいことだよね、それって」

「ああ。だから人は間違え、争い続けた。世界を善くするための答えなんて本当は見つからない。だが、ことはできる」

「セリアなら、できるよきっと。みんなの力を一つにしようと頑張って来たあの子なら」

「無論だ。私の子孫だからな」


 レーヴさんは自分のことのように喜んで、微笑む。みんなから届いた想いの力が魔力に変換されていく。真っ白だった空間に蒼い光が点る。


「――創成CREATE


 集まった力が源になって形を作っていく。思い描いた未来を実現するための願い。それを守り、繋げる者こそが『繋ぐ者ネクサス』と呼ばれた守護の巨人。


「上出来だ。あとは、私たちの想いもお前に託そう」

「レーヴさん……?」


 レーヴさんが俺の手に自分の手を重ねた。すると次々とその上に重ねられていく手があった。


「アマノヒデオよ……」

「よくぞ我らの想いを、守る力に変えてくれた」

「先輩……」


 何人もの歴代のマスターたち。ネクサスに乗り、想いを遂げた人、遂げられなかった人、その誰もが俺に微笑みかけていた。


「さらばだ――」


 その姿が消え、蒼い光はさらに強く輝いていく。そして最後に残されたレーヴさんが口を開いた。


「最後に一言……私からの助言だ」

「助言?」

「自分を大事にできない奴が人を幸せにすることなんてできないぞ」

「……え?」


 それは胸に刺さる言葉だった。伊織を助けるために、セリアを守るために無茶をやった。命すら落としてしまうほどの危険を何度経験しただろう。


「誰かを守るのも結構。だけどそれはお前が代わりに犠牲になって傷ついていい理由にはならない。お前の無事を願っている奴のためにも生きろ。それが本当に全てを守ると言うことだ」


 本当の守ると言う事。それは自己犠牲の精神じゃない。今もまた、二人を守るために命を懸けている。こんなことを続けていればいつか本当に命を落とす日が来るかもしれない。


「でもそれじゃ……俺を好きな人は喜ばないよね」

「そういう事だ。じゃあな、あとは任せたぞ」


 そして、レーヴさんも光の中へと消えて行く。一人残った空間で俺は魔力を解き放つ。


「ネクサス……戻ってこい!」


 思い描いたネクサスの姿。それが再生されていく。あおきらめく機体。いつも立っていた操縦室、そして想いを注いでいた台座が現れる。


「もー、ヒデくん。まーた、一人で全部やろうとしてる」


 台座に乗せた俺の手に重なる手があった。暖かくて、誰よりも信じている大切な人の声。


「一人じゃ大変でしょ。私も手伝ってあげる」

「伊織……」

「そうです。ヒデオさんの悪い癖ですよ。少しは……いっしょに守らせてください」

「セリア……」


 さらにその上にセリアの手が重なった。言葉も通じなかった異世界の住人である俺を最後まで信じ続けてくれたセリア。


「みんなの力を――」

「うん――」

「一つに――」


 俺たちの想いが一つになって蒼い石へと注がれていく。操縦室に光があふれて機体にもう一度力が宿っていく。ネクサスが起動したことでコスモスも、ノワールも、リヤンも姿を現した。


「行きましょうマスター!」

「さあ、この魔力すべてを!」

「人々の想いを一つに!」


 ネクサスだけじゃ勝てない。ヴィクトリアだけじゃ足りない。レーヴだけでも届かない。それなら。答えは一つだ。


「全てを、一つに!」


 全ての力がネクサスに集まっていく。ヴィクトリアも、レーヴも。


「マスター、アマノヒデオにより、ネクサス、新たな機能に覚醒」

「今こそ唱えなさい、過去と未来を繋ぐその御名みなを」

「災厄から守り、勝利をいただき未来を繋ぐ至高の名を」


 そして俺たちは、全員でその名を呼んだ。


乗り越えし者ウルスラグナ

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