第04話 遺跡-Artifact-
唐突に見知らぬ世界に引っ張り込まれ、いまだ整理のつかない英雄の気持ちとは裏腹に、この日はなんとも清々しい朝だった。
「……やっぱり、夢じゃなかった」
石造りの建物の窓から見える風景は自然豊かな世界。眼下の町には朝から活気あふれる人々の姿。その服装は俺が生活してきた街の、いや日本とはあまりにかけ離れたものだった。
家は木造であったり、レンガ造りであったりする。道路も満足に舗装されていない。英雄自身にも十分な知識があるわけじゃないが、文明レベルは中世ヨーロッパ程度だろうかと見積もった。
「Yor arp gort」
「あ、おはようございます」
部屋に入って来たのは、昨日セリアのそばに立っていた金髪の人物、エルネストだった。
あの時は得体のしれない人物であった英雄を捕まえようと兵士に指示を出していたが、さすがに今日はそのようなことはしない。客人として扱ってくれたことに、英雄は礼を言おうとしたが、どう言えばいいのかわからず、愛想笑いでごまかした。
「Ernest ils meye merna」
そして、エルネストは英雄を指差してそう言う。目の前に立たれると、その背の高さで威圧されるようだった。
「えーっと……?」。
「Ernest」
「エルネスト?」
「Ersy」
英雄は、やはり「メルナ」が名前であると確証を持つに至る。次の機会には自己紹介くらいはできそうだった。
「Merco zurwi mer」
最低限の自己紹介を済ませるとエルネストは人差し指を前後に素早く動かし、英雄に背を向けて歩き出す。その挙動から「ついて来い」という意味だと彼はとらえた。
「Rlyfe」
「あ、はいはい!」
だが挙動に移るのが遅い英雄に、苛立った様子で振り向いたエルネストに睨みつけられた。
◆ ◆ ◆
英雄が馬車に乗せられて連れて来られたのは何かの作業現場だった。
岩壁を掘り抜いて、その中から何かを運び出している。テレビで見た発掘か採掘をしている風景に酷似していた。
エルネストは作業を指揮している人に声をかけ、何やら会話をすると、その人物を英雄の下へと連れて来て言う。
「Bernard ils meye merna」
ひげ面の、熊のように大柄の中年男性がバーナードと名乗る。
さすがに英雄もそろそろ名乗りくらいは分かるようになってきた。自分からも、覚えたばかりの言葉を用いてみる。
「えーっと、ヒデオ、イルズ、メーイェ、メルナ……これでいいのかな?」
「Ersyヒデオ! Am etm yor tow swiyne」
言葉が通じたことに、英雄はなんだか嬉しさを感じる。隣のエルネストも、英雄がこの世界の言葉を使ったことに少し驚きを見せていた。
バーナードはガハハと笑って英雄の背中をバンバン叩いて歓迎の意思を見せていた。
「ヒデオ。Aif yor guo merho tow nutwa,rukwo」
「はい?」
エルネストがタバコの煙を吐いて英雄に告げる。だが意味が分からず、首をかしげてしまう。すると、作業現場を指さしてもう一度言った。
「Rukwo」
「ルークォ?」
「Ersy」
新しく聞く単語だった。だが、何かの名詞か動詞だと英雄は思い、場所とここにいる人たちの行動を照らし合わせてみる。そして、一つの候補に思い至る。
「……ルークォ?」
作業員たちを指した後、スコップで掘るようなジェスチャーをしながら聞いてみた。
「Ersy」
「Ersy」
二人が同時に頷く。これにより「働け」という意味だったと英雄は確信した。
「マジかよ、俺まだ中学卒業したばかりだぞ。そんな力仕事できるわけないって!?」
「ヒデオ」
狼狽えている彼を前に、エルネストが袋からパンを取り出して見せる。ここへ来てから何も食べていなかった英雄は思わず手を出した。
「くれるのか?」
「Ersy」
「ありがとう」
英雄が手を伸ばす。だが、手に取る直前でエルネストがパンを引いた。
「……ん?」
「Rukwo」
顎で作業場を指し示す。
間違えようがない。食いたければ働けという意味だった。
「……ルークォ?」
「Ersy」
再びパンが差し出された。
「犬か俺は」
「Atwe?」
「わかった。やるよ、やりますよ!」
ひったくるようにパンを受け取り、噛みちぎりながら歩き出す。
なんだか餌付けされている気分だった。
「畜生、こいつ嫌いだ!」
英雄が通されたのは運び出されて来たものを仕分けする作業場だった。
さすがに、言葉が通じないのでコミュニケーションが取れないことが危険に繋がるのは彼らもわかっていた。
次々と運び込まれてくる土砂をかき分けて出て来るものをより分ける。その中から出て来た蒼い石と紅い石は決められた場所に入れることを教えられる。
「綺麗だな……宝石かな?」
日に透かしてみると光を通して綺麗に光り輝いていた。
しばらく作業を続けていると、英雄はあることに気が付いた。紅い石が出る割合が異様に少ないのだ。蒼い石が十に対して紅い石が一くらいの比率だろうか。
「そう言えば、供給量が少ないと価格が上がるって社会科で習ったな」
とすると、この紅い石はもしかして貴重品なのかもしれない。そう思った彼は、それを心持ち、丁寧に扱った。
「ふ……ふえっくしょい!」
肌寒かった。この世界の気候がどのようになっているのかがわからない。日本だと三月でもそれなりに暖かかったが、こちらはまだ気温が低い。卒業式の帰りにこの世界に呼ばれたので、彼が来ているのは学生服だけだ。それなりに防寒性はあるが、いつまでも着続けて高校に上がる前に学生服を汚したくなかった。だが、脱ぐと寒い。どうすればいいのかと英雄は悩む。
「Ludk?」
英雄の指導のため、そばにいたバーナードが身を縮こまらせながら震わせる。「寒いのか?」というジェスチャーはあまり違いがないことに英雄は少し嬉しくなる。
「ちょっとね」
頷いて、同じ仕草で英雄は寒いと伝える。すると、バーナードは見張りの兵士に何やら断りを入れて、とても小さな蒼い石を一つ手に取った。
「おおっ!?」
バーナードが強く念ると、その石が光を放ち始めた。
「Am vigy yor luwi」
そしてそれを英雄に手渡す。バーナードは服の中に入れろと教えてくれる。小さな石からとは思えない暖かさがそこから発せられていた。
「カイロみたいなものか?」
バーナードがニッと笑う。
言われたとおりにしてみると、体全体が暖まっていく。
「凄い。まるで魔法だ……」
英雄は、自分で言っていて何を馬鹿なと思うが、そもそも世界のどこかもわからない場所に一瞬で飛ばされる方法が魔法以外に説明がつくだろうか。そう思うと魔法と言う言い方が適切ではないかと思ってしまう。
「バーナード、ありがとう」
「アリガトウ?」
「あー、サンキュー……は通じないんだよな。何て言えばいいんだろう」
感謝の一つも伝えられない。本当に不便だと英雄は思った。
「Bernard!」
そこへ、血相を変えた作業員がバーナードを呼ぶ。英雄がそちらの方を見ると、発掘現場から歓声が上がっていた。
「なんだ?」
「Ersy!」
バーナードが弾かれるように走り出す。他の作業員も手を止めて追いかけていく。英雄もつられて後に続いた。
「どうしたんだろう?」
作業員たちが何かを囲んでいた。体をねじ込ませるようにして、英雄も隙間から中を伺う。
「……何だあれ?」
遺跡の中から出土したものが並べられていく。筒状の物が何本か、本体らしきものに繋がっているホース状の物……。
「……何でこんなところにあるんだ?」
その一つ一つの形に英雄は見覚えがあった。一瞬、まさかとは思うが、同じ形状のものがそれほど存在するとは思えない。だが、中世の世界に、それがあることは彼には説明がつかなかった。
「Atwe?」
「Owft tow sew ait?」
バーナードと他の作業員たちがそれを手に取って話し合う。だが、パーツの数も多く、どうしたらいいかわからないみたいだった。
「Yor bemwo ait ance?」
じれったさを感じた英雄は、人波をかき分けて前へ出ていく。やけに確信を持った足取りの英雄に、皆も不思議そうな視線を向けた。
「バーナード!」
「ヒデオ?」
「貸して」
いぶかるバーナードから、それが受け渡される。そして、転がっている物の中から関係するパーツを拾い上げ、英雄は集めていく。
作業員全員から注目を浴びる居心地の悪さを感じながら、それらを組み合わせていく。迷いなく作業を始める英雄の姿を、バーナードも食い入るように見ていた。
「やっぱり……」
彼の思った通りに組み合わさっていく。どうしてこんな所にあるのかわからない。見た目の時代と技術レベルがまったく一致していなかった。
とすれば、いったいこの世界は何なのだろう。その疑問に答える者はいなかった。
「できたよ、バーナード」
「A……Aitwe ei enaitom!」
それが完成したことがわかると、バーナードが指示を出す。ややあって作業員が蒼い石を持ってくる。英雄にあげた物よりも大きめのサイズだった。
それを光らせ、本体の蓋を開けると中に投入する。
「Ait ord」
バーナードが神妙な顔で頷いた。英雄は、それを使ってみろという意味だと理解した。。
「わかった」
先程の蒼い石がバッテリーのような働きもするのだと英雄も察する。手元のスイッチを押す。コードもないのに、それは大きな音を立てて動き出した。
「Zyngarma!」
作業員たちが目を丸くしていた。
英雄には見慣れた道具だが、彼らにとっては初めて見る物だ。それを来たばかりの少年が組み立て、動かしたとなればその驚きは計り知れないだろう。
「ヒデオ、Yor owrku aizy merna ord?」
「え、これの名前?」
砂を吸い込むその機械のスイッチを切って、英雄はバーナードに教える。
「掃除機だよ」
◆ ◆ ◆
「……そうか、あの少年。やはり我々とは違う知識を持っていたか」
遺跡から発見されたアーティファクトを異世界の少年、ヒデオが組み立て、起動させたという報告はすぐにセリアたちの下へと届いた。
「噂も馬鹿にはできませんね」
「ふん。そのようですな」
報告書には「ソウジキ」の発見とヒデオが実演で教えたその使い方が記載されていた。その後も、彼によっていくつかのアーティファクトの使い方などが判明しているらしい。
「ですが、発見されたものは戦いの役には立たないということです」
朗報の一方で、残念な報告も上がる。発見されたのは生活用品がほとんどだった。どれだけ掘っても戦いの役に立ちそうなものは無かったという。
スペルビアに残る記録には、どこに何が収められているかが書かれていない。そもそも太古の技術は封印したとされているが、もしかしたら「破棄」なのかもしれない。残された遺跡にあるものが武器や兵器の類なのかも怪しかった。
「だが、諦めるわけにはいきません。ユーリたちが時間を稼いでくれている間に、何か……」
もう、エルネストは何日も寝ていなかった。魔法と薬で無理に覚醒させている状態だという。
「明日は、他の遺跡にも人手を割いてみようと思います」
「それは構いませんが……」
国のために尽くしてくれることにセリアは感謝の念を抱くが、少しは自分の身を顧みて欲しいとも思った。だが、差し迫った今の状況がそれを言うことを許してくれない。
「いえ、お願いします」
「畏まりました」
エルネストが手配のために執務室を去っていく。その後は、また書庫で古文書との睨み合いだ。
ユーリも、前線で無事でいるだろうか。無事でいてくれたらとセリアは思った。
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