第05話 機兵-Imminent-
――同日、ウェンルー要塞。
東と西に二本の大河が走り、その中間を塞ぐように築かれたスペルビア屈指の要塞だ。
フォボス侵攻軍を迎え撃つため、そこにはスペルビア防衛軍が展開していた。
率いる将軍、ユーリは眼下に展開する黒い軍勢を前に蒼い精鋭へ声を飛ばす。
「わかってるなお前ら。奴らの勢いは最初だけだ。奴らの紅晶石が尽きるまで耐えれば十分だ」
「はっ!」
「さあて……エルヴィン。今日こそ俺が勝たせてもらうぜ」
敵軍にはためく因縁の家紋を認め、ユーリが意気込む。
そして、戦いが始まる。弓兵が接近を防ぐために矢を射かけ、城壁に取り付こうとする者へは岩を落とす。
前の戦いで砦は落とされたとはいえ、この要塞はそれをはるかに上回る防御力を持つ。ましてや自分もいる。いかにフォボスの軍事力が強大であっても、落とすのはかなり困難であると見込んでいた――。
「なんだ!?」
突如、城門から大きな爆発と、火の手が上がる。
フォボスから歓声が上がり、直後、ユーリの下に伝令が届く。
「将軍! 敵の爆発物により、城門が半壊!」
「何だと!?」
破城槌による攻撃は予想していた。だが、それなら城門を破るまでにはかなりの時間を要するため、弓矢や投石での妨害をすることができた。こんな短時間であっさり破壊されるなど想定外だった。
「何だありゃ!?」
フォボス兵が黒い果物大の物を取り出す。
そこに刺さっている金属の杭を抜き、次々に投げつけて来る。
防衛に出ていた兵たちの中にそれが転がり、次々と爆発を起こす。
「小型の爆弾か!」
ユーリが歯ぎしりする。その目に見るまで信じたくなかったが、やはりフォボスの用いている武器は自分たちの技術をはるかに超えている。それを戦場のど真ん中でユーリはまざまざと見せつけられていた。
「将軍、伏せてください!」
「うおおっ!?」
部下に引っ張られるようにしてユーリが頭を下げる。そのすぐ後に鉛玉が通過した。
弾丸の来た方向をたどるが、明らかに弓の射程の外。投石機でやっと届く距離だ。
「たちの悪い夢みたいだぜ……」
これまで用いてきた戦術がまるで通じない。
根底から力技で覆されるような感覚だ。人間の軍隊と戦っている気がしない。
「……守備隊を要塞に戻せ。その後にあれを起動させろ」
予定では外を突破されるまで三日以上。その後、この仕掛けを使い一週間は持たせるつもりだった。だが、戦闘が始まってからわずかな時間でこのざまだ。
しかし、怪我の功名と言えようか。相手の士気はこれ以上ないほどにまで高まっている。付け入るとすれば今が絶好の機会だった。
「一泡吹かせてやるよ……エルヴィン!」
このままで済ませるつもりは毛頭ない。
要塞からの号令にスペルビアの兵たちが撤退を始める。勢いに乗ったフォボス軍は追撃を仕掛け、城壁に取り付き始める。
「起動しろ!」
魔導士が、蒼煌石に念を送る。
魔力が要塞全体に行き渡り、仕掛けられたギミックが動き出す。
「な、なんだ!?」
城壁に取り付いていた兵士たちが、周囲に起きた事態に狼狽え始める。
突如、地面が揺れて足場が沈み始めたのだ。
「壕か!?」
その深さは五メートルに達する。容易によじ登れないほどの下層へと多くの兵たちは引きずり込まれていく。
「仕上げだ」
ユーリが最後の合図を出し、壕の東端と西端の仕掛けが作動する。
紅晶石が砕け、内包された魔力が炸裂して最後に残った壁を吹き飛ばす。
この要塞は二つの川の間に位置している。それらを繋ぐように走った壕に注がれた水は、最後の壁が崩れ落ちたことで一気に流れ込む。
「ひ、退け!」
「駄目だ、高すぎて登れ――」
両方の川から押し寄せる濁流が何百という兵士をのみ込む。強力な武器を持つフォボスと言えど、自然の力には敵わない。
「はっはっは。見たかこの野郎!」
その機構から、この仕掛けは一度しか使えない。
だが、作動すれば深い堀が要塞を囲み、さらに防御力を増す。
堀を埋めるにも越えるにも要塞からの妨害ができる。時間を稼ぐことに留まらず、相手の進攻を長きに渡って阻むことも可能だ。
「魔動装置による罠……ふふ、やってくれる」
だが、フォボス軍の先兵が飲み込まれる様を見ていた敵将エルヴィンは不敵な笑みを浮かべていた。
「だが、ユーリよ。この大掛かりな仕掛けこそが切り札という証明。貴様にこれ以上の手はあるまい」
エルヴィンが部下へ指示を出す。
切り札を隠していたのはこちらも同じだった。
「新兵器の性能を試すいい機会だ」
背後の鬱蒼とした森の中に隠していた輸送車。そこに横たえられていたものが静かに起動する。
その目に紅い光が灯る。
操縦席から注がれる魔力を全身にみなぎらせ、それはゆっくりと立ち上がり始めた。
「……何だ?」
辺りに走る静寂に、ユーリは言いようのない不気味さを感じていた。
攻城戦を仕掛けるでもなく、要塞の前に展開していたフォボス軍が道を開け始める。
その先、森の中から立ち上がり、それは姿を現した。
「なっ!?」
ユーリは我が目を疑った。
木々の中から姿を現したのは鋼の巨人だった。
森の木を遥かに超えるその巨大さ。木々を薙ぎ倒し、力強く歩を進めるそれは圧倒的な雰囲気を放ちながら要塞へ迫る。
「馬鹿な、機兵だと!?」
「フハハハハ、気に入ってもらえたかなユーリ!」
それは、ユーリをはじめ、この世界の誰もが知っている伝説上の存在だった。
かつて、この世界を焼き尽くした戦争の際に用いられていたと言われている兵器。
発達した科学で開発され、人が搭乗し、魔力を動力源として強大な力を振るう、科学と魔法の融合技術により生み出されたもの。
「さあ初陣だ、
「う、撃て。近づけさせるな!」
弓と石が次々と飛ぶ。だが、鋼の装甲を持つそれにはまるで意味をなさない。
矢の雨をものともせず、機械の巨大兵は堀の中へと足を踏み入れる。
「ユーリ、まだまだお前では俺に届かんよ」
水の流れも歩みを止める要素にならない。機兵は城壁の前に立ち、腕をゆっくりと引いていく。
「まずい!」
機兵の拳が城壁に叩きつけられる。頑強な壁に巨大な亀裂が走る。
再度機兵が拳を引いた。目が紅に輝き、内部に蓄積された紅晶石が消費される。
解放された魔力は機兵の腕へ集い、その腕が膨大な魔力のオーラに包まれる。
「ここを放棄する。お前たち、今すぐ逃げろ!」
次に襲う威力を察知し、ユーリが撤退命令を出す。その直後、二度目の攻撃が城壁を襲う。
「駄目だ、持たねえ!」
城壁が破壊される。機兵が要塞内へ突入し、続いて堀に溢れる水が浸入を始める。
要塞を守るはずの水は、逆に自らを脅かす牙となってスペルビアの兵をのみ込む。
「ゼムまで撤退だ。体勢を立て直す!」
城壁が崩れていく。逃げ遅れた兵たちと共に水の中へと落ちていく。
そして、破壊され尽くして、静まり返った要塞の中で機兵は動きを止めた。
「エルヴィン……っ!」
部下の誰もが声をかけられないでいた。
血が出るほどに歯を食いしばるユーリの心情は察して余りある。
多数の兵も、拠点も一日で失ったスペルビアの大敗だった。
◆ ◆ ◆
「機兵だと!?」
その報告を聞いたセリアとエルネストは耳を疑わずにはいられなかった。ウェンルー要塞の一日足らずの陥落。防衛軍の壊滅。ユーリの生存がせめてもの救いと言えた。
「馬鹿な……ただでさえ戦力差があるのに、この上機兵まで蘇ったとすれば本当に勝ち目がなくなるぞ」
機兵は太古の技術によって作られた兵器だった。かつてこの兵器を開発した国は世界を握らんと世界中に侵攻し、世界を恐怖に陥れた。世界各国は連合してこの国を滅ぼしたが、その代償として世界は炎に包まれ、世界人口の大半が失われた。
「災厄の巨人」と言われた機兵は、今は昔話として二度と過ちを繰り返さないために戒めとして言い伝えられていた。だけど既にそれらは太古の戦争で全てが破壊されたと伝えられていた。
「それで、その後は?」
「機兵は要塞を破壊し尽くした後に停止。現在フォボス軍は再起動のため紅晶石を輸送しているとのことです」
言い伝えにあるとおり、魔力を動力源にしている以上、魔力切れで動けなくなったのだろう。
恐らくはフォボスで多く産出される紅晶石が動力源に用いられているはずだとセリアもエルネストも同じ見解だった。
「使い捨ての紅晶石では、長時間の運用ができないということか」
「エルネスト。それでは、フォボスがスペルビアを攻撃する理由は……」
エルネストがハッとする。異世界の武器、機兵。いずれも強力な戦力だがフォボスの唯一と言える弱点が、それらを長時間運用できないということだ。それは、彼らが戦争を優位に進めている理由である紅晶石にある。
紅晶石は魔力を一気に開放する代わりに莫大な力を生み出す特性を。蒼星石は溜め込んだ膨大な魔力を持続的に放出する特性を持っている。
だがスペルビアと反対で、フォボスでは蒼煌石の産出量が極端に少ない。紅晶石では一つの戦場で勢いに勝ることはできても、その勢いを維持したまま侵攻することができないのだ。
恐らく、機兵を動かすのに本当に必要なのは蒼煌石。それを手に入れられてしまえば本当にフォボスの戦力を止めることはできなくなる。
「ですがセリア様、機兵が再起動すればこの国の軍備では止める術がありません」
「……はい」
セリアは目を伏せる。スペルビアは平和を愛して来た国、豊かな資源と周辺国家との長きに渡る友好関係。だからこそ武器の開発は後回しにされてきた。機兵というかつて世界を滅ぼした原因ともいえる存在を倒すだけの力は備えられていない。
「――いや、手はある」
沈んでいたセリアたちに声がかかり、二人は振り返る。かつてほどの強さはないが、暖かく優しさに満ちた声だった。
「お父様!?」
「国王陛下!?」
杖で体を支えながら現れたのはセリアの父――この国の王だった。
「お父様、そのようなお体でご無理をなさらないでください!」
「……禁断の兵器が蘇ったとなれば、寝ているわけにはいかん」
おぼつかない足取りで国王は机に広がる地図へと歩みを進める。
そして、震える手である場所を指す。そこはユーリたちが逃げ込んだゼムから東へと向かった場所にある「禁断の地」と呼ばれる地だった。
そこは王家の所有地で一般人の立ち入りは禁じられている場所だ。
「……ここに……守護の巨人が封印されていると、言い伝えられている」
「守護の……巨人?」
「巨人ということは、ここに機兵があるということでしょうか、陛下?」
エルネストの言葉に国王は首を振る。
「わからん……我が王家は代々王位に就いた者にのみ伝えられる伝承がある。それは『世界に災厄が蘇りし時、守護の巨人駆りて世界を守れ』というものだ。だが、その真偽を確かめた者はおらんのだ」
「災厄」が意味するものが「災厄の巨人」と呼ばれていた機兵のことだということはセリアも想像ができた。
だが、「守護の巨人」と言う言葉は聞いたことが無かった。
「恐らくは、かつての戦争を生き残ったご先祖様がこのような時のために残した遺産だろう。セリア、エルネスト。王命である。守護の巨人の封印を解け」
「は、はい!」
「承知しました!」
「うむ……頼りに…して……ごほっ、うぐっ……がはっ!」
「お父様!?」
「陛下! おい、誰か!」
王の抑える口元から血が滴り落ちていた。すぐさまエルネストが人を呼び、運ばれていく。
セリアは胸元をぎゅっと握りしめる。目指すは禁断の地。そこに、最後の希望がある。病を押してこの重大な情報を授けてくれた、父親のその思いに応えたいと思いを巡らせる。
だが、この絶望と希望が入り混じる状況で押し寄せる、言いようのない不安でセリアは胸が押し潰されそうだった。
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