第06話 禁断-Forbidden-

「ふわぁ……眠い」


 英雄はすし詰め状態の馬車の中で大あくびをしていた。

 朝早くに叩き起こされ、あわただしく荷物を詰め込み、そのまま出発。一体何事かと聞きたかったが、そもそも言葉が通じないので流されるままに動くだけだ。


「痛っ!?」


 舗装されていない道を進んでいるお陰で馬車が揺れた。舗装のされていない道を進むので何度も石に乗り上げる。いい加減尻が痛かった。


「はあ……」


 流れていく景色をぼんやりと眺めながら、思考を巡らせる。思うことはこの世界の不思議さだ。

 中世の技術レベルかと思えば掃除機をはじめとした現代の道具が見つかる。そして、それらを動かすために用いるものは電気ではなく、念じるだけで何やら力を放つ蒼い石だ。

 この世界のエネルギーはあの石で賄っていることは、その後の人々の動きから理解できた。穴を掘る、土砂を運ぶために用いる器具の中にも、中世の人々が使うには少々ミスマッチな代物が見受けられる。

 電力とは違うこのエネルギーの正体は分からないが、石油のような化石燃料よりもよっぽどクリーンなものだと英雄は感じた。


「……お?」


 太陽が真上に来た頃、深い森の中で馬車が止まった。

 バーナードが警備をしている兵士たちと話をして、道が開く。また少し進むと、開けた場所へと出た。


「うわ、何だこれ」


 その先にあったのは広大な藪だった。さすがにこれ以上進めないので馬車が停まったらしい。

 長い間放置され、手入れもされていなかったと思われる場所は自分の足すら見えないほどに生い茂った草で行く手を阻む。

 そして、その空間の中心。茂みの先には木が何本も絡み合ってできた大樹が生えていた。英雄には、自分の世界で言えばマングローブが大木になっているような印象を受けた。


「……あれ、セリア?」


 兵士たちに警護されて、セリアが現場に来ていたのが見えた。

 他にもエルネスト、そしてユーリの姿も見えた。


「ヒデオ!」


 こちらに気づき、セリアが手を振る。

 英雄も手を振る。しかし、すぐにエルネストがたしなめ、英雄のことも睨みつける。


「……これくらい、いいじゃないか」


 先日からセリアと同年代の者を見ることはほとんどない。

 伊織に似ていることもあり、少しばかり親近感を覚えていた英雄はエルネストの視線から逃げるように別の方向を向いた。


「ヒデオ!」


 バーナードが英雄を呼んだ。他の作業員たちも馬車から道具を下ろし始め、周辺の調査で何かが埋まっていないか確認していた。

 その様子から、英雄はどうやらここが今日の作業場だということを察した。


「さて……今日も頑張るか」


 昨日、遺跡から発見された道具を取り出して英雄も作業に向かう。

 彼が手に取ったものは、埋まっている物を探すならこれほど適任なものは無い。

 テレビで見て、知識だけはあったそれを使うことに、英雄は少しワクワクしていた。



 ◆     ◆     ◆



「……ここが、禁断の地」


 緑に満ちた、その圧倒的な美しさにセリアは見惚れてしまう。


「姫、作業員たちに調査を命じました。」

「ええ、でもこの地のどこにあるのでしょう……」


 王家の人間でも足を踏み入れたことのある者がほとんどいないというこの地に「守護の巨人」は眠っているのだという。

 書物として残さず、口伝のみで伝えられてきたその情報は詳しい場所までは示していなかったのだ。


「あら、ヒデオさんだわ」


 作業員の中に、例の異世界から呼び寄せた少年の姿があった。

 目が合ったので笑顔で手を振ってみると、英雄も振り返してくれた。


「セリア様。立場をわきまえてください」

「あ、ごめんなさい。つい……」


 エルネストがたしなめる。

 だが、彼にもその気持ちはわからなくない。セリアはまだ十五歳。国を背負うにはあまりにも若い。本来ならばまだ遊びたい気持ちも残っているはず。それらを全て封じて有事の中で気を張り続けるのも難しいと言うものだ。

 とはいえ、立場のある者の気の緩みは伝播する。エルネストも気を引き締めるためにセリアに自重を促すしかない。


「ヒデオさんも呼んでいたんですね、エルネスト」

「ええ。発掘した物の使い方を知っているかもしれませんので、一応」

「あの坊主、先日は遺跡から見つけたものをあっさり組み立てたって聞いたぜ?」

「戦いには使えん物ばかりだったがな」


 そう言って、エルネストはタバコに火をつける。ユーリはセリアの周りに気を配りながら作業員たちが散っていく様子を眺めていた。


「しかしよお……エルネスト。この草だらけの場所でどうやって例のブツを見つけるって言うんだ?」

「……私も今、考えているところだ」


 見渡す限り、見えるのは深く生い茂った藪。

 草をかき分けて作業員たちは足下を探っているが、やはり作業は捗っていない。


「誰も踏み込めない土地とはよく言ったもんだ。こりゃ、発掘よりも草刈りが先だな」

「時間が惜しい。面倒だが兵たちにも手伝わせて――」


 そう、エルネストが指示を出そうとしたその時だった。


「な、なんだ!?」


 聞いたこともない甲高い音が、茂みの中心から鳴り響いていた。

 見れば、黒い服を着た少年が音を発する妙な形の機械を手に狼狽えていた。


「あの坊主か。何しやがった!」


 ユーリが剣で草を薙ぎ払いながら英雄の下へ向かう。

 その後をセリアとエルネストも追った。


 そこでは、手にした機械――金属探知機――が鳴り続ける中、英雄はその音の止め方がわからずパニックになっていた。


「貸せ」


 エルネストがその手から機械を取り上げ、内部で光と熱を発する蒼煌石を排出させると、ようやく機械は稼働をやめ、音も収まった。


「まったく、何だこれは?」


 英雄に問うが、彼の言葉では何を伝えようとしているのかがわからない。ただ、集まってきた人々へ必死に身振り手振りで下を指してアピールしているのはわかった。


「もしかして、何かを見つけたのではないかしら?」

「この下に? ですが、見たところ何かがあるようには思えないのですが……」


 草をかき分けるが、他の場所と大して違いは見えない。だが、未知の機器を使って反応を示した英雄の様子も気になることは事実だった。

 エルネストはしばらく考えた後、懐から小さな紅晶石を取り出す。


「みんな、下がっていろ。少々手荒になる」


 石に念を注ぎ込む。イメージするのは草を焼き、土を深く抉る威力。

 セリアらが安全な距離に離れたのを確認し、エルネストは反応のあった場所へ石を投げ入れる。


 ――轟音と閃光。その後に熱と風が飛んだ。

 生い茂った草を焼き払い、その場所に大きく穴を開ける。


「……これは、地下か?」


 爆風が収まり、土の中から現れたのは金属製の扉だった。開けてみると、下に向けて階段が続いている。


「ハハッ、お手柄じゃねえか坊主!」


 英雄の背中をバンバンと叩き、ユーリが褒め称える。彼は初めて見る紅晶石による爆発を前に腰を抜かして唖然としていた。


「よし、俺が先頭で中に入るぞ。念のため、そこの少年も連れて行こうぜ」

「ガハハハッ! ヒデオの奴、腰を抜かしてるな。俺が引っ張っていきましょう」

「頼んだぞバーナード。ではセリア様。我々も参りましょう」


 ユーリが蒼い石を取り出し、光を放たせると吊り下げた透明な入れ物に投げ込む。

 簡易なランプで暗い地下道を照らし、その先の安全を確認しながら歩き始めた。護衛の兵士、セリア、エルネストと続き、その後ろに英雄とバーナードが続く。


「ここは、いったい?」

「禁断の地と呼ばれ、何人も立ち入ることを許されなかった地。地中に埋められていた入口。ここまで厳重な扱いがされるとなれば、まともな代物があるとは思えません」

「それじゃあ、この先に守護の巨人が?」

「あるいは、ひと所で集中的に管理すべきもの。つまり――」


 先頭を行くユーリが何かを見つける。明かりで広い空間を照らし、エルネストの言わんとすることを引き継いで言った。


「――武器庫でしょうな」


 ユーリが思わず口元を緩める。そこに広がっていたのは無数の武器が並ぶ棚。大砲などの火器類。いずれも彼らの持つ文化とは違う意匠が施されており、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「こいつはすげえ、太古の武器の展覧会だぜ!」


 部屋も一つではなく、まだ奥にもあった。思った以上に大量の兵器が収められた場所のようだ。

 エルネストがそばにある兵器に目を通す。長い年月が経過して埃を被っていたが、どれも年月を感じさせないほど綺麗で完全な形で残っていた。


「詳しくは持ち帰ってから調べてみる必要はあるが、いずれも蒼煌石で動かせる機構のようだな」

「おいおい、フォボスの奴らが使っていた装備に似たものまであるぞ。これだけあれば十分やっていけるかもしれねえ」

「ああ、早々に運び出して王都で使い方を確かめた後に前線へ……」


 その時、歓喜に沸くエルネストたちの声を遮るように轟音が響いた。


「た、大変です。皆様!」


 一行の後方から、血相を変えた兵が部屋に飛び込んでくる。外の警備に残した兵士だった。


「襲撃です。フォボスの兵がこの地に!」

「何だと。どこから湧いて出やがった!?」

「そ、それが……」


 兵士は、信じられない物を見たといった顔でそれを告げた。


「見たこともない乗り物を使って、空から!」

「空からだと!?」


 何も遮るもののない遥か上空。禁断の地の上を一機の輸送機――誰も知る由もないが、それは英雄の世界の輸送機「C2A」、通称「ヘルハウンド」と呼称される機体だった――が飛んでいた。

 後方の貨物室が開き、そこから現代兵器を装備したフォボスの兵士が落下傘を使って降下する。

 不意を突かれたスペルビアの兵士は機関銃で撃ち殺され、寡兵にもかかわらず地上はあっという間に制圧されてしまったのだという。


「馬鹿な、この場所は深い森の中だ。正確にこの場所を襲撃できるなど信じられん!」

「――それが、そうでもないんですわ。大臣様」


 不意に、何かが破裂するような音が響いた。


「ぐっ!?」

「エルネスト!?」


 セリアの悲鳴の中、エルネストが右肩を抑えてうずくまる。白い衣服が紅く滲み、染まっていく。


「ちっ、外したか。慣れてねえから上手く当たらねえな」

「バーナード……貴様」


 バーナードがエルネストを見下ろす。その手には、拳銃が握られていた。ユーリがセリアの前に立ち、バーナードを睨みつける。


「てめえ……その武器は、まさか!」

「ええ。俺はフォボスの人間ですよ、ユーリ将軍」

「……外の敵兵も、貴様の手引きか」


 ニヤリと笑い、ポケットから四角い機械を取り出す。そこから電波が飛び、外の兵たちの持つ受信機に居場所を伝えていた。


「この機械が俺たちの居場所を仲間に教えてくれましてね。俺はあんたらに付いて行けばそれでいいのさ」

「……狙いは何だ?」

「この国に眠る、アーティファクトの調査。あわよくばその強奪ってとこです。まさかこんなにあるとは思っていませんでしたけどね」


 勝ち誇ったようにバーナードは嗤う。気のいい屈強な作業員の仮面を脱ぎ捨て、本来の姿に戻った彼は、冷たい目でセリア達を見ていた。


「異世界の技術と太古の技術の両方を手中にすればフォボスは盤石となる。そして……」


 その銃口がセリアに向けられる。


「セリア王女。ここであんたが死ねばこの戦争は終りだ」

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