第07話 約束-Guardian-

 英雄は、目の目で起きている状況に理解がついて来ていなかった。

 外から響く轟音。突然あわただしくなった一行。突然銃を抜き、発砲したバーナード。撃たれたエルネスト。

 異世界に迷い込んでしまったという非日常の中で、さらなる異常な光景を目の当たりにし、言葉を失うしかなかった。


「なんだよ、これ……」


 何が起きているのかを知りたい。だが、言葉がわからない。ただコミュニケーションをとるだけならば身振り手振りでもある程度は通じた。だが、言葉が通じない自分に対して気さくに付き合ってくれた比較的付き合いの長いバーナードと、それが狙うこの世界に自分を呼び寄せたセリアたち。

 いったい誰が悪なのか。この国がどのような状況に置かれているのか。どのような事情で自分が呼ばれたのか。連れて来られたこの場所は何なのか。わからないことが次から次へと積み重なる。

 自分に何が求められているのかもわからない。何をすればいいのかわからない。そんな状況で英雄は選択を強いられていた。


 即ち、どちらにつけば自分に生存の目があるか。元の世界への帰還を望む英雄には、それが最大の判断基準と言えた。

 生存率を上げるのであれば、状況的に有利なバーナードの味方をするべきかもしれない。恐らく、先日の発掘された品物を使いこなした自分の功績からも殺されない可能性がわずかながらある。


「……でも」


 わかってはいる。だけど、英雄の心がそれを許さない。ここでセリアを見捨てれば生き残ることができるかもしれない。だがその場合、彼にとって絶対に見たくない光景がそこに生み出されてしまう。


「……っ!」


 イメージするだけで最悪の気分になる。セリアが撃ち殺される光景。それは、彼女に瓜二つの幼馴染、伊織が殺される光景に重なってしまう。


 ――強くなって、誰かを守れるようになるって約束。


 桜の舞う日、彼女とした約束が蘇る。ずっと弱かった自分が、奮起するきっかけとなった、たった一言。

 ここで保身に走ることを誰も非難はしない。だけど――。


 ――嘘ついたら針千本のーます。


「約束したんだ……」


 彼女が一緒にいれば、忘れていたかもしれない。そんなちょっとした会話。それが、伊織を失ったことで英雄の心に深く刻まれていた。


「約束したんだ……あいつと」


 その凶弾からセリアを守るため、エルネストたちが立ちはだかり壁を作る。

 バーナードがリボルバーの撃鉄を起こした――その音が、英雄の最後の迷いを消した。


「約束したんだ!」


 二度と伊織を失いたくない。たとえ、それが瓜二つの、赤の他人であっても。そう思ったとき、恐怖ですくんで動かなかったはずの脚が、自然と動き出していた。


「うわああああ!」


 後も先も何も考えていなかった。ただ、セリアを死なせたくない。誰かを守りたい。それだけの思いでバーナードの手に掴みかかっていた。


「ヒデオ!?」


 恐怖に竦んでいる子供だからと侮っていたバーナードは意表を突かれてしまう。そして偶然にも掴みかかった英雄の指が撃鉄の間に挟まり、弾の発射は封じられていた。


「ガアアッ!」


 無理やり引きはがし、バーナードが英雄を床に叩きつける。その衝撃で指が拳銃から抜けてしまった。


「しまった!」


 飛んだ拳銃を拾おうとバーナードが走る。だが、彼は知らなかった。彼の持っていたタイプの拳銃――シングルアクション――の機構を。


「ウギャアアアア!?」


 彼の持っていた拳銃は撃鉄がいわば安全装置。だが、それが引かれると引き金はそれほど強い力を使わなくても引かれてしまう。

 その結果、床に落ちた衝撃で引き金が動く――即ち暴発だ。

 狙いが付けられていない拳銃から放たれた弾丸は至近距離にいたバーナードに命中する。弾丸が膝を貫通し、バーナードが悶絶する。その決定的な隙をエルネストが見逃すはずがなかった。


「ユーリ!」

「Eiyok!」


 ユーリが剣を構え、バーナードに迫る。だが、彼もむざむざやられるつもりはない。懐から紅い石を取り出すと強く念じる。


「うわっ!?」


 石が砕けた途端、放出された魔力が煙に形を変えて室内に放たれる。このままでは真っ白に染まる部屋の中で英雄は自分の位置を見失ってしまう。


「わっ!?」


 襟首を引っ張られ、英雄は後方へ投げ飛ばされる。床に叩きつけられた痛みを堪えてその行動の主を見ると、それはエルネストだった。


「Yor necsa」

「あ、ああ……」


 どうやら感謝をしていることだけは何となく伝わった。続いてエルネストは部屋の奥の方へ行くように顎で示す。


「ああ、くそ。わかったよ!」


 命令されているのが気に食わなかったが、今が生き残る最大のチャンスだった。英雄は自分が成した行動に驚きながらも走り出す。


「ほら、セリアも!」


 銃声でへたり込んでいたセリアに手を伸ばす。危険が過ぎ去っているとは思えないこの場所に彼女を置いておくことはできなかった。

 強引に引っ張り上げて立たせると、手を引き走り出す。通路の奥に何があるかわからなかったが、とにかく今は逃げることで頭がいっぱいだった。



 ◆      ◆      ◆



「くっ……ユーリ、無事か!」


 白煙で視界が塗り潰されている中、エルネストはユーリに向けて叫ぶ。


「ああ、だがスマン。奴に逃げられた!」


 健在を告げる声が返ってきたことに、エルネストは安堵する。しばらくすると煙も収まり、皆の姿も見えるようになった。


「おい、セリア様はどうした?」

「あの子供が手を引いて行った。フン、一人前に女を守ろうとする気概はあるらしい」

「悠長なことを言ってる場合か。得体の知れねえ奴と一緒なんだぞ」

「問題ない。さっきの行動で判断した。奴はフォボスの人間ではない」

「だが、任せっきりってわけにもいかんだろ。追うぞ」


 手に持てるだけの武器を取り、エルネストたちも先行した英雄とセリアを追う。一時的に脅威は去ったとはいえ、まだこの状況を乗り切るために問題は山積みだ。


「まず、ここからどう逃げる。外は敵兵でいっぱいって話だぜ?」

「とにかく、奥に行くぞ。太古の技術ロストテクノロジーを使えば何か手があるかもしれん――」


 そう言ったところで、二人は突然走った振動に思わずよろめいた。

 耳を澄ませてみると、地上から断続的に爆発する音が聞こえる。そのたびに彼らのいる場所が震え、揺れる。


「なんだ。爆発か?」

「だが、先程の規模よりも大きい。地上の草むらを焼き払うなんて程度ではないぞ」


 爆発音は徐々にその大きさを増す。次第に彼らのいる場所に迫ってくるかのように。


「……外の制圧が目的ではなく、むしろここへ攻撃を加えているような感じだな」

「おいおい。まさか奴ら、ここを破壊するつもりか!」


 手傷を負ったバーナードは撤退して地上に出た際、仲間にこう告げていた。


 ――セリア王女を地下の施設ごと埋めてしまえと。


「こりゃいけねえ。すぐにセリア様を追いかけるぞ!」

「言われるまでもない!」



 ◆      ◆      ◆



「何だ!?」


 突如始まった振動に、英雄は動揺していた。そもそも爆発の音など日常の中で聞いたことのない音だ。平和な国で育った彼がわからないのも無理はない。

 だが、幸か不幸か彼自身は数か月前に行った修学旅行の事前学習で見たビデオで聞いた音に近いと感じていた。


「……爆撃?」


 自分で口にして寒気が走った。もしも、ここが狙われていたとすれば留まっていれば崩落の危険が出て来る。


「セリア、急ごう!」


 不安な表情を浮かべるセリア。命を狙われ、拠り所のないこの状況で彼女が感じる恐怖はどれほどのものか。


「大丈夫。必ず守るから」


 精一杯の笑顔で語り掛ける。これが伊織を守れなかった代償行為であることは彼自身自覚している。だが、ここで彼女を守り切れなかったら、その時こそ彼の心が本当に折れてしまう。だからこそ、彼はセリアを守ることが唯一自分を保てることであると無意識に感じていた。


「Ersy」


 セリアも、わずかに微笑みを返す。この世界に来て覚えた数少ない語彙。それが好意的なものであることに英雄も心が安らぐのを感じた。


「何なんだ、ここは……?」


 徐々に通路が近代的な様相を呈して来る。現代的、そして近未来的へ。時代の流れを肌で感じるかの如く、先へ進むごとにその技術の進歩を感じる。

 英雄がこの世界に来てから抱いた違和感。文化レベルに見合わぬ技術レベル。そして――その結集が、その先で彼らを出迎えた。


「……何だこれ」


 開けた空間に出た時、彼らの前に現れたのは。人の形をした巨大な機械。


「巨大……ロボット?」


 アニメや漫画でしか見ることのない、そんなSFの世界の代物がそこに静かに佇んでいた。

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