第08話 巨人-Sealed-

 中世の世界に不似合いな異端の存在。その存在感に英雄は圧倒されていた。

 SFの存在でしかなかった巨大ロボット。目測だけだが、その高さは卒業したばかりの四階建ての中学校の校舎に相当する。それを目の当たりにした衝撃は計り知れないものがあった。


「こんなものがあるなんて……わっ!?」


 だが、その雰囲気に浸る余裕は許されていなかった。

 地下を揺るがす大爆発。それは英雄たちのいる空間へと魔の手を伸ばしていたのだ。呆然としていた英雄は揺れに思わずたたらを踏んでしまい、頭上への注意が散漫になっていた。


「ヒデオ!」

「え――?」


 セリアの叫びが聞こえた直後、英雄は後ろから突き飛ばされる。振り向いた彼の目に飛び込んできたのは頭上から降り注ぐ瓦礫と、それに向けて紅い石を構えるセリアの姿。


「セリア!」

「Unnr aiyaw!」


 セリアが強く念じる。石が砕けると同時に瓦礫に向けて魔力の塊が炸裂する。


「わっ!?」


 目の前が真っ白になる。英雄の視界が塗り潰され、あまりにも大きな音で他に何も聞こえない。自分が後頭部を打ち付けた激痛で、ようやく彼は吹き飛ばされていたことに気付いた。


「痛つつ……何だ今の」

「……ウ」

「セリア!?」


 体を起こした英雄のそばには、同様に吹き飛ばされていたセリアが横たわっていた。だが、彼よりも至近距離で爆風を受けた彼女のダメージはより深かった。


「ヒデオ……Eiyok yor rela?」


 セリアが弱弱しく言葉を漏らした。その言葉がわかったわけではない。でも、今だけはその意味を感じ取れた。「大丈夫?」以外にあるだろうか。


「……Aiselp vilie」

「セリア、おいセリア!」


 最後の力を使い切ったのか、その言葉を告げてセリアは気を失う。「逃げて」なのか、「生きて」なのか。彼女が言った言葉は分からない。だが最後まで彼の身を案じていたのは確かだった。


 ――だいじょーぶ! 私がまた助けてあげるから。


「何、やってるんだ……俺」


 伊織の言葉が英雄の心を強く抉ってくる。結局自分は三年前から何も変わっていなかったことを自覚し、悔しさと憤りが全身を震わせていた。


「……何が絶対に守るだ。俺、守られてばかりじゃないか」


 至近距離であれだけの力を用いればどうなるか、使い手の彼女が知らないはずがない。だが、彼女はそれを躊躇なく行使した。誰かを守ろうとする姿。自分が傷ついても誰かのことを気にかける姿。それがあまりに見覚えのある誰かを思い出させてしまう。


「何だ……!?」


 天井がこじ開けられ、地下に差し込む光がより強くなる。もちろん自然にそのようなことが起きるわけがない。その端に見えるのは巨大な金属の手――。


「ロボット!?」


 地上から覗き込んでいたのは無機質な紅の瞳。英雄とセリアの姿を認め、それはひと際強く輝いた。


「あ……あ……」


 恐怖で声が出ない。あんなものに襲われたらひとたまりもない。自分の身に降りかかった恐怖に対し、本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。


「……嫌だ」


 それでも彼は抗う。恐らく狙いはセリアだ。英雄は眼中にもない。逃げれば間違いなく生き延びられる。


「嫌だ!」


 意識のないセリアを抱えて立ち上がる。どこまでできるかわからない。それでも、彼はもう決めていたから。


「好きな人に……胸を張れる自分でいるって」


 こんなことをしても、彼女が戻ってくるわけではない。だけど、それでも。


 ――でも、私は知ってるよ。ヒデ君、その気になったら誰にも負けないもん。


「ああ、そうだよ。俺はやればできるんだ!」


 彼女が好きと言ってくれた自分を曲げることだけはしたくなかった。それが、自分と伊織を繋ぐ唯一残されたものだったから。

 天井を両手で機兵がこじ開ける。迫りくる恐怖に足がすくみそうになるが英雄はセリアを連れて向かう。その先はもう一つの機兵――彼らの前にある巨大ロボットだった。


「あれさえ動かせれば何とかなるかもしれない!」


 片膝をついた体勢のロボットの前に立つ。その中に乗り込む場所を探す。


「どこだ……どこにあるんだ?」


 耳障りな音は頭上から大きさを増していく。まもなくそれがこの場所へ降りて来る。はやる気持ちを抑えて、英雄は冷静に観察する。


「……あれ?」


 地に着いたロボットの手の甲に、見覚えのある光るものを見つける。それが、この世界に来てから何度も見た蒼い石だった。


「……まさか」


 記憶を呼び起こす。石を使った者は皆、これを手に取って念じていた。だが、お湯を沸かすのも、機械を動かすのも、暖を取るのにもこれを使っていた。掘り起こされた機械も、これを差し込んでいた。全部同じように電力の代わりをするとしても用途も、役割も違いすぎる。


「操縦席……開け!」


 だから、もしかしたら念じた時にその使い道を指定しているのかもしれないと考えた英雄はそれを実行してみる。


「わっ!?」


 蒼い石から光が発せられる。左手の甲から始まったその光はラインを通じて腕、肩、胸へと延びる。そして、胸の装甲板を光のラインが取り囲むと、「ガコン」とロックが外れたような音がする。英雄が見上げる中、それは開いて行く。


「開いた!」


 そしてロボットは地についていた掌をゆっくりと返し始める。まるで英雄とセリアを招き入れるかのように。


「……乗れってことか?」


 その上に乗る。ゆっくりと腕が動いて二人を胸の操縦席と思われる場所へと運んでいく。


「凄い……」


 どういう原理なのかわからない。だが、セリアを抱えて英雄はいよいよ内部へと乗り移る。

 するとハッチが自動的に閉まり、再びガチャリとロックされる音がした。

 意外にも内部は広く、二人程度なら余裕を持っていることができそうだ。薄暗くはあるが、蒼い明りが灯っているので見えなくはない。


「あとはこいつを動かして……あれ?」


 周りを見渡して英雄は気づく。恐らくは操縦席なのだろうが、あまりにも強い違和感があった。


「レバーも、ペダルも、スイッチも……というか、コンピュータも、コンソールもない」


 あるのは、部屋の中央に置かれた台座と、その上に乗せられている球体。巨大ロボットの操縦席にしてはあまりにも簡素な作りだった。


「まさか、さっきと同じように念じるのか?」


 そう考えた英雄は、球体に手を置いて念じる。さっきと同じように「動け」と。


「……あれ?」


 だが、操縦は別の方法が必要なのか今度は動かない。


「頼むよ。動けよ!」


「起動しろ」「立ち上がれ」「目覚めろ」……考えうる起動の命令を送り込むが球体はまるで反応を示さない。そうこうしているうちに、機体の外側で鈍重なものが降り立つ音がした。


「来た……!?」


 それが、遂に機兵が目の前までたどり着いたことを英雄は察知する。恐らく英雄たちがこの中に乗り込んだところは見ていたはずだ。とすれば、次に予測できるのは――。


「うわっ!?」


 突然、ロボットが揺れる。英雄はバランスを崩して尻もちをつく。


「やっぱり、攻撃されてる!」


 必死に台座にすがって英雄はがむしゃらに願う。訳のわからない世界に放り込まれて、何もわからないまま死にたくない。


「……絶対に帰るんだ。自分の世界に」


 父、母……中学の卒業を喜んでくれた親戚の顔が浮かぶ。卒業式の日に行方をくらませた自分を今頃心配しているだろう。絶対に、無事に帰らなくてはならない。


「それに……あいつと約束したんだから。強くなるって!」


 もう一度、伊織に会いたい。そして今度は自分が伊織を守る。もうどこへも行かないように。そばで横たわるセリアを死なせるわけにはいかない。そのためには今、この機体が最後の希望なのだ。


「……だから頼むよ……動いてくれ。セリアを――」


 英雄は知らなかった。「守護の巨人」というこの機体の呼び名を。だがそれは偶然か、必然か。いずれにしろ彼の願いは届くことになる。


「――!」


 という思いによって。


《起動コード認証。第一封印解除により、起動します》


「……え?」


 突如鳴り渡った電子音声に、英雄は思わず天井を見上げる。命が吹き込まれたかのように彼のいる空間にゆっくりと光が満ち始める。


「動いた!?」


 周囲から機械が駆動する音が聞こえる。無機質な人型の機械の塊だったそれに熱が宿っていく。


《言語パターン、解析完了。以降のガイドは当該の言語に準じます》


「……って、日本語!?」


 起動したことに気を取られていたが、よく考えると流れている音声に聞き覚えがあることに気づく。この世界に来て初めて聞く日本語だった。


《なお、これまでの言語データから複数の言語パターンが混在している可能性が認められるため、今後も調整の必要を認めます》


 石が光を放つ。台座を通じ、床に延びたラインに蒼い光が通っていく。光の線は結びつき、見たこともない文字が浮かび上がって複雑な紋様を足元に展開していく。アニメや漫画で見た魔法陣によく似ている。


《状況解析――機体外部に敵性反応一体。機体上方に更なる反応あり。危機的状況からの回避の必要を認めます》


 目の前の台座が再び強い光を放つ。そして、電子音声が告げる。


《全方位モニタ、起動します》


 その直後、部屋の壁面が真っ白になり、次の瞬間には外の光景が映し出される。


「うわあっ!?」


 全方向のモニターが点灯した直後、いきなり飛び込んできたのは敵の機兵の至近距離からの映像。それが拳を固め、こちらへと振り下ろしてくる。

 目の前で拳は止まるが、その直後に機体が衝撃と共に揺れ、視界が反転する。


「セリア!」


 機体が倒れ、セリアが壁に叩きつけられそうなのを慌てて抱き留めた。だが代わりに英雄が壁に叩きつけられる。


《機体胸部への衝撃を確認。この衝撃による機体稼働への影響――なし》

《以降の攻撃による損壊確率――二十回以内において四十四パーセント》

《三十回以上において七十八パーセント》

《四十回以上――九十八パーセント》


「マジかよ……持たないって言うのか?」


《想定される被害――敵性機体による断続的な加圧攻撃による損壊、圧壊。及び機体腕部の爪状の装備による切断、貫通を伴う攻撃による損壊》

《想定――パターン1、破壊、切断による機体の活動制限及び行動不能》

《パターン2、加圧による操縦者の圧砕》

《パターン3、機体胸部貫通による操縦者の損壊、肉体の散逸》


「ちょっと待て、冗談じゃないぞ!?」


 冷静な声で告げられたアナウンスに寒気が走る。圧砕、散逸……つまりは潰されるかバラバラになるかの違いだけだ。いずれにしても死の危険があることに変わりがない。


《状況打破のため、起動、並びに迎撃行動の必要あり》

《現在時間を確認――恒星位置、磁気測定、炭素年代測定――完了》

《論理的結論――経年による前操縦者の喪失ロストを認定。新たな操縦者の必要を認めます》

《検索――非登録者を機体内部に二名確認》

《意識状態――片方の覚醒を確認》

《身体データ解析――操縦に際しての障害は認められず。当該人物を操縦者に仮登録します》

《操縦者――固有名の音声入力を求めます》


 唐突に向けられた言葉に英雄は焦りつつも、答えを返す。


「あ、天野英雄……これでいいのか?」


《アマノヒデオ――音声パターン、登録完了》

《スキャン――生体データ登録完了》

《なお、解析により、搭乗者アマノヒデオは肉体年齢十五年、男性と判定》

《身体的、精神的に未成熟のため、操縦に際し適切な補助の必要性あり》


 また、台座の上の球体が輝く。今度は先ほどよりも光が強い。


《――操縦支援用疑似人格インターフェースを起動。以後の機体および操縦者の円滑な管制のため、全権限を委譲します》


 放たれた光の線が空中で絡まり、一つに集まっていく。徐々に人の姿を形作り、女の子の声と共に、それが姿を現す。


「――承認。全権限の委譲を確認。統制者として各プログラムを起動します」


 光が収まる。ふわりと広がる長く鮮やかな蒼い髪。白い服を翻した少女は目を開き、宙に浮いたまま英雄を見つめて口を開く。


「初めまして。アマノヒデオさん――私のマスター」


 そして、太陽の様に明るい笑顔を向けるのだった。

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