第27話 会談-Peace-

「和平の条件は一つ。スペルビアの降伏である」

「なっ!?」

「何だと!?」


 眉一つ動かさず言い放った言葉に、セリア達は驚きを隠せなかった。


「失礼ですが私は……いえ、スペルビア王国としては、これは和平会談であると心得ております」

「その通りである。戦を終わらせ、恒久なる平和を築くための会談だ。それに間違いはない」

「であれば、何故相手国に降伏を迫るのですか。和平会談とは国と国とが刃を引き、手と手を取り合い、新たな未来へと共に歩んで行くための……」

「笑止」


 セリアの主張は無情に遮られる。あくまでこの会談はコルネリウスが主導権を握ると言わんばかりの態度だ。


「手を取り合う? 己惚れるなスペルビア。国力が明らかに違う者同士がどうして肩を並べられる」

「お言葉ですが、我々スペルビアは決してフォボスに劣っているとは思えません。現にこれまでの戦いの中でそれは証明されていると思います」

「単に小競り合いの一つや二つで勝利したところで、我がフォボスがスペルビアの領内深くにまで進行している事実は揺るがぬ。貴様らの頼みの綱は所詮あの『守護の巨人』とやら一機のみ。しかもその操縦者は子供ではないか。我がフォボスの総力を挙げた攻撃をいつまで耐えられると言うつもりだ?」

「くっ……」


 アーティファクトにより、野戦では勝利し始めている。だが、全ての戦場にネクサスが向かうことはできない。機兵戦となればどうしても数多くの機兵を抱えるフォボスに分がある。


「だが、世は寛大である。ここまで健闘した貴様らに温情を賜そう。滅亡ではなく、従属するに値する程度には貴様らの価値は上がったのだ。喜ぶがいい」

「……それが、和平交渉と言えるのか。フォボスの王よ」


 エルネストが憤る。交渉が難航するとは彼も予測していた。だがまさか、話し合う余地すらないというのは想像を超えていた。


「控えよ下郎。本来ならばスペルビアの王ですら余と比しても王族としての格が違うのだぞ。さらにその格下である王女との会談に応じるなど、貴様らには過ぎた栄誉なのだ」

「何だと――」

「エルネスト、控えなさい」

「……くっ」


 見ればコルネリウスの隣にいたエルヴィンが身構えていた。エルネストが不審な動きをすればその時点で取り押さえる。そう断言できた。


「彼の非礼は私が変わってお詫びいたしますコルネリウス王。ですが、彼の気持ちも私にはわかるのです。確かにこれは一方的すぎる、交渉とすら言えないものです」

「ほう、では貴様らの条件も呑めと?」


 セリアは頷く。その瞳には一切の揺らぎもない。


「面白い。申してみよ」

「全異世界人の帰還。並びに太古の技術ロストテクノロジー異世界の技術オーバーテクノロジー全ての封印です」

「ほう?」

「あの力は世界に不必要なものです。かつて、我々の先祖が一度世界を崩壊させた忌まわしき技術は封印すべきなのです」

「甘いな。あれ程の恩恵、むしろなぜこれまで用いなかったのか不思議でならん」


 セリアの言葉を鼻で笑う。コルネリウスはあくまで泰然として言葉を返す。


「技術は使う者によって毒にも薬にもなる。正しい使い方をできる者が管理統制すれば災厄など起きぬ」

「それが、貴方であると?」

「然り」

「そうでしょうか?」


 セリアは一歩も引かない。背を伸ばし、自身の三倍近い年齢の男に対して鋭い視線を向ける。


「フォボス王、コルネリウス。あなたは先程仰いました。この会談は恒久なる平和を築くためと。では、何故その手にした技術を以って戦いを始められたのですか?」

「……む?」


 コルネリウスの眉が動いた。この会談が始まって、初めて彼が見せる戸惑いだった。


「貴方ほどの才覚があれば、この技術を多くの人の幸福のために用い、フォボスを人類発展の先導者として行けたはず。にもかかわらず、貴方はそれを兵器に用いた。戦争を起こした。そして、禁断の兵器までも現代に蘇らせた……スペルビアは、貴方に技術を預けることは承服できません。故に、和平の条件としてこちらも付け加えさせていただきます」


 そして、セリアは言う。自分の後ろにいる数多の国民と、世界の人々の平和のために。


「コルネリウス=ヴォルクアウザーの退位。それが私、セリア=フランソワーズ=ユマンからの条件です」

「セリア様!?」


 それは、エルネストすら考えていなかった言葉だった。スペルビアの王女としてではなく、平和を願う者としての一言。


「これを呑んでいただけるのであれば、スペルビアは喜んで降伏を受け入れましょう」

「……その言葉がどんな意味を持っているか、わからぬわけではあるまい」

「民が求めるのは強国の自負ではありません。恒久なる平和と豊かな暮らしです。国と人々の繁栄のために努める者こそが人々が求める君主。決して力をわたくしし、民を苦しめる存在ではありません」

「いいだろう。貴様がそう説くのであれば、我が覇道を止めてみればいい」


 コルネリウスが席を立つ。


「これよりフォボスとスペルビアはどちらかが滅びるまでの戦いとなろう。全てはセリア王女、貴様の罪だ」

「いいえ。スペルビアは滅びません。我らに守護の巨人がある限り」

「ならば、貴様らの誇りスペルビアを、恐怖フォボスで彩るまでよ」


 背を向け、これ以上のセリアとの会話を打ち切る。もはや話すことはないということだった。


「エルヴィンよ、後は任せる」

「はっ!」


 去って行くコルネリウス。それと入れ替わるように槍を携えた兵たちが部屋になだれ込んでくる。


「これは!?」

「王の慈悲を受け入れぬのであれば、それは即ち我が国の敵ということ。ならばここで命を頂戴するのみだ」

「馬鹿な。和平の使者を殺すなど正気か貴様ら! 世界中の国々を敵に回す行為だぞ」

「ククク……誰がこの世界で我が国を止められるというのだ?」


 エルヴィンが部下から渡された剣を抜く。エルネストはセリアを守るべく彼女を背に、立ちはだかる。


「……これが、フォボスのやり方なのですね」

「そうだ。これから世界は陛下の名の下に統一される。そう、フォボスのやり方こそが正しいやり方なのだ」

「……これではっきりしました。フォボスが支配する世の中、それだけは絶対に作らせるわけにはいかないと」

「それが最期の言葉であったと、歴史書には記しておきましょう……覚悟っ!」


 エルヴィンが剣を振りかぶる。まずはその刃をエルネストへと向けた。


「ヒデオさん、来てください!」


 セリアが懐からスマートフォンを取り出す。昨晩コスモスが作成した特別製の端末だ。そのディスプレイには既に「通話」と表示されている。


「貴様、何をする気だ!」

「エルネスト、目を閉じて!」


 セリアが掲げたスマートフォンが強い光を放つ。このバッテリーには蒼煌石が使われているが、いざという時のために紅晶石も仕込んである。唐突な閃光に囲んでいた兵士たちは全員が視界を真っ白に塗りつぶされる。


「くっ、魔石を隠し持っていたか……すぐに追うんだ!」


 フォボス兵が無力化された隙にセリアとエルネストは部屋から飛び出す。外で待っていたセリアの護衛たちは既にフォボスの兵との戦いを始めていた。


「セリア様、お逃げ下さい!」

「皆さん、申し訳ありません!」


 兵たちが傷つきながら確保した退路にセリアとエルネストは走る。スマートフォンから聞こえる英雄とコスモスの声は、もうすぐ到着することを彼女に告げていた。窓の外を見ると白い機兵が砦に近づいて来ている。


「セリア様、ネクサスに乗り込んですぐに離脱を!」

「させるか!」


 物陰に潜んでいた兵士がセリアに手を伸ばす。


「――失礼ながら、そうはさせません」


 セリアの横を何者かが通り抜ける。彼女に延ばした手をつかみ、走る勢いのまま敵兵を引き倒して背中を踏みつける。


「クラリス!」

「我が主君は必ず守ります。それが侍女の務めです」


 ガーターに隠したナイフを引き抜き、倒した兵士の喉元を躊躇なく切り裂く。

 そして何事もなかったかのように返り血が付いた顔を前へ向け、セリアを追う敵兵の中へと飛び込んでいく。


「この場はお任せください。必ずや時間は稼ぎます」

「……ありがとう、クラリス」


 クラリスが兵士を押し留めている間にセリアとエルネストは砦の外へと走る。


「ええい、何をしている。敵は寡兵だぞ!」


 エルヴィンからも砦にネクサスが接近するのが見えた。このままセリアを逃してしまえば千載一遇のチャンスを逃すことになってしまう。そうなれば君主からの大目玉は避けられない。そして彼は決断した。


我が機兵イシュトヴァーンを出せ、私が出る!」

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