第26話 不安-Anxiety-
出立の朝。英雄はコスモスの手によって調整されたスマートフォンを伊織に手渡す。
「うわ……これ、私に使えるかな」
初めて触るスマートフォンに伊織は焦りを見せた。彼女は元々携帯型端末を持っていなかった上、小学生の時にこの世界に来たため、三年分の技術進化のブランクを味わっている。
「あんまりいじるなよ。バッテリー尽きるぞ」
「うん、あくまで連絡用だもんね。あと翻訳機能は使えるんだっけ?」
「ああ、コスモスからそう聞いてる」
そう言って伊織は制服の胸ポケットにスマートフォンを入れる。
「よし、ここなら簡単に落ちない」
「……気を付けてな」
「大丈夫。元いた場所に行くだけだから。それより……ヒデ君も早く来てね」
英雄を呼ぶ声が聞こえる。彼の出撃の時間も来ていた。名残を惜しんで二人の手が離れる。
「また後で」
「ああ、また後で!」
ネクサスに向かって走る英雄。その後ろ姿を見送り、伊織も歩き出す。英雄がネクサスに乗り込んだ時にはその姿はフォボスへ向かう人々の列の中に入って見えなくなっていた。
「……行こう、コスモス」
「了解。蒼煌機ネクサス。
英雄を乗せ、ネクサスが立ち上がる。白き守護の巨人がその姿を見せたことでスペルビアの人々からも声が上がる。中には神を崇めているかのように、ネクサスに向けて祈りをささげる者もいた。
「セリア王女は既に会談の場所へと出立しています。場所はフォボスとの国境に位置する砦、ユネロ。私たちもこれから全速力でそこへ向かいます。現時刻から算出した到着時間は……会談までには到着できますね」
ネクサスのモニタにスペルビア王国のマップが映し出される。そして、国境の一点が赤くマーキングされた。
「ネクサスは不測の事態に備え、ユネロのそばにある岩山にて待機。不測の事態が発生した場合、セリア王女と合流し、離脱することが今回の
「……不測の事態」
「マスター、どうかしましたか?」
「いや、伊織を助けた時のことを思い出して」
伊織の乗るヴィクトリアを押さえる際、力尽きかけた英雄を襲った謎の声。結果的にそれが彼の後押しになったものの、あの声の正体は謎のままだ。
「例の声についてですが、ある程度の予測なら立てられます。確証はありませんがお聞きになりますか?」
英雄は頷く。ネクサスのことでコスモスが「知らない」と言うのであれば、彼女すら把握していないものがこのネクサスにはあると言うことだ。だが、わずかでもあの正体に繋がる物を知ることができるのであれば。英雄はそんな思いだった。
「ネクサスの動力源が蒼煌石というのは既にご存知だと思います」
そして、コスモスは可能な限り英雄にわかりやすい言葉で説明を始める。
「蒼煌石、そしてフォボスが主に用いている紅晶石は人間の精神に反応し、蓄えた魔力を放つことができます」
「このネクサスも、俺が思念を注いでいるから動いている……だったっけ?」
「はい。かつての戦争で多くの技術が失われた中、数少ない莫大なエネルギーを放出できる鉱物、それが二色の魔石です。ですが、その実態は実はよくわかっていません」
スペルビア王国の街を出て森と荒野が広がる土地をネクサスは走る。これだけの質量のものをこれだけ力強く動かすエネルギーともなれば相当なものとなる。だが、それを賄うことのできる魔石。
「わかっていない?」
「魔石が発見されたのは、かつての大戦で文明が崩壊を始めた後のことなんです。その当時には即座にエネルギー変換できる魔石を兵器として実用化することしか世界の人々は考えていませんでした。そのため、細かい解析よりも、魔石の秘めた莫大なエネルギーを兵器転用するための研究が優先されました」
「……そんな正体の分からない物を使ったって言うのかよ」
「皆、自国の滅びだけは回避するために躍起になっていましたから……一分一秒が惜しかったんです。機兵にも魔石を動力源とするシステムが搭載され、稼働時間はこれまでよりも飛躍的に向上しました……そこからは長きに渡る泥沼の争いです。エネルギーの抽出にまつわるデータのみが何百年と受け継がれてきました。だから私も、自分のエネルギー源がいったいどんなものなのか、いまだによくわかっていないんです」
確かに、英雄が知っているエネルギーを考えてみれば巨大な施設が必要となるものが多い。それらをこの石ひとつで賄えるというのなら、夢のエネルギーと言える。
「……それで、コスモスの予測って?」
「魔石が人の精神エネルギーを注がれることによって、内部に蓄積する魔力を放出する。ということは、魔石の中には人の精神エネルギーが魔力と入れ替わり、蓄積されていることになるのではないかと思うんです」
「精神エネルギーが……?」
「この仮説が正しいとすれば、その精神エネルギーを注がれた魔石によって動かされていたこのネクサスは、これまでの操縦者の思いも、力に変えていたのではないかと推測されます。その結果、ネクサスの全身に操縦者の思いが行き渡っているのではないか。そう考えてしまうんです」
もちろん、魔力と精神エネルギーが入れ替わっているという仮説を証明することはできない。魔石は使い切れば魔力を失い、崩壊して砕け散る。しかし、魔石を動力炉にくべて全てをエネルギーに変換している機兵はどうなのか。
「……じゃあ、あの声って」
「ネクサス歴代搭乗者……その、残留思念ということが考えられます」
魔法という自分の世界にないものがまかり通る常識外の世界。しかし、このネクサスは科学の塊だ。残留思念などというオカルトめいたものが宿っているなどとあまりにミスマッチすぎる。
「残留思念がマスターに対し、コンタクトを取ったという事実は私としても気になることではあります。ですが、現時点ではそれ以上どのようなことが起きるか予測が立てられません」
「……
その問いに答える者はいない。コスモスもそれ以上の推測をするにはデータがあまりにも足りない。英雄は、その手が触れる蒼煌石の放つ光が、どこか不気味なものに感じられた。
二人の間に交わされる言葉が次第に消えていく中、ネクサスは目的の岩山へと到着の時が迫っていた。
そしてその頃、セリアも砦に到着し、あてがわれた部屋で会談の時を待っていた。
「セリア様、これより対峙するのはフォボスの王、コルネリウス=ヴォルクアウザー。一筋縄ではいかぬ相手です」
「わかっています。ですが、彼のみがこの戦争を終わらせることのできる人物でもあるのは事実」
スペルビアの重臣たちと共に考えた講和の条件、望むべき未来、そのためにセリアは立ち上がる。
「……参りましょう」
「ご武運を」
クラリスが首を垂れてセリアを送り出す。護衛とエルネストを伴い、彼女は彼女の戦場へと向かう。
砦の中の大広間。有事の際には作戦室として使われる部屋。そこが会談の場所だった。扉が開き、セリアは中に入る。少しの間があって、続いてフォボスの王が来るという合図が外からあった。
「……この人が」
騎士に先導され、かの男が姿を現す。その身一つで親族内の争いを制し、対立するものを討ち取り、そうして勢力を拡大した戦いの中に生きて来た男。白髪の差す頭はそんな人生を送って来た証。戦いの中で着いた傷は数知れず。右目には刃でついた傷が生々しく残る。
王であり武人。支配者であり戦う者。そんな威風堂々とした入場であった。
「……この度は和平会談の申し入れ、心より感謝いたします」
睨まれただけで圧倒されそうな眼光を正面からセリアは受ける。だが、怯まずに彼女は足を踏ん張る。その様子を無言で見つめ、コルネリウスはゆっくりと口を開いた。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。本題に入ろうではないか、セリア王女」
テーブルを挟み、両者は席に着く。セリアの横にはエルネストが、コルネリウスの横にはフォボスの騎士、エルヴィンが控えた。
そして、会談が始まって先に言葉を発したのはコルネリウスの方だった。
「和平の条件は一つ。スペルビアの降伏である」
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