第33話 急報-Inform-
「イシュトヴァーン、爆発の可能性は
イシュトヴァーンとの戦闘を終え、英雄たちは地上へと降下を始めていた。捕虜収容所のそばには開けた場所があったため、ひとまずネクサスをそこへ着陸させることになった。
地上では、フォボスにとらわれていた人々――英雄の世界の人々たちだ――が収容所の外でネクサスの飛来を歓迎していた。
「フォボス兵の姿、確認できません。どうやら撤退したみたいですね」
「よし、ここに降りよう」
ネクサスと、蒼煌の盾に乗せられたイシュトヴァーンが着陸すると、ひときわ大きな歓声が上がった。ネクサスとイシュトヴァーンの戦いは空中で行われていたため、多くの者がその戦いを見ていたのだ。
「よかった……皆、無事だったのですね」
「セリアさん!」
伊織の腕の中でセリアが目を開け、人々の無事な姿を見て喜びを見せた。すぐに立ち上がる様子から、ネクサスの思念にとらわれた影響はないように見えた。
「ヒデオさん、ハッチを開けていただけますか?」
「わかった」
ネクサスの胸部ハッチが開く。その中から姿を現した
「皆さん、突然故郷から言葉の通じない異世界に招かれ、さぞつらい時間を過ごされたことと思います」
そして、セリアはまず頭を下げた。自分に直接の責任がなくとも、この戦争に皆が巻き込まれたのは事実なのだから。
「ですがご安心ください。必ず皆さんを元の世界に戻すことをお約束致します。戦争が終わるまでは我がスペルビアが皆さんの安全を保障しましょう。搾取も、差別もありません。一人の人間として、終戦まで我が国で疲れを癒してください」
コスモスが翻訳機能を使ってその場に集った全ての人々にセリアの思いを届ける。ずっと捕らわれ、技術と戦力を利用され続けていた人々は懐かしい母国語で訴える少女に向けて歓声を上げた。
「帰ろう、セリア。スペルビアへ」
「はい。ここにいる皆さんをスペルビアにお連れしましょう」
収容所内にあった乗り物が引っ張り出され、人々が乗り込んでいく。そのいくつかは英雄や伊織が見たことのある彼らの世界のものだ。
「皆さん、ネクサスが先導します。後について来てください!」
ゆっくりとネクサスが前へ足を踏み出す。レーダーやモニタを使い、フォボスの軍がそばにいないかを確認しながらスペルビアの軍が駐留している砦まで向かっていく。その後をトラックや馬車が追いかけていく。
敵将のエルヴィンについてはイシュトヴァーンの操縦室から出し、捕虜として連れて行くことになった。移動中は米兵が交代で監視している。
「エルネストたちは無事に逃げ切れたでしょうか……」
「コスモス、スペルビアと通信ってできないか?」
「一応は用いている通信機器の周波数は把握していますが……割り込むような形ですけど通信をしますか?」
三人が頷く。セリアを逃がすために奮闘したエルネストたちの安否が気にかかっていたのは誰も同じだった。コスモスも頷き返して魔力を使って交信を試みる。
「こちら機兵ネクサス。スペルビア、聞こえますか?」
『……サ……の声………ら…………ア』
酷い雑音の中で男の声が聞こえる。白いコスモスは周波数を調節し、黒いコスモスは音声を解析して音を明瞭に調節する。
『こち……ネスト……そちらにセリア様はいるのか?』
「エルネストの声です!」
『失礼ながら、セリア様のお声とお見受けします』
「クラリスも!」
クリアになった音声を身にしてセリアが安堵する。通信機器を用いることができているということはエルネストもクラリスもスペルビアの陣営にいるということだ。
『よーう、ヒデオ。砦でドンパチ始まった後、エルネストもクラリスも俺の部隊と合流してな。何とか無事に帰ってこれたんだよ』
「ユーリさん!」
調子のよい三つ目の声が聞こえた。後詰として控えていたユーリだ。
「こちらネクサス。セリア王女はネクサス内で保護。また、収容されていた異世界の捕虜の方々を救出。そして敵将、エルヴィン=ファルカシュの駆る機兵イシュトヴァーンを撃破。その身柄を確保しています」
『エルヴィンだと!?』
『おいおい、それマジかよ!?』
コスモスの報告を受けて通信の向こう側から多くの人々のどよめく声が聞こえている。エルヴィンはフォボスの国王の側近とされていた人物だ。事実、会談にも同席していた。それほどの大物を捕らえたという報告は、スペルビアにとってはあまりにも大きな戦果と言える。
「現在はスペルビアの砦へ向けて移動中。現在の速度なら日没までには到着する予定です」
『……いや、こちらからも迎えを出そう。そうすれば後はこちらで引き受ける』
「了解しました。それでは合流地点を指定します」
『承知した。それとセリア様。心して聞いていただきたいことがございます』
「……どうかしたのですか?」
エルネストの口調に、セリアが妙な胸騒ぎを覚えた。直接会わず、言葉だけという無作法な方法でわざわざエルネストが伝えようとするなど、普通のことではない。
『捕虜を我々に受け渡した後は、ネクサスで王都まで全速で向かわれて下さい』
「王都へ……? 王都で何かあったのですか?」
『……先ほど、王都より連絡が入りました。国王陛下が、危篤になられたと』
「っ!?」
セリアが息を呑んだ。以前より病床にあった国王の容体が思わしくないのは彼女も知っていた。ネクサスのことをセリアに告げた時には血も吐いていた。だからこそこの戦争でセリアが皆の先頭に立っていたのだから。
『くれぐれも、お急ぎください……セリア様』
「……はい」
英雄も伊織も言葉を挟める雰囲気ではなかった。同じ歳でも彼女にかかる重圧は二人の比ではない。そんな中で国を守るために奮闘してきた彼女の支えの一つが今、失われようとしている。せめて少しでも早くたどり着けるよう、最後の親子の会話ができるように祈ることしかできなかった。
第二章 完
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