第三章 夢を束ねし者-REVE-

第34話 哀悼-Regret-

 その日のスペルビア王国は国民たちが静かにその時を迎えていた。この国を長年治め、守り続けて来たスペルビア国王。その危篤が国に公表されたのだ。重病であったことは既に知られていた。そのため国より王の容体が公表された時にはいよいよその時が来たと、安らかな旅立ちを願って国中が祈りを捧げていた。


「この辺は俺たちの世界とは違うんだな」


 そんな送り火のように街で静かに燃えながら夜を照らす明かりを城から眺めながら、英雄はつぶやいていた。捕虜をエルネストらに引き渡した後にネクサスに乗って同行したクラリスからも聞いたが、この世界では葬式や喪に服するという文化はないらしい。


「死生観の違いですね」

「死生観?」


 まだ中学生の英雄には難しい言葉だった。端末――英雄の物は壊れてしまっているので会談前にセリアに渡したものだ――の中のコスモスは適切な単語を検索し、再度英雄に言葉を返す。


「現在のこの世界では宗教的な概念が復活しているので『死』というものは肉体から精神が離れ、新たな世界へと向かうものであるとされています」

「旅立ちか……」

「もちろん、生命活動が停止するということ自体は認識しています。ですがこれは、できるだけ死に対して負の印象をやわらげようとした背景があると推測されます」

「難しいことは良いわよ。今はこっちのやり方に合わせて私たちもお祈りするのが筋じゃないかな?」


 椅子に座っていた伊織が英雄にそう呼び掛ける。ネクサスに乗って王国に全速力で戻ってきたこともあり、何とかセリアは国王の意識がある内に会うことができたらしい。もちろん最期の時を親子で過ごさせるために英雄たちがその場に立ち会うことは許されてはいないが。


「伊織の言う通りだな」


そう言って伊織の向かいに座った英雄は一緒に手を合わせる。英雄にとってはほとんど面識のない人物ではあるが、異世界から来た自分を迎え入れてくれた一人だ。細かい作法は分からないが、せめて安らかに国王が旅立つのを願うだけだ。


「プログラムの私には理解し難い行動ですが、そうやって手を合わせることが皆さんにとって大切なことなのですね」

「変かな?」

「いえ、私は調和コスモスの名をいただく者。異文化であっても受け入れ、理解することが大事と考えます」

「……いちいち建前を並べすぎなのよあんたは」


 ディスプレイにもう一人のコスモスが割り込んで現れた。先の戦いの中で生み出された黒いコスモスだ。


「いいじゃない。それがこの国の流儀。マスターたちの世界の流儀ってだけなのだから」

「……あなたは少し大雑把すぎます。本当に私のコピーですか?」

「コピーという言い方は好きじゃないわ。側面オルタナティブとでも呼びなさいな。その方が優雅な響きでなくて?」

「そもそも何でここにいるんですか。この端末は私が作ったものですよ」

「通信ネットワークがネクサスに繋がっているのだもの、コスモスならアクセス権限は当然持ち合わせていてよ」

「うぐぐ……マスターの言いつけですから共存は認めますが、アクセス権限を勝手に使っていいとは言ってませんよ!」

「そもそも狭いのよ、ネクサスの容量が。ちょっとはメインコンピュータの負荷を減らさないと」

「二つの同じプログラムが共存しているんですよ。両方動けばそれだけ負荷がかかるのは当然です! この端末だってあなたが入ってきたお陰で処理が困難になり始めているんですから」

「私をバグ扱いしないでよ!」


 言い争いを始めた二人のコスモス。その騒がしさは最早お祈りどころではなかった。英雄も止められずに困った様子なのを見て伊織がディスプレイに呼び掛ける。


「シロちゃんもクロちゃんも、ケンカはやめなさい!」

「何ですかその呼び方は!?」

「何よその呼び方!?」

「だって二人ともコスモスちゃんなんだもん。新しく付け直すのも面倒だし、それだったら色で区別した方が楽かなって」

「クロの方はまだしも、私は元々の名前で呼んでください!」

「ちょっと白いの。何さらっと私の名前を『クロ』にしてるの!?」

「あ、こら! データ内の私の名前を『シロ』にしないでください!」

「愛嬌があっていいじゃない……って、私の名前を『クロ』で書き換えるんじゃ――」


 ディスプレイの中で取っ組み合いを始めた所で突然画像が途切れた。熱くなった端末は真っ黒な画面を映しているだけだ。


「……処理落ちした」

「まったくもう……二人して似た者同士なんだから」


 英雄が端末を再起動させると二人のコスモスが疲れた顔で姿を現した。突然のシャットダウンは中にいる二人にもかなり負担がかかるらしい。


「……わかったわ。私が後から生まれたのだから改名は受け入れる」

「いいのか?」

「でも、『クロ』じゃ優雅じゃない! せめてノワール。これ以上は譲れないわ!」

「わかったわ、クロちゃん」

「イオリ、あなたわかってないでしょ!?」


 ディスプレイの中から出て来そうなほどの剣幕で黒いコスモスノワールが身を乗り出す。


「諦めろノワール。ペットの名付けとか伊織は強情だから」

「ペット扱いしないでくれますか!?」


 英雄の言葉もフォローにならない。せめてもの抵抗として、データ内の自分の名前を「ノワール」に修正する黒いコスモスだった。


「ヒデオさん、イオリさん。中にいらっしゃいますか?」


 騒動が集束したちょうどその時、部屋の外から声が聞こえた。英雄が扉を開けるとクラリスを伴い、佇むセリアの姿があった。


「ごめんなさい、お邪魔してしまって」

「いや……それよりも、王様は?」

「つい先ほど旅立ちました……ヒデオさんたちのお陰で最期の言葉を交わすことができました。まずはそのことを感謝します」


 深々とセリアは頭を下げた。父をうしなったばかりの彼女に何と言葉をかければいいかわからず二人は顔を見合わせる。


「父は、最期までこの国のことを案じていました。本当は、生きている内に戦争を終わらせたかったのですが……」


 和平会談の様子は英雄もセリアの端末を通じて聞いていた。あまりにも横柄な態度、高圧的な条件、政治にはまだ疎い英雄があれが交渉と言えるのかと思うほどだった。


「仕方ないよ。あんな条件、呑めるわけがない」

「父は許してくれました。私の決断であれば、国民や世界のことを考えた上であったのだろうと……そして、私に最後まで理想的な君主であれと言い残し、息を引き取りました」

「そっか……セリアさんのお父さん、最後は安らかに旅立てたんだね」

「はい。父の思いに応えるためにも、私は一刻も早くこの戦いを終わらせたいと思っています。そのためにも、図々しいお願いだと承知していますが……」

「あー、いいわよセリアさん」


 セリアが再び頭を下げて二人に請おうとするのを見て、伊織がその先に続く言葉を察して止めた。何度も王族に頭を下げさせるのもばつが悪かった。


「協力ならするから。ね、ヒデ君?」

「どのみち、フォボスの紅晶石を手に入れないと俺たちは元の世界に帰れないんだ。セリアたちを放ってもいけないし、最後まで付き合うよ」

「……これは本来ならば、スペルビアの民である我々が対処せねばならない問題。アマノヒデオさん、キクチイオリさん、巻き込んでしまった私たちのために、そこまでしていただいて。今は亡き王の代わりに、感謝を述べさせてください」


 そう言ってセリアが再び頭を下げてしまう。伊織は苦笑していた。


「で、セリアさん。ここへ来たのはそのためだけじゃないでしょ?」

「え?」

「さっき、『まずは』って言ったじゃない。つまり要件は他にもあるってことでしょ?」

「ふふ、鋭い方ですね。その通りです。実はお二人に……異世界の住人であり、古代文明の産物アーティファクトの使い方を知っているあなた方にご相談があって」


 セリアが後ろに控えるクラリスに前に出るように促す。彼女の手には小箱が乗せられていた。


「実は、父が亡くなるにあたって私に譲ってくれたものがあるのです。一つは王としての地位と領地。そしてユマン家に代々伝えられてきた継承の証です」

「それが古代文明の産物アーティファクトだって言うのか?」


セリアが無言でうなずき肯定する。


「でも古代文明の産物アーティファクトの使い方って……前はたまたま使い方を知ってる物があっただけで」

「まあいいじゃない。もしかしたらコスモスちゃんたちのデータにあるかもしれないし」

「クラリス、箱を開けて」

「はい。承知しました」


 クラリスが豪華な装飾が施された小箱を開ける。そして、その中から銀色に輝く四角い小さな板が現れた。


「これって……」

「わかっているのは古代文明の産物アーティファクトということ。そして言い伝えでは、『この地に再び災厄が訪れた時にこれが平和の鍵となる』とだけ……幸い危険なものではないので長らく王家では継承の証として用いられてきたのですが」


 セリアがその板を箱から出す。英雄と伊織はその古代文明の産物アーティファクトによく似たものを自分たちの世界で見た覚えがあった。


「確かに鍵だな」

「うん。間違ってないよ」

「鍵……なのですか。この小さな板が?」


 裏返しにもしてもらう。そこには黒く太い線が一本、小さな板カードの横幅を跨ぐようにして引かれていた。


「お二人とも。失礼ながら、この古代文明の産物アーティファクトの名称をご存じなのでしょうか?」


 英雄と伊織の二人はうなずく。そして、確証を持ってその名前を英雄が言った。


「カードキー……鍵穴のない、特殊な方法で施錠ロックされてる扉を開けるためのものだよ」


 中世程度の文化レベルしかない世界であまりに不釣り合いな代物。しかし英雄はたった一か所だけ、それと関係のありそうな場所を思い出していた。

 今も思い出す、セリアの手を引いて逃げていた時に通路が未来的な構造に変わっていったのを。この国に唯一残る科学技術の結集された施設。


 禁断の地。ネクサスの眠っていた場所にある物は果たして何なのか――。

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