第35話 唯一-Uniqueness-

「まさか、空から国土を見下ろせるなんて思いませんでした」


 空を飛んで禁断の地へと向かうネクサスの中で、セリアは初めて見る空からの光景に感激していた。

 かつては人が空を飛ぶ手段が存在していたと伝えられているが、既にそれは太古の技術ロストテクノロジーと化しており、再現することはできない。フォボス王国は英雄たちの世界の技術を手に入れ、ヘリや爆撃機を運用しているが、現状でスペルビア王国で空が飛べるのはネクサスだけとなっている。


「セリア、わざわざ禁断の地までついてこなくても良かったんだぞ?」

「いえ、王家の残したものがあるのなら私が赴かないわけには参りませんので」


 空から見下ろす青々とした国土を眺めながらセリアが答える。その手には継承の証として亡き父より受け継いだカードキーが握られている。

 セリアは今後、王位に就くことになっている。だが式典を取り仕切るエルネストらがまだ軍勢を率いて帰国の途にあるために式典の準備などが完了できずにいる。一両日中には王都に到着することがわかっているため、それまでの時間ならばセリアも自由に動けるという話だった。


「禁断の地かー。そこにこのネクサスがあったんだっけ?」

「ええ。父上によれば『 世界に災厄が蘇りし時、守護の巨人駆りて世界を守れ 』と言い伝えられていたそうです」

「 『災厄』がフォボスの機兵で 、『守護の巨人』がネクサスか……」

「そうですね。ネクサスとヒデオさんのお陰で我々は本当に助かっています」


 セリアの隣で伊織も地上を見下ろしていた。

 こうして二人で言葉を交わしている姿は本当によく似ていると操縦を続ける英雄は思う。


「……なんか変な感じがするなあ」


 伊織が不意にそう言った。

 セリアと、その後ろに控えていたクラリスが彼女に目を向ける。


「何がでしょう、イオリさん?」

「だって、ネクサスが一機なのにフォボスの方が機兵だらけっての、おかしくない?」

「言われてみれば……あまりにも数の均衡がとれていませんね」

「失礼ながら、ネクサスの力が他の機兵を凌駕するものだからではないかと推測致しますが?」

「クラリスさんの言うこともあり得るか……でも、なんか引っかかるのよね。コスモスちゃん、どう思う?」


 腕組みして首をかしげていた伊織は、英雄の操縦の補助をしているコスモスに話を振る。

 どこか納得いっていないような彼女にコスモスが答える。


「『災厄』とも言えるほどの機兵はデータ上には存在していません。もっとも、ネクサスが封印された後のことまでは把握できていませんが……」

「そもそも、ネクサスはどうして封印されてたの?」

「かつて、この世界で大きな戦争があったことはご存知だと思います」

「はい。我々の先祖は多くの命が失われたその反省の下、技術を封印して今の技術レベルまで後退したと伝えられています」

「捕捉しますと、失われた人口は約八十六億人。当時世界の人口の九十パーセントに相当します」


 コスモスが告げた言葉に誰もが絶句する。

 セリアとクラリスにとっては途方もない人数。

 英雄と伊織にとっては自分たちの世界の人類全てが死に絶えていることになる。


「大量破壊兵器により大地は荒廃。地上は人の住める環境ではなくなってしまいました。またその中で行われる戦争では、汚染された空気の中で戦闘員の肉体を保護する必要がありました」

「……それが機兵だって言うのか?」

「その通りよ、マスター。ネクサスはそんな機兵開発史の中で生み出された傑作なの」


 黒いコスモス――ノワールが英雄の問いに答えた。


「自己修復できる『結合NEXUS』、万物を素材として兵器を生成できる『創成CREATE』、情報を掌握するための『侵入RAID』、いずれも戦争においては必須の力よ。それを一機で備えたネクサスは全ての機兵を過去の物にしたと言えるわ」

「その有用性から量産する計画も持ち上がったみたいですけど、あまりの高コストと魔力を運用する複雑な機構が元でネクサスは一機だけが建造されただけで終わりました」

「……当然だよ。こんな力、もしも奪われて悪用されたら大変だ」

「まあ、そうされないために私たちコスモスがいるのですけど」

「ですが、唯一無二のその性能は強大な反面、その力を奪おうと多くの敵を引き寄せてしまったんです。戦いの中でネクサスは敵の攻撃を集中して受けることとなり……そして」

「歴代のマスターたちが守ろうとした存在が巻き込まれ……犠牲になったのよ」


 ノワールがそう告げ、二人のコスモスが目を伏せた。

 守るために造られた機兵が元で守るべき人を失う、それがどれほど辛く、皮肉な話か。

 先日のイシュトヴァーン戦で起きたネクサスの異変。その中で知った多くの悲劇。今でこそ歴代のマスターたちは英雄にネクサスを託し、その力を継承してくれたが、一歩間違えれば同じ悲劇を繰り返すところでもあった。


「そうして、何度も乗り手を替えながらネクサスは戦い続けました。そして最後の乗り手となった方が、戦争が終結に向かう中でネクサスを皆さんが『禁断の地』と呼ぶ場所に隠しました。そして、侵入RAIDを用いて全ての痕跡を消去し……その後はネクサスが起動することが無かったために定かではありません」

「あの場所だった理由は?」

「『禁断の地』はネクサスが建造された場所でもあるからよ、マスター」

「ネクサスが?」

「では、それが我が王家に伝えられてきたということは……まさか」

「スペルビア王国の関係者である可能性は高いと……まもなく、目的地に到着します」


 そうコスモスがアナウンスした直後、ネクサスの推力が減少した。眼下には禁断の地の目印であった大樹と、フォボス王国の襲撃の際に空いた大穴が見えていた。


「マスター、ネクサスが起動した格納庫に着陸します。その後はネクサスを降りてガイドに従ってください」

「わかった」

「やれやれ、またあの窮屈な端末に入らなくちゃいけないのね」

「嫌ならクロはここに残ってください」

「冗談じゃないわ……って、あなたまで『クロ』って呼ばないでくれる、オリジナル」


 二人のコスモスが憎まれ口をたたき合う中でネクサスはゆっくりと降下していく。

 降り立った格納庫は外壁の破損や炎上した跡が残されている。かつてのロクス二機との戦闘の爪痕だ。


「格納庫内・並びに施設内をスキャン。特に脅威は認められません」

「ハッチを開くわ、降りる準備はよくて、マスターたち?」


 ノワールの問いかけに皆が頷く。ハッチを開き、皆が下りた後にコスモスたちも英雄のスマートフォンの中へと入っていった。

 蒼煌石を使ったカンテラが暗い進路を明るく照らす。クラリスが先頭となり、コスモスが示す方向へと一行は歩き出す。


「ネクサスに残っているデータにはない区画ですね。カード同様に後の時代に作られたもののようです」

「後の時代?」

「セリアさんの持つカードキー、こちらでも解析してみましたがネクサスのデータ内にあるものと非常によく似ています。ですが、私の知るデータにはそれを用いる場所は記録されていません」

「作成された年代もネクサスが眠りについた後の時代の物よ。どうやら後に増設したみたいね」


 ディスプレイの中で話すコスモスたちの言葉に、セリアも何かを思い出す。


「先日の戦闘の後、軍の皆でこの遺跡を調査したところ、巨大な金属の扉に閉ざされた場所があったと報告を受けています」

「失礼ながら補足させていただきます。その扉は人の手では空けられるような代物ではなかったという話です」

「たぶんそれだな。そばにカードを通す場所があるはずだ」


 そして、通路を進んだ先でその場所は見つかった。英雄の予想通りにカードを通すスリットも見つかった。


「セリア、そのカードをここへ通してみてくれ」

「は、はい」


 おずおずとカードを手に取り、 セリアがそれをスリットに通す。

 数瞬の後に電子音が鳴り、周囲に明かりが点る。

 目の前の巨大な扉も轟音を響かせながら徐々に開いていく。


「うわ、凄い。まるでSFね」

「えすえふ?」

「あー、また後で教えるわ、セリアさん」


 扉の奥は広々とした空間だった。

 五千年もの間、閉ざされていた扉の奥から冷たい空気が流れ出し、英雄たちは肌寒さを覚える。


「これは……!?」

「そんな!?」


 そして、その奥にある物の姿を認めた二人のコスモスはそろって声を上げた。

 無理のないことだった。それは彼女らも全く想定していなかったものだからだ。

 建造されたのはたった一機だけと、そう話したのは他ならぬ彼女たち自身だ。


「……ネクサスが、二機」


 そして徐々に光量を増す照明に照らされ、二機の白い機兵はその姿を現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る