第36話 遺産-Heritage-

「そんな……ネクサスがまだ存在していたなんて」

私たちコスモスのデータにそんな記録は存在していないわ」


 かつての戦争でたった一機のみが建造されたとコスモスたちが言及していた機兵ネクサス。それが新たに二機も存在していたという事実は英雄たちに大きな衝撃を与えていた。


「外見の一致率は九十パーセントを超えています。ネクサス、あるいはそれに続く後継機の可能性が高いと思われます」

「後継機……五千年前の戦争が終わったのに造ったって言うことか?」

「そうなるわ、マスター。この場所のこと、私たちの知らない二機のネクサス……客観的な事実を総合すると、戦後に建造されたとしか考えられないわよ?」

「でも、戦後に兵器を開発するなんて、おかしくない? だってネクサスって『守護の巨人』って言い伝えられていたんでしょ?」


 伊織の言葉にセリアも神妙な表情で頷く。戦争に勝つために新たに建造したのならわかる。だが、技術が封印されたとされる戦後に造ったのであれば順番が逆だ。


「それを言われても、私たちは客観的なデータとそこから推測されることを提示するしかできないわ……で、どうするの?」

「え?」

「二機のネクサスよ。調べてみないの?」

「施設の機能も動き出しているみたいです。どうやらロック解除に伴って施設の電源も入るようになっていたみたいですね」

「そ、そうだな……それじゃあ二機を――」

《――電源復旧。全システムを起動。現年代を測定開始します》


 その場にいる者全てが思わず上を見た。

 突如響いたアナウンス。それは英雄がネクサスを初めて動かした時に聞いたものとよく似たものだ。


《施設停止から五千百四十二年三か月十四日二時間三十一分が経過》

《外部通信――ネットワーク断線による通信不能発生》

《施設稼働のため、所長権限を持つ人物の命令を求めます》


 英雄たちの周囲にあるコンピュータにも次々電源が入る。

 施設全体がかつての姿を取り戻していく。


呼出call――応答なし。施設責任者不在による機能不全解消のため、システム権限において代理責任者を選出します》

《施設内に生体反応を確認。解析結果――登録人物に該当なし》

《危険性判定のため、スキャンを開始します》

「ちょ、ちょっと大丈夫なのこれ!?」

「大丈夫ですイオリさん。ただの解析ですので危険性のないものだと思います」


 不安で手を握る伊織に英雄も手を握り返す。コスモスはそんな彼女を落ち着かせようと冷静に呼びかけていた。


《解析結果――危険性なしと判断》

《一名が施設キーを所有。遺伝情報の一部、該当データあり》

「……え?」

《当該人物を仮責任者に設定。名前の音声入力をお願いします》

「セ……セリア=フランソワーズ=ユマンです」

《音声入力完了》

《登録人物の名称、部分一致》

《解析によるパーソナルデータ、部分一致》

《遺伝情報解析により、前施設責任者の子孫と断定》

「え、え?」

《なお、当該人物は肉体年齢十五歳、女性。サポートプログラムによる補助の必要性あり》


 皆の前にあるコンソールの上に光の粒子が集い始める。その光景はまるでネクサスに初めて乗り込んだ時、英雄の前にコスモスが現れた時のように徐々に人の姿を形作り、女の子の声と共にそれが姿を現す。


「――承認。施設統括用補助プログラム『リヤン』起動。新所長セリア=フランソワーズ=ユマンのサポートを開始します」


 光が収まる。ふわりと広がる長く鮮やかな金色の髪。白い服を翻した少女は目を開き、宙に浮いたままセリアを見つめて口を開く。


「初めまして、セリア。私の新たなマスター。そして、レーヴの末裔」


 そして、水面のように穏やかな声でそう告げ、皆を迎えた。


「……レーヴ?」

「この施設の前責任者の名前です。そして、皆様の目の前にある二機のネクサスを建造した人の名です」

「その方が、私のご先祖様なのですか?」

「その通りですセリア。私はあなたが来るのをずっと待っていました。このレーヴからのメッセージを、あなたに伝えるために――」


 リヤンと名乗った彼女が手をかざす。その前にホログラムのウィンドウが現れる。


「映像データをロード。再生します」


 ウィンドウに再生された映像に現れたのは、眼鏡をかけて白衣をまとった金髪の女性だった。


『……私は、施設責任者のレーヴだ。この映像を観ているということは、目の前にいるのは私の子孫だということだな。よく来たな、末裔。未来はどんな様子だ?』


 伊織とセリア、クラリスも身を乗り出して覗き込む。四人の前でその女性は煙草らしきものに火をつけると話を続けた。


『ま、この映像を観ているということは、未来で何かがあったということだな……この「繋ぐ者ネクサス」たちが必要にならない時代が来ないことを願ったんだけどね』


 悲しそうにカメラから目線を切り、しばらくの沈黙の後にレーヴは話を再開した。


『十年先か、百年先か……いつの時代の奴がこの映像を観ているのか知らないが、できることならそいつが、平和を心から願う者であることを願いたい。そしてこの二機を託したい。いつか「災厄」が蘇った時のために』

「災厄?」

「それって、先ほどイオリさんが言っていた……?」

「しっ、セリアさん。先もちゃんと聞こう」

「は、はい!」

『「災厄」は今から三十年ほど前に出現した。 技術の封印が決まり、世代も経て戦争からようやく人々が元の暮らしを取り戻し始めたばかりのことだ。どこの馬鹿が造ったのか知らんが、人の心が通わなくなった技術がどれほど化け物じみているか世界に思い出させてくれたよ』


 レーヴは遠い目で虚空を見つめながら煙草をふかす。


『基本コンセプトはネクサスと同じ。だが、大きく違う点は一つ。だったことだ』

「無人の……ネクサス?」

『セーフティのないネクサスって言ってわかるならありがたい。「結合NEXUS」、「創成CREATE」、「侵入RAID」を操り、全てを自分の糧にして取り込む姿はまさに「災厄」と呼ぶにふさわしい姿だったそうだ』


 先日の戦いでネクサスが黒く染まり、無慈悲な戦いを繰り広げた記憶が皆には焼き付いている。

 そしてあれでさえ、ネクサスの力を用いて容赦をしなければどうなるのかと言う事例でしかない。機械的にあの能力を使う機兵が存在して戦いが行われた場合、どれほど厄介な存在であるか。想像するだけで英雄はゾッとした。


『人類はかつて世界を焼き尽くした兵器を再び投入し、「災厄」に立ち向かった。皮肉な話さ。これまでいがみ合っていた人類がこいつのせいで手を取りあって戦うんだからさ』


 くくっと笑いをこぼし、また煙草を口にくわえてカメラにまっすぐ向き直る。


『ま、そのお陰で十年前に「災厄」は停止させることができた。だが、奴がどうなったかはわからない。あの場所は今、汚染されて人どころか機兵すら耐えられない環境になっちまってる。もしも同じ力を持つネクサスがあったら「災厄」に立ち向かえたんだろうけど……残念ながらこの施設の場所を見つけられたのはつい最近だ。戦後に情報が抹消されたお陰で、見つけ出すのにずいぶんかかったよ』


 カメラのアングルが引いていき。二機のネクサスがその後方でフレームインする。


『「災厄」が蘇る可能性は十分にあり得る。それがいつのことかはわからない。だが 来るべき日のために手は打とうと思う。虫のいい話だが、「災厄」の始末はお前たちに頼みたい』


 レーヴが煙草を捨て、踏み消す。どこか砕けた印象に見えた彼女は表情を引き締めて科学者の顔になる。


『この二機は、一号機とほぼ同じ能力を持たせ、新たに開発した動力機関も搭載している。二号機はテスト機として蒼煌石そうこうせき紅晶石こうしょうせきの切り替え。三号機はそのデータを元に作ったハイブリッド型だ』

「へー、凄いじゃない。今のネクサス以上の性能ってことじゃないの、これって!」

『ちなみに一号機にも改良が加えてある。蒼煌石は持続性は高いが爆発性に欠ける。かと言って紅晶石をメインにすれば連続運用ができなくなる。にした』

「蒼煌石の……ままで?」

『蒼煌石は安定性の高いエネルギーを供給できるのが利点。多少の無茶な運用も理論上は可能だ。だから私らは操縦者だけじゃなく、した。ま、この場所まで来たってことは一号機での戦闘経験もあるはずだし、思い当たる節はあるんじゃないか?』


 英雄はネクサスが新たな力を得た時のことを思い出していた。

 ネクサスの中に眠っていた歴代のマスターたちの残留思念。それが生み出した暴走と覚醒。英雄一人だけの力では起こり得ない現象だ。


『こいつの可能性は際限がない。思いが強ければ強いほど、多ければ多いほどネクサスの力は高まる。だが、それを操る操縦者にも相応の精神の強さが求められるがな』

「わかってる……もう二度とあんなことにはしないよ」


 その英雄の言葉に応えるように、レーヴは笑みをこぼす。偶然なのだろうが英雄は少し心が軽くなったような気がした。


『技術は使い方を誤れば滅びに繋がる力だ。だが、使う奴が正しい心を持っていれば多くの人を守ることに繋がる……そいつを忘れちまって「災厄あんなもの」を生み出すことになった人類の過ちは、一万年経とうが許しちゃもらえないだろうけどね』


 カメラの前にさらに人が並んでいく。レーヴと同じ白衣を着た者や作業着姿の者。その姿は様々だ。


『未来の人々よ。私たちを許して欲しいとは言わない。だが、誰もが馬鹿だったわけじゃなく、少しでも最善の未来へと繋げられるように足掻あがいた奴らもいたってことくらいは、覚えていて欲しい……それこそ虫のいい話だけどね』

「……はい、必ず」


 その言葉は、セリアから出ていた。多くの人々の犠牲の下に行われた技術の封印。そして「災厄」の出現とその備え。たくさんの人々の思いを継ぐのはこの世界の住人たる自分が言わねばならないと思い、自然に出たものだった。


『頼んだよ……「災厄」を、を止めてくれ』

「……前所長レーヴ=ブリジット=ユマンからのメッセージは以上です」


 レーヴが英雄たちに言葉を贈るのを最後に、映像が暗転して行く。そしてリヤンがメッセージの終了を告げた。


「ご先祖様……」

「そっか……このネクサスはセリアさんのご先祖様の遺産なんだね」


 かつての戦争で犯した過ちを償うため、平和を願うために託された思い。そして未来の子孫たちを守るために残されたネクサス。目の当たりにした彼女らの思いに、英雄たちは胸が熱くなる。

 そんな中、二人のコスモスは冷静にリヤンに問いかけた。


「リヤン。ネクサス一号機の統制プログラム、コスモスが尋ねます。今、レーヴ所長が述べた『ソルベラブ』という名が『災厄』と称される機兵の名称なのですか?」

「その通りですコスモス。この施設が技術封印の影響により閉鎖される三十年近く前に突如出現した無人機、それがソルベラブです」

「同じく統制プログラム、ノワールが問うわ。ソルベラブが最終的に姿を消したとされる場所は分かっているの?」

「お答えしますノワール。おおよその位置であれば、最後の戦場となった座標を表示可能です」


 リヤンが再びホログラムウィンドウを展開する。そして当時の記録に残る座標情報を提示し、それをコスモスたちが現在の地理情報と照合する。


「座標データ受信」

「スペルビア王国及びその周辺の情報をロード。データ照合開始――」

「ここは……そんな!?」


 過去の地図と現在の地図が英雄たちの前で一つになって行く。そして、災厄の機兵ソルベラブがいたとされる場所をいち早く理解したセリアが悲鳴に近い声を上げた。


「ソルベラブ封印の地が判明」

「禁断の地より北北東へ三百三十キロの地域――現フォボス王国王都」


 二人のコスモスが告げた場所――それは考えうる限り、最悪の場所だった。

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