第37話 拠点-Kingdom-

「なるほど……新たな二機の守護の巨人。そして『災厄』の機兵ソルベラブですか」


 禁断の地から王都に戻ったセリアは、帰国したエルネストらとこれからの方針を模索していた。本来ならばセリアの王位継承の日取りを決めるための物であったが、守護の巨人が新たに二機も見つかったこと、並びにフォボス側に更なる脅威の存在が判明したことでそれどころではなくなっていた。


「私が禁断の地で得た情報が確かならば、その災厄の巨人はフォボスの手にあるとみて間違いないでしょう」


 彼女用のスマートフォンの中にはコスモスたちと同じようにリヤンが入り事の次第の解説を務めていた。彼女がこれまで英雄たちが得た情報と彼女が有していた情報を次々と照合していく。


「かつての災厄ソルベラブとの戦いで滅びかけた人類は過ぎた科学技術を封印しました。機兵はその際に一部を除いてほぼ全てが破壊されたことになっているのですが、私がコスモスたちからいただいた情報を分析した結果、フォボスが有する機兵の数は仮にかの地に何機か守護の巨人ネクサス同様に封印されていたとしてもあまりに多すぎます」


 しかし、それらのデータから出る結論はいずれも「原因不明」というもの。これまで英雄やスペルビア軍が機兵を破壊しても、次の戦いではまた新たな機兵が投入されていることへの説明がつかない。


「それは私も不思議に思っていた。仮に設計図が残されていたとしても、フォボスが機兵を建造するには今の人類では技術的に不可能だ」

「しかし、そこにネクサス同様の能力を持つソルベラブの存在を加味すれば全てに説明がつきます。『結合NEXUS』や『創成CREATE』」、そして『侵入RAID』によって機兵や兵器は建造、複製が可能です」

「厄介だな……原材料さえあればソルベラブ内に残されていた情報や、ヒデオたちの世界から持ち込んだ兵器をいくらでも増産できるということだからな」


 エルネストもさすがに手が汗ばむのを感じた。これまで幾度となく国を救って来たネクサスの力。それがこれまで自分たちを苦しめていた正体に他ならなかったというのだから。


「そんじゃ、俺たちがしなくちゃならないのはフォボス王都へ侵攻し、災厄の巨人を抑えることになるな」


 ユーリが単純明快な道を示す。しかしこれまで劣勢であった戦局を思えばそれがどれほど困難な道のりであるか自覚せざるを得ず、大臣たちはいずれも閉口する。


「おいおい。そんなに悪い話ばかりじゃないだろ。少しはこちらにも希望が出て来たんだからよ」

「……新たな二機のネクサスのことか」

「そうそう。ここまでの戦局を支えてくれたがさらに二機増えたんだぜ。あの力があればひっくり返すことだって――」

「残念ですが。現状、あの二機はまだ動かすことができません」


 リヤンがユーリの発言を封じるように言った。


「どういうことだ?」

「あの二機は乗り手が決まっていません」

「あー、なるほどね」


 ばつの悪そうな顔でユーリが頭をかく。これまでネクサスに乗っていたのは英雄ただ一人だ。しかも偶発的に起動した上、コスモスによってロックを駆けられているので他の誰も動かすことはできない。


「二号機の管制はノワールが担当することになりました。現在は二号機システム内で調整をしています」

「んじゃ、三号機はアンタかい?」

「はい。操者の経験の不足は私たちのサポートである程度は補えますが、」


 リヤンが画面の中で頷く。エルネストは彼女の言わんとすることを察して言葉にする。


「一号機の起動のことは聞いている。彼の強い『守護』の意志に反応して起動したと。もしや他の二機にもそれが?」

「その通りです。その者が強く思う信念おもいと機体内のパスコードが一致しなければ機体は起動しません。そしてそれは私たちであっても教えることはできません」

「まあ、そこはうちの軍の奴らで試してみるしかねえな」

「そうですね……次に禁断の地に行った際に皆に起動に挑んでもらいましょう」


 セリアの言葉に皆が頷く。だがエルネストはそれによって生じるもう一つの問題に顔をしかめ始めた。


「そうなると、なおさら禁断の地を放っておくわけにはいかないな。動かせないまでも、あの二機をフォボスの手に落ちるようなことになってはならん」

「おいおい、あっちの防衛に回す兵なんて残ってねえぞエルネスト」


 事態はもはやフォボスとの決戦間近まで来ていた。数回に渡る敗走、和平会談の決裂。次戦は決戦用の戦力を投入してくるに違いないとは誰もが考えていた。


「王都の防衛に回す人手で手いっぱいなんだ。これ以上兵を割くのは自殺行為だぞ」

「……ですが、機兵相手ではどれだけ守りを固めようと城壁は何の意味もないのではないでしょうか、ユーリ?」


 突如セリアから出た言葉に誰もが驚く。戦において彼女はこれまでユーリやエルネストの采配に全幅の信頼を置き、その判断に従っていた。そんな彼女が口を出すことなど初めてだった。


「……何が言いたいんです?」

「決戦時の拠点を移すことは可能でしょうか?」

「そりゃあ、それにふさわしい場所があるなら……って、まさかセリア様!?」

「禁断の地、そしてネクサスの格納庫はロストテクノロジーで建造された地下施設です。この王都を戦火にさらし、国民の命を危険にさらすくらいならあの場所を拠点に迎撃することは可能ではないでしょうか?」

「……確かにそこならネクサス三機を手中にしたまま、防衛線を築くことが可能ですが、その分フォボスに近づく。準備期間も減りますし負けたら王都は無防備だ。フォボスに蹂躙されますぜ」

「もちろん、国民たちは予め王都から避難させます。しかしどうあっても国民たちが非難するだけの時間は稼がねばなりませんから」


 セリアの言葉は素人が思い付きで出したものではない。確たる信念の下に現実的な案を出している。それは眼を見ればユーリもエルネストもわかった。


「……わかりました。エルネスト、全軍の配置頼むぜ」

「ああ。よろしいですね、セリア様?」


 その決断には大きな責任が伴う。彼女の決断一つで多くの人々が命を散らすことになる。だが、次の国主として、この国を守るものとして彼女はその責を全て背負う。


「はい。決戦は禁断の地にて行います。皆、移動の準備を数日中に完了させてください」


 これからの方針が決まり、会議が終わる。関係各所への通達、移動の手配などへと皆が足早に動き出していく。そんな後姿を見送ったセリアは最後に会議室を後にした。そして城内の薄暗さに気づき、会議が思いの外長引いていたことを知った。


「……あら?」


 セリアは、たまたま窓の外を眺めていた英雄が目に入った。その手にしたスマートフォンを外へと向けている。


「何をされているのですか、ヒデオさん?」

「やあ、セリア。会議が終わったのか」


 英雄はスマートフォンを向け、その画面をセリアに見せた。


「いい夕陽だったからさ。写真に撮っていたんだ」

「写真? ……まあ、きれいな絵。まるで本物みたい」

「ははは、絵じゃないさ。ここから見えていた光景をそのまま保存できるんだよ」


 彼が撮っていたのは日没の様子だった。この日は雲もほとんどなく、山の稜線がくっきりと見える美しい日暮れで、その美しさに思わず英雄はカメラ機能を起動して写真に収めていた。


「ヒデオさんたちの世界は平和なのですね。私たちが封印した技術がこんなに人を感動させるものとして使われているのですから」


 セリアが口にしたのは何気ない一言だった。しかし英雄の表情が一瞬だけ曇った。


「そうだね……少なくとも俺たちの国は平和だよ」

「少なくとも?」

「俺たちの世界にも戦争はあるし、機兵はないけど一発で何万人も殺せる兵器もあるよ。ただそれを使わないでいるだけさ」

「一度に何万人も……そんなものを何故持っているのでしょう」

「抑止のためさ。自分が強大な兵器を持っていれば他と争わなくて済むし、争っても強力な交渉の材料になるからね。そしていざという時にはそれを使って相手を攻撃できる」

「悲しい話ですね……自国を富ませるために生み出された技術が他国を脅かす物になるなんて」

「昔さ、技術は使う人や使い方次第でたくさんの人を死なせてしまう兵器にもなってしまうって学んだんだ。平和な国に生まれた俺にとっては正直ピンとこなかったんだけど、この世界に来て、ネクサスに乗って戦って……やっとその意味が分かった気がする」


 大昔の、まだこの世界に高い技術の文明が存在していた時代に生み出された多くの品々。この世界に来たばかりの時に英雄は発掘調査でそれらを目の当たりにしている。人の生活を便利にする品の数々、それを生み出した同じ手で人間は機兵を生み出した。


「ネクサスも……もしも他の人が動かしていたらこの国を守るために使っていなかったかもしれない。俺があの時、セリアを守ろうと考えなかったらあれに乗って逃げていたかもしれない」

「ふふ、私がいる限りそれは不可能ですけどね」


 スマートフォンの中からコスモスがくすくすと笑い交じりで英雄の言葉にツッコミを入れて来た。英雄とセリアも思わず苦笑する。


「でも怖かった。人を殺してしまうんじゃないかって、俺自身が間違った判断をするんじゃないかって……死ぬかもしれないって」


 英雄の手が震えていることにセリアが気付いた。彼はこの国を守り続け、幾たびの窮地を乗り越えてきた。しかしその正体はまだ十五歳の、自分と同じ年齢の少年なのだ。


「セリアは凄いよな。この国を背負って、みんなの先頭に立って、導いて……」

「そんなこと……ないですよ」


 セリアがそんな英雄の手を取る。日がほとんど沈み、薄暗くなる城内でセリアの髪の色はあまり目立たなくなり、伊織にいつも以上に似ていることに英雄は少し動揺した。


「私こそ、ヒデオさんは凄いと思っています。私のせいでたった一人、この世界に呼び込まれ、言葉も通じない中で私を守ろうと、必死にネクサスを動かしてくれたんですから」

「やめてくれよ……俺はただ」

「イオリさんに私が似ていたから……ですよね?」

「……っ!?」

「いいんです。理由はどうあれ、ヒデオさんは私を守ってくれた。民を、国を守ってくれた英雄えいゆうなんです。そのことを私はとても感謝しているんですから」

えい……ゆう


 目を潤ませてヒデオを見つめるセリア。しかし英雄はその手を離してうつむく。


「ヒデオさん?」

「俺……実は、ずっと自分の名前が嫌いだったんだ。俺の世界でさ……ヒデオって名前は英雄えいゆうって言葉と同じ字を書くから」

「そうなんですか? でも、ヒデオさんらしい良い名前だと――」

「――俺はそんな凄い奴じゃないよ。泣き虫で……弱虫で。伊織にいつも助けられるような弱い子供だったんだ」


 英雄が目をセリアから逸らした。山の向こうに日が完全に落ちて空がうっすらと明るく照らされている。城下の街も徐々に灯が点りつつあった。


「今でもそうだよ。伊織が敵にいるってわかった途端に戦えなくなって、伊織が死んだと思い込んだ途端にネクサスを暴走させて……本当はずっと心が折れないように強がっているだけなんだよ」


 走り続けていなければ不安や恐怖に押し潰されてしまう。伊織を見つけるために、二度と失わないためにという気持ちでずっと走って来た。だが今はその想いは果たされた。決戦を前にこの国を守ると言う気持ちだけは彼を動かすには弱かった。この震えはその恐怖の表れだった。


「でも……ヒデオさんはそれでいいんだと私は思います」

「……え?」

「臆病だから、弱いから。失う怖さを知っているからこそ、最後まで誰かを守ろうとしたんじゃないですか? だからこそネクサスは応えてくれたんです」


 再度セリアが英雄の手を取る。微笑むセリアの手は優しく温もりを伝え、英雄の震えが徐々に収まっていくのを彼は感じた。


「勇ましい英雄えいゆうはたくさんいます。でも人の弱さを知り、慈しむことのできる英雄えいゆうはそうはいません。いいんですそのままで。ヒデオさんのその優しさは決して失ってはいけないものです。どうか……臆病な英雄えいゆうのままでいて下さい」

「臆病な……英雄えいゆう


 英雄がセリアの手を握り返す。その手に、瞳に強い思いを宿らせて。


「ありがとうセリア。少し気持ちが整理できたよ」

「いえ……本当なら私たちこそ感謝をしなくてはいけない立場ですから」


 自分たちの手で国を守れないもどかしさ、異世界の少年に国の命運を任せなければならない歯がゆさ、国主としてセリアの抱える辛さは察して余りある。だから英雄は自分ができる限りの言葉を送る。


「約束する。必ずこの国を、セリアを守るよ」

「はい。私も約束します。必ず、お二人を元の世界に帰しますから」


 ――嘘ついたら針千本飲ーます。


 ネクサスと出会った日、禁断の地で彼を動かした一言が蘇る。セリアを、そして伊織を必ず守ると。英雄は心の中で強く決意を固めるのだった。

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