第38話 反逆-Avenge-

 それから数日後、スペルビア軍とフォボス軍の決戦の日がついに来た。禁断の地を中心に配置されたスペルビア軍は古代の技術ロストテクノロジーの武器を携え、開戦の時を待っていた。

 森を越えた平原には大軍勢と並び立つ機兵が布陣する。そして英雄たちの世界から持ち込んだ兵器たちが。スペルビア軍へ向けられていた。


「兵数はほぼ同数。武器の威力、兵の練度においても同等と言えます……白兵戦に限ってですが」


 レーダーを使って得た情報をコスモスが英雄に伝えた。英雄はスペルビア軍の先頭の一号機の中で高まり続ける胸の中の音を必死に落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた。


「ですが、マスターの世界の兵器……ヘリコプターやジェット戦闘機など空からの攻撃が可能な兵器が向こうにある分、スペルビア軍の劣勢は間違いないかと」

「機兵の数は?」

「レーダーの有効範囲内に確認できるだけでも十七機。後方からの増援もあると考えると何機いるかは断定不能です」

「そっか……」


 モニタに表示される機兵の位置、その機体名を叩き込む。ネクサスのコンピュータの計算がはじき出した最短経路を使い、一分一秒でも早く、一機でも多く迅速に撃破する必要がある。


二号機ノワールたちの状況は?」

「まだ起動できていないみたいです。特にノワールは元々私のコピーですし、蒼と紅の魔石双方を用いるのは未知のシステムですから、想像以上に更新に手間取っているみたいです」

「それに、起動コードの問題か……」


 禁断の地に本陣を移してから、スペルビア軍の兵士の多くがネクサス二号機と三号機の起動に挑んだ。しかし結果は不適合であった。


「二号機と三号機の起動コードは私にもわかりません。恐らくノワールはシステム統制者となったことで知る所となるはずですが……」

「教えてはくれないか」


 コスモスが無言でうなずく。魔導兵器であるネクサスはそのあまりの能力を悪用されないためにシステムの統制者が承認しない限りありとあらゆる機能が使用できない。その起動に関わるコードこそその操者が善であることを示す証明でもある。


「もう少し時間があれば適合者が見つかったかもしれませんが……」

「いまさらそれを言ってもどうにもならないさ。今は、できることをやろう」

「はい、マスター」


 英雄のスマートフォンが時報を告げる。開戦の時間だ。

 蒼煌石の台座に手を置く。この世界に迷い込み、偶発的にこの機体に乗り込むことになった。望まない戦いに身を投じながらも行方不明だった伊織を見つけ出し、救い出せた。

 今日、この戦いを乗り越えれば全てが終わる。二人で元の世界に、家族の下へと帰れるのだ。


「行こう、コスモス。最後の戦いだ」

「了解――マスター、あなたと出会えてよかったです」

「こっちこそ、こんな俺を信じて、導いてくれて感謝してる」

「機体統制用独立思考型プログラム、ネクサス管制コスモス。マスター、アマノヒデオの要請を受諾。ネクサスの起動を開始します」


 コスモスがおもむろに手を広げる。その両手の先と目の前にホログラムウィンドウが展開し、古代文字が高速でスクロールして行く。


《魔力伝達系――異常なし》

《機体駆動系――異常なし》

《魔力量――戦闘行動に支障なし》

《操縦者と機体の同調率――八十三パーセントを突破》


 何度も繰り返したネクサス起動の瞬間。ネクサスの中に火が灯り、それが英雄の想いに応えて燃え上がって全身に行き渡っていく感覚。


「起動シークエンス終了――マスター、起動コードをお願いします」

「ああ……」


 願うのはただ一つ。この世界で、自分を迎えてくれた人々を、支えてくれた人々を、最愛の人を。


「絶対に……守ってみせる。大切な人達を!」


 心の底から願う『守護』の想い。敵も味方も殺さないと誓った優しい、臆病な英雄えいゆうはそう心の底から願う。


「コード承認――ネクサス、最終安全装置を解除。全機能を解放します」


 蒼煌石が強く輝きを放つ。システムの起動と共に機体の色が蒼く染まり、その装甲が騎士の鎧へと変貌していく。その右の手には剣を、左の手には盾を。守護の巨人は守るべき国を背にその蒼き輝きを放つ。


蒼煌機そうこうきネクサス・サクシード受け継ぐ者発進しますFULL BLAST!」


 開戦の合図と共に左右一対。四枚の白銀の翼を背に広げ、ネクサスは大地を蹴る。眼下に広がる大平原を双方の兵たちが駆けてぶつかり合っていく。


「行くぞ、コスモス!」

「はい! 第一、第二、第三目標、北東のサルチ三機!」


 背部ブースターが炎を噴き出し、ネクサスは天空より蒼き弾丸となって急降下していく。その接近に気づいたサルチたちはすぐさま能力を発動し、その機体を紅に染める。


「高魔力反応をサルチ内部より検知。来ます!」

「うおおおお!」


 サルチの頭部から魔力の奔流が放たれる。しかし英雄はコスモスの演算から導き出されたルートへとネクサスを移動させ、紅いビームの間を縫うようにして一気に接近する。


「目標――サルチ頸部。同時に『侵入RAID』を発動!」

「行っけええええ!」


 瞬きの間に三機のサルチを蒼い疾風が駆け抜け、その頸を飛ばす。そして同時に発動した『侵入RAID』の力で全システムが消去され、その場で動きを止めた。


「サルチ三機、完全に沈黙!」

「次!」


 コスモスから更新された各機兵の位置を元に次の標的を瞬時に算出する。リアルタイムで修正される最適なルートをたどり、英雄とコスモスは次々と機兵を倒して行く。


「フォボス軍、増援に機兵を確認!」

「くそっ、手が足りない!」


 ネクサスが圧倒的な力で機兵を抑え込んでいるお陰でスペルビア軍は互角の戦いに持ち込めていると言ってもいい。だがフォボス軍の機兵が尽きる気配がまるでない。


「……っ!? スペルビア軍の一部がレーダーから消失。この位置は……ユーリさんがいた場所です!」

「何だって!?」

「大型の反応。これは……機兵です!」

「くそっ!」


 その情報を皮切りに、英雄が対処できない場所から徐々に戦線が崩れ始めた。このままではフォボスの攻撃に防衛線が破られてしまう。ユーリの安否も気にかかる。英雄にも焦りが見え始めた。


「ノワール! まだ二号機は動かせないのですか!」

『急かさないでよ。こっちだって全力でやってるのよ!』


 通信の向こうからノワールの必死な声が聞こえる。たった一機で押し留めるには限界がある。それは誰もがわかっていることだ。


「複数の飛行物体が接近!」

「しまった!」


 機兵と交戦するネクサスの頭上を爆撃機が通り抜けて行く。その向かう方向は禁断の地、伊織やセリアたちがいる本陣だ。そう思った直後、再び二号機との通信チャンネルが開かれた。


『ヒデくん、大変!』

「伊織、どうしたんだ!」

『基地が攻撃を受けてる! あの捕まえたはずの敵の将軍が部隊を率いて――きゃあっ!?』

「伊織、どうした!」

『大丈夫。外で爆発音がしただけ。イオリは無傷よ』

「ノワール。どうなってるんだ。どうしてそっちに敵兵が!」

『例の裏切り者でしょうね。でも敵将エルヴィンを解き放った上、この場所を誰にも気づかれないで襲わせるなんて、軍の配置を知ってるある程度の立場の人間以外にあり得ないわ』

「とにかく、今そっちへ向かう!」


 いかに太古の技術ロストテクノロジーの塊であっても中と外、両方から英雄たちの世界の技術オーバーテクノロジーの攻撃を受ければ耐えきれるかわからない。爆撃機の後を追うため、英雄はすぐにネクサスの翼を広げる。


「マスター、右に反応! 機兵が高速で接近しています!」

「くそっ、こんな時に!」


 飛ぶ方向を変え、英雄は方向を転換する。互いに接近する中でコスモスがその機体を確認し、データと照合する。


「ネクサス内のデータ照合します……そんな。該当機体『ゼロ』。データがありません!」

「何だって!?」


 英雄もその姿を視認する。イシュトヴァーンと同じように飛行が可能なタイプの機兵であり、そのスマートなフォルムから速度重視の機体であることだけは判別できた。


「敵機兵、来ます!」

「くっ!」


 敵の出方が分からず、とっさに英雄は盾を前にかざす。高速で接近した機体はその勢いのまま盾に突っ込んでくる。


「ぐうっ!」


 その細い機体から想像を超える威力が放たれた。ネクサスの出力を上回る勢いでのタックルに機体が大きく揺れる。しかし盾での防御で機体への損傷は皆無。すぐにコスモスが体勢を立て直しにかかる。


「甘いぜ坊主!」

「なっ!?」

「そんな!?」


 だが上体を起こした瞬間、敵の機体の腕がネクサスの頭部をわしづかむ。そして地上へ向けて再度加速を仕掛ける。


「ぐ――っ!」

「敵機体が加速! ネクサス、拘束から抜けられません!」


 大地を揺らすほどの衝撃とともにネクサスが地上に叩きつけられる。その勢いで中の英雄も投げ出され、壁に叩きつけられる。


「マスター、大丈夫ですか!?」

「ぐ……大丈夫」


 英雄の体をスキャンするが、幸いにも彼の言葉通りに大したことはなく、コスモスも安堵する。だが二人にとって、機兵の不意打ちよりも驚くべきことが目の前にあった。


「ちっ、決まったと思ったんだが……意外と堅いんだな」

「その声……嘘だろ」


 その身を案じた人物がなぜそこにいるのか。なぜフォボスの機兵に乗ってネクサスの前に立ちはだかったのか。


「声紋照合……残念ですが、本人に間違いありません」

「どうしてだよ……!」

「ああ? わからねえのかよ?」


 その声は確たる受け答えを持って証明した。かつての伊織の様に洗脳されたわけでもなく、彼は自らの意志でその機体に乗っていたことを。そして、ユーリは残酷な事実を英雄に叩きつける。


「元々こっち側だったってことだよ、俺は」

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