第39話 勝利-Noir-
「セリア様、奥へと退避してください!」
銃弾が雨のように降り注ぐ中、エルネストに伴われてセリア達は基地の奥深くへとどんどん入り込んでいく。スペルビア軍が陣を構えていた禁断の地はフォボス兵に突入され、既に守備兵は壊滅していた。
残るはセリアの首、そしてスペルビア軍の最後の希望、二機の守護の巨人だ。
「セリア様を連れて先へ行けクラリス。隔壁を閉鎖する!」
「エルネスト! それでは皆が取り残されてしまいます!」
「失礼ながら、セリア様……それは皆、覚悟の上のことです」
「クラリス!?」
「セリア様!!」
エルネストとクラリスの静止を押しのけて皆の避難を優先しようとするセリアの手をエルネストが掴む。
「民は国の礎です。上に立つべき者が皆を置いて逃げることなどできません!」
「いいえ。あなたは最後の希望なのです。仮に我々が死んでも、あなたさえいればスペルビアは滅びない!」
「でも!」
「お願いですから言うことを聞いてください、セリア様!」
普段、沈着冷静のエルネストが珍しく見せた激情の顔にセリアは言葉を詰まらせる。
「
「エルネスト……」
セリアの眼から大粒の涙が零れ落ちる。愛する国を、民を守りたい。そんな気持ちで皆の先頭に立ってきたセリアだが、自分ができるのは皆を鼓舞することだけ。戦場で戦う力を持たない自分の不甲斐なさに崩れ落ちそうになった。
「あなたのその涙だけで、皆十分なのです。そんなあなただからこそ、若くても皆、ついて行こうと、支えていこうと思えたのです」
「……っ」
「クラリス、セリア様をネクサスの格納庫へ連れて行け。イオリが先に行っているはずだ。もし起動できたらすぐにこの場を離脱してくれ。我々に構うな」
「はい。必ず」
エルネストが壁のパネルに手を置き、隔壁を下ろす。その姿が徐々に見えなくなっていく中、セリアは叫んだ。
「必ず、生きて会いましょう! 約束です!」
「……はい」
壁に遮られてその表情は見えない。だが、最後の呟きだけはセリアの耳に確かに届いていた。
「……行きましょう、クラリス」
「はい」
皆の想いを無駄にしてはいけない。自分が命を落とせばここで守りに残った皆の希望を潰えさせることになってしまう。スペルビアの最後の希望として、何としてもこの場を切り抜けなければならない。
通路を走り抜け、格納庫の広い空間に二人は出た。先に二号機に乗り込んでいた伊織が操縦室を開き、セリアを呼ぶ。
「セリアさん、クラリスさん、早く――!」
その時、施設が大きく揺れた。真上から轟く爆発音に伊織が身をすくませる。
「やば、見つかった!? 二人とも、早くこっちへ!」
「イオリさん、今そっちへ!」
「――セリア様、危ない!」
クラリスがいち早く殺気を感じ、セリアを抱えて跳び退く。瞬間、ライフルの弾丸が二人の頭上を通り抜けて壁を砕く。二人が抜けて来た通路とは別の通路からフォボスの兵がこちらへと向かっているのが見えた。
「セリアさん! クラリスさん!」
「イオリ様、こちらはもう無理です!」
「そんなこと言ったって――きゃっ!?」
自分の方まで銃撃が始まり、伊織は慌てて操縦室まで体を引っ込める。そんな姿を見ていたノワールは無言でホログラムウインドウに指を滑らせた。命令通り、操縦室のハッチが閉まり始めた。
「ちょ、ちょっとクロちゃん。何で閉めるのよ!?」
「潮時よ。このままじゃイオリも撃たれるわ」
「だからって!」
「でも、一つだけあの二人を救える可能性があるのだけど……どうする?」
挑発するように不敵に笑い、ノワールは操縦室の中央に眼を向けた。蒼煌石と紅晶石がそれぞれ取り付けられた二つの台座がそこにあった。
「あたしに動かせって言うの……ヒデ君みたいに?」
「さっき調整は終わったばかり。あとは操者が決まればいつでも動けるわ。ま、どちらにしてもこの施設はとっくに囲まれてるし、この子を起動させない限り、あなたも逃げ道はないのよ」
「くっ……ああもう、迷ってる場合じゃないか!」
意を決し、伊織は台座の前に立つ。右手に蒼、左手に紅。二つの石にその手を置いて呼吸を整える。
「セリアさんを守りたい……動いて、ネクサス!」
「
「それじゃあ、愛……勇気……ああもう、何考えればいいのよ!」
「落ち着きなさい、イオリ」
ふわりとその身を浮かせ、ノワールが伊織の前に来る。その表情は先ほどまでの挑発的なものではない、真面目なものだ。
「取って付けたような想いなんかでこの子は応えないわ。本当に動かしたかったら、あなたの信念を見せなさい」
「信念……?」
「マスターとして、この子であなたはどこへ向かいたいの? この子で何をしたいの?」
「この子で……ネクサスで」
「解き放ちなさい。あなたの心の奥底にある誰かのための想いを。それこそが、あなたの原動力こそがこの子を動かす力になるのよ」
「私の……したいこと」
伊織は目を閉じた。心を鎮めて自分の中を見つめる。
ずっと守って来た。そう思っていた一人の少年。泣き虫で、弱くて、それでもとても優しくて――本当は誰よりも強い気持ちを持った男の子。
「そうだ……私は」
強いと思っていた自分を守ろうと戦ってくれた人。戦いに負けても、笑顔だけは守り通そうとした人。そんな彼だから――好きになった。
「ヒデ君の力になりたい――」
異世界に閉じ込められた自分を三年間も捜し続け、ついに見つけてくれた。一緒に帰ろうと今でもみんなのために戦っている。そんな彼を支えるために、強い力が欲しい。
「ヒデ君を守る――ううん。ヒデ君を勝たせてあげたい!」
側にいたい。側で彼を支えたい。これだけは誰にも譲れない。ずっと一緒だった自分だからこそ、今も変わらず彼が大好きだからこそ、自分にしかそれはできない。
「勝利を……この力で、私は勝利をつかみ取りたい!!」
「――やればできるじゃない、マスター」
ノワールが微笑む。伊織の想いが二つの石を通じて二号機のシステムに届く。その想いこそは、愛する者に捧げる『勝利』の想い。
「
二つの石から膨大な魔力が放たれ、機体の隅々まで行き渡っていく。それと共にノワールの漆黒だった瞳の色が変化していく。その眼は魔石と同じ、蒼と紅の二色がそれぞれの
《駆動系システム――起動》
《魔力制御系――起動》
《魔力伝達系統――起動》
《魔力量――戦闘行動に支障なし》
《
まるで踊るように動き、歌うようにしてノワールがシステムを起動していく。そして、伊織に向かって行われた礼が全ての準備を終えたことを示す。
「マスター。この子に名前を」
「な、名前!?」
「ええ、ネクサスが三機もいたら厄介ですもの。この子に相応しい、雅な名前を求めるわ」
愚問だった。伊織は思わず吹き出しそうになるのを堪えて、ノワールと同じ不敵な笑いを返す。
「そんなの……」
迷う必要はない。もしかしたらノワールもその返事を待っている。いや、間違いなく彼女がその名前を付けることをわかっていて言わせるのだ。
「
拳を突き上げ、自信をもって高らかに宣言する。これ以上に相応しい名前はない。何故ならば――。
「だって私は! ヒデ君の、勝利の女神になるんだから!」
「
機関部に火が灯る。激しく強く燃え上がり、その力が伊織の心にも力を漲らせる。
「ならそれに相応しい姿が必要ね――外装展開。『
発動した力が周囲から元素を集め、機体に装甲をまとわせていく。重厚な騎士を思わせる一号機に対し、軽やかな舞い手とも言える流麗で、それでいて燃え上がる炎を思わせるような意匠がその身を覆っていく。機体の色は白から紅へ。奇しくも一号機と対極の姿へと。
「――
「ええ、行くわよクロちゃん!」
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます