第40話 出撃-Sally-

 「パン!」と乾いた音が格納庫に響いた。

 セリアを守り、抵抗を続けていたクラリスが苦悶に顔を歪め、メイド服に鮮血がにじんだ。


「クラリス!」

「くっ……」


 クラリスが右腕を抑えてうずくまる。放たれた弾丸は彼女の二の腕を貫通し、大量の出血を引き起こしていた。だがそれでもクラリスは震える手でナイフを握る。


「勇ましさは買うが、もはや手に力が入るまい」

「エルヴィン=ファルカシュ……!」


 姿を現したエルヴィンが勝ち誇る。英雄との戦いに敗れ拘束された彼だったが、ユーリの手によって解き放たれ、密かに禁断の地に潜り込んでフォボスの兵を招き入れていた。そして英雄が出撃し、手薄になったその瞬間に急襲をかけたのだった。


「我々も、スペルビアがここまで食い下がるとは思っていなかった。守護の巨人とあの異世界の少年……アマノヒデオのことは敵ながら賞賛に値する。無論セリア王女、あなたもだ」


 エルヴィンが手を挙げる。フォボス兵たちは一斉にその銃口をセリアとクラリスへと向けた。クラリスはその背にセリアを庇い、手を広げて盾となるべく立ちはだかった。


「セリア様……最期の、命尽きるその時まであなたをお守りします」

「さらば宿敵よ。その雄姿は長く語り継がれることであろう」


 ――そして、その手が振り下ろされようとしたその瞬間だった。


「セリアさん!」

「なっ!?」


 頭上から発された大音量の声が格納庫に響き渡り、驚きでフォボスの兵たちがすくみ上る。全員がその声の主を見上げる。いつの間にかその機体を紅に染めた二号機ヴィクトリアが、ゆっくりと動き始めていた。


「馬鹿な。報告では守護の巨人を動かせるものはいなかったはず!?」

「まさか……イオリさん!?」

「大正解! 今助けるから!」

「くっ……撃て! セリア王女だけでも討ち取るのだ!」


 迫る巨体に焦りを見せたエルヴィンがすぐに号令をかけた。だが、ヴィクトリアの起動によって生まれたわずかな猶予がセリアの命運を分けた。


「炎よ!」

「ぎゃああああ!」

「ぐわああああ!」

「な――っ!?」


 後ろにいたライフルを持つ兵士たちが一斉に業火に包まれた。エルヴィンはそれが魔石の力による魔法であるとすぐに気づき、その魔法の使い手を探す。


「エルヴィン=ファルカシュ!」

「ぬうっ!」


 セリアたちが逃げてきた通路から現れた男が小さい紅晶石をエルヴィンに向けて投げつける。その意味に気づいたクラリスがセリアを抱え、目を覆う。その直後、石が砕けて強烈な光が格納庫を満たす。


「くっ、目くらましか!」

「エルネスト!」

「これで約束を……果たせましたか、セリア様」


 その人物の正体を知ったセリアが歓喜の声をあげる。全身に傷を負い、服を血で染めながらもエルネストはそこに立っていた。


「おのれ、小賢しい真似を!」


 拳銃を抜き、エルヴィンが銃口を三人へ向ける。だがその前に突如巨大な壁が下りて弾丸を跳ね返す。


「そうはさせないわよ!」

「ちいっ、あと一歩のところで!」


 割り込んだのは二号機ヴィクトリアの手であった。エルヴィンも、これ以上はセリア殺害を遂行できないと悟り、元来た通路へと飛び込む。


「待ちなさい!」

「無理よ。通路に逃げ込まれたらこの子じゃ追えないわ。それより……」


 ノワールが右手を広げ、右方にホログラムウィンドウを展開させる。同時に全周天モニターに地上の地図、そしてその中心にゆっくりと近づく赤い点が五つ表示され、伊織にも状況を伝える。


「周囲十キロ圏内に機兵五機を確認。どうやら防衛線は突破されたみたいね」

「全部こっちに向かってるじゃない」

「やるしかなさそうね。行けるかしらマスター?」

「もちろん」


 左右の石に伊織が手を置いた。彼女の想いを力に変え、ヴィクトリアはゆっくりとその巨体を起こしていく。


「セリアさん。機兵は私が引き受けたわ」

「イオリさん、ですが!」

「大丈夫、クロちゃんもいるし。それに……」

「それに?」

「男の子に守られてばかりなんて、私の柄じゃないから」


 表情は見えない。だが伊織がそう言った時にはにかんだようにセリアは感じた。


「施設内に出撃用のカタパルトがある。それで出るわ」

「おっけー。ますますロボットアニメじみて来たじゃない」


 ノワールのガイドに従い、ヴィクトリアを歩かせていく。英雄の見ていた景色、彼の抱いていた気持ち、それら全てをなぞるようにして伊織は思いを馳せた。一歩一歩、その時が近づくにつれて伊織の鼓動が早くなっていった。そんな彼女にノワールが言葉をかけた。


「いい? 自分にできるかなんて考える必要はないから」

「え?」

「この子はあなたの想いを受けて動くわ。不安や恐れはノイズにしかならない。常に優雅に、常に平静を心がけてこの子を踊らせなさい」

「えーっと……つまり?」


 婉曲な物言いが通じないことにノワールが眉を顰める。マスターとしての気概は買うがコミュニケーションは彼女が合わせる必要があると判断を下す。


「細かいサポートはこっちでやるから、好き勝手やりなさいってことよ」

「なるほど、最初からそう言ってよ!」

「はぁ……戦いが終わったらセリアに教養と淑女の嗜みでも教わりなさいな」

「ぷっ、クロちゃん。『戦いが終わったら~』って、それ死亡フラグよ」

「ああもう、みやびさのかけらも無い会話を。それと、いい加減ノワールって呼びなさい!」

「はいはい。頑張りましょ、クロちゃん」


 肩を落とすノワールを伊織はクスクスと微笑む。そのやり取りが逆に二人の距離を縮め、伊織の緊張をほぐしているのがヴィクトリアを通じて心理グラフから読み取れ、余計にノワールを苛立たせた。


「まったく……なんてがさつなマスターかしら。人選誤ったかも」

「クロちゃん、みやびみやびさ」

「うるさい。ヴィクトリア出撃するわよ!」

「わっ、待って。『行きまーす!』って言ってみたいのに!」

「お黙んなさい!」


 カタパルトを強制的に作動させ、ヴィクトリアが地上へと射出される。モニターに表示された地上高度に向けて一気にカウントが進んでいく。

 モニターに表示された赤い点はどんどん近づいていた。だが伊織に怖気づく様子は一切ない。


「地上に出たらすぐに行くわ」

「いいわ。お手並み拝見と行きましょう」


 ノワールが指をウインドウに滑らせる。最初に狙うべき方向が示された。伊織はゆっくりと息を吸うと石に乗せる手に強く力を入れる。


「カウント開始。五、四、三……」

「二、一……」


 することは先代のヴィクトリアに乗っていた時と同じ。想いを注いで機兵を駆るのみ。視界に光が差し込むと同時に、伊織は石に強く想いを注ぎ込んだ。


「ゼロ。ツインドライブ正常。蒼煌石そうこうせき紅晶石こうしょうせき双方より魔力抽出を開始するわ」

「いっけえええええ!」


 ヴィクトリアがはじけるように飛び出した。突如現れた紅の機体に動揺したロクスが動きを止めた所へ肉薄する。


「マスターより接近攻撃の要請を確認」


 次々と現れるホログラムウインドウと高速で流れる文字。ノワールの紅と蒼、両の眼がそれを目で追い、次々と演算、処理を完了させていく。


「最適解を検索――完了。腕部、紅熱刃ヒートブレードを展開するわ」


 ノワールの声と共にヴィクトリアの手首から肘にかけての炎を模したパーツが跳ね上がり刃となる。ロクスはとっさに両腕を跳ね上げ、紅晶石で魔力をブーストさせて機体を紅に染めた。


「目標、ロクス頭部! そのまま斬り捨てなさい!」

「てやああああ!」


 伊織の想いが魔力となり、刃に魔力が通り赤熱していく。紅晶石のエネルギーを凝縮した刃がガードした両腕諸共にロクス頭部を一閃の下に跳ね飛ばす。コントロールを失ったロクスは機体の色を黒く戻しながら倒れて行く。


「うわあ……凄い」

「当然よ。蒼煌石だけの一号機と違ってこっちは紅晶石も動力に組み込んでいるの。一撃の威力だけならこっちの方が上よ」

「じゃ、ヴィクトリアの方が強いってこと?」

「そうは言わないわ。蒼煌石の割合が減ってる分、可動時間が犠牲に……長期戦は一号機の方が向いてるってことよ」

「ああ、なるほど」


 わかりやすい言い換えに伊織がポンと手を打つ。


「でも、大丈夫? 敵のパイロット殺したりしてない?」

「ちゃんと攻撃の時に『侵入RAID』を仕掛けてあるわ。完全に機能は停止してるし爆発もしないわ。あなたも人死には嫌なんでしょ?」

「ありがとクロちゃん。助かるわ」

「じゃあ次へ行くわよ。操者の場所だけは狙ったら駄目よ」

「オッケー、任せて!」


 既にヴィクトリアの登場は他の機兵にも感知されている。隊列を組み、一斉に襲い掛かって来る四機の機兵に向けて伊織はヴィクトリアを疾駆させるのだった。

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