第41話 窮地-Predicament-
「てやああああ!」
伊織が咆哮する。つかみ掛かって来たロクスの腕を左腕で跳ね上げ、右拳を頭部に叩き込む。頭部を歪ませた巨体はゆっくりと崩れ落ちて行った。
「次、後ろに来てるわ!」
「ヴィクトリア!」
ノワールの指示する方向へとヴィクトリアが蹴りを放つ。後方から迫っていたロクスの肩口を粉砕して右腕を吹き飛ばす。体勢が崩れた瞬間に伊織はヴィクトリアを走らせ、つかみ掛かった。
「こんのおおおお!」
「ちょっと、まさか!?」
頭と脚を鷲掴み、ヴィクトリアは力任せにロクスを持ち上げる。そのあまりの豪快な動きにノワールが戸惑った。
「いっけええええ!」
紅晶石の力を使い、瞬間的な剛力を発揮したヴィクトリアは三機目のロクス目掛けてそれを放り投げる。フォボス兵も想定していなかったのだろう。投げつけられたロクスは受け止めることもできずにもつれ合って倒れ込んだ。
「無茶苦茶よ。もっとスマートに戦えないの!?」
「こっちはど素人よ。考える前に叩きのめした方が早いわ!」
「それはそうだけど――」
「来た!」
ノワールの苦言も無視して伊織は最後のロクスへと機体を向かわせる。既に紅晶石によるブーストを仕掛けたロクスも機体を紅に染めてヴィクトリアへと猛烈な勢いで向かっていた。
「気をつけなさい。紅いロクスの一撃はさすがに受け止めきれないわよ」
「オッケー、だったら――!」
伊織からヴィクトリアの取る戦闘行動が提言された。その動きの内容にノワールが目を丸くする。
「何よこの動き……って、成功確率八十九パーセント!?」
「じゃあ大丈夫ね。サポートよろしく!」
ロクスが肉薄し、ヴィクトリアを粉砕すべく右腕が迫る。だがその瞬間、ヴィクトリアの機体が沈み込む。
「今よ、マスター!」
「オッケー!」
機体を反転させ、ロクスの右腕を取る。ヴィクトリアが踏み込み、背でロクスを持ち上げて腕を引いて前へと落とす。
「いっけええええ! 一本背負い!」
巨体が宙で弧を描く。突進の勢いをそのまま利用されたロクスは機体を大地に叩きつけられ、その力を自らで受けた。
「大成功!」
「はあ……まったく、なんてマスターなの」
土壇場での肝の座り方は
だが数分でロクス五機を片付けた手際の良さに舌を巻くと同時に、雅さとは程遠い豪快な戦い方にノワールの心中は複雑だった。
「この辺の機兵は全部片付いたのよね?」
「ええ。私たちも一号機の方へ救援に――待って、レーダーに反応」
再びレーダーに点った赤い光に伊織もノワールも警戒を強める。また一号機の防衛線を突破されたのか。はたまた最初の索敵では範囲外だった残存勢力か。いずれにしてもセリアのいる施設への突入を食い止めることができるのは最早ヴィクトリアのみだった。
「ロクス? それともあのビーム撃って来るサルチって奴?」
「いえ、これは……データ照合不能。データにない機体よ」
「どういうこと? 機兵のデータは全部あるんじゃないの?」
「例外はあるわ。データは全てネクサスが戦場にいた頃までの話よ。だから大戦が終わって封印された後に新しい機兵が生み出されていたらデータは存在してないわ。二号機と三号機の存在だって私は初めて知ったんだから」
「
「ええ。
伊織はヴィクトリアを構えさせる。森の木々を薙ぎ倒しながら正体不明の黒い機体はこちらへ向かって来る。それはロクスよりも一回り大きく、通常の機兵の胴体ほどもある腕を持った超重量級の機体であった。ズシンと重い一歩を踏み、ヴィクトリアの目の前で歩みを止めた。
「まさかあの少女が守護の巨人を動かすとはな。特攻ではなく、我が国の傭兵として迎え入れるべきだったと今更ながらに後悔しているよ」
「その声……っ!」
伊織が下唇をぎゅっと噛む。自分から自我を奪って英雄と殺し合いを演じさせ、英雄とネクサスを一度は闇に落とし、今さっきセリアの命を奪おうとした因縁の存在の声。もう伊織が聞き間違えるはずもない。
「あんた……さっきのエルヴィンって奴ね!」
「その通りだ。異世界の少女よ。先ほどは後れを取ったが、今度はそうはいかん!」
「マスター、来るわ!」
「わかってる!」
伊織とエルヴィンが同時に機体を前進させる。振り回される機兵の剛腕をかいくぐり、ヴィクトリアは懐へと飛び込む。
「一気に決めるわよ、クロちゃん!」
「紅晶石より魔力を抽出。
左右から刃が展開し、伊織の想いが魔力に変換されて伝わっていく。炎の如く魔力を噴き上げ、紅に輝く刃は黒き機体に襲い掛かった。
「システム起動。防げヴィトス!」
だが、エルヴィンが高らかにその名を告げると彼の機体もまた紅に輝き始める。そして、ヴィクトリアの刃を受けた機体は――傷一つ付くことなくエルヴィンの機体、ヴィトスはヴィクトリアの眼前で悠然と佇んでいた。
「――なっ!?」
「そんな、今のは出力全開での一撃よ!?」
「そのようなナマクラ、このヴィトスには通じん!」
「マスター、上!」
「くっ!」
頭上でヴィトスの両手ががっちりと組まれ、ヴィクトリア目掛けて力の限りに打ち下ろされた。一閃を止められた衝撃で硬直していた伊織だったがノワールの声で我を取り戻し、慌てて後方に跳んだ直後にヴィトスの剛腕が叩きつけられ、地面が爆ぜる。
「回避成功。ヴィクトリアに損傷なし。でも……」
「ちょっと……あんなのくらったら、ひとたまりもないじゃない」
伊織は思わず口元が引きつるのを感じた。ヴィトスの一撃を受けた地面は大きく抉られ、その破壊力をまざまざと伊織に見せつけていた。それは明らかにこれまでの機兵との格の違いを示していた。
「マスター、逃げるなら今よ」
「冗談でしょ。こんな危ないの放っておいたらセリアさんのいる所まで入って来るわよ」
「ほう。今の力を見ても臆さないか」
「当たり前よ。ヒデくんだって頑張ってるんだから」
震えそうになる気持ちを振り切るように、伊織が台座を叩いて想いを注ぎ込む。光り輝く二つの石が彼女を鼓舞する。再び全身を始めたヴィトスを前に伊織も一歩も引く気はなかった。
「逃げるなんて……絶対にできないわよ!」
捕まればその剛腕で握り潰されかねない。だが伊織はその腕をかいくぐり、刃を機体に打ち付ける。腕部を、脚部を、とにかくどこかを切断できればその瞬間に断面から「
「その気概、ますます惜しいな。どうだ、ここでフォボスに降り、その機体を差し出すと言うのなら、お前とアマノヒデオだけは見逃し、元の世界へ送り返してやってもいいが?」
「ふっ……ざけないでよ!」
エルヴィンの言葉に伊織が激昂する。その言葉は彼にとっては譲歩だったが彼女にとっては侮辱に等しかった。
「この機体を捨てたらあんたはセリアさんを殺すんでしょ! セリアさんを見捨てたなんて……そんなことしたら、私は私を許せない! ヒデくんにも顔向けできないじゃないの!」
「むっ!?」
「ヴィクトリア、出力上昇! 行けるわ、マスター!」
「いっけええええ!!」
ヴィクトリアが紅に輝き、出力をどんどん上げて行く。機体の全身に魔力が満たされ、炎のごとく背部から噴出する魔力がヴィクトリアの機体を押していく。それはヴィトスのパワーを上回るほどに。
「やああああーっ!」
「くっ!?」
ヴィクトリアの勢いを堪えきれずにヴィトスが後ろへと倒される。今しかないと確信した伊織は機体の全身に巡る魔力を刃に収束させ、振り上げる。
「クロちゃん、お願い!」
「
ヴィクトリアの刃が倒れるヴィトス目掛けて振り下ろされる。狙うは頭部――。
「いいのか。そこは操縦席だぞ?」
「――っ!?」
「止めちゃダメ、マスター!」
エルヴィンの言葉に、思わず伊織がヴィクトリアに制動をかける。ノワールが叫ぶが間に合わない。それが彼の虚言だとは思ったが「もしも」、「人殺し」の言葉が、彼女の脳裏をよぎってしまった。
「甘いな!」
「しまった!」
そして、その一瞬の意識の空白を見逃す歴戦の戦士ではなかった。左右からヴィトスの腕が持ち上がり、ヴィクトリアを挟み込んだ。
「やはり子供だな! 私なら躊躇せずに突き刺した。例えそこが本当に操縦席であったとしてもな!」
「ヴィクトリア、拘束されたわ。まずい、このままじゃ圧壊の危険があるわ!」
「ごめんクロちゃん。やっちゃった……」
「悔やむ必要なんてないわ。あなたはそれでいいのよ!」
機体がきしむ音と警報が鳴り響く。その中でノワールは必死にコンソールを操作し、少しでもヴィクトリアが破壊されないよう、抵抗するパワーに魔力を回していく。
「想い人に顔向けできない戦い方はしたくない……いいじゃない、それで」
ノワールのメモリーに残るかつての英雄とのやり取り。初陣の時、好きな子に胸を張れない戦い方をしたくないと不殺を貫くことを誓った彼。伊織の行動はまさに同じものだ。
「胸を張りなさい。あなたは私が認めたマスターよ。恥ずべきことは何もない。その信念のまま行けばいいのよ」
「クロちゃん……」
「私だって……悲劇は繰り返したくないんだから!」
かつて、ネクサスを暴走させた彼女だからそれは口にできた。歴代のマスターたちの無念を知っているから。繰り返したくないから主を守ろうとその精神を支配した。心が壊れそうになった英雄を守るために。だがそれが間違いだったと英雄自身に気づかされた。
「誰かを守ろうって気持ちはね。間違えば独占欲になるのよ。勝手な理屈で、人の想いを無視して……私はそれを間違えた」
だが英雄はそれすら凌駕し、新たな境地へとネクサスを至らせた。ノワールすら受け入れ、彼女の想いを理解してくれた。
「プログラムだけの存在でも、私には心がある。あの人に報いたい。だから
「……ごめん。ありがと」
「あなたも本気を出しなさい! この窮地、絶対に乗り切るわよ」
「うん。行くわよ!」
伊織の心が再び燃え上がる。ヴィクトリアの紅い輝きが増すと共にパワーが徐々に上がり、ヴィトスの腕をこじ開けて行く。
「ちっ、しぶとい……むっ!」
操縦席に甲高い音が鳴り渡る。それが味方からの通信だと分かったエルヴィンは勝ち誇ったように笑う。そして待機していた部下目掛けて号令を発した。
「来たか! こちらは私が抑える。今こそセリア王女を亡きものにせよ!」
「ははっ!」
「了解しました!」
通信を切り、エルヴィンは紅晶石へ思念を送り込む。腕に全エネルギーを集中させ、ヴィクトリアを圧壊させるまではいかなくとも、力を拮抗させることはできた。
「マスター、レーダーに反応。新たな機兵が!」
「嘘でしょ。こっちは動けないってのに!」
「それだけじゃない。高速で接近する飛行物体が複数!」
「飛行物体!? そんなものまであいつら持ってるの!?」
ノワールがコンソールを操作し、モニタの一部を拡大する。空の向こうに見える点が拡大され、その姿が鮮明に映し出される。それは伊織の知っているもの。彼女の世界の代物だった。
「飛行機……違う、あれって!?」
「飛行物体から何か射出されたわ。こっちへ向かって来る!」
それは二機の頭上を越え、はるか後方の地面に直撃して大爆発を起こす。爆風で木々は吹き飛ばされ、森に火がついて燃え上がる。
「ちょっと、冗談でしょ!? あれ爆撃機じゃない!」
「まずいわ。あのまま攻撃を受けたら侵入口が丸見えになるわ!」
「セリアさん! セリアさあああん!」
次々に飛来する爆撃機が爆弾を落としていく。大地は抉れ吹き飛びその下にある古代文明の技術の塊を露出させていく。
伊織が強く想いを注ぐ。だがヴィクトリアがヴィトスの拘束を振りほどくことはできない。もどかしさと焦りが伊織に募っていく中、二機のロクスが地面を引きはがし、施設の中へと機体を沈めて行くのだった。
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