第42話 希望-REVE-
施設を震わせる敵爆撃機からの攻撃は、中に残っていたセリアたちにも危機を感じさせた。徐々に近づいてくる機兵の足音を聞きつけ、セリアも動き出そうとしていた。
「ここも長くはもちません。早く脱出を!」
「失礼ながら、外は既に戦場です。セリア様をお守りするのに最早安全な場所はないものと思われます」
クラリスの反論にエルネストが歯噛みする。ヴィクトリアの起動によって兵士たちは撤退したようだが、それでもフォボス兵に周囲を取り囲まれていることには変わりがない。外に出ればたちまち見つけ出されて始末されてしまうだろう。
「失礼ながら……私もエルネスト殿も既に満身創痍。セリア様の盾になるくらいしかできそうにありません」
「戦闘用の紅晶石も、さっきの物で最後だ。フォボスの兵が落としていった銃器もあるが……」
だがそれは扱いに慣れていない異世界の武器。エルネストが二人の女性を守るにはあまりにも心許なかった。
「リヤン。この施設に隠れられそうな場所はありませんか?」
「要請を受諾。かつて職員が利用した研究モジュールへの扉を開きます」
リヤンがスマートフォンからアクセスし、格納庫の扉の一つが開く。三人は頷き合い、そこへと走り出す。
だが、そこへ大きな揺れが施設を襲った。続いてこの区画を衝撃が襲う。ヴィクトリアが出撃していった区画を無理やりこじ開け、機兵の腕が飛び出していた。
「いかん、急ぎましょうセリア様――!」
そこへ、これまでで最も大きな爆音が頭上から鳴り渡り格納庫を照らした。遂に爆弾が施設に届いたのだった。天井にひびが入り、次々と崩れ落ち始める。
「きゃあっ!」
「セリア様!」
揺れに耐えきれずに体勢を崩したセリアが尻もちをついた。その瞬間に前を走っていたエルネストたちとの距離が開く。そこへ運悪く天井から瓦礫が降り注ぐ。
「そんな……」
幸いにもセリアは瓦礫を頭上から受けることはなかったものの、目の前にあった通路は瓦礫によって埋まり、通れなくなってしまっていた。
それと同時に格納庫の扉を破壊し、ロクスがその姿を現した。そして瓦礫の側にいる三人に頭部を向け、エルネストとクラリスには目もくれず、セリアに向けて歩き始めた。
「セリア様、お逃げください!」
「は、はい!」
慌てて立ち上がったセリアだが、彼女が走る速度で稼げる距離よりもロクスの歩幅の方が大きい。捕まるのは時間の問題だった。
「このままじゃ……!」
セリアが討ち取られれば全てが終わる。スペルビアは滅び、フォボスは蒼と紅の石全てを得て世界を支配に乗り出すだろう。そして英雄も、伊織も元の世界へと戻れない。それがわかっているからこそ、彼女は最後まで希望を捨てたくはなかった。
「……リヤン。正直に教えて下さい」
「何でしょう、セリア」
「私に……ネクサスを動かせますか?」
逃げ延びることは難しい。残る手段は戦うことだけ。ならば、残された最後の一機に
「その質問に対する回答は、可能とも、不可能とも言えます。三号機を動かすためのパスコードに該当する強い想いがあなたの中にあるかによります」
「つまり、可能性はあるということですね」
セリアが懐から紅い石を取り出す。最早大きな破壊を伴う魔法は使えないほどの小さな石。それを全て手の平に乗せると、セリアはロクス目掛けて高々と放り投げた。
「光よ!」
そう叫ぶと同時にセリアが走る方向を変える。その瞬間に石の全てが魔力を放ち、強烈な光でロクスの視界を塗り潰す。
「セリア様、まさか!」
残された三号機の下へと向かう彼女のしようとしていることに気づいたエルネストが叫ぶ。ロクスが視界を奪われている中、セリアは三号機へとたどり着き、すぐに操縦室へとその身を飛び込ませた。
「時間がありません。すぐに起動シークエンスに入ってください」
操縦室の中でリヤンが顕現し、操縦室中央の台座を指し示す。
英雄の操縦を思い出しながら、恐る恐るセリアはそこに手をかざし、光の点らない大きな石に向けてセリアは思いを注ぎ込む。
「
「……それでも」
セリアは思いつく限りの言葉を思い浮かべていく。勝利、勇気、愛、友情、正義……いずれもネクサスを起動させるに足る、自分の中の強い思いだ。
「
「
「
「
「
「どうして……」
「
無慈悲に続くリヤンの言葉にセリアは膝を折った。自分の不甲斐なさに目が潤む。皆が命を懸けて国を守ろうと、自分を守ろうと戦ってくれた。異世界から来た少年と少女までもがスペルビアのために守護の巨人で必死に戦っている。それなのに、それに応えられない自分の無力さが歯がゆい。
「どうして私には……皆を守る力がないの」
あまりにも口惜しかった。病床に伏せる父に代わり、若く経験のない中で奮闘し続けた彼女。しかし国を守るための有効な手段は生み出せず、戦争は
「ヒデオさんにはできたのに、イオリさんには動かせたのに……!」
英雄が伊織を助け出した時に流した涙に心が痛んだ。彼がネクサスの怨念に呑まれた時もただ見ていることしかできなかった。自分に力さえあれば。戦争を止める力が、みんなを守れる力があれば、隣国との問題に平和に暮らしていただけの少年と少女を戦争に巻き込んでしまうことも無かったのに。
「……教えてリヤン。愛も、正義も、勇気ですらないのなら一体何があると言うのですか」
「それはセキュリティ上、申し上げられません」
「私には誰よりも強い信念なんてない。皆を鼓舞し、皆の象徴であり続けることしかできなかった……こんな、一人では何もできない無力な存在が何をできると言うのですか」
「本当に、そう思うのですか?」
思わずセリアは顔を上げ、リヤンを見つめ返した。悲しげに彼女を見つめる表情は、これまで沈着冷静な態度を崩さなかった彼女が初めて見せた感情だった。
「……え?」
「あなたがこれまで口にした言葉も、皆に示した国の姿も、偽りであったと言うのですか? マスターヒデオにも、マスターイオリにも、嘘をついてその気にさせただけであったと……そう言うのですか?」
「そんなことはありません。私は『皆で、こうありたい』という想いを……」
「その想いに皆は共感したのですよ、セリア」
「――っ!!」
「皆、あなたの言葉に夢を見たのです。自分の夢を預けようと思ったのです。あなたの描く国の姿に、そこで暮らす自分たちの姿を思い、あなたと共に行きたいと心から思ったからこそ、皆はついて来たのではないですか?」
国民の前で語った想いに誰もが笑顔を浮かべた。兵たちを鼓舞した言葉に誰もが奮い立った。それは彼女が描く理想の世界が皆の求めるものだったから。
「あなたは決して無力ではありません。あなたには皆の想いを背負い、導いて行ける力があるのです。それは誰にも……マスターヒデオにもマスターイオリにもできないのですから」
「私の……力」
セリアの膝に力が戻って来る。その手を再び持ち上げ、台座に乗せた。自分と、民と、この国――この世界があるべき姿。それを追い求める、それを実現するための原動力。
「そう。あなたが繋ぐべきは守護でも、勝利でもない」
「……誰かを守護し、皆を勝利に導いた、その先にある皆の願い」
セリアの手元に光が点る。国を治める者として、民を導く王として、国の、世界のあるべき姿を指し示すその力。
「では問いましょう。レーヴの末裔セリア。この機体、ネクサスであなたは何を繋げると言うのですか?」
「――『未来』を。それを指し示すのが私の役目。それを実現するのが私の役目。皆が夢見た世界を実現するために、皆の想いを未来へ繋げるために、私は今こそ力を求めます!」
迷いなく、自分の内から湧き出るまっすぐな想い。その想いは魔石を通じてネクサスを満たす。
「
台座から光が溢れ出す。蒼でも紅でもない白き光。操縦席を余すことなく満たす光はネクサスへと伝導し、三号機を目覚めさせる。
《駆動系システム――起動》
《魔力制御系――起動》
《魔力伝達系統――起動》
《魔力量――戦闘行動に支障なし》
《
リヤンの周囲でホログラムウインドウが現れては消えて行く。超高速で処理されていくにつれ、内部で駆動音が強くなっていく。
「起動準備完了。マスターセリアに三号機の呼称を設定することを求めます」
「……はい」
セリアは強くうなずく。彼女の中にある言葉。それ以外に相応しいものがないから彼女は迷いなくそれを告げた。
「
「承認。起動シークエンスの全行程の完了を確認」
モニターが点り、格納庫が映し出される。起動を始めたネクサスに気が付いたロクスがこちらを向いた。さらにその後ろにはもう一機のロクスが控えている。
「敵性反応二機。これを撃破後、地上のヴィクトリアと合流します。よろしいですか?」
「承りました」
初めて戦場に立つことに恐れが無いと言えば嘘になる。だが皆が想いを、希望を託してくれている。皆がその背を支えている。そう感じるからこそセリアは己を奮い立たせ、台座に力強くその手を乗せる。
「セリア=フランソワーズ=ユマン。参ります!」
「了解。三号機、
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