第32話 継承-SUCCEED-
蒼煌石から放たれた魔力がネクサスから周囲へと放たれる。その魔力波は倒れたロクスから、サルチから、ヴィクトリアから、土から、地底から、森から、岩から、大気から、川から、ありとあらゆる物をネクサスへ繋ぐ。
「必要元素を確認」
「
度重なる戦いでツギハギだらけとなっていたネクサスの装甲が完全に修復された。そしてその身を核に外装が構築されていく。
「構成物質の組成・元素配列を変換」
「アダマンタイトを生成」
「アンオプタニウムを生成」
「ミスリルを生成」
「ダマスカス鋼を生成」
「オリハルコンを生成」
無辜の民を守ろうとしたマスターの思いは重厚なる鎧へと変わり、その腕部を、脚部を、胴体を、頭部を覆う。
空を舞台に駆けたマスターの思いは憎悪に塗り潰された禍々しき黒き翼を、蒼穹を映す白銀の翼へと生まれ変わらせる。
揺るがぬ強い意思で戦ったマスターの思いは蒼煌石の内部で燃え上がり、ネクサスの出力を更に上げる。
「フレーム増強――
「OSアップデート――
「補正プログラム適用――
「魔力伝動機構、回路、機関部――
英雄が乗り込んだ時、武器も鎧もない
「形状を変換――クリア」
「必要耐久値――クリア」
「魔力リンク――クリア」
誰かを守るために、大切な人を守るために生まれたその機兵は、数多くの戦いを今に繋ぎ、五千年の時を経てその思いを遂に結実させる。
「いける!」
そして、その思いを受け止めた英雄は確信する。何よりも強く、どこまでも高く、歴代のマスターの誰もがたどり着けなかった遥かなる境地へと彼はネクサスを至らせる。
「ヒデくん、セリアさんは私が支えてるから思いっきりやっちゃえー!」
「ああ。任せろ伊織!」
英雄が蒼煌石へと手を乗せた。ネクサスの背部ブースターに火が入る。あたかも騎士の
「イシュトヴァーン内部に強い魔力反応!」
ネクサスの新たな姿を前にしたイシュトヴァーンが力を解き放つ。黒き騎士はその色を赤く染め、剣を構えて天空へと舞い上がる。
「マスター、参りましょう。今こそ
「ああ……行くぞ、コスモス!」
「了解!
背部ブースターから青い炎が爆発的に噴き出す。ネクサスの足が地より離れ、天空のイシュトヴァーン目掛けて舞い上がる。
「いっけええええ!」
だが、イシュトヴァーンでもエルヴィンがネクサスの接近を予期していた。ネクサスが黒い姿であった時にとらえられた経験からその動きを予測し、背部の気流制御盤を操って機体の軌道を空中で変える。
「先のようにはいかんぞ!」
「あらあら、いつのお話をされているのかしら」
黒いコスモスがディスプレイに指をなぞらせる。進化したネクサスのコンピュータが瞬時にイシュトヴァーンの軌道計算を完了し、最適な攻撃、行動プランを白いコスモスへ提示する。
「加重圧計算完了。操縦室内への負担、最小限のプランを選択」
「狩人の翼改め蒼天の翼よ、開け!」
風を切り裂く左右一対の翼が展開し、天使のごとき四枚の翼へと形を変える。
「何だと!?」
「生憎と、今のネクサスの力は滑空ではなく飛翔ですの」
「ネクサス反転。イシュトヴァーンを追います!」
四枚の翼が動き、ネクサスが空中で向きを変える。滑空するイシュトヴァーンは上昇ができず、頭上にネクサスを仰ぐことしかできない。そこでイシュトヴァーンも軌道を変え、浮遊するネクサスを中心に円を描くように飛んでネクサスからの攻撃に備える。
「マスター!」
「先輩、力を借ります!」
コスモスたちが提示した作戦を送信された英雄が蒼煌石に思いを注ぐ。魔力炉で魔力が集束し、ネクサスの両手の甲に取り付けられていた蒼煌石が輝いて魔力を放つ。
「魔力波、照射します!」
「かつて大空を駆けたネクサスの力、ご覧あれ!」
そして、ネクサスがさらなる力を目覚めさせる。エルヴィンが異変に気が付いた時には、安定していた大気が突如乱れ始めている。
「乱気流か――いや、違う!?」
イシュトヴァーンに備えられていた気流を感知する機器が次々と異常を告げる。自然発生するはずのない気流の動きがネクサスを中心に巻き起こり、イシュトヴァーンをのみ込む。
「馬鹿な、機兵が気流を操作しているというのか!?」
突如天空で発生した暴風はイシュトヴァーンの気流制御能力を超えていた。この機体の性能では自然現象としての気流の動きを予想し、それに合わせて自在に空中を舞う。だが、それがもし意図的に動かされたものであれば予測が立たず、体勢を修正できない。揚力を失った機体が地上へと落ちていく。
「今です、マスター!」
「ネクサス、行け!」
「おのれええええ!」
落ちていくイシュトヴァーン目掛けてネクサスが急降下をかける。手甲が開き、その中から現れた
「うおおおお!」
「ぬうううう!」
必死にエルヴィンが思念を魔石に注ぐ。姿勢制御を犠牲にし、あえて迫るネクサスを迎撃するために剣を振るう。
「砕けろおおおお!」
だがここで、エルヴィンは完全に忘れていた。ネクサスの操縦者の信念を。不殺を貫くその戦いを。
英雄が狙っていたのはイシュトヴァーンの撃破ではない。積み上げられた膨大な戦闘データから予測されたイシュトヴァーンの起死回生の一撃。それを繰り出すための剣だ。
「なにっ!?」
操縦室を狙うものと思っていたエルヴィンは目測を誤り、英雄は照準通りに攻撃を仕掛けることに成功した。上から落下の力を加えて放たれたネクサスの
「ぬうう……おのれ!」
「コスモス!」
「
「『
そして、地上に落ちるのを待たず英雄たちは次なる行動を開始していた。真っ二つに折ったイシュトヴァーンの剣をつかみ取り『
「
蒼き光に包まれた剣の破片がさらに分解され、光の粒子となって散る。そしてネクサスの魔力を受けて集束し、再びその姿が作り直される。
「構成物質の組成・元素配列を変換――クリア」
「形状を変換――クリア」
明らかに人の命を奪う戦いの道具の象徴。それ故に英雄は刃を持った武器を作ることを恐れていた。機兵戦でも人の命を奪わない様、その操縦室の位置を確かめ、無力化させることを常としていた。
「必要耐久値――クリア」
「魔力リンク――クリア」
だが、進化したネクサスの性能はその心配すら払拭するものだった。いつの時代の者なのか、解析を得意としていたマスターの記憶がネクサスの能力として発現し、時を経て元のデータから形を変え、改造された機兵の正確な操縦室と機関部の位置を計算から割り出し、イシュトヴァーンの構造を完璧に把握する。
「――
「
「これで終わりだ!」
蒼き騎士が白銀に輝く刃をその手に握る。そして墜落していく紅き騎士に向けて再びブースターを噴射して肉薄していく。
「機関部正常。蒼煌石から魔力を抽出」
「魔力回路正常。
魔力を注がれた剣を蒼く輝く光が覆う。物理的な力に魔術的な力を上乗せし、あらゆるものを断つ力へと変えていく。
「計算完了。機構把握――照準、イシュトヴァーン機関部上部」
「攻撃と同時に『
「いっけええええ!」
英雄がコスモスの指し示す場所目掛けてネクサスに剣を振るわせる。降下中で揺れる不安定な中で寸分違わずにその位置を両断する。
「バカな――!」
エルヴィンを一切傷つけず、機体を爆発させることもせず、操縦室と機関部のわずかな空間をネクサスは断ち切った。
「コスモス!」
「
機関部を失った上、ネクサスの能力で操縦不能に陥りイシュトヴァーンは機体の色を黒色へと戻しながら墜落していく。そこへ蒼煌の盾が飛来し、エルヴィンは覚悟を決める。
「――なに!?」
だが強い衝撃の後にエルヴィンが見たのは、イシュトヴァーンの上半部を乗せ、ゆっくりと降下を始める蒼煌の盾と、機体が落下しないようそのそばに寄り添うネクサスの姿だった。
「情けをかけるつもりか、アマノヒデオ」
「俺は、殺したいわけじゃない」
「……守ると言うのか。自分だけでなく、敵の命までも」
英雄の思いに同調し、ネクサスが首肯した。戦争という極限状況の中であくまで誰かを守るという信念を貫く英雄に、エルヴィンは驚きと共に畏怖を感じた。
「恐ろしい少年だな……お前は」
「別に……誰かがいなくなるのが怖いだけだよ」
英雄の視線の先には、戦いが終わってようやく落ち着いた操縦室で息をついている伊織がいた。気を失っているセリアを抱え守り切った彼女は英雄の視線に気づき、笑顔とVサインで応えるのだった。
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