第19話 防衛-Voice-

 英雄が砦の外へ出た時には、フォボスの軍勢は目に見える範囲に迫っていた。急いで城門のそばに待機させていたネクサスに乗り込む。


「くそっ、何でこんなことに!」

「ネクサス、起動しますDRIVE


 ネクサスに乗り込むと同時に、コスモスが操縦室に自分の姿を映し出して位置につく。英雄もすぐに蒼煌石に手を置き、機体が立ち上がる。


「コスモス、機兵は何体いる?」

「確認できる範囲に機体反応は九。内訳はロクス五、サルチ四です!」

「そんなに!?」


 これまでは最多でも三体だった。だが今回はその三倍だ。


「砦に近づかれたらまずい。早く倒さないと!」

「最優先はサルチです。放置するとあの光線で砦の外壁を遠距離から破壊されます!」

「わかった、行こうコスモス!」


 コスモスがサルチの位置をモニタに映し出す。間隔を開けて配置されており、全てを倒すにはかなりの遠回りをしなくてはならない。


「まずは一番近いのからだ!」

「了解。第一目標、東北東のサルチです!」


 ネクサスを走らせる。サルチを視界にとらえ一直線に突き進む。だが、その間に黒い影が割込み、ネクサスの脚を止めさせる。


「前方にロクス出現。サルチの護衛と思われます」

「邪魔するな!」


 襲い掛かるロクスのクローを避け、ネクサスの右拳をカウンターで頭部へ叩きつける。


「コスモス!」

「ネクサス、右腕爪部展開!」


 殴り倒したロクスの機関部をクローで貫く。すぐさま立ち上がり、サルチへ向けて走り出す。その機体の色が漆黒から紅に染まっていく。


「紅晶石崩壊による高魔力反応をサルチ内部より検知。来ます!」

「防御頼む!」

「了解しました。蒼煌の盾、展開!」


 紅に染まった機体から魔力の奔流が放たれる。盾から分離したパーツが空中で組み合わさり、もう一つの盾となってネクサスへ向けて放たれた一撃を受け止め、その方向を逸らす。


「高密度魔力体を回避。視界クリア。サルチまでの距離、二百三十!」

「うおおおお!」


 一機に距離を詰めて右のクローを叩き込む。機関部を破壊され、サルチの機体の色が漆黒に戻ったのを確認すると、すぐにクローを引き抜く。


「残り機兵七。第二目標は北西に千二百」

「くそ、遠いな!」


 砦に迫りつつある新たな機兵目掛けて走り出す。だが、こちらもその行く手を阻むように二体のロクスが立ちはだかる。


「ロクス、両椀にクローの展開を確認!」

「早く倒して砦を守りにいかないと!」


 紅く染まったロクスのクローをコスモスが盾を操り止める。ネクサスが反撃しようとするが、その瞬間にもう一機のロクスが襲い掛かる。


「マスター、回避を!」

「くそっ!」


 飛び退いてその攻撃をかわす。二機で連携して襲い来るロクス。英雄はその隙を探すが、荒くなる呼吸を抑えられない。


「あと七機……っ!」

「マスター、落ち着いてください。それが一番の近道です」

「わかってる!」


 だが、残る機体反応、その位置に英雄は焦りを見せる。手間取れば手間取るだけ砦へ駆けつける時間はなくなっていくのだ。


「ロクス内部より魔力反応を検知!」

「くっそおおおお!」


 それでも英雄は走るしかない。ネクサスを駆り、彼にできることは一分一秒でも早く機兵を倒し切ることしかなかった。




 ◆     ◆     ◆




「砦外部の戦闘、劣勢! 押し込まれています!」

「ネクサスは呼び戻せないのか!」

「機兵に対処中です。こちらに手が回りません!」

「城門にフォボス兵が取り付きました。現在守備隊が防いでいます!」


 次々と入る報告にエルネストもユーリも渋い顔をする。


「……くっ、対応が間に合わん」

「どうする。こりゃ、セリア様だけでも砦から逃がすべきか?」

「いや、罠の臭いがする。ここまで周到な策で退路を用意しているとは思えん。伏兵が配置されていると考えるべきだ」

「……だな。ここまで圧倒的に攻め込んでくるやり方、奴が関わっている感じがプンプンしやがる」

「エルヴィン=ファルカシュか」


 その名前に、ユーリは顔をしかめながらうなずく。フォボス一の騎士であり、ユーリとは以前より因縁の間柄であるという。


「奴が関わっているなら、まだ何か切り札を隠しているに違いねえ。あいつはそういう奴だ」


 ユーリが槍をとり、担ぎ上げる。


「俺も出るぜ。とにかく門が破られたらフォボスの奴らが雪崩れ込んでくる。そうすりゃ終わりだ。そこは俺が死守する」

「ああ、頼む」


 ユーリが手勢を率いて出撃する間も引っ切り無しに報告は入ってくる。しかもそのどれもが好ましいものではない。


「指揮を執れる奴も兵の数もあまりにも足りん……このままでは」


 前線から入る報告の中には部隊の指揮官の戦死や負傷もある。その度に部隊の統合や指揮系統の再編を行うが、フォボスの勢いが激しすぎる。全てが後手に回ってしまう。


「エルネスト様、機兵が外壁のところにまで!」

「まずい!」


 いよいよロクスが砦の外壁に迫るのが見えた。爪部が展開し、その一撃で外壁へ文字通りに巨大な爪痕を残す。


「いかん、あの攻撃ではそう長く持たん!」


 エルネストが歯噛みする。機兵に対抗できる手段は現状、英雄の乗るネクサスだけだ。アーティファクトを得たとはいえ、スペルビアの持つ武器ではまだ対処できるものがない。


「ネクサスはまだか!」

「今、こちらへと向かっています!」


 ようやく三機のサルチを撃破したネクサスが全速力で砦へ向かっていた。だが、これも敵の策なのか、戦う内にどんどん砦から距離を放されてしまったためにその到着までの時間はまだある。


「……くっ、間に合わん」


 ロクスが再び腕を振り上げる。その一撃で外壁が粉砕される――だが、彼がそう思ったその時、一条の光がロクスの腕に直撃した。


「何っ!?」


 ロクスの腕で爆発が起こる。その腕を破壊するまではいかなかったが、突然襲った攻撃に、ロクスの操縦者も動揺し、外壁から機体を思わず離してしまう。


「あれは……」


 そして、エルネストは見た。外壁の上に立ち、兵士に指示を発してアーティファクトの大砲を撃ったその人物を。


「セリア様!?」

「敵の機兵が離れました。追撃をかけます! 砲塔展開、右へ二十度!」


 その指令に従い、立ち並ぶ大砲が一斉に機兵にその砲塔を向ける。


「失礼ながらセリア様、もう三度ほど必要かと思われます」

「わかったわクラリス。右へ三度修正。仰角十度……全魔砲、放て!」


 その砲身から蒼い光となって魔力が放たれる。ロクスの頭部に当たり、再び爆発を起こす。肩に、胸に、次々と蒼い魔力の塊が着弾し、ロクスはその身を倒していく。


「フォボスの機兵、倒れました。お見事ですセリア様」

「それでも破壊はできていません……時間を稼いだだけよ、すぐに起き上がってくるわ」


 セリアの言葉通り、ロクスはその目を紅く輝かせ、再び起き上がる。だが、そのわずかの時間があれば十分だった。


「セリアに近づくなああああ!」

「ヒデオさん!」


 セリア目掛けて手を伸ばそうとしたロクスを、駆け付けたネクサスが横から殴り飛ばす。

 続けざまに、再び倒れ込んだロクスの機関部を破壊し、遂に九機目の機兵を倒した守護の巨人は守るべき人を背に立ち上がる。


「はぁ……はぁ……これで全部倒したぞ、まだやるのか!」


 そして、フォボスの軍へと呼びかける。九機の機兵を失った今、いかに異世界の兵器を備えたフォボスと言えどネクサスを倒すことのできる兵器はこの場に存在していない。フォボスの軍勢を見下ろすネクサスは、圧倒的なまでの威圧感をもって立ちはだかっていた。。


「――聞け、フォボスの兵よ!」


 フォボス軍が怯んだその一瞬を好機と見るや、エルネストがセリアの下へ駆け付け、城壁の上から眼下の戦場へ向けて声を張り上げる。


「我々には守護の巨人と、そしてセリア様がおられる! どのような策を用いようとスペルビアは折れることはない!」


 スペルビアの兵たちが奮い立つ。フォボスの勢いに飲まれかけた戦いの潮目が変わる。


「勇敢なるスペルビアの兵よ、今こそ侵略者を倒す時だ!」

「おおーっ!」

「フォボスを追い返せ!」

「俺たちの祖国を守るんだ!」


 多数の機兵を倒し、アーティファクトの武器を備えたことが自信となり、主君自らが戦場に立ったことが後押しとなってスペルビア兵の士気は最高潮に達する。

 そして、その攻撃は遂に戦局を覆すに至る。フォボスの軍勢の一角が瓦解し、それを皮切りに戦線の崩壊は一気に広がっていく。


「我々が押しているぞ!」

「見ろ、奴らが逃げ始めた!」

「やったぞ、俺たちは勝ったんだ!」


 口々に歓喜の声を上げる。その声はやがて城壁の上に見えるセリアを称える物へと変わっていく。


「……まったく、ご無理をなさる。ですが、お陰で逆転のきっかけになりました」

「力になれてよかったわ」

「それはそれとして、後でお説教です。セリア様」


 眉間に皺を寄せるエルネストに、思わずセリアも苦笑いを浮かべた。


「……ふん、小賢しい。小娘と演説家の言葉一つでここまで一気呵成に攻め立てるとは、実に単純なものよ」


 戦線が崩壊し、兵たちが逃走を始めた頃、フォボスの将軍エルヴィンは椅子から立ち上がった。その表情には焦りの様子は微塵も感じられない。


「しかし、守護の巨人……聞きしに勝る力だ。まさか九機もの機兵を打ち倒すとはな……だが操縦者の疲労は相当なものだろう」


 エルヴィンが剣を抜く。その切っ先が向くはゼムの砦。その城壁の前に立つ白き機兵とそれが守護する少女。


「だが、わざわざセリア王女自ら姿を見せてくれたとは好都合だ。位置を探る手間が省けたというものよ!」


 彼の後方で一つの機兵が目覚める。

 兵たちは逃げたのではない。自軍の被害を修めるためにと退かせたのだ。これから始まる惨劇ショーでスペルビアに存分に翻弄おどってもらうために。


「さあ、我々の勝利の時だ! 勝利の女神ヴィクトリアよ、出番だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る