第22話 奪還-Getback-

「……ふっ、気づいたようだな。あの機兵に乗る者が誰なのか」


 フォボスの将軍エルヴィンは二機の機兵の戦いを遠くから眺め、笑みをこぼしていた。


「スペルビアの機兵の操縦者はまだ子供と言う話でしたな?」

「こちら側に奴が捜している女がいたのが僥倖よ。知り合いの女の命と、王女の命、天秤にかけるにはさぞ重かろう」


 騎士であれば、軍人であれば主君や使命のために身内を犠牲とすることも決断できるかもしれない。だが、十五歳の少年にその選択はあまりにも厳しい。長い間捜し求めていた人物が相手ならなおのことだ。


「王女を守れば小娘は死ぬ。放っておけば二人とも死ぬ。その手を血に染めねば貴様はこの状況を解決できない」


 だが、その選択をすれば英雄自身が立ち上がることは二度とできないだろう。彼にとって伊織がどれほどの存在なのかは、既にエルヴィンの知るところとなっている。


「爆弾が爆発するまで、あとどのくらいだ?」

「あと五分程かと」


 エルヴィンが差し出された椅子に座る。観劇をするかのように気楽な様子で、佇む二機の機兵を眺める。


「あと五分、せいぜい悩むと良い。どんな結末を迎えるのか楽しませてもらおう、アマノヒデオ」



 ◆     ◆     ◆



「……いお…り?」


 信じたくなかった。願い続けていた再会、それがこんな形で成されるなんて。


「伊織って……まさか、マスター!?」

「間違いない、伊織だ……俺の幼馴染の」


 見間違えるはずがない。モニタに映し出されているその姿はあの日、英雄と別れた時のまま。だがその目は虚ろで、かつてのように明るく元気な彼女の姿はどこにもない。


「伊織……」

「――っ!? 危険です、マスター!」


 ヴィクトリアが動き出す。手を伸ばそうとしたネクサスに向け、全重量をかけた突進をかけてくる。


「うわっ!」


 完全に無防備だった所へ攻撃を受けてしまう。ネクサスは倒され、英雄も操縦席の中で投げ出され、壁に叩きつけられた。


「ウワアアアアア!」


 先ほどの再現だ。馬乗りになったヴィクトリアはネクサスを殴り続ける。ネクサスの頭部が歪む、モニタの映像が乱れ、次々とその表示が消えていく。

 首のないまま暴れるヴィクトリア。それを操る伊織は何の感情も宿さない眼のまま、操縦室で叫び続ける。


「そんな……嘘だ。伊織が、こんな酷い事できるはず」

「マスター、しっかりしてください! このままではネクサスが!」

「……っ!」


 何とかこの状況を抜け出そうと、英雄は蒼煌石に思いを注ぐ。だが、伊織に会えたことと、その彼女から攻撃されている事実で混乱している精神ではその力は弱弱しく、ネクサスの力を十全に発揮できない。


「ネクサスを援護します。砲兵隊、構えてください!」

「ダメだ、セリア!」


 思わず、砦のセリアたちに向けて英雄は叫ぶ。劣勢の英雄からのまさかの静止に皆も戸惑う。


「ダメだ、撃たないでくれ! あの機兵に伊織が乗ってるんだ!」

「イオリ……ヒデオさんが捜していたって言っていた方ですか!?」

「撃ったら伊織に当たるかもしれない。やめてくれ!」

「だが、この状況でどうするというのだ! 放っておけばセリア様の身にも危険が及ぶのだぞ!」

「……っ!」


 見上げる首のないヴィクトリア。その胸部に座る伊織に英雄の声は届いているはずだった。しかし、伊織ヴィクトリアは止まらない。


「コスモス、何とかできないか!」

「了解、この状況を脱します!」


 コスモスがネクサスのシステムに働きかける。接続していた魔力の経路を励起させ、放置されていたハルバードとのパスが繋がる。


「主の下へ戻れ、戦神の斧槍ハルバードよ!」


 ハルバードが浮き上がる。魔力が糸のように獲物を引き寄せ、手を伸ばすネクサスの下へ向かって飛翔する。


「グウッ!?」


 ヴィクトリアを突き飛ばし、ネクサスの手にハルバードが再び収まる。ヴィクトリアが身を起こす前に、ネクサスも獲物を杖のようにして起き上がる。

 再び対峙する二機。突撃をかけて来るヴィクトリアをネクサスはハルバードで必死に押しとどめる。


「やめろ伊織。俺……僕だよ、英雄だよ!」

「ウ、ウ……ヒ…デ、ウワアアア!」

「くそっ、どうしてだよ! なんで俺がわからないんだ!」

「マスター、伊織さんが繋がれている機械に原因があると考えられます」


 コスモスが手を振り上げる。モニタに映る伊織の姿が拡大される。そして、その頭部に取り付けられている器具に対してコスモスが示す。


「あれは、アーティファクトです!」

「そんな……なんでフォボスが持ってるんだよ!?」


 アーティファクトはスペルビアが集中管理しているという話だった。フォボスは英雄の世界の兵器を持っていこそすれ、アーティファクトを持っているという話は聞いたことがない。


「推測は可能ですが、断定することはできません。それよりも、あのアーティファクトは……」


 コスモスの前にホログラムのウィンドウが開く。立ち並ぶ異言語が高速でスクロールし、ある場所で止まる。


「照合完了。該当データ一件。洗脳装置です!」

「洗脳って……じゃあ伊織は!」

「あれは、かつての戦争で捕虜などを操り、同士討ちをさせるために用いられたものです。つまり、伊織さんはフォボスの手によって強制的にヴィクトリアを操縦させられています」

「なんだよそれ……アーティファクトにはそんなものまであるのか」

「……すべてが人を守るために作られたわけではありませんから」


 そう語るコスモスは辛そうに目を伏せる。かつての戦争での光景を見ているだけにその言葉には重い気持ちが込められていた。


「じゃあ、何とか伊織のところへ行ってあの機械を外せば」

「ダメです。あれは無理に取り外そうとすれば爆発する構造になっています。それに、操られているのなら自身に接近する間に自爆装置を使いかねません」

「そんな……じゃあどうしたらいいんだよ!?」


 伊織は目の前にいる。それなのに手を伸ばせない。

 そんな悔しさで唇を噛む英雄に、コスモスは言う。


「……第四の力を使えばあるいは」

「本当か!?」


 希望が残されていることに喜ぶ英雄。だが、コスモスはその力を使うことにまだ躊躇いを残していた。


「ですが、今のマスターでは大きなリスクを伴います」

「リスク?」

「この力を使うには、私が全力で演算処理に集中しなくてはなりません。ですからその間、ネクサスの操縦補助ができなくなります」


 コスモスはそもそも操縦支援用のプログラムだ。訓練を受けた者でない、いち民間人の少年がここまで機体を操ることができたのは彼女が細かい部分で操縦を補助してくれていたからでもある。そのサポートを失っての操縦。英雄にとっては明らかに未知の領域だ。


「機体の活動の維持に関わるすべてのことがマスターに委ねられます。その負担は通常の何倍にも及びます。ヴィクトリアとの格闘戦になればネクサスの勝率は限りなくゼロです」

「構わない。伊織を助けるためなら無茶だってしてやるさ!」


 支援プログラムとして、操縦者を危険にさらすことは彼女の望むことではない。だが、その迷いなく答える姿にコスモスも覚悟を決める。


「わかりました。行きましょう、マスター!」

「ああ!」


 英雄の心に再び火がともる。それと共にネクサスにも力が宿る。


「グウウッ……!」


 力負けし始めたことに、伊織も焦りの色を見せる。操られているとはいえ、そんな辛そうな表情を自分がさせていることに、英雄は心を痛める。


「うおおおお!」

「っ!?」


 伊織を救い出す、その一心で英雄はネクサスに力を注ぎ続ける。ヴィクトリアを押し返し、二機の距離が再び離れた。


「封印解除の準備をします。マスターはどんな手段でも構いません。ヴィクトリアを拘束してください」

「わかった!」

「ネクサスのサポートを打ち切ります。マスター、ご武運を!」

「――っ!?」


 コスモスが緊張の中、管制を英雄の操縦に移譲する――その瞬間、英雄の全身にとてつもない重圧がかかった。


「ぐっ……ぎぎぎ!」


 重さに耐えきれず、ハルバードを取り落とす。いつもならば念じるだけで軽々と動いたネクサスの四肢が重苦しい甲冑をまとったかのようだ。


「こんなに……大変なのか。サポートなしで動くのって」


 ただ動くだけじゃない。機体の重心を維持し、慣性を制御し、手足を動かす速度、力のかけ具合、全てを意識しながらだ。

 これまで自分の体を動かすのと同様にできていたことが、コスモスのサポートがあって初めて可能となっていたこと、それは、英雄にとって想像以上のものだった。


「それでも……っ」


 一歩一歩、全力を注ぎ込んで機体を進ませる。それはこれまでと比べてあまりにも拙い。


「ぐうっ!」


 ヴィクトリアはそんな緩慢な動きを前に、体当たりを食らわせてネクサスを突き飛ばす。バランスが取れない、機体を支えきれない。後方へ突き飛ばされた勢いのまま、ネクサスが砦の外壁に叩きつけられる。


「マスター!」

「大丈夫、任せてくれ!」


 ネクサスを立ち上がらせる。ヴィクトリアは一歩一歩迫ってくる。あれが砦にとりつけば、自爆が敢行される可能性がある。だからこそ、それ以上近づかせるわけにはいかない。


「うおあああっ!」


 重苦しさがかかる中、機体を必死に動かす。決して諦めるわけにはいかない。三年間、この日を待ち続けていたのだ。桜の舞う日、自分を好きと言ってくれた幼馴染。いつかまた、会えた時には絶対に守ると誓った大切な存在。


 ――強くなって、誰かを守れるようになるって約束。


「……守ってみせるさ、伊織」


 あの日の誓いを果たす日が来たのだ。それが、他でもない伊織を守るために。


 ――嘘ついたら針千本のーます。


「針千本は、ごめんだからな!」


 なりふり構わない。ネクサスをヴィクトリア目掛けて突っ込ませる。バランスの崩れた力も勢いもないタックル。ヴィクトリアはそれを易々と回避し、ネクサスの頭部を掴み、地面に叩きつけるように倒そうとする。


「まだだ!」


 ネクサスの右腕を伸ばし、その腕を取る。ヴィクトリアが踏ん張って倒れるのを拒否するが、ネクサスもその腕にぶら下がるようにして機体を立たせる。


「行かせない……絶対に守るんだ!」


 歯を食いしばる。ネクサスは既にボロボロだ。ランスで貫かれた左腕は動かず、モニタも戦闘で頭部が歪み、満足にヴィクトリアを映せていない。コスモスの管制がない以上、「結合」も「創成」も、盾の機能も使えない。ハルバードも持ち上げられない。いつものような機敏な身のこなしもできない。自分一人では満足に戦うことすらできない無様さだ。


「セリアも……伊織も!」


 それでも諦めない。たった一つの希望を勝ち取るために英雄は思いを注ぎ続ける。


《対象――特攻機ヴィクトリア改良型》

《構成物質解析――完了》

《必要魔力算出――完了》

《魔力経路確保――完了》


 そして、そんな操縦者マスターを信じ、コスモスは演算を続ける。彼女の周囲でホログラムウインドウが現れては消え、次々と伊織救出のためのプログラムが構築されていく。


「プログラム構築――実行可能レベルに到達。行けます、マスター!」

「行っけぇぇぇぇ、ネクサァァァァス!」


 魔力が注がれ、機関部が過熱する。躍動するための力が機体を満たし、ネクサスの目が強く輝く。英雄の全ての思いを力に変えて、ヴィクトリアに突っ込む。

 その抵抗を想定していなかったのか、ヴィクトリアは突進によろめいて後方に倒れ込み、ネクサスは覆い被さるようにしてその機体を抑え込んだ。


「今だ、コスモス。頼む!」

蒼煌機そうこうきネクサス統制プログラム「コスモス」の名の下に承認します」


 そして、少年の声を受け、その思いを守るために蒼い瞳の少女が告げる。


「――第四封印解除。『侵入RAID発動しますIGNITION!」

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