第23話 伊織-RAID-
「第四封印解除。『
封印の解除を告げるコスモス。
その
「これは!?」
「ネクサスの新たな力か!」
砦のスペルビアの者たちが見守る中、その力は発現する。
ヴィクトリアを抑え込むネクサスが蒼い光を放つ。光は二機を包み込み、ヴィクトリアの中へと注がれていく。
「ヒデオさん……」
セリアはその光景を見守る。この世界に来てから望まぬ戦いに巻き込まれ、唯一の機兵乗りとして最前線で戦い、人を殺さない戦いを続ける彼の心中を思うと胸が痛む。
そこへ、探し続けていた幼馴染の襲撃。既に彼の精神はボロボロになっていてもおかしくない。だがそれでも伊織を救い出そうとする不屈の姿に、同じ年代の者として、敬意を抱かずにはいられなかった。
自分ができるだろうか。未熟なまま国を背負い、皆を導いて行くことが。そんな不安も彼のひたむきな姿に、「やらなければならない」という固い意思へと変わり始めている。
「負けないで」
同時に、自分には今の彼に何もできないことを悔しく思う。
今は祈るしかない。英雄が無事にこの戦いを乗り切ることを。伊織を救い出すことを。
◆ ◆ ◆
《『
「コスモス?」
《侵入口発見。アクセス・スタート》
英雄が呼びかけるが、コスモスは機械的な言動を続ける。
《
「まさか……ヴィクトリアのコンピュータに侵入しているのか?」
蒼煌石を通じてネクサスの新たな力が英雄に伝えられる。
新たな力。それはネクサスから他の機体への干渉能力。魔力を使い機体同士を繋げ、ネクサスのコンピュータから相手の機体の内部に侵入するというもの。言わばハッキングだ。
《
《システム「ヴィクトリア」の侵入に成功。続いて内部の解析に入ります》
英雄は彼女の「能力を発動している最中は演算に集中しなくてはならない」と言う言葉を思い出す。現在、コスモスの中では一刻も早くヴィクトリアを無力化するために超高速での演算が行われている。英雄の問いかけに応える余裕は全くないのだ。
「ウワアアアア!」
「うわっ!?」
侵入を図られたヴィクトリアは激しい抵抗を始める。押し倒しているような体勢だが、片腕のみしか動かせないネクサスはこのままでは引き剥がされかねない。
「絶対にヴィクトリアから離れないでください! 離れたら侵入を一からやり直しになります!」
「わ、わかった!」
恐らく二度目の機会はない。英雄もそれを感じ取っていた。離れたらその瞬間に自爆装置を起動させてネクサスもろとも吹き飛ばそうとするはずだ。全力で抑え込んでいる今が唯一の勝機なのだ。
「放してたまるか!」
暴れるヴィクトリアを押さえつけるため、ネクサスを必死に組み付かせる。一度は手の届かない所へ行ってしまった伊織がすぐそこにいる。もう一度その手を掴むためにも絶対に離れるわけにはいかない。
「絶対に放さないからな、伊織!」
《解析完了》
《ヴィクトリア内部の全爆弾の位置を確認》
《爆弾の機構の解析完了》
《爆弾の解除に入ります》
コスモスの周りにホログラムウインドウが次々と展開されていく。システム内部に入り込んだコスモスは高速で流れる数値を解析し、全て自らの望むままに動かしていく。
《胸部――解除成功》
《背部――解除成功》
《腰部――解除成功》
《肩部――解除成功》
《脚部――解除成功》
ヴィクトリアのセキュリティが反応するよりも早く、コスモスが猛烈な速さで時限爆弾のシステムに侵入し、時限装置を停止させ、再起動をかけられないよう繋がる動力系をメイン・サブ・予備と全てに渡って切断していく。
「全爆弾の解除に成功しました。続いてヴィクトリアの停止を試みます!」
新たなホログラムウインドウが開く。立て続けに演算を続けているコスモスにも疲労の色が見える。ネクサスのコンピュータは高性能ではあるが、連戦、損傷、能力の発動、高速演算処理と負担をかけ続けている。プログラムと言えど酷使のつけが回ってきているのだ。
《第一から第千二百十までの回路を停止》
《抗修正プログラムを起動》
《第千二百十一から二千七百十三番までの回路を停止》
《対抗プログラムによる攻撃を確認。防御プログラム起動》
それでもコスモスは止まらない。セキュリティを食い止め、突破し、わずかなプログラムの隙間に自身を潜り込ませて内部の掌握を図る。
「頼むぞ……コスモス」
英雄は歯を食いしばりながら、ヴィクトリアを押さえつける。続けられる殴打にネクサスの機能も一部が使い物にならなくなっている。それでも、動かせる部分を必死に動かして何とかヴィクトリアを起こさせない。
「ウワアアアアッ!」
「伊織、あとちょっとだ!」
蒼煌石から絶対に手を放さないよう、台座にしがみつく。英雄の方も消耗が激しく、その精神も既に限界だ。
「ネクサス、爪を出せ!」
唯一動く右腕を振り上げる。爪部を展開し、地面に向けて振り下ろす。深々と刺さった爪は
《機関部の自爆装置、管制からの
「はあ……はあ…まだか、コスモス!」
元々コスモスのサポートがないままに動かしていることすら至難であるのに、英雄は引っ切り無しに力を注ぎ込んでいる。摩耗した精神が今にも意識を切りそうだった。
「いお……り」
守りたい。その一心で頑張ってきた。だが思いとは裏腹に体がついてこない。視界が徐々に薄れてくるのを英雄は感じていた。
「あと少しですマスター、しっかりして下さい!」
注がれる魔力が微弱になっていることにコスモスも気づいた。あと少しですべてが終わる。だが、英雄がもう持たない。
「く……そ……」
――諦めるのか?
「……え?」
突然の呼びかけに、英雄は我に返る。だが、その声はコスモスのものではない。
――また、悲劇を起こすのか?
「誰だ……?」
頭の中に直接声が響き続ける。それも一人ではなく、若い女性の声、壮年の男の声……様々な種類の声が混じり合い、英雄に呼び掛けて来る。
――かつてのように。
脳裏に浮かんだイメージ。赤茶けた干からびた大地。炎上する都市、紅に染まった空。そして、その中を歩く紅い目の巨人は、その身から触手を伸ばし、突き刺した場所から人の営みを灰燼へと変えていく。
「――う」
目の前に横たわるのは子供の亡骸か。ある時は父母、或いは恋人の変わり果てた姿。強制的に注ぎ込まれる複数の惨劇の映像。複数の記憶が混じり合った光景。
「うわあああああああああああ!」
「マスター!?」
英雄の絶叫にコスモスが振り返る。明らかな異変に駆け寄ろうとするが、英雄が荒い息をつきながらも手を前に出して制す。
――また繰り返す気か?
そして、声は再び語り掛けて来る。ここにおいて、ようやく英雄は声の主がすぐそばにいたことを知る。
「……そんなの、絶対に嫌だ」
掌を蒼煌石に叩きつける。逆流していた思念は収まり、声も聞こえなくなる。それは果たして何だったのか。だが、折れかけた心が後押しを受けたのは事実だ。
「守ってみせるよ、俺は!」
「マスター!」
再び英雄が立ち上がる。注がれる思いの強さが戻り、ネクサスに魔力が満ちていく。
「いけええええ!」
「『
追加の魔力を得て、コスモスが再び力を放つ。押し返されつつあったプログラムが勢いを取り戻し、その侵食領域を一気に広げていく。
《魔力伝達系――機構掌握。機体各部への魔力の伝達を遮断》
ヴィクトリアが右腕を振り上げる。遮るもののない、無防備なネクサスの頭部へ向けて拳が落ちて来る。
《右腕部――機構掌握。機能停止》
だが、それより早くコスモスがその動きを止める。
《左腕部――機構掌握。機能停止》
《脚部――機構掌握。機能停止》
それを皮切りに、次々とヴィクトリアの各部の動きが止まっていく。それと共に、苦しんでいた伊織の表情が、徐々に穏やかになっていく。
「ア……ぐ…あ……」
「……伊織」
そして、遂にその時は来る。満身創痍のネクサスと英雄、コスモスの執念は遂に実を結んだ。
《機関部停止――侵食率、百パーセントに到達しました》
ヴィクトリアの動きが止まる。機関部も完全に止まり、中から機械の稼働する音は聞こえない。
「はあ……はあ……システム『ヴィクトリア』完全に沈黙。爆発の可能性、
「コスモス!」
糸の切れた人形のようにコスモスがその場に崩れ落ちたのを見て、英雄は駆け寄る。
「……大丈夫です、システムをフル稼働させた反動ですから」
「ごめん、俺がもっとネクサスをちゃんと動かせていたら」
「いえ、私のサポートのない中、マスターはよく頑張ったと思います。それよりも、早く伊織さんの下へ行ってあげてください」
「……いいのか?」
心配そうに見つめる英雄にコスモスはクスっと笑う。
「女の子を待たせるものじゃありませんよ、マスター」
心優しい主は、自分を置いていくことを善しとしないだろう。だからこそ、無理にでも背中を押してあげる。
「洗脳装置も停止させました。もう取り外しても大丈夫です」
疲れ切った体から力を抜き、コスモスは目を閉じる。
「行ってください、伊織さんのところへ」
「コスモス?」
コスモスの姿が薄れていく。体を構成する魔力がほどけ、青い光が粒子となって飛散していく。
「少しの間、そのスマートフォンの中で休ませていただきます。翻訳機能は作動させておきますので」
「……ありがとう、コスモス。ゆっくり休んでくれ」
「はい」
その光がスマートフォンへと注がれていく。満足そうな笑顔を浮かべて、コスモスは消えていった。
「……伊織」
英雄は立ち上がって操縦室の扉を開く。ネクサスの下で横たわるヴィクトリア、その胸部は口を開けて彼を待っている。
「伊織!」
一歩を踏み出すと、その足はもう止まらなかった。疲労困憊の体を引きずり、何度も倒れそうになりながら機体の上を走る。
ヴィクトリアの操縦室に手をかけ、飛び込むようにして体を入れる。機械の椅子に座った伊織はうつむいたまま、彼を迎えた。
コスモスによれば洗脳装置は停止しているはずだった。恐る恐る、英雄は伊織の頭に被せられていた器具を取り外す。三年ぶりに見る彼女はあの日のまま、いや、少し背は伸びているだろうか。髪型が変わっていないのは彼女なりのこだわりなのか。コーラルピンクのヘアピンも、いつもと同じ左目の上にあった。
「う……ん」
伊織のまぶたがピクリと動いた。彼女が覚醒しようとしていることに、英雄は心の準備ができていなかった。
心臓の鼓動が早くなる。何と声を掛けたらいいのだろうか。話したいことはたくさんあるはずなのに言葉が出てこなかった。
「……あ」
ゆっくりと伊織が目を開けた。目が合った英雄はいよいよ言葉を失う。まだ夢の中にいるような、ぼんやりとした声で彼女は言葉を紡いだ。
「ヒデくんだぁ……」
「……っ!」
その喜びに満ちた表情に、英雄の感情が堰を切ったようにあふれ出した。発しようとした声は涙に代わり、唇も震えて言葉にならない。
「どうして泣いてるの……また、いじめられたの?」
「い…お……り!」
「……あはは、違うな。ヒデくんボロボロだもん。きっと誰かのために戦ったんだ、そうでしょ?」
英雄が手を伸ばす。確かめるようにその頬と髪に触れる。三年ぶりに触れた伊織は、くすぐったそうに身をよじった。
「変だなあ……いつもならここで目が覚めるのに。今日の夢はサービス満点……」
「伊織……伊織だ。やっと見つけた」
今もまだ、夢の中にいると思っている伊織。英雄の涙が嬉しさからくるものだと言うことを感じ、嗚咽を漏らす英雄の手にそっと手で触れる。
「そっか、頑張ったんだねヒデくん」
「……ああ、あの日の約束、果たしに来たよ」
「約束……守ってくれたんだ」
「……ああ、一日も忘れなかった」
「よかった……」
「……うん、よかった」
助けた英雄が泣きじゃくる。助けられた伊織が慰める。そんなあべこべの二人の再会に苦笑しながら、スペルビアの兵たちは祝福の拍手を送る。
「……」
そんな喜ばしい雰囲気の中で、セリアはなぜか胸に刺さる小さな痛みを感じていた。
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